自信のないあなたへ。自信が内側からあふれてくる、もっと自分自身を好きになる、赤石ちづきのオフィシャルブログ♪ -10ページ目

自信のないあなたへ。自信が内側からあふれてくる、もっと自分自身を好きになる、赤石ちづきのオフィシャルブログ♪

あなたは自分がすきですか?

  あなたをプロデュース 自身の付く楽しい生活トレーナー


あなたにも出来ますよ。自信のつけ方教えます。
セルフイメージ(潜在意識)を変えて行動へ

1日1歩。3日で3歩。3歩歩いて2歩さがる♪

これって、毎日コツコツ1歩進んでいるくらいでも、結果は3日で1歩進んでいるって解釈してみました。

毎日1歩、頑張っているのに、実感はなかなか進んでいないって気づいちゃったのかな?

でもね、結果は3日で1歩かも知れないけど、ちゃんと、歩いていれば、前に進んでいるって事だよね。

~汗かきベソかき歩こうよ--走らないで歩けぇ---ワンツーワンツー~♪ って続きますよね。

周りやテレビやイロイロな情報に、焦って走っていたり、走らないとって思ってませんか?

自分を好きになること。

自分自身を信頼すること。

自分に自信がつく事には、テクニックや知識はいらないです。

特にマスコミやテレビの情報はネガティブなものが多いですから、情報に惑わされないように、自分らしく居るために、情報を遮断しましょう。

必要な情報は入って来るものです。その事は、私がアメブロでブログを書くことになったきっかけの人がこちらの記事で書いてくれています⇒●【追記あり!】必要な情報は入ってくるという、一見ゆるいお話?

誰もが、繰り返しの中で前に進んでいます。

毎日、朝が来て、起きて、顔を洗って、朝食をとって、ラッシュに揉まれて、疲れて出勤して……

ちょっと待って!!

本当に同じ事の繰り返しですか?

ネズミの走り車のように、進んでいないのでしょうか?

否です。同じところをぐるぐる回っていたとしても、あなたが居るのは、螺旋階段なんです。だから、登っているにせよ、降りているにせよ、進んでいます。

そして、自分探し(本来敢えて探す必要はないのですが)、自分の体感を信頼すること。五感を研ぎ澄ませて、余計な情報や意見は一度保留にして、直感を磨いて、それに従ってみることが、自分らしく自然な姿勢で、楽なのではないでしょうか。

自分の体感を信じる。って意識しなくても、誰もが出来る事なんです。

お腹が空いた。
眠たい。
疲れた。
体が痛い。

このような体の欲求にどのように対処すれば良いかワカラナイ人は余り居ないでしょう。素直に従うのが良いのです。

もちろん、抗う事も、先送りすることも出来ますし、そうしないと困ることもあります。

でも、いつまでも先延ばしをしていたら、なんらかの体の変調をもたらすのは明らかです。

ところが、例外があります

例えば
1)頭が痛い。
2)ストレスが溜まっている

などです。
それは、言葉の意味が曖昧で、五感から来るストレートな直感ではないと言うことなのです。

自分を知る、信じるには曖昧な言葉で自分を騙すのを辞めないとダメです。

1)は、体調としての頭痛なのか?困った状況に対して言っているのか、分けてみましょう。

その上で、頭痛には多様な原因があります。
肩凝り、疲れ目、不自然な姿勢の癖、集中し過ぎ、生理に伴うもの、緊張……さて、どれでしょうか? 科学的(西洋医学的)に原因を追求するのではなく、自分の生活や体や習慣や癖に聞いてみてください。

余裕があるなら、西洋医学的な対処療法ではなくて(痛いから痛み止めは、原因を取り除く対応ではありません。もちろん必要ないわけではなく、症状の緩和により、自己回復能力が活性する事はあります)、東洋医学的なバランスと習慣を変える事が有用でしょう。

2)ストレスがある。は実に便利に自分自身を騙す言葉です。

つまり、ストレスがあるというのは、不都合な現実を否定しているという事です。だから歪みが出てイライラしたり、落ち着きがなかったり、自分が感じている事を否定していたりしていると言うことです。

