この俺が職場で
コミュニケーション能力を評価されている。
といっても仕事ではてんでダメだ。
評価されてるのは、人間関係の方。
+10歳位までの先輩なら
同じファームウェアの先輩たち30人くらいいる中で
半分くらいとは気兼ねなく話せるものだ。
また派遣さんともすぐに仲良くなり
はたから見れば、あいつどれだけの人と仲良さそうに
話してんや、となる。
おそらく後輩含め
5コ上くらいの代までの中で一,二を争う程
顔が広いのではないか?
とはいうものの、
実は根は人見知りである。
元々、俺は内気だった。
幼稚園時代を知る人は、誰もが内気な少年と思っていただろう。
新しく会った人に心を開けない。
何て話しかけていいか分からない。
勇気が出ない。
だがある時、何だかバカバカしくなった。
このせいで友達が少ないんだ。
もっと明るく生きたい。
クラス替えとかある度に
少しずつ、勇気を出して話しかけてみることにした。
中には冷たくあしらわれて
悲しい思いもした。
でもやっぱり友達は多い方が楽しい!
だけどプライベートで遊ぶ奴は別!
気の合う奴だけね。
俺は気が使えないからw
それにしても、今思っても腹立つやつ。
高2の頃、仲良いやつは塾にいたけど
みんな違うクラスだった。
俺はぼっちだった。
あまり気が合わないけど
ラグビー部の連中と親交を深めようとした。
学校で同じクラスの本間ってやつに。
ある日、帰りのホームに見かけた。
俺は話しかけた。
でもそいつはすげえ投げやりな返事をしながら
携帯をずっといじくってた。
もしかしたら、「うぜえ何か絡まれてる」
みたいなメールを送ってたかもな。
それから俺はそいつと話さなくなった。
ラグビー部の連中とは英語の授業で一緒だった。
そいつらは高1から塾でずっとやってたようだ。
最初はそいつらの方が実力は上だった。
無理もない、俺は1年の頃はまともにやってなくて
学校の授業についていけなくなったから。
でも俺は入って2か月で、
そのクラスのトップになった。
俺は苦しみながら毎週、文法書とにらめっこして
必死に英語を理解したよ。
まぁその時の塾の先生が無能だったのもあるけど。
説明へたくそだし。
でも意外にあっさりだったなあ。
それから更に2カ月後にまたトップ取って
上のクラスに行くよう勧められた。
ついていけるか不安だったけど
今のクラスじゃ物足りなくなったし
上へとチャレンジしよう。秋に行った。
グッバイ、中途半端なラグビー部諸君。
奴らとは約1年後に2クラス合同授業で再会したが
一度も抜かされることはなかった。
まぁ俺は上のクラスで挫折を味わったけどな!
懐かしいから次のブログで引き続き塾の話。