ゲイ占い師 豫 空潤です。

 

ネットフリックスで観たゲイ映画(字幕)です。Tommyは字幕嫌いなので、ひとりで視聴しました。

 

「ニューオリンポスで」2023年イタリア

↑画像はお借りしました。

監督:フェルザン・オズぺテク

脚本:ジャンニ・ロモーリ フェルザン・オズぺテク

出演者(役名):ダミアーノ・カヴィーノ(エネア) アンドレア・デイ・ルイジ(ピエトロ) アウローラ・ジョヴィナッツオ(アリス) アルヴィーゼ・リゴ(アントニオ) グレタ・スカーアーノ(ジュリア) ルイーザ・ラニエリ(ティティ)

 

あらすじ(ネタバレ注意。長いです。耐えられない方は、どうぞ読み飛ばしてください)

1978年イタリアのローマ。政情不安定でデモが頻発していた。

映画館「ニューオリンポス」は建物が古く、上映作品も古く、客は多くない。一般利用者に混じり、ゲイがハッテン(出会い)目的で利用する、いわゆる「ハッテン場」の1つだった。

 

エネアはゲイ寄りのバイセクシャル男性。映画学校の学生をしながら、撮影現場のバイトをし、終わると「ニューオリンポスで」で男を探していた。

 

ある日、「ニューオリンポス」で、エネアはイケメンを見つける。イケメンもエネアを見てくる。廊下に出て煙草を吸うエネア。すると、イケメンも廊下に出てくる。エネアはイケメンに煙草を勧める。

 

エネアはイケメンをトイレに誘う。廊下で一服し、合意したらトイレ個室に一緒に入るのが「ニューオリンポス」のゲイの「ルール」だった。

 

先にトイレ個室に入ったエネア。おずおずと従い、エネアの待つ個室に入るイケメン。だが、鍵を閉め、エネアがキスしようとすると、イケメンは拒否する。「ピエトロ」と名乗るそのイケメンは未経験で、エネアのことは好きだが、トイレではしたくないと言う。

 

「どこならいいのか?」と問うエネアに、ピエトロは答えに詰まる。エネアは父親と2人暮らし。ピエトロも両親と実家で暮らしていて、2人とも「お持ち帰り」などできない。ホテルは若い2人には金がかかりすぎるし、この時代は男2人は入れてくれなかったのだろう。

 

落胆し、廊下で煙草を吸うエネアに、ピエトロが来て「明日もここで会おう」と約束する。

 

エネアにはアリスという「彼女?」がいる。エネアはアリスにはすべて話していて、ピエトロとの出会いも話す。アリスは淡々と聞いている。

 

翌日、「ニューオリンポス」にピエトロを探しに行くエネア。受付係の中年女性「ティティ」に「イケメンの彼を探しに来たのね?」とからかわれる。ティティはすべてお見通しなのだ。

 

「ニューオリンポス」でピエトロと再会したエネアは、「友達の祖母の家が空き家で、2人きりになれる。鍵を借りてくる。現地で会おう」と提案する。

 

ピエトロはエネアの提案に躊躇する。ピエトロは、会ったばかりの男と見知らぬ所に行くのは、やはり怖いのだ。しかし、エネアが差し出した紙を見て驚く。わざわざこのために地図を用意したのだ。そして、その地図には「時間も空間も越えられる」と書き添えられている。

 

「鍵が借りられなかったら?」というピエトロに、エネア「その時はピザでも食おう」と答える。安心したピエトロは約束に応ずる。

 

古い住宅街で落ち合うエネアとピエトロ。「友達の祖母の空き家」は、予想以上に広く、豪華だった。エネアとピエトロは激しく求めあうだけでなく、お互いのことを話し合う。エネアは映画監督を目指している、ピエトロは医大生だと。そして、酒を飲み、音楽を聴き、踊り……お互いにジャムを指ですくい、舐めさせ合う。