(私が、いわゆる「性同一性障害」(診断書や法律的に認知されている言葉で、説明が面倒な時しか私や私の周辺の当事者は、基本的に積極的に使いません。トランスジェンダーとかトランスセクシュアルと言います)まだそんな言葉もなかった1995年9月に宣言文と共に、それまで男性として教育されて男性として生きている自分自身が違うと、直感し、少なくとも男性ではないし、女性として生きて生きたいと、実行に移しました。


当然の行動と感じた人達は、正直に言うと私にとって大切な人達ではなく、既に親しい友人や応援してくれると直感した人達には、悪くいえば根回しした後でした。

当然、混乱や非難はありましたが、私は平気でした。理解しよう、応援しようという人が居たからです。


何故、ここでこの話かというと、ワカラナイ事は人は受け入れられないし、判りたくない情報や事実は受け入れてしまうと、その人自身の築き上げてきた常識や経験、苦労を否定する事になるからです。事実を前にしても、自分自身の常識を変えるよりも、多くの人が目の前の事実を否定・非難して、自分自身が変わる事を拒むのです。

年配の女性で、社会の要請に準じて、その役割を演じてきて疲れているであろう方(あくまでも私の認識です)からは、生理の辛さも、生みの苦しみも、女性としての苦労も知らずに、女性として生きるなんて言われても受け入れられないし、認められないと言われました。その方は多分、時代と社会の要請により、辛いと思って生きてきたのでしょう。私の在り方を否定・非難しているつもりな反面、自分自身が乗り越えられなかった、積極的に女性として、楽しみ生きる事が出来て居ない自分自身に思い当たり、自分自身の生き様を否定出来るわけもなく、これから変わるという選択を拒否して、目の前の私の存在を否定する事で、その人自身のバランスを保とうとしていたのでしょう。

中には、聞かされる人の気持ちを考えるべきだ。聞きたくないし、聞かなかった事にするとまで、言われました。

ガンの告知を本人にするのと変わらないリスクかも知れません。知りたくなかったと、現実を受け入れる事を拒否して、事実に向き合っていくのは大変ですから。)

大分、話が膨らみましたが、最後の部分は蛇足みたいなものです。

あと、5分足らずで6時です。既に2600文字を越えました。

5月17日 アイダホ(Idaho)世界反ホモフォビア・ディです。

WHOの精神疾患リストから、「同性愛」の文字が消えた日です。1990年5月17日。

2007年から記念日として、様々な形で「多様な性にYES!」と発信され、全国で街頭アクションや都内でシンポジウムが企画されています。

都内は16日 新宿駅東南口 17時~19時

その他の情報は
http://yappaidaho.blog.shinobi.jp/

にて
第三回目の内容に前回の第二回で思った以上に書いてしまっているので、どう、まとめるか、落とすか、次の展開に繋げるのか? なかなかプロットを書いては消しを繰り返しています。

夜勤中仮眠も可能なので、事が起きれば、どんな時間でも対応に迫られますが。

朝まで、じっくり考えて、感じてみて、何か書きます。暫定締め切りを午前6時にします。

よろしくお願いします。

すでに、第2回でプロット3回目の循環の話まで書いちゃっているので、このシーリーズの方向性のとおりすすんでいるのだけど。


もうちょっと膨らませるるか、あと1回である程度サクッとまとめて、別の視点からまた書こうか、ちょっと昼仕事しながら、悩んでいます。


プロットを箇条書きにして、枕の下にいれて、仮眠したらなにか良い案が生まれるかな?


っていうのは、どうやら、「寝る前と起きたときに考える思考が人生の方向性を決める」的なことを某リー・ミルティア押しの出版社のカレンダーに別の言葉・表現で書いてあって、そうだなぁ~って思いましたよ。


