史上最強の4位入賞 | 新労社 おりおりの記

史上最強の4位入賞

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バンクーバーオリンピックの女子モーグルでは、上村愛子選手が4位でした。4位というのはメダルにあと一歩及ばないのですが、思い出すヒトがあります。 

 

村社講平 (むらこそ こうへい) 

 

1936年ベルリンオリンピックの5,000m、10,000mの4位入賞者です。残された写真を見てみると、身長160cmそこそこの、この選手は、フィンランドのオリンピック「常連」の巨人3人を相手に、デッドヒートを繰り広げています。この巨人たちが金銀銅を占め、村社選手は4位だったのです。

 

 

 大人3人に子どもが囲まれて、一緒に走っているようなレースです。70年以上前の話ですが、今よりずっと貧しい日本で、小柄で30歳を超えた選手が、ヨーロッパの巨人を向こうに回して互角に戦う姿はヒトの胸を打つものがあります。

 

これを見て陸上競技の道を進むことを決意した人物がいました。後年の「人間機関車」、戦後まもなくの長距離ランナー金メダリスト3冠王、エミール・ザトペック です。 

 

人間機関車と呼ばれた男 

 

当時の新興国、チェコスロバキアのヒトで、戦前はナチス・ドイツの圧力を受けていました。この「子ども」のような東洋人が巨人3人を相手に戦う様を見て、自分も陸上競技をやりたいと思うようになったのです。 

 

今から30年ほど前、60歳近くなったザトペックは来日しました。その際、75歳になった村社講平元選手とぜひ走りたいと希望したのです。 たとえメダルには届かなくても、カネや仕事ばかりでなく「ヒト」を残したことで持って瞑すべしでしょう。オリンピックやスポーツとは感動の物語です。オリンピック選手でなくても、こういう人生を送りたいものです。