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本道佳子さんの料理教室

持ち物は要りません。
妻が電話越しに聞いたことを私に話してくれる。
三角巾やエプロンを持参される方もいらっしゃいますが、基本的には何も必要ありません。
先生の料理を見て、それを皆さんで頂くという形になります。


一体どういう料理教室なのか、私は考えを巡らせていた。
今回のテーマである「ビーガン料理」とは完全菜食主義者のことであり、肉、魚、チーズなど動物性のものは一切使わない料理のことを言う。つい昔からベジタリアンという言葉が国民に浸透されてきた頃から、オーガニック、エコ、無農薬、有機栽培など普段食べる食品について敏感になる人たちが増えてきた。
それに伴い専門のお店や飲食店なども見えるようになり、少なくとも私の知り合いにはそういったものを好む人も少なくない。


一方私は、肉や魚を好む。好んで食べる。
私が焼く焼き鳥は私自身が大好きだ。
普段の食材を選ぶ基準にしても、無農薬や有機栽培を基準に選んでいるわけではない。
自分の目で見て、それが美味しそうだとか、綺麗だとか、水々しい、という「感」で選んでいるため、そこの基準を持たないで生きてきた。

持論を持ち出すとすれば、「美味しい」と言って食べられることが何よりも幸せであると考えているため、ベジタリアンを主張する料理店がお肉に似せた大豆料理を作っていることに違和感を覚えていた。なぜ?肉っぽくする必要があるのだろうか?と不思議に感じていた。


そんな私がビーガン料理をどう受け止めていいのかということに少し戸惑いがあったのだが、この教室に出会うきっかけを考えると、そんな不安はすべて拭いさることができた。
すべては船戸クリニックから始まっていて、山川草木料理の「須多”」や池川先生の胎内記憶のお話など、もとをたどればすべてが一本に繋がっている。

何よりも妻の「興味」は本物である。と私は信じている。
その興味が今回の料理教室になったというわけである。


それでは始めましょう。
本道佳子先生はそう言って厨房に集まった11人を呼び寄せた。
様子をうかがっていると、どうやらこの料理教室を初めて受けるのは私だけのようである。
先生は初めて来た私に教えてくれるように言葉を続けた。
私の料理はね、決まってないの。今日何を作るのか決めていないのよ。
どうしましょうね。さて、あ!そうだ。
おもむろに目の前にあったキャベツを手にした。
生産者の書かれたキャベツの袋を開けながら私の顔を見ていった。

キャベツってね、すごいのよ~。
何がすごいってね、頭の熱を冷ます効果があるのよ。
ほら、こうして一枚キャベツを剥くでしょ、それを頭の上にかぶせるの。
そしたらね、熱が取れてスッキリするのよ。
誰かやってみる?


え?そうなんですか?では私が…。
私は先生の剥いたキャベツを一枚頭の上に乗せると、みるみるうちに頭の熱が取れていくのがわかった。
うわ、ほんとすごいですね。涼しく感じます。そう先生に伝えると、
そうでしょ。ほんとすごいのよキャベツって、そうだ、みんなもやってごらんなさいよ。本当にすごいんだから。と言って11枚キャベツを剥いてみんなに手渡した。
私もそうするわ。これでね、頭がニュートラルになるのよ。
そう言って先生の頭にもキャベツの葉が一枚乗っかった。

スッキリして浮かんでくるの。何を作ったらいいとか、野菜たちがどうして欲しいとかね聞こえてくるのよ。
私ね、この春菊を見るとね、生産者の気持ちが伝わってくるの。
春菊ってね普通、茎までついて売っているでしょ。
でもね、この人はわざわざ茎を綺麗に取って、先だけ綺麗に並べているの。すごいでしょ。
だからこのまま和え物にすることにするわ。今決めたの。

ヒエはね、20分炊いてみる。
お鍋にこれくらい水を入れてね炊くの。クリーミーになったヒエって美味しいのよ。
でもね、明日は23分て言うかもしれないし、15分て言うかもしれないわ。
今ね、「20分」って思っただけなの。わかる?と言ってもう一度私の顔を見上げた。
私はただ、うなずくことで精一杯だった。


まさか、こんな始まり方をするとは誰が予想しただろうか。
キャベツを頭の上に乗せて始まる料理教室など聞いたことがない。
メニューも決まっておらず、食材も何を使うのか決めていない。
その時感じた、一瞬をキャッチしてそれを実行する。
一見、単純であるように思えるが、話はそう簡単ではないことが私にはビシビシ伝わっていた。
これは「即興料理」だ。
さらにそれをみんなの前で実演する「即興ライブ」なんだ。
そう私が感じた時には、キャベツを通して先生の頭には天から降りてきたシグナルを受け取っていたのだった。
私はメモを書く手を止めて、ただ先生の話に耳を傾けた。


