実家で過ごしたお正月4 | アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。

1月3日。
正月休暇は今日でおわりだ。
夕方に、東京へと戻る。

母のパソコンをバージョンアップしたので、
午前中は、データの移行とネットのセットアップ。担当は、彼。
しかーし! ある作業でミスってしまい
3日経った今日も、悪さを仕掛けているらしい。
パソコンって、融通がきかんねぇ。ブー。

昼過ぎに、おばあちゃんを見舞う。
すこし熱があるようで、息がふうふういっている。
でもジュースをグビグビ飲み、クッキーをパリポリ食べたら
ずいぶん軽くなったみたいだ。

「おばあちゃん、今日で帰るけん、また来るね」
そう話しかけると、ほとんど反応を見せないおばあちゃんが
ギュッと目を閉じた。そして明らかに眉根をひそめた。
見ていると、左側の目頭から、じんわりと涙が出た。
おばあちゃんは、分かってるんだ。寂しがってくれている。
そう思ったら涙が止まらなくなった。

そのあと、中学の友人を病院に見舞う。
こちらは、幸せの館、産婦人科。
昨年末に女の子を出産したのだ。
生まれたての赤ちゃんは、小さくて、幸せそうな顔をしてた。
お腹のなかで、手や足や爪や髪の毛がつくられて生まれてくることが
なんとも不思議な感じがした。

そして、バタバタとパッキングをして空港へ。
母に別れを告げ、おみやげを買って、飛行機に乗り込んだ。

実家を出た時間、5時30分。
自宅に着いた時間、10時30分。
その時間をかけて、九州からエンヤーコーラと戻ってきた。
幼い頃過ごした思い出いっぱいの実家から、
いま暮らしているわが家に。
久しぶりのわがアパートはすきま風ピープーだったけど、
なぜかあったかい香りがした。

わたしの居場所が何ヶ所かあるのは、とってもうれしい。
とってもラッキー。とってもあったかい。サンキュウです。