話したいことがたくさんある。
伝えたいことがいっぱいある。
心に響いたことがいくつもある。
共感したいことが何個もある。
でも言えない。うまく言えない。
心を言葉にできない。
この心の揺れを、どう表現していいか分からない。
本気で伝えようと思ったら
わたしの人生経験を一からすべて語って
全部知ってもらわないといけないような、
そんな気の遠くなるようなことに思えてくる。
心が動いた時間を共有した人とは、なんとか話せる。
そのことについては、なんとか話せる。
うまく言葉にできなくても、カタコトでも
同じ空気を吸い、同じ匂いに触れていた人とだったら
語り合える気がする。そんな安心感をなんとか持てる。
でも、わたしの伝えたいことは
感動した瞬間のことだけじゃない。
わたしは、瞬間をブツギリに生きていない。
時間の連続のなかで生きている。
いろんな体験がわたしの心を形成し
そのつながりのなかで、伝えたいことが生まれる。
過去から今の流れのなかで、自然と作り上げられる。
そんな心の動きについては
どんなにあがいても、どうやっても、うまく話せない。
いや、何を話したいのかさえも分からない。
何をこんなに伝えたがっているのか、よく分からない。
でも、心が叫んでいるのだけは分かるんだ。
誰かに伝えること、伝わることを必死で欲している
ことだけは分かる。
だからこそ、幼い頃からずっと感じていた言葉の壁の前で、
何もできずに、ただ呆然とたたずんでいる。
相手とは、絶対に成り代わることができない、という事実。
人間誰もがひとりで生きている、という現実。
そういう当たり前のことを目の前にして
飢えにも似たような気持ちで、
人とのつながりを必死に追い求めている。
大勢の友人に囲まれ、やさしい家族に包まれ
ひとりの時間を好きなように満喫しているのに、
ときおりわたしは
ひとりぼっちに耐えられない、小さな子供に憑依される。
そんな心を大人の冷静さで叩きのめすために
誰かに向かって、無我夢中で言葉をつむぐ。
それが、わたしにとってのブログの意味かもしれない。