明子は突然転校してしまった。
担任から1週間前には決まっていたことだったと知らされた。
その日が来るまで誰にも言わないでくれと泣いて懇願されたそうだ。
「メイ、どうしてなにも言ってくれなかったんだよ!」
誰もいないグラウンドで、サッカーボールを空高く蹴りあげた。
ボールは太陽と重なり、虚しく地球と衝突した。
*
また夏がきた。
「今年は冷夏だって、うそじゃねーか!暑いな…」
僕はなんとか地元の公立に合格した。
大学ではテニスサークルに入った。理由は、好みのタイプの先輩がサークルにいたからだ。昨夏のオープンキャンパスで一目惚れして、彼女に憧れて勉強を頑張った。なんとも、男という生き物はバカなんだろう。
念願叶って、その先輩とお付き合いしている。
うちのサークルは出会い系と揶揄されることも多いが、ちゃんと朝も夕も練習がある。
今日は朝練だけだったので、講義終わりに彼女とデートの約束をしていた。駅前の映画館で映画を観て、夕食を共にする予定だ。その後は…
万一に備えて、一旦家に帰って身なりを整えることにした。
「まあ、マサヒロに代返してもらえばいいか、情報学の爺ちゃん、耳遠いし。」
いつのまにかガクセーというものに染まっていた自分が、なんだか虚しく思えた。
このままフツーに四年間過ごして、シューカツに追われて…
理想とはいつも現実に打ち砕かれるものだ。
そう、いつも…
*
「あれ…?」
家に着くと、郵便受けから切手のない手紙がはみ出しているのを見つけた。
「この字…メイからだ!」
すぐに辺りを見渡したが、夏の昼下がり、人の気配すらない。
ーヒロくん、ひさしぶり!
テニスウェア姿もすごくカッコよかったよ!
ヒロくんのこと驚かせようと思って大学まで行ってみたの!
まさかあたしの方が驚くとはなあ…(笑)
でも、仕方ないよね、あたしが勝手にいなくなったんだもんね…
あ、そうそう!あたし、東京の私大、受かったんだ!
引っ越す1週間前にね、やっぱり地元の公立入りたいってパパとママに話したら、ママがすごく怒っちゃって。
ホントはパパひとりで東京行く予定だったんだけど、ママがみんなで行くって譲らなくて…
ヒロくんには言わないでおきなさいって口止めされてたの。
ごめんね。
でもうちのママ、おじいちゃんが厳しくて大学受験させてもらえなくて、あたしが東京の私大目指すって決めた時、すごく喜んでくれたの。だから、ママの気持ちを考えると…
これも言い訳にしかならないよね!えへへ…
だから今、家族みんな東京で暮らしています。
あの時はどうしても言い出せなくて、ごめんなさい。
バカだなー、あたし。
織姫さまと彦星さまの話の時に切り出せばよかったのにね…
今日はカッコいいヒロくんの姿見れたから、予定前倒してお昼の電車で帰ります!
鈍行も意外と楽しいんだよ!えへへ!
それでは、ヒロくん、お元気で。
あ、七夕おめでとう!ー
*
僕は自転車にまたがった。
「間に合ってくれよ…!」
全力で、全力で、ペダルを漕いだ。
*
駅構内。
見慣れた後ろ姿。
泣いているのだろうか、メイはうつむきがちに歩いていた。
オフホワイトのワンピースに黒いコンバースのハイカット。
トリコロールのリュックを背負っていた。
メイ…
「メイ!」
そっとうしろから抱き締めた。リュックが身体に当たるが、もうそんなことはどうでもいい。
「織姫さま、もう一度だけ、僕にチャンスをください。
オレ、ぜったいに、よそ見しないで、ずっと天の川だけを見つめてるから。
だから、えと…おかえり、ユミ。」
あ…
最近やっと呼び慣れた名前が口をついた。
妄想で甘い言葉をかける練習ばっかしてたからだ…
努力は裏切らない、か。
そう、ユミとはサークルの先輩の名前だ。
その瞬間、明子の左の掌が僕の右頬と激しくぶつかり、乾いた音が駅構内に響きわたった。
*
一斉に振り向く通行人。
終わった…もうダメだ…
しかしメイは、意外にもとびきりの笑顔で
「バカ。でもそういうとこが好きなのよね、あたしもバカだから。」
「え…?」
やっぱり、女の子ってわからない。
「おれ、やっぱメイじゃなきゃダメだ…」
僕はもういちど、メイを抱き締めた。今度はリュックのない正面から。
ぎゅっと、抱き締めた。