 

エネアのバイクに2人乗りして戻り、次に「またニューオリンポスで」と約束する2人。片方が遅れたら、映画を観て待てばいいということだ。

 

後日、約束通り、ニューオリンポスに来たエネアだが、アリスが「一緒にデモに行こう。デモが大事だ」と追いすがる。しかし、受付のティティに「彼が中で待っているよ」と聞くと、エネアはアリスとのデモ参加をきっぱりと断る。嫉妬したアリスは怒ってエネアを叩き、ひとりでデモに行く。

 

エネアは「今日は(友達の祖母の家の)鍵は借りられなかった」と言い、ピエトロは「レストランを予約した。2人でピザが喰いたい。が、1時間ほど(母が入院する)病院に行かねばならない」と言う。

 

先に出て、病院に行くピエトロ。映画を1時間だけ観て、後から行くことになるエネア。しかし、その日のデモは大規模で激しく、機動隊に終われたデモ参加者が大量にニューオリンポスになだれ込んでくる。そこに機動隊も乱入し、映画館内でデモ参加者と機動隊が激しくもみ合う。

 

ティティの助けで外に出られたエネアは、機動隊から逃げ、ピエトロが待っているはずのレストランに向かうが……。

 

10年後の1988年、エネアは映画監督として、2人の男優に助監督のアリスとともに演技指導をしていた。2人の男優は全裸で、ジャムを指ですくい、舐めさせ合う……。かつてエネア自身がピエトロと愛し合ったあのシーンだった。

 

エネアの初回作映画が上映された。友人達と観るピエトロとその妻(ジュリア)。実はその映画は、(男同士のベッドシーンが)わいせつ罪で1度は上映禁止になったが、後で復活して話題になったのだ。

 

映画後、ピエトロたちの夕食会で「男同士のキスやベッドシーンは観たくない」と言う男性陣と「激しく燃えながら結ばれない(男同士の)恋に感動した」と言う女性陣で、意見が分かれる。

 

ピエトロの妻のジュリアも映画を評価していた。意見を求められたピエトロは「よかったよ」しか言わない(言えない)。

 

帰宅したピエトロは元気がなかった。妻のジュリアは「昔、腕を骨折したことを、映画で思い出した?」と問う。「そんなシーンなかった」と答えるピエトロ。ピエトロが映画を観てから「心ここにあらず」だったことを妻は見抜いていたのだ。

 

映画の監督と助監督でもあるエネアとアリスも、その映画のことを話していた。映画のもとになった「恋」についてアリスに問われたエネアは「結局、何もなかったに等しい。相手は未来の映画監督に興味を持っただけだった」と答える。

 

エネアとアリスは仕事上の仲間で、今もセフレ関係にある。中途半端な関係に絶望しているアリスは、流産したことも軽口で笑い飛ばそうとする。(「エネアの子ではない」とアリスは言うが……)

 

久しぶりにニューオリンポスに入るピエトロ。ニューオリンポスは成人映画館になっていたが、相変わらず客席はガラガラで、廊下には煙草を吸うゲイ達。顔見知りに声かけられたピエトロは、エネアが有名監督になり、もうここへは来ないことを知る。

 

エネアは、アリス宅のパーティーで、お菓子作りが得意の男(アントニオ)と知り合う。機械工学が専門で元水球選手(ムキムキ)のアントニオは、アリスからエネアへの「サプライズ」だった。アリスの目論見通り、エネアとアントニオはキッチンで熱烈なキスをする。

 

更に5年後の1993年。エネアとアントニオは同棲していた。几帳面で嫉妬深いアントニオと、昔からのゲイ友との交流をやめない自由奔放なエネアは、時に衝突しながらも愛し合っていた。エネアは、ゲイ友からピエトロの情報を聞き出そうともしていた。お互いに住所も電話番号も知らなかったエネアとピエトロは、あれ以来、2度と会えなくなっていたのだ。

