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追伸 4jhから愛を込めて

フォージョウハーフ 代表 日比野は、考えます。

生まれて初めて110番した。

ほん数十分前の事である。

郵便局で振り込みを済ませ、
雨も上がり、爽やかな午後だななんて思いながら、
事務所ビルに戻って来ると、入口の管理人室の前で、
管理人の奥さんが咳き込むように話しかけてきた、

『大変やねん、お金を盗られてん、
 管理人室に置いてた封筒をちょっと離れた隙に盗られてん』

またである。

この管理人夫婦に出会うと何かトラブルが起こる。

聞けば、つい5分ほど前に盗られたという。
追いかけたが、逃げられたという。
しかもビルの中に逃げ込んだという。

ビルの入口は一つである。

運良く、いや運悪く、私は昨夜、
池波正太郎の『鬼平犯火帳』を読んでいた。

下手人は間違いなく、まだ、ビルの中にいる。

危ないから逃げようかと思ったが、
社会保険労務士は、盗賊改め方長谷川平蔵と同じサムライである。

私はすぐに携帯から110番へ通報し、捕物を要請した。

私は、一つしかないビルの入口で待った。

捕物部隊が来る前に、下手人が現れれば、

『御用である、神妙にせよ』と言わねばならない。

もし、歯向かうようであれば、

管理人室にあるモップを下段に構え、
峰うちで小手をうち据え、
返す刀で、背中を打ち、神妙にさせねばならない。

そして、うずくまる下手人に、

どうして盗みを働いたのか問い質し、
病で寝込む娘の薬代に困っているのであれば、
顧問先の人情派ドクターに紹介せねばならない。

それにしても警察がやってこない。

物凄く時間が長い。
パトカーのサイレンも聞こえない。

ほどなくすると、捕物部隊は、馬ではなく、
皆チャリンコで現れた。
『コラッー、何でチャリやねん!
どれだけ、怖かったと思ってんねん!!』という心の叫びを押さえ、
声を2トーンばかり押さえて事情を説明した。

しかし、待てど暮らせど、下手人はでてこない。

すると管理人室に入った若く血気盛んそうな同心が、
防犯ビデオを確認し、

『あきませんわ、もう逃げてますわ、盗んでから1分後にビルを出てます』

そんな訳はないと、管理人室でビテオを見ようとすると、
筋骨逞しい女同心に
『指紋が付くから触らないで!』と叱られた。

こうして私の捕物劇は終わった。

後でビルのオーナーである越後屋に、
セキリュティ強化を言わねばならない。

ー4JHから愛をこめて
今、大阪府政改革が行われようとしている。
やっぱり警察官の給料は減らしてはいけない。
普通の人はいくら給料をもらってもできないのだから。
そういう場面に出くわすと、そんな事を思う。

現場を見ねばなるまい。保身で改革に反対する人と身を挺して仕事をする人。
設けられた反論の場だけでは、見分けがつくまい。

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昔、音楽をやっている頃、
私は音楽理論を知らない事が悩みであった。

周りにいるプロ志望の専門学校に通う仲間は皆、知っていた。

彼らと私の技術差は歴然としており、
その原因の一つは、理論にあると思ったからだ。
私は当時働いて音楽スタジオのマネージャーに、どうすれば理論を学べるか尋ねた。

答えはこうだ、
『自分が良いなと思った曲をコピーする、それだけで良い。
理論の専門書なんて読んではいけない』。

自分が良いと思う曲に使われている理論が、
自分に必要な理論だ。
それ以外は学んではいけないというのだ。

先に理論を学ぶと、ついその理論を使って曲を作ろうとする。

しかし、それではよい曲は出来ないという。

何かを伝えたいという衝動があり、
それには技術が足りないので初めて学ぶ。

何かを伝えたいという情熱があり、
その後ろをスキルが追いかけている状態。

いつも少し、情熱にスキルが足りないから、
そこにフラストレーションが生じる。

この状態が何かを生み出す。

車のエンジンに喩えれば、
情熱はガソリン、
スキルはエンジンの機構、
フラストレーションは、気化したガソリンでピストンにより、圧縮される。
そこに爆発が起こり、
車はドライブする。

ー4JHから愛をこめて
自分の不甲斐なさやスキルの無さに落ち込む時がある。
自己嫌悪に陥る時がある。
それは、エンジン内の気化したガソリン。
圧縮がかかればかかるほど、爆発力は大きい。

そして走り出した車は、あまりガソリンをくわない。あとはスムーズだ。
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先々週の日曜日、恒例の研修があった。

