初役というものは緊張します。
前夜はやはりなかなか寝つけませんでした。笑
いつもより早めに楽屋入りして、いつものルーティーンを少し長めに。
グノー作曲・歌劇「ファウスト」は、ゲーテの劇詩「ファウスト」を題材にされたオペラで、ドイツ語文献を読んで、公演はフランス語という不思議な体験をしました。
原作とオペラでのファウストのキャラクターやスタイルがかなり異なるので、同じゲーテ原作の魅力が生かされているのは、もしかしたらマスネ作曲・歌劇「ウェルテル」の方なのかもしれません。
老学者ファウストが悪魔メフィストフェレスと悪魔の契約をし、メフィストの薬を飲んで若者に変身します。
その代わりファウストの死後はメフィストに魂を渡すという所から物語は進むのですが、ファウストは大きな代償を得てまで、一体本当は何を求めていたのか。
彼はより良く生きるためにやり直したのではなく、若返りを果たした彼はマルグリートを追いかけ、利用して遊び、妊娠して子供を授かっても放ったらかし、メフィストにもらったチャンスを、研究に没頭する人生では味わえなかった〈快楽に満ちた人生を謳歌する為だけ〉に使ってしまいます。
物語の冒頭では悲観的な老学者でありながら、希望を持った青年に変わります。しかも自分の過去の人生の記憶や、老人の知恵や思考を持ったままで。
演技(老人のカツラや衣装を含め)だけでこの二面性を表現分けするのではなく、声にも柔軟性を持って客席に表現しなければ信じてもらえないだろうという部分に辿り着きます。
ファウスト役には幅広く音色を使い分ける箇所がとても多いと思います。悲観的な老人の嘆き、虚無感、希望的な明るさ、熱い叙情、バリトン音域からハイC(高いドの音)までの広い声区、dolceで表現するアクートなどなど。
この役はオペラ全幕に渡って多種多様な音色と表現に満ちています。
マルグリートに対して歌うファウストのアリア「この清らかな住まい」にはハイCが出てきます。
このハイCをどのように歌うのかという事ですが、マルグリートは《 純粋で無垢な魂の存在 》ですから、このハイC音を大音量で歌う事は出来ません。
僕はpp(ピアニッシモ/極めて小さく)というよりは、dolce(柔らかく優しく)で歌う事を選択していますが、これをある一定層の聴衆は受け入れて下さいます。
その方々は高音をdolceで表現する事が、大音量で歌う事よりも難しい事を知っているからだと思います。
もちろん受け入れ難いという方もいらっしゃるのも事実。
賛否両論ですし、そのお気持ちもわかります。
高音の音量としての充実感はテノールとしての使命と繋がる部分はやはり大きいですから。
今回は高音の音量としての充実感よりも、その曲全体の中にどのように存在している高音なのかという点を大切に感じて表現することを選択しました。かなりスリリングです。
ファウストは多様な表現を全幕に渡って求められる役ですね。
まだまだやるべき事が山のように積み上がっています。
大切なレパートリーとして歌い続けて、またファウストを歌える日を心待ちにしたいと思います。
ありがとうございました!














