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シェアするということ


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最近やっと、とても重要なことなんだと、わかりました。

シェアする、ということが。


オープンであること、とも言えるのでしょうけど、シェアするっていう表現がしっくりきます。


それが、愛につながっているんだなーって。

というか、愛とイコール、なんですよね。

かなりはしょってますが!


「自分のモノ」だと思い込んでいる「モノ」はすべて、自分のモノなんかじゃないのに。。

自分のモノである必要なんて、ないのに。


物理的なモノもそうですし、たとえば感情とか思考とか、そういうものも。




そんなことを思う一方で、今年ブーツどうしよう…とか真剣に考えてますけど…。









人生の宝

今の仕事について、今日でちょうど1年です。


先日のこと。

ふと入口に目をやるとコントみたいに顔だけひょこっと、知った顔がふたつ上下並んでいる光景が…。

気づいたわたしを見て、ひょいっと引っこんで、また顔だけ上下並んで登場。。


「1周年おめでとーー!!」と言いながら、お菓子とお花を持って、今度は全身で登場。。

もーびっくりしてしまいました。

仕事中なのに、うれしすぎで感激でまじ泣きしてしまいましたよーーー。


ちょうどランチに行ける時間だったので一緒に行って、一度バイバイしたあと、しばらくするとまた別の知った顔が、パン教室で作ったばかりというおいしそうなパンを手に登場してくれました。。


わたしも忙しくなってきてほんとにバイバイして、少ししてから休憩がてらぶらぶらしてたら、カフェでおしゃべりに夢中なってる3つの知った顔が、笑。


当然、わたしも加入。

お財布もってなかったので、知った顔1号にコーヒー買ってもらいました。


差し入れもうれしかったけど、3つの知った顔が覚えていてくれたこと、わざわざ来てくれたこと、じーんとしてしまいました。

ほんの少しでの時間でもおしゃべりできてうれしかった。。


実は1年前の初日にも来てくれたんです。

好きなことを仕事にしたわたしに、がんばれよーって言いに。

やさしいやさしい、熱い大好きな人たち。


ほんとうにありがとね。

わたしはなんて恵まれているんだろう。

こんなにあたたか。。


大好きだよ。

いつもありがとう。






右斜め上のひと

危うさや脆さとはまったくかけ離れていると自覚しているわたし…。

(そんな感受性豊かなはかなげな感じに、昔から憧れてます)


そんなわたしでも、卵巣からプロゲステロンが放出されている期間は、揺れてしまいます。。


わたしは子どもを授かるのかな。

動物的には、この年はもうぎりぎりなんだろうな。

特に父親はそんな娘を、かわいそうに、くらいに思っているんだろうな。

親に孫をみせてあげられないのかな、親不幸だよな。


もう仕方ないので、子宮さんに身を委ねてこの感情を観察するしかないのですが。。



わたしは、なぜかものごころついた時から、自分のことさえも客観的にみていました。

自分の右斜め上に、もう一人の自分がいつもいて、わりと冷静にみてる感覚、笑。


でも、ほんと今思うとなのですが、たとえば恋愛でどつぼにはまっている時とかは、このもう一人の自分を無視していたのです。

無視というか、見て見ぬふりというか。

「わかってるわかってる、でももう少し…」って、その自分の言うことに反発してたというか。


内なる声に、抵抗していたのでしょうね。

決めてきたことなのに、本当の声に従って行動を起こすことを先延ばしにしてしまっていたのですよね。。



いまをかみしめて、いまを感じて。

ここ最近は特に、先延ばしにしてきてしまった感があるので、これ以上つまらせてしまって、残してしまうなんてことのないように。



では今は、ホルモンに惑わされる動物としての自分を慈しむとしますかー。