譜士会の社会保険労務士陣が集まってのプレゼン研修をする。

一人づつプレゼンを行い、他のメンバーからフィードバックという名の下、ダメだしが行われる。
皆、しっかりこっそり準備をしてくる。

多分、何百本もセミナーをこなして来たが、
これが一番緊張する。

今回は、メンバーから別の視点からフィードバックが欲しいという事で、
舞台役者で演出家の升田先生を呼んだ。

非常に貴重なフィードバックをいただいた。

いわゆるプレゼン研修では聞かれないような観点からの指摘が入る。

ちなみに私はかなり手厳しくダメだしされた。

備忘録として指摘された事を書いておく。

Ⅰ 句読点でトークを切らない。聞かせたい場所以外は、音で聞かせ、聞かせたい場所にきたら、色をかえる。

Ⅱ 一般的で癖のない口調や身振りは、ダメだしポイントもないが、演出家としては、困る。

役者の場合は、その人の癖をまず探す、そしてそこをデフォルメする事で、キャラを作っていく。
例えば、私の身振り手振りはかなり変らしく、
そこは活かすべきだとのこと。

それは、個性派俳優に平凡な男前の役をさせても何の意味もないとの事だ。

ー4JHから愛をこめて
世界は違えど、真剣に道を極めようとする人のいう事には、どこか通ずるものがある。
そして、説得力がある。
真剣にやれば、ジャンルが変われど、そこにはポータビリティのあるスキルが身に着くのだろう。
大事なのは真剣に取り組む事だ。

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船場吉兆が廃業。

残飯使い回し発覚が、その直接の原因。

人事屋の観点から、偏りがある事を承知で言えば、
昨年の産地偽装発覚の際、
その責任をパートタイマーに負わせようとした時点で、
この結末は決まっていたのかもしれない。

報道を見ていて、ヒトごとだとは思えない。

何度となく見て来た光景だ。

今回の残飯使い回しは法違反ではないだろう。

この問題は内部の者にしか知り得ない情報だ。

吉兆の社員の強烈な恨みや怒りが見え隠れする。
料理の世界は非常に厳しいと想像される。

創業者は理想の味を求めて、
厳しい姿勢で仕事に望んだであろう。

社員にも厳しかったに違いない。
自らに科したのと同じ厳しさを科したであろう。
しかし、創業者は、社員に対し、自分の理想に付き合ってくれる事に感謝の気持ちをもったはずだ。
社員にはもどかしさを感じつつも、底には、愛情があったはずだ。

同じ理想を追う仲間として衝突もするが、
そこには愛情も生まれる。

厳しさと理想と愛情。

そして、その結果として、名声と報酬を手に入れた。

創業者から事業継承する際、名声と報酬が継承される。

そして、厳しさも継承される。

しかし、なかなか理想と愛情は引き継がれない。
形もなく、ノウハウでもないから難しいのだ。

愛情が引き継がれなくて、頓挫した会社に、
いくつも出会った。


ー4JHから愛をこめて
さてそこで自分になにが出来るか?

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人事で使われる言葉は、ほとんどが英語である。
『終身雇用』などの言葉のように、
一見、日本語だが、実は英語を無理矢理訳したような言葉も多い。

常々、日本独自の良いところを活かして、
欧米の手法を取り入れようと考えている。

が、しかし、そこでふと立ち止まってしまうのだ。

果たして日本型の良い点とは?
欧米型の問題点とは?

分かりそうで実はよく分からない。

先日の金持ち父さん貧乏父さんを読んで、
感じた事は、仕事=つまらないもの、辛いものと
アメリカ人は根本的にとらえているのではと感じる。

キリスト教は原則的には性悪説の立場をとる。

人間は本来罪深く、怠けるものだというのだ。

もし経営者が社員をこのような視点でみた場合には、
自ずと社員は仕事を辛く避けたいものと認識するだろう。

しかし、日本人の場合はどうか?

基本的には性善説の立場をとる。

それから、日本人は本来、仕事を誰かからさせられるものではなく、
自ら望んで行うものであったのではないか?

報酬ではなく、仕事を通して、
自己を実現するための、業として捉えていたのではないか?

欧米と日本では、その宗教による人間観の違いから、
労働者の職業に対する認識が根本的なところで異なると思う。

そう考えると性悪説の国で唱えられる性善説的労務管理手法と、
元来性善説のある風土で行われる手法では、
おそらく不足する要素や問題となる要素は違うであろう。

ここに日本企業の本来の強みがあるのではないか?

ぼんやりとだがそんな気がする。

ー4JHから愛をこめて
ピグマリオン効果と心理学で呼ばれる現象がある。
先生が生徒の事を優秀な人だと認識して、指導すると、
その成績も本当に優秀になるという。
本来、人間は優秀でもあり、劣悪でもあるのだろう。
それが外部の環境に応じて、
どちらかが顔を出すのであろう。

ただどちらを出すかは、本人が決める事も出来る。

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甚だ流行に遅れて、
ロバートキヨサキの『金持ち父さんと貧乏父さん』を読んでいる。

昨日、本屋で手に取って立ち読みしていると、
自分の中に違和感がわきだし、
その正体がわからないので、購入して読み始めたのだ。

同書には、沢山の収入を得てセミリタイアする事が、
成功事例として書かれている。

また、お金に追われて仕事をする事が不幸だと書かれる。

違和感の正体はここにあった。

仕事が面白くなく、辛いものだというのが前提なのだ。

休暇は欲しいとは思うがセミリタイアなんて私はしたくはないのだ。

なぜなら仕事が面白いからだ。

これよりも刺激的な趣味はなかなかない。

定年前に特に生活に困らない人が、
何とか会社に残ろうとしたりする。

この人達にも、そんな心理が働いているのではないだろうか?