 

エネアは、偶然、ニューオリンポスで受付係だったティティと再会する。ティティから「あなたはニューオリンポスに2度と来なかったけど、彼(ピエトロ)は来て、あなたへの手紙を預けていったわ」と語り、エネアを自宅へ連れて行く。

 

ピエトロの手紙を受け取るエネア。15年前のあの日、ピエトロは病院から出て、デモ隊と機動隊の衝突に巻き込まれ、エネアを探すうちに車に轢かれ、大怪我を負ったのだ。「一緒にレストランに向かっていれば、離れ離れにならず、今も一緒にいたはず……」というピエトロは、あの後もニューオリンポスに行き、エネアを待っていたという。エネアは、手紙に記された電話番号にかけてみる。しかし、その番号は既に使われていなかった。

 

どうしようもない後悔で、茫然としたまま帰宅するエネア。そこには「どうした?」と心配するアントニオがいる。エネアはアントニオにすがって泣き、「俺がいるから」というアントニオとキスをするしかなかった。

 

ピエトロも、ニューオリンポスで一緒に観た古い映画を観てはエネアを思い出し、茫然としては妻ジュリアに不審がられていた。

 

有名監督になったエネアの記者会見があり、ピエトロも傍聴していた。カミングアウトしていたエネアは、仕事仲間アリスと私生活のパートナーのアントニオを聴衆に紹介する。失意で途中退席するピエトロ。

 

エネアは、アリスにだけはピエトロとの経緯を告白していた。アリスは「遠い過去になるほど美しく見える」と冷静にコメントする。

 

更に21年後の2014年。エネアは、14作目の映画に取り組んでいた。アリスだけでなく、アントニオもエネアの現場を手伝っていた。その現場で事故が起こり、両目をケガするエネア。

 

ピエトロは眼科医だった。疲れてて断ろうとした急患がエネアだと知り、緊急手術に応じるピエトロ。無事に手術を終えたピエトロに、パートナーのアントニオが話を聞きに来る。「エネアは僕の命です。ひと晩付き添います」と言い切るアントニオ。「大丈夫です。よくなります」とだけ返すピエトロ。

 

帰宅したピエトロを待っていたのは妻ジュリアだった。今日の手術が映画監督エネアだと知ったジュリアは、何かを感じ取っていた。長年連れ添って、夫のピエトロが自分を愛してないことを確信しているのだ。子どももできなかった。そして、ピエトロの様子がおかしくなるのは、決まって映画が関係した時……ゲイをカミングアウトしているエネア監督が関係している時……。

 

術後順調なエネアは希望して、両目に包帯したまま退院する。「看護師に往診させる」というピエトロに「先生も来て欲しい」と頼むエネア。ピエトロの声を覚えていたからだ。

 

自宅に戻ったが、まだ何も見えないエネアは、ティティの言葉を思い出していた。「愛する人は常にそばにいる。会った回数じゃない。お互いの思いの深さが大事だ」

 

エネアは、たまらず、クリニックのピエトロに電話し、「往診に来て欲しい」と頼む。請われたピエトロが来てみたら、なんと、エネアと結ばれた想い出の「友達の祖母の空き家」だった。

 

エネアは広いバルコニーの寝椅子に座っていた。ピエトロが声をかける前にエネアが感づいて「どんな眺め?」と聞いてくる。「ご自分の家でしょう?」とピエトロが返事すると、エネアは「だから聞きたい」「思い入れのある家なんです。苦労して手に入れた」「先生と同じ名前の人と、学生時代に出会った。友達以上の関係だった」と話す。アントニオとアリスがやってきて、それ以上会話が続けられなくなるピエトロ。

 

エネアの眼が治り、見えるようになった。ピエトロに電話すると、先に出た妻ジュリアがエネアを夕食に招待する。

 