あ、そうだ、ごぼうを素揚げにしましょう。
先生は手を小刻みに叩きながらどんどん先へ進んでいる感じがした。
つくしはどうしましょう。
あのね、手を叩くとね浮かんでくるのよ。
これね、私の癖なの。
あ、そうだ赤ワインある?
ビネガーもある?
近藤さん、そこのフライパンとってくれる?
あ、はい。私は少し焦りながらフライパンを手渡した。

私ね、全部使い切り症候群なの。
そう言ってビネガーをすべてフライパンに入れた。
少しとろみが出るまで火にかけるわ。
赤ワインでねつくしを揉むのよ。
それをねビネガーで絡ませるの。
わ~、美味しそうでしょ~!
ちょっと舐めてみて。
私、びっくりしたわ。
ね?美味しいでしょ~。

そこで、3人いたスタッフに声をかけた。
お願い、ご飯を炊いてくれない?
もういいわ。お願いね。
私ね、もう出来ちゃったのよ。
もう完成したわ。

私の見えないところで、先生の頭には料理の神様が降りてきていたようだった。
未だに完成の見えない私は歴然とした格の違いを見たのだった。
私はこんな料理人がいるのか…と感じた。


あなたこの素揚げしたごぼうを何味で食べたい?
そう他の参加者に聞くと、参加者は、え?どうしましょう?とニッコリ微笑んだ。

あなたの顔にココナッツっていう表情が見えたわ。
ねぇココナッツオイルってある?
彼女がそうして欲しいって言ったのよ。

ニンニクはね、え~っとオリーブオイルとごま油とどちらにしましょう。
また先生は手を小刻みに鳴らしている。
ごま油ね。そうするわ。
油を熱したフライパンにニンニクを入れて香りを出した。
厨房の中に香ばしい香りが立ち込めた頃、フライパンを持ち上げた先生はニンニク油を春菊の中に入れた。

あら?ここに入ったわ。
春菊が入れて欲しいって言ったのよ。
まぁ、美味しそう。


こうして出来上がった料理は7品となった。
ご飯の上に赤ワインビネガーであえたつくし、春菊とニンニク油のご飯、素揚げしたごぼうのココナッツ和え、ほうれん草と海苔、炊き込んだヒエにディルを絡めて紫芋と一緒に、バナナにニンジンを混ぜてヒロコ先生から頂いたパンを乗せたもの、デザートのぜんざい。
どれを取っても力強く大地の息吹を感じる。
それを最大限に引き出したのは本道佳子先生である。

私が持っていた先入観や思い込みはすべて撃ち砕かられた。
本道佳子先生はビーガン料理というスタイルを使い、私に価値観というものを教えてくれた。


そもそも私は普段から考えない料理を作っている。
その時感じた、その時の分量を計り、焼く音に耳を傾けて目で見ることにこだわらない料理を作ってきた。
ある日、哲学を研究する人が私の料理を食べて、こう言った。
あなたの料理は考えないから美味しいのよ。
哲学もそうなの。哲学の究極は考えないってところになるのよ。
考えるっていうのはね、わかんないから考えるの。
バカなのよ。いくら考えてもわかんないんだもん。
だからね、考えないって究極の調理法なのよ。


そのまたある日、武術を教える先生がこう言った。
武術はね相手の隙を見て攻撃するってことではないの。
武術の達人はね、正拳突きをして相手に攻撃するってことがないの。
側から見ればそう見えるのかもしれないけどね、本人から言えば「正拳突きが出た」ってことらしいのよ。
自分から突こうと思ってついたんじゃなくて、気がついたら突いてたってこと。
だから考えてたんじゃ遅いのよ。
考えないってことなの。


私は自分の料理方がこれに沿っていると思いながらも、人にその料理法を伝えることができていなかった。
いつか、料理本を書きたいと思っていたが、分量を書かなければいけないと思い込んでいたのだ。
それによって最近は少しでも分量を計る方向に進んでいたのだが、どうやら少し遠回りをしていたようだと思った。
本道佳子先生は料理の軸になる大切なことを教えてくれたのだった。


これからもお話を聞いてみたい。
私は先生に出会えたことに感謝するとともに、きっかけを作ってくれた船戸クリニックのヒロコ先生にありがとうと伝えたい。


そして妻よ。
やはりあなたの興味は間違いない。
今回も私に経験させてくれてありがとう。