では。後ほど。

おはようございます。


今日は、整理・整頓の意味と効用です。


昨日は匂いについてちょっとだけかきましたけど、ゴミって生きていくうえで常に発生するものですよね。

それだけ、いろいろなものを取り入れているということなんですけど。


例え、自給自足に近い生活をしたとしても、それは必ずついて回ります。

でも、もう少し、エコというか、循環の輪が見えてきて、無駄ってどこにあるんだろう?って思うようになります。


私には、とても大切なメンターであり、素敵な友人がいます。もっとも私より20以上年配の夫婦ですけど。

その方は紋別市で、北海道にしては、とても珍しい猫の額ほどの畑を、完全有機農法で営んでいます。

畑に機械を極力入れない方針のため、従業員も夫婦二人だけのために、自分の身の丈にあった広さが今はこんな感じだそうです。それでも、ほんの少しずつ広がっているかもしれません。農家のほかに、学習塾で子どもたちの将来を思い、またよく相談にのっています。地方新聞のコラム担当記者もやっておられます。


完全有機農法は、とても効率が悪く、見栄えはあまりよくありません。また、季節を無視した栽培は無理です。

農作物のほかに、鶏を飼っていて、鶏卵を作っています。餌は給食や飲食店の残飯です。それに、大量に捨てられる帆立貝の貝殻を人力で砕いて、鶏にあげています。鶏は毎日卵を産むので、殻になるカルシュームが不足しがちなのです。


畑では、残飯や、収穫を終えた作物、そして人糞を醗酵させてたい肥を作っています。

そうです、このお宅に初めて伺うと、まずトイレの使い方を習います。

トイレの後、紙で拭きますが、その紙は、便器には捨てません。もちろん汲み取り式トイレです。

そして、まずは糞くみをやらされます。(最初はびっくりしますけど、固形物より遥かに液体が多いので、ドロドロで重たいものをすくって、バケツに汲んでたい肥場まで運ぶ仕事です)


そして、客人をもてなすために、卵を産まなくなったり、なんらかの都合で処分しても良い鶏を選んで、首をはねねて、ご馳走として振舞われます。最近はどうだかわかりませんけど、どうしても拒否しない限り、客人は自ら手ほどきを受け、鶏を屠ります。生きているものを食べるという現実を、イマワノキワのあがきに、首がないのに暴れる様は驚愕以外の何物でもありません。


このようにして、この友人夫婦は、客人に対して最高の食材(本来肉はあまり食さない)を提供し、それを調理して出してくれます。(あまり、生々しいので詳しくは書きませんが、手順どおりにすると、キレイに血抜きができます。その血液をボールなどに集めておくと、凝結してレバーのような上品な味になります。)


ちょっと、長い引用でしたけど、この友人宅に行くと不要なもの、ゴミなどは殆どありません。

先ほどのトイレの紙を始め、燃えるものは、すべて居間にある暖炉(主燃料は木材です)で燃料になります。


一部のプラッスチックなどの製品はリサイクルです。

また、鶏卵の出荷には、プラスチックのどこででも見かける10個入りパックを使いますが、壊れるまで再利用です。というのは、卵はほぼ毎日生産できますが、農作物は、季節に応じて限られた面積に、たまねき、にんじん、たまねぎのように、匂いの強いものに挟んで害虫のつき易い農作物を植えたりするなど、江戸時代以前などから、行われていた害虫予防などがなされています。


ですから、契約した購入者に対して、定期的にそのとき収穫された旬の食材がパックになって届きます。何が届くのかはわかりません。天候や季節に左右されますね。それと卵です。だから、卵のパックは再利用され続けるのです。(残飯を主食にした程よく運動している鶏の卵はとてもおいしいです。有機野菜も食材の味が引き立っています。ミテクレはわるいですけどね)


畑の方は、暇さえあれば、雑草を人力で抜き、それらは、鶏の餌や大半がたい肥場へ運ばれます。(まあ、たい肥も、切り替えして何回か移し変えをするのですけどね)。

日々、天候と気温と雑草と害虫と病気に闘いを挑んでいて、終わりがありません。

(害虫の駆除も人力です。害虫がつきにくいように、たまねぎ、にんじん、たまねぎのように植えたり、さまざまな工夫をしています。病気で一気にダメになったり、台風や、冷夏で霜が降りるほど寒く全滅したり、自然はとても厳しいです)


さて、私の生活に戻ります。


私は神奈川で生活していますが、分業社会の中にどっぷりですから、働いて金銭を得て、それを使って別の誰かが生産、製造、サービスしたものなどを金銭と交換して受けています。