アントニオは父親との用事があり、エネアだけがピエトロ宅を訪ねる。有名な映画監督が来ると言うので、友人夫婦らも来て、みんなで夕食になる。晴れて包帯がとれたエネアは、30数年ぶりにピエトロの顔を見て、何も言えなくなる。ピエトロもただただエネアを見つめてしまう。隣にいたジュリアはただならぬ2人の視線に気がつく。

 

夕食が始まっても、ピエトロとエネアはお互いに見つめ合う。他の参加者は「秘密の関係」を話題にする。エネアは「秘密であっても、愛することは悪くない」と言い切る。そして、初回の作品を「愛し合いながら別れた2人は実話?」と聞かれたエネアは「相手はデモに巻き込まれ、交通事故で来られなくなったと、映画のずっと後で知った。人生はそんなもの」と答える。

 

ジュリアは確信する。夫ピエトロの元恋人はエネアだった……そしてお互いに今も愛し合っている。エネアが帰った時、ジュリアはピエトロに言う「彼を見るように私を見てほしかった。彼を追いかけなさい」と……。

 

ためらった末にピエトロが外へ出ると、エネアが名残惜しそうにゆっくり歩いていた。追いついたピエトロは「忘れられるのはつらい。また思い出して。さようなら」と告げて見送る。「さようなら」と応じて去るエネア。

 

最後にシーンでは、若き日のエネアとピエトロが、大衆的なレストランで、ワインとピザを飲み食べながら、歓談する。現実ではかなわなかった妄想のシーンだ。2人が切望しながら実現しなかった夢だ。ただ、2人でピザを食うというだけの……ささやかすぎる夢だった。(END)

 

細かくて、長すぎる「あらすじ」で、申し訳ありません。しかし、要約すると「ハッテン場で出会ったゲイ同士が、深く愛し合いながらも、デモに巻き込まれ、会えなくなってしまった。数十年後、やっと会えた頃にはお互いにパートナーがいた」になってしまうんです。

 

それでは、この映画の良さは、まったく伝わりません。登場人物のセリフ・表情の細かい部分にこそ、良さが現われてます。まさに「神は細部に宿る」です。

 

この映画は、監督自身の自伝的作品と言われてます。だからこそ、細かな部分にまでリアリティを感じます。たとえば、ノンケ男女の話だったら、こうはなりません。映画館でもどこであっても、お互いにひと目惚れしたなら、まずはお茶に誘って、連絡先を交換し……となるでしょう。

 

しかし、1970年代のゲイは違っていた。ゲイバーや「ハッテン場」などで会い、お互いの素性も連絡先も知らぬまま、一時の情熱に身を任せるのが常だった。しかし、そんなゲイの「ルール」など知らぬ未経験のピエトロは違う。それより2人でピザが食いたかった……普通にデートしたかった。そんなピエトロをエネアも愛した。

 

だが、運命のいたずらが2人を引き裂いた。ノンケカップルのように、お互いの連絡先を真っ先に教え合っていたら、そうはならなかったのに……。

 

医師になったピエトロがゲイを隠し、女性と結婚したのも、現実的な話です。自身が既婚者であることと、エネアを深く愛するパートナーのアントニオが存在することから、2人は想い出の中でピザデートするしかない……。これも、とても現実的な結末です。お互いにすべてを捨てて……若き日の情熱を再び燃え上がらせるのは……いかにも「作り物」です。現実的にはあり得ない。

 

ゲイにとってあまりに現実的な話です。切ないほどです。

 

さて、今日の易タロットです。

↑「風地観(ふうちかん)」

男性がひとり座っています。山々を見ているようで、風を読んでいるのです。

今は動かず、状況を観察する時です。

 

物質的行動は控えましょう。

精神的なことはお薦めです。

 

↓我が師である 霊観占 大幸 峰ゆり子先生。

 

 

↑峰ゆり子先生宅玄関前の観音像(北海道苫小牧市)