アメリカ人と日本人は、
仕事に対する根本的な認識の違いがあるのではないだろか?

少し次回はこのあたりを考えてみたい。

ー4JHから愛をこめて
とはいえ、同書にはお金の教育の必要性が書かれている。
恥ずかしながら、私にはとても欠けており、必要な部分だ。

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何十台と並んだミシンの前にズキンを被った女工さんが、
手の間の針を眼で追いかけている。

防護マスクの奥の目は、右手にもった溶接バーナーの炎先を凝視している。

構内には、ハガキを紹介するアナウンサーの声がラジオから流れている。
町の製造工場では、よく見られた光景だ。

そこにノスタルジックなものを感じないだろうか?

製造業が日本から無くなった訳ではない。

しかし、構内からラジオが聞こえる工場を見かけなくなった。

この仕事をはじめて感じた事だ。

ラジオの聴取率が落ちているという。
原因はWebに押されているとも言われるが、
私はそれだけではいと思っている。

ラジオのメディアとしての特長として、
手を止めずとも何かをやりながら、楽しめる点がある。

ラジオが町工場から消えた訳、
それはラジオを聞きながら仕事が出来なくなったのだ。

ラジオを聞きながら手を動かすことはできる。
しかし、頭を使う事はできない。

時代はノスタルジーさえ感じる大量消費型経済から、
少量多品種型のスピード社会へ。

誰もが考える事が求められる社会へと移り変わった。

ー4JHから愛をこめて
サボって一日過ごしても、必死に考えて過ごしても時間の長さは同じ。
さて仕事終わりのビールが旨いのはどちらか?

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私は貧乏性なので、
セミナーなんかにいくと、とにかく詰め込めるものは全部持ってかえりたいと思ってしまう。

セミナーの帰りには、
頭の中は、初めて彼女を部屋に呼ぶ一人暮らしの大学生の押し入れの如くである。

セミナーや本なんかを読む時、
こんな戒めを自分にしている。

1、自分と共感するところだけ、聞いて『自分は合ってた』と思うだけでなく、
自分に足りないものは何だという視点を持つ。

2、面白くないセミナーの時は、でもその中で自分の仕事に活かせるものは?

3、ここで習ったものと同じようなモデルを持つものは他になにがあるだろう?

ー4JHから愛をこめて
昔は貧乏であれば学ぶ事さえ出来なかった。
昔は学ぶ事と言えば本を読むこと。
その読書はお金持ちに限られたものだった。
それが今では、気持ちさえあれば本は読める。
学ぶ為の情報は溢れている。
学ぶには最適の時代だ

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今の時代から次にかけて、
活躍する人材はアーティストである。
これは株式会社ニールの社長タマエ氏の言葉だ。
この言葉がどうもうまく解釈できず、
空のラムネに入ったビー玉のように頭の中で右へ左へ転がっている。

ここ最近、同じような意味の事を続けて何人もの人から聞いたから余計である。

社会から求められる人材は戦略的プロフェッショナルで
活躍するのはアーティストだという。

私的にこれを解釈すれば、
広場に置かれた資材を使って、何かをうみだすのがプロフェッショナルである。

何もない広場で想像し、それを形にするために必要な資材を集め、
何かを創造するのが、アーティスト。

このテーマは難しい。
頭の中でビー玉はまだまだ転がりそうだ。

ー4JHから愛をこめて
プロフェッショナルになれと言われると筋肉が硬くなるのを感じるが、
アーティストと言われると少し力が抜けるような気がする。
こちらの方が楽しそうだ。
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江戸時代というと一番、自由とはかけ離れた時代のような気がする。

身分は士農工商で分けられ、
人間は生まれながらに将来を制限されていた。

これには間違いはないであろうが、
果たしていくら百姓が武士になろうとしても無理だったかと言えばそうではない。

例えば、北辰一刀流開祖の千葉周作は、
武士ではないが、秀でた剣術のために侍扱いになる。

こんな例は他にも沢山ある。

では剣術ができないものはどうか?

医者になるという方法があった。

勿論、制約はあったが、
努力すれば道はあったのだ。

いつの時代も制約はある。
それが強いか弱いか?

制約を乗り越えたのは、個人の努力の力だ。

今の時代の制約は強いか?弱いか?

ニートやフリーターの問題が論ぜられるとき、
個人の努力の話は出てこない。

この努力への励ましと支援、
これが大事なのではないか?

セイフティーネットも雇用拡大も、
景気の風で吹けば飛ぶ。
ー4JHから愛をこめて
今の時代は努力は報われやすいか否か?
史上、一番制約少ない時代だ。
正しい努力は裏切らない。
その言葉が一番説得力をもつ時代である。

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