ちょっと気を抜くと、あまり広くない家はあっという間にゴミであふれかえります。

都会で生活すると、かなり大量のゴミを一緒に買っているようなものです。

猫が2匹いますから、少なくとも毎日猫缶1つはゴミになるわけです。買うときも重いし運ぶの大変なので、ネットでポチっと54個とか24個とかまとめて買います。あわせて重いので猫砂も頼みます。

便利に生活させてもらっています。


ところが、整理っていうの良く考えると、かなり危ういなぁ~と思ったりもします。


良い面でいうと(とりあえずそう定義します)

 ・自分の部屋の様子は、自分の心の中の様子のようだ。整理整頓され機能的だと、居心地の良い空間になり、部屋で過ごすことに落ち着きを感じるそうです。

 ・いわゆる成功哲学的な本によれば、床の視聴可能面積の割合・広さと経済的豊かさは比例するそうです。


悪い面でいうと(とりあえずそう定義します)

 ・昨日の話ではありませんが、生きるのに直接必要な物ほど匂いを発生させ、カビ、腐るなど、放置しておくと不衛生極まりないです。

 ・整理/整頓されていないと、何かをするために、まず探し物から始めなくてはいけないので、効率が悪く、探しているうちに、関係ないものを発見して、当初の目的を見失ったり、あまりにも乱雑なことに気がついてしまい整理/整頓(俗に何かをする前の掃除)を始めてしまいます。


と、前を向いて生きていくためには、整理/整頓、要/不要の区別をつけるというのは、決断力を養うことにもなり結構重要なスキルのようです。


クローゼットを開けるたびに目に付く、1年も着ていないものは処分しなさい。という言葉はある意味真実です。

既に流行から外れあまり着ないもの、体型が変わり着ることのできないもの。区切りをつけるということは大事でしょう。


(※やせたいと思って、どうしても着たい服があるなら、それだけいつも開けるクローゼットの見えるところに吊るしたり、場合によっては室内に飾るように、見せ付けるように置いておくことも有用でしょう。でも1年も飾ったままになれば、既にそれを故意に見ることなく、風景の一部として見逃してしまう習性があることをお忘れなく。都合悪いものは見えない。見たくないものを視野から外すってことを無意識に行えるのが人間です)


ちょっと長くなりました。

書きたいことの主軸をまだ書いてないことに、ちょっと唖然。


整理/整頓、要/不要の判断は、常にそれをゴミとして認識して捨てる、もしくはリサイクルショップや友人に譲るなど、自分から手放して無いことにする行為です。


だれでも自分の認識できる物の量には、そのとき現在の限界があり、認識の外にあるものは、幾ら所有していても、手元にあっても気がつきませんし、利用することはできないのです。だから、整理/整頓、要/不要の判断は必要なのです。自分の今の興味・関心に集中することはとても大事です。


ただここで注意しておきたいのは、直感で物をバンバン捨てられる人、整理・整頓が好きな人は、自分の価値基準を絶対として、瞬時に判断をして切捨てていることを忘れてはいけません。


なぜなら、あなたにとって不要なものが、誰かにとっては宝の山だからです。そのことは忘れないようにしましょう。不要なものを手放すことは良いことですが、それはそのものの「存在」をなかったこと、「無意味・無価値」なものと判断したわけではないのです。


なぜ、このことに留意する必要があるかというと、ちょっと飛躍しているかも知れませんが、「人員整理」も同じような感覚で行われ兼ねないからです。その団体・企業・集団にとっての価値観によって、行われるだけであって、別にその人格や存在を否定していなことは明らかなのです。


が、しかし、人とは弱いもの、妬むものですから、「解雇」「不採用」の通知を何回も受け取れば、自分の自信もどこへやら、自分の「存在」を低く見積もるようになってしまう、少なくとも「きっかけ」には十分なりうるからです。


私は、現在いくつかの仕事をしていますが、その主軸のひとつに、ヤフオクを中心に、中古のノートパソコンの修理・販売を行っています。秋葉原のジャンク街や郊外のハードオフなどで、故障品、動作不定、中古品などを安価で仕入れて、分解・清掃、不足部品の追加、故障部品の取替え、動作の確認、OSのプリインストールとメーカーパソコン独自のドライバーの追加。などを行い、最後に清掃して出品しています。


