【 ベンジャミン・バトン 数奇な人生 】 | 若輩社長 ~13畳からのはじまり~

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株式会社フリープラス 代表取締役社長 須田 健太郎 の日記

今日は、帰宅後に ”ベンジャミン・バトン 数奇な人生” を見ました。


ストーリーをwikiから引用します。


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1918年のニューオーリンズ
80歳の姿で生まれた赤ん坊はある施設の階段に置き去りにされていた。黒人女性のクイニーはその赤ん坊を拾い、ベンジャミン(ブラトピット)と名付け、自身が働く老人施設でベンジャミンを育てる。

ベンジャミンは成長するにつれ若返っていった。


1930年の感謝祭 でベンジャミンは少女デイジーと出会い、ふたりは心を通わせた。仲が親密になっていくにつれベンジャミンの若返りとデイジーの成長は進み、やがて同じぐらいの年格好となった。

しかし、この後も普通に年をとっていくデイジーに待っているのは「老い」。
ふたりは共に同じような人生を送れることはないのだ。
ベンジャミンは彼女を通じて、「生きること」とは何かを深く考えていく。


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老人から生まれようが、赤ちゃんから生まれようが、共通しているのは、死ぬことでした。


”永遠なんてない” というフレーズをとても強調していました。



ベンジャミンは、年寄りで生まれ、老人ホームで育ったので、


人の死を見る機会が多い環境でした。


死んではまた次の老人が来る。そして、また死ぬ。


人間はそういうものなんだと、また思い知らされました。




そもそも、人生ってなんなんだろうと思ったとき、 ”記憶” だ、ということを思いました。


80歳になったとき、認知症などで、すべてのことを忘れていればその人にとっての人生は、


”無” に近いものではないのか。


その人の周りにいる人がその人のことを覚えていれば、その人の人生は、周りの人の中で存在して


いるものになります。


人生、80年間。いろいろあると思います。いろいろなデータベースが頭脳に蓄積されます。


しかしそのすべて(ほとんどが) 消えてしまったとき、人生っていったいなんなのだ。ということすらも


考えられなくなります。


それこそ、本当に人生って一体なんだったのだ。 という状況です。




ただし人間は、有限な命をつなげていくことが可能です。


これが私の考える、自分の人生のもっとも大きなミッションです。


自分の存在を遺伝子情報として、世に残すのです。




そして、もうひとつ。前述したことからわかるように、人生は記憶です。


誰かが誰かの人生を覚えていれば、それがその人が生きた証です。


私は、ただ子孫を残すだけではなく、自分達の人生をこの世の記憶としてとどめておきたいのです。


それが私達の生きたもうひとつの証と考えています。



現代を生きて行くために必要なのは、お金であり、そのお金を稼ぐ方法として自分が選んだ道は、


会社です。


たくさんのフリープラスファンをつくり、たくさんの方の記憶にとどめてもらい、愛されること。


この軸をブラすことなく、残りの人生を賭けます。




もちろん、須田Jrもお楽しみに!






いろいろとこんがらがった話となりましたが、映画を見ながら感じたことを、


そのままアウトプットしました。


今週も本当にありがとうございました。










人生はいつだって最高です。


須田健太郎








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