「すいすい・・・風邪ひいた」
チャーハンが力ない声で電話してきたとき、わたしも寝起きだった。
編集作業に朝まで立ち会ってから帰宅。
起きたのは12時頃だった。
寝る前にもチャーハンと電話で話したのだから、チャーハンの睡眠時間はわたしより短いと思われる。
「大丈夫?休めないの?」
「無理だよ・・・『G』行かなきゃ」
「薬飲んだ?」
「飲んでない」
チャーハンの風邪は、わたしが移したのかも知れない。
「今日さー、『M』のホームページのこと、考えたらFAXして。『G』のFAX番号わかる?」
基本はこの前に打ち合わせた、『G』のホームページと同じだ。
ドリンクメニューについて、どう表記するか、チャーハンは迷っていた。
仕事が終わったら考えることを告げて、わたしは会社に向かった。
比較的早い時間に仕事を片付けて、ベリーちゃんと軽メシでもしようとしていたら、超久々のバジリコ先輩からお呼びがかかった。
昨日から、バリーちゃんのこの間の話を聞こうとしているのだが、どうもタイミングが合わない。
しかも昨日、ベリーちゃんはゴディバにスペシャルなバレンタインプレゼントをしたようだ。
ヴィンテージのドンペリブラックのお礼に、おねだりされたゴールドを空けてきたという。
バジリコさんは、わたしの業界の先輩であるながら、有名レストランでお料理の修業をしたこともある食道楽の先輩でもあるのだ。
バジリコさんにも先日、チャーハンのお店で働くお料理人のリクルーティングの相談をしたのだった。
「で、結局、その店の料理人見つかったの?」
「ううん。まだ。オーナーが自分でお店に出てる」
「じゃあ、俺がそこで働こうか?」
「またまた。やめて下さいよー」
とか話しているうちにバジリコさんと『M』に行くことになってしまった。
ベリーちゃんに謝って、新宿へ。
わたしは今日、チャーハンが風邪をひいているのをすごく心配していた。
それだけで、簡単に会いたくなってしまっていた。
昨日一日会っていないだけなのにチャーハンに会いたい自分を制するために予定を入れたと言っても間違いではなかった。
しかも、『M』に人を連れていくという、ある種の口実込みである。
仕事中だし電話しても出ないので『G』に電話してチャーハンにFAXが送れないことを伝える。
電話に出たのはザーサイで、料理中のチャーハンと電話口のわたしを中継してくれるが、どうもチャーハンの機嫌が悪そうである。
「今すぐFAX送れって」
電話の向こうでチャーハンの声がする。
「ごめんね、『M』に人、連れて行かなきゃいけなくなって」
とりあえず、『M』に行くのならと、チャーハンは納得したようだった。
本当にホストっぽい考え方だ。
気付いたら今日は、バレンタインデーだった。
バジリコさんに電話して、
「あのー、すいません。今思ったんですけど、今日、バレンタインデーじゃないですかぁ?奥さんとごはん食べた方がよくないですか?」
とのん気な電話をしたら、
「ハタケノ、今頃気付いたの?いいよもう。家にはメールしたから」
と笑われた。
「甘いものが嫌いだから、チョコはいらない」
と言っていたチャーハンのために、桜の枝の盆栽を買った。
まだ固いつぼみがたくさんついていて、もう少ししたら花が咲くのだ。
『M』のカウンターの奥に飾ってもらおうと思い、いい枝振りのものを選んだ。
『M』でバジリコさんと茄子や豆腐を食べる。
食にうるさいバジリコさんは、メニュー構成などについて厳しくチェックして、ゴチャゴチャ文句を言う。
途中までは素直に聞いていたが、話が長くなりイラっとくる。
わたしは、バジリコさんとのごはんの後、チャーハンに会いに『G』まで行こうと考え始めていた。
《M丼》だけはメチャメチャ褒められて、お店を出る。
そこそこ長居して、個室を出たらチーフが遅番の青梗菜さんにかわっていた。
バイトのお姉ちゃんに桜を託ける。
バジリコさんと別れてチャーハンに電話してみたが、つながらなかった。
タクシーで『G』に向かう。
『G』の手前でチャーハンから折り返しの電話がかかってきて、チャーハンは今日『G』を早く閉めて帰宅したところだと言われた。
チャーハンはそこまで辛いのに、わたしには構わせてはくれない。
薬も自分で買って飲んだようだ。
風邪っぴき営業をしてきたどこかのホストが懐かしい。
歌舞伎町のドラッグストアで買った、チャーハンのための最強の風邪薬。
使い道がなくなって、とても切ない。