これも、不要と故障=ゴミとされたもののリサイクルです。


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相場は、概ねノート型パソコン(14・15インチ以上)のヤフオクの値段は、Windows XPがスムーズに動作可能な1GHz以上のパソコンで、CelelonMだと安め、Pentium4、PentiumMだとちょっと高め。HDDが40GBぐらいが標準でそれ以上だと高め。メインメモリは512MBが標準。それ以上だと高め。光学ドライブはCD-R・RW/DVD-ROMのコンボが標準。DVD-RなどDVDに書き込めるものはマルチ、スーパーマルチだと高め。リカバリーディスクやハードディスクによるリカバリー領域があるもの、Office製品がついてるものや、無線LANがあるものは高めです。

で、ずばり、CPUの周波数が仮の概算金額です。Ce.lelonM2.0GHzなら、2万円が仮の値段。ただCelelonなので下方修正。あとは、外観や人気機種や付属品、上記周辺機器の値段で変わってきます。


マイブースはこちらhttp://openuser.auctions.yahoo.co.jp/jp/show/auctions?userID=y_azuazu&u=y_azuazu

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長くなりましたので、今日の最後に...


不要なものを、不要とあっさり切り捨て、身軽に前に向かって歩いていく。~上手くいっているときはいいでしょう。

でも、捨てるとき、切り捨てるとき。その存在を否定しないようにしましょう。誰かにとって、それは宝物かもしれません。


でも自分にとってはゴミと認識されたので捨てる。ぐらいの、ワンクッションを置くことで、物の見方、考えかたや、相容れない人とのコミュニケーションに役に立つのではと、思っています。


何でもカンデモ、自分の判断で切り捨ててばかりいると、気がつかないうちに、誰かの判断で自分が切り捨てられるかもしれません。すべての物、存在には「意味」「価値」があると思います。


だからこそ、上手くいっている人ほど、「感謝することの大切さ」を知っているのではと、思う今日この頃です。


自分を好きになるには、自分をしることからですよね。


そして、NLPなんかでも、視覚、聴覚、体感なんかには注目していますが、匂いについてはあまり触れられていないように思います。


匂いって、生きてる証だとおもうんですね。

でも、社会的にみて匂いを消すということは、結構大切だったようですね。


中世のヨーロッパでは、匂い消しとして、香水が流行りました。


現在の日本でも、デオドラントスプレーとか、靴の匂い消し、家庭用品はファブリーズ、衣料品などでも除菌グッズなど流行っていますね。


匂いって、生き物だけでなく、無機物でも匂いありますからね。ある意味存在していることの証明ですよね。


そして、生きていることは、ある意味ひたすら消そうと努力している様は面白いですね。

もちろん、清潔なことは、病気や怪我を悪化させないという意味では大事ですし、他人と関係でも匂いって、気がついてもナカナカ言ってもらえないですよね。


そして、匂いって、mixiの足跡や、アメブロのペタ(任意なのでちょと違いますけど)のように、残っていくし、生きていると漂ってしまうものですよね。


私の家には、猫が2匹いるのですが、どちらも雄なので匂いをつけるという行為と、トイレなどでは一生懸命匂いを消すんですよね。


ゴミって面白いですよ。猫を飼っていると匂いの強いもの、食べられそうなものは、袋に入れていても散らかされてもしまいます。


もっとも、ここまで、ネガティブな意味で匂いをかいてきましたけど、森林や田園地帯での森や土の匂いは落ち着きますよね。そして、わたしは猫と一緒に寝たりするので、猫の匂いがすきですよ。

しかも、動物好きに多いのですが、肉球の匂いって固体によってちがうんですよ。


もちろん、人もそぞれぞの匂い/香りがありますよね。


ゴミの整理の意味とか、もろもろに続きます。

思ったより、イロイロがんばっちゃたので、ブログの内容が薄いですね。あしたは、ちょっとリベンジできるようにがんばりますよ~


では~またあした。


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