実家で過ごしたお正月3 | アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。


1月2日。

あー、ずいぶん元気だ。
胃が爽やかな気分をもたらしてくれる。よかった。

昼から、ハウルの動く城を見に行く。
おもしろかったけど、ちょいと駆け足なストーリー。
のんびり家さんのわたしは、あれは?あっちは?と
考えていたら、もう終わっていた…。
主題歌も、もっとババーンとあったら良かったねぇ。

街からの帰り道に、おばあちゃんを見舞う。

おばあちゃんの病院は、実家のすぐ近くにある。
昨年の1月。わたしが実家を基点に九州を旅していたときに
昼だけの介護用のデイケアセンターから直接病院に運ばれた。
血圧がかなり下がっていたらしい。
1度転院したが、それからずっと病院生活だ。

実は先月12月の始めごろ、おばあちゃんは
ずっと自分で飲んでいたカロリージュースが飲めなくなった。
胃に直接、栄養を注ぎ込むか、否か。
母やおじさんをはじめ、家族は選択を迫られた。

ずいぶん悩んだと思う。ずいぶん話し合ったようだ。
痴呆症も患っている86歳のおばあちゃんにとって
いちばん大切なことは何か。
家族にとっても、いちばんベストは何か。
それはきっと胃に穴を開けて栄養を流し込むことではない、
そう判断した。

それから、数日後。なんとおばあちゃんは、カムバックした。
自分でカロリージュースが飲めるようになり、
小さなクッキーも食べられるように戻った。
今では点滴も必要なし。
ストローでジュースを差し出せば、グビリグビリと
かなりの勢いで飲み干す。

今回、おばあちゃんと会うことができて本当によかった。
幸せだった。意思の感じる目で話せて、嬉しかった。
おばあちゃん、本当にありがとね。
おばあちゃんの周りは、あたたかな空気に満ちてるね。
魂そのもので生きているもんね。
おばあちゃんから学ぶことは、まだたくさんあるね。
これからもゆったりと現世を楽しんでくださいましね。


さて、実家のお正月最後の夜は、親戚一同の宴会。
大人11人+子供4人の大騒動だった。
ちびっ子たちが何を食べてくれるのか分からず右往左往したけど
栗きんとんや黒豆をパクパク。かまぼこはマル。
カキフライは賛成派、反対派あり、という感じでなんとか頑張った。

当然といえば当然のことだけど
年月が経ち、歳をとり、
誰かが結婚して新しい親戚が増え
誰かが子供をうみ新しい命が誕生する。
世代が交代し、文化が受け継がれていく。
そういうことを今回強く感じた。

地球上で、同世代に暮らす人としてのつながり。
太古から未来へとつながっていく、命の継続。
時間というルールのなかでやってくる、変化。

今こうして、ここで生きて、息をしているのは
こういう親戚や周りで支えてくれた人のおかげなんだ。
そういう色んなつながりなくしては、人は誰も存在できない。

離れていると、ついついひとりで生きてるような、
ひとりで何でもできるような、そんな気分になるのだけど、
そうじゃないことを強く強く心で感じた、
お正月2日目であった。

次回に続く…?