BLEACH COLOR EYES -49ページ目

放物線

投げ出されたそれは、もしかしたら思い描いた放物線を描かないかも知れない。

毎日を重ねるというのは、すれ違いを重ねていく事と同義であると、そう確信していく。

日々変わっていく環境や条件は、留まらず先へ進んで行けと、弱々しい心を掻き立てているよう。

今、弱々しい心に囚われているのかも知れない。

毎日、気付かないようなくらいに起こっている小さな変化に、苛立ち戸惑っていたりする。


放り出されたそれは、キレイな弧を描かずに、もしかしたら鋭角に刻みながら落下するかも知れない。


どうしてだろう。
どうしてすれ違うのか。
そのすれ違いさえ、きっと思いすぎなのは解っている。
ただそれでも、日々違っていく現実に少しだけ悲しくなる。


あぁ、かつて見た夢はやはり絵空事だった。



それを受け入れていく事が大人の対応なんだとは解りつつも、夏の眩しい陽射しに身と心を焦がしながら思うのは、やり切れないような焦燥。









放物線は、必ずしも思い描いた通りには弧を描かない。


でもそれは解っていた事だ。





夏祭り

いつの間にか時間は経ち、陽が傾くのが早くなったとは言え、まだ空は夕暮れ色を随分遅くまでたくわえている。


耳を澄ますと遠くで祭囃子。

微かに掠れながら届く夏の鼓動は、懐かしさを連れて胸を切なく締め上げる。


田舎に育った僕が思い返す祭は、小規模で迫力にこそ欠けたが、それでも祭の雰囲気は心躍るような感覚を覚えさせてくれる。

溢れる人に揉まれながら、掻き分けて母親の手を握ったことを思い出す。
父は、少し離れた夜店でリンゴ飴を買って微笑っていた。


夕暮れから人込みを歩いて小さな僕は疲れを感じながらも、少しずつ暮れて暗くなっていく景色を見ながら、その時を待ち遠しくしていた気がする。

辺りが暗くなり、アナウンスが流れる。


少しのざわめきと歓声に交じって一つ、大きな花火が上がった。


明るいうちに、空を飛び交う小さなコウモリに目を奪われていた好奇心は、耳をつんざくその音に一瞬にして恐怖心に変えられて、キレイに花開く火花に泣き出した僕を、母が優しく慰めてくれた記憶がある。




大人になって、祭を好きになって、いろんな時間を過ぎながら、幼かった頃の記憶を遠くにやってしまったが、田舎にはなかった街を大規模に練り歩く、神輿通りを見ると少しだけ切なくなりながらも、あの頃の父と母の優しさと、妹の無邪気さ。そして自分の臆病さを思い出して、微笑ってしまう。


恋人と過ごした夏祭りや、仲間達と過ごした祭。

ただ一人で、遠巻きに見ていたそんなものもあった。

夏は、そんなことを思い出させる。

今年はちゃんと浴衣を着て歩いてみようかなんて、仲間と話している。
この、少しざわめく感じのくすぐるような、悪戯心に満ちた感覚は幼い心をさらに幼くさせる。
胸躍るような楽しく嬉しく、懐かしさと新たに刻む感覚を両肩にそっとベールをかけるようにもたらしてくれる。



8月の頭には、地元で大きな祭があり、キレイな花火が空を彩る。
もう、何年も見れていない。


「今年は、花火一緒に見れたらいいね」と、両親が電話口で言っていた。

本当にキレイなその風景を、いつかまた、両親と妹とで。
幼かった頃の思い出を酒の肴に、飲みながら見上げられたらと、そう思っている。



夏祭りの季節。

耳を澄ませば、遠くで優しい祭囃子。

WORK HARD

今日は朝から忙殺されるような忙しさ。

何度も何度も、同じ話を繰り返しして同じような結論に辿り着く。
堂々巡りってのは本当に精神的に力を削がれる。

話を聞こうとしないものがいつも空気を乱して、また何も手にしないままにその場を後にする。

別に傷つけ合いたい訳じゃない。ただ、お互いに想いを伝えたいだけ。

言葉にして肯定してほしいだけな、初めから何もしないと決めたらいい。
それでも現実の中で葛藤して、擦り切れながら戦っている。


でもそれはみんな同じこと。子供だってそうだ。大人だってそうだ。

だから、全てを放り出してしまうのではなく、少しでいい。いろんな声に耳を傾けてほしいだけ。

それでもいろいろな気持ちが解るから、少し切なかったりする。


今夜はYAZAWAが目を熱くするなぁ…