「それではまぁ、そこの診察台に乗せてあげてください」
こどもを抱いて椅子から立ち上がった女性は、予想以上に背が高かった。靴のかかとの高さを差し引いても、小さくはない。
乳児の母がハイヒールを履くのは危険との見方もあるが、ひっきりなしにだっこをしているわけではなく、ベビーカーに乗せることだってあるだろう。現に診察室の入口には、楽しげなおもちゃのいっぱいくっついた乳児専用車が停めてあった。母なる仕事に就く女性が、必ずしもガマガエルのひしゃげたようなドタ靴を、バーゲンで買い求めなければならない規則はない。
主婦がマニキュアをつけるのはどうかとの考えにも賛同できない。それぞれの価値観であるし、個々の美意識の問題だ。実際のところ彼女の爪は、きれいな桜色に彩られていた。
頭の堅い男たちはともかく、世の主婦連が他の女性を非難する場合、自分たちの身の上には叶わぬ夢であることが多い。浮気にしろ、お洒落にしろ、ぺったんこの腹にしろ。したくてもできないやっかみの裏返しなのだ。何をモットーにしようと勝手だが、人のやることにまで口を出すな。柔軟性と発展性のない頭が、老醜への第一歩だ。
無洗米を邪道と決めつけ、洗濯機は二層式に限ると信じている女がいる。Tシャツにアイロンをかけたり、氷だらけのコーラをストローで飲む方が、よっぽどナンセンスで気が利かない。
無洗米は確かにまずいが、改良されてうまくなるかもしれないし、全自動洗濯機は生地を傷めず、水の垂れ流しがなくて経済的だ。どちらも何より便利である。懐古主義的独りよがりな考え方に捉われていれば、男も女も取り残される。よがるなら二人でよがれ。
女性がこどもと家庭の犠牲になるのを、私は美徳とは思っていない。あれこれ手を出す女性の方が、はるかにビビッドで魅力的だ。
付き添いの看護師に比べれば、彼女はよほど大きかった。単独で見れば子供っぽいが、こうして比較すると違う面が見えた。
その目配りや、こどもを大切そうに扱う手つき、メリハリのある体つき、背筋を伸ばした立ち姿そのものに女の自信がみなぎり、彼女がことさらアダルトな女性であるのを垣間見るにつけ、私の興味は高まった。
母はこどもを診察台に寝かせた。隣りに立った私の鼻を、みずみずしいコロンの香りがくすぐった。コロンや香水も然りだ。要するに私は、ますますその女性が気に入っているのだった。