「銀行マンよ」
「へ?嘘だろ」
私は心から意外だった。ミュージシャンと言われた方がまだ信憑性がある。
「本当よ」
お堅く慇懃で、いわれのない金銭を庶民から巻き上げるのが仕事の、融通のきかない男が彼女のパートナーとは到底思えなかった。
「君が銀行マンの妻だって?いったい君はどこで人生の選択を誤ったんだ」
「だってそうなんだもの」
彼女は燃えるような目で私を見つめ、誰もいないオープンテラスに怒ったような目をやり、その向こうの林を見やった時には静かな目になった。人は瞬時にしてさまざまな目をするものだと思う。
彼女がぴったりと口を閉じ、ため息まじりに鼻から大きく息を吐いたので、この件については打ち切りにするべきだった。
「冴子」
彼女はきょとんと私に目を移した。名前を呼び捨てにすれば距離が縮まる。
「他に前菜は?」
少し目を丸くしたが、それほど違和感は感じていないようだった。さっき一度呼んでいる。
「季節のサラダを」
彼女が告げたのと同時に店員が現れたので、もう一度言う必要はない。店員はベリーピンクのボトルとシャンパングラスを二つ並べ、それぞれに泡の弾ける飲み物を注ぐと、彼女の注文を復唱した上で言った。「どうぞごゆっくり」
気の置けない相手との夕食時にごゆっくりと言われると、本当に肩の力が抜ける思いがする。鮮やかなピンク色のボトルを、彼女がためつすがめつした。リボンの結ばれた、捨ててしまうには惜しいくらいきれいなボトルだった。
「乾杯。二人の未来に」
彼女の注意がボトルから逸らされた。
「乾杯。きれいな色の明るい未来に」
彼女がグラスを掲げた。