最近パターン化した生活にハマってます。


朝ごはんを食べたら、サプリメントを飲む。そして最後に青汁を一気飲みして口をゆすいで歯磨きへ。


お風呂に入ったら、洗顔&パックを欠かさずした後鏡に向かってエクササイズ。


このパターンを崩したら一気にリズムが狂います。

そういう予定をたてて実行していくのはとても苦手だったんだけど、最近読んだ本で「口に言ったことと、心で言ってることを一致させておく」というものがあって、それ以来はきちんと実行するようにしています。


毎日をきちんと過ごしてく。

こなしていくのが楽しくて、ちょっとハマってしまってます。

今日はお寺に行ってご奉仕をしてきました。


最近の母親とのことへの怒りが収まりました。

これも試練だ。乗り越えなくちゃいけない。

見捨てたらいけない。お母さんのために何が出来るのか自分が考えること。そして実践すること。

それが一番大切。

だけど、それは他人だったら簡単なのに、身近な人であればあるほど難しいのだと、改めて思い知らされました。


もしもお母さんが認知症になって私を忘れてしまったとしたら、私はとても悲しみ、そしてヒステリックになってしまう気がした。

「お母さんなのに、どうして!」その言葉が一番に出てしまうんだろう。


一番身近な存在が一番難しいんだと思いました。

母親がすごく最近イラつく。

自分もイライラすると、余計なことまで言ってしまうし、それによって向こうも逆切れするので、なるべく言わないようにしている。

ここ最近の彼女の行動は見ていて鼻につくことが多い。


私は友達に家庭やバイトの愚痴は漏らさない。

家で一度バイトの愚痴を言ったら母親になぜかキレられてしまった。


それ以来、心にたまったイライラは発散されずにどこかにおいやられてる。


物を投げて壊したいと頭の中でいつも考えている。

でもそれをしたらまた怒られてしまうので、やらない。


他人にも言わない。

ダメな親と思われたくないからだ。


じゃあどうすればいいんだろう。

日に日に不満は募っていくばかり。

本当にぶんなぐってやりたい。と思い始めてる自分がいるから怖い。

自分が好きじゃないです。嫌いです。

どう考えても自分のいいところが見つからない。

最低な人間だと自分は思ってしまう。


と、ずっと思っていました。

そんなとき、一つの言葉と出会いました。


「あなたが自分を好きでなくってもあなたの大切に思う人があなたを大切だと思い好きだと言ってくれるなら自分を認めてあげないと思ってくれてる相手に失礼だよ」


自分は最近誕生日を迎えました。

誕生日メールをたくさんもらいました。

そこには私のことについてのことも添えられてました。


「しっかり者のミライ」

「ユーモア溢れるミライ」

「面白くて優しくてしっかりしてる」

「明るい心と冷静な判断が出来る」


たくさんもらった私の長所。きちんと受け入れよう。

プラスに考えられるようにかみ締めようと思いました。


それを自分が否定したら、認めてくれる相手に失礼でしょう?

うん。まさにその通りだ。

嫌いな人のことの話題になると、どうも毒が出てしまう。

気をつけなくちゃと、思いながら友達に愚痴ってしまった。

その子と話してるとくだらないことで笑って、提案して、気が軽くなった。


素敵なことだよね。そういう瞬間を感じられるって。

今日は帰り道、JRが人身事故のため結構止まることが多くてくたびれました。

私の住んでいる町は田舎で、ほとんどの場合が終点です。なので、電車が駅に着くたびに、人が減り、まばらになっていきます。

少なくなった車内。人身事故の影響で10分以上停車する電車。そこから見える風景。

なんだか、まるで違う世界の住人になったような気分になりました。

昔から夢想家で、小さな出来事をどんどん膨らませて空想することが私の趣味。


同じつくりで、同じ町なのに、でも、私が存在しない町。

そんなところに紛れ込んでしまったかのような空気に包まれたような気がして胸がくすぐったくなりました。


大学祭が終わったら、やってみたいことがあります。

それは、いつもは通り過ぎる駅で、途中下車すること。

そして、知らない町を歩き回ってみること。

電車通学をして3年目になるのに、なかなかその夢は実行できてない。


今年で大学祭実行委員は引退だし、挑戦してみようと思います。

夢を見ました。


一つは、2月にケンカした子と仲直りする夢を見ました。仲直りした途端、またコミケに誘われ、気分がのらない私は、彼女の機嫌を保ちたくて「うんうん」と笑顔で相槌をうつ夢でした。

現実、自分の中には、彼女のために何かをしようという気持ちはもうないので、なんだか、本心を見透かされた気がして嫌な気分になりました。


二つ目は、タイプスリップして、小学5年生に戻る夢でした。グループ内で、私が「あのね、○○ちゃんは高校にあがったら、今片思いしてる人と付き合ってるんだって!」っていっても、みんなは全然信じてくれないものでした。自分が未来から来たってことを信じてほしい、と強く思った夢でした。

起きてみて、なんだか不思議な気分になりました。もしもタイムスリップして小学5年生になったとしても、私はこの10年間をもう一度頑張って生きてみようとは思っていないということに気づきました。

前は過去に戻ってやり直したいことがたくさんあったのに。


忘れたい思い出や過去は数え切れないほどあるけど、でも、その思い出も乗り越えて、生きていけたら、と思う。それが難しくて、今の自分には無理だから、こういう夢を見てしまうんだろうけど。

もう空想や妄想にふけって、「あのときこうだったら」と考えるほど、自分も子供ではないから、だから、とりあえず今目の前にある人生のレールに外れないように、必死にしがみついてるんだと思いました。

女の人は冗談でも他人に「可愛い」といわれたら調子づくそうです。

私はご機嫌をとる癖があるせいか、出会う女の子に、すぐ考えなしに「可愛いね」と言ってしまいます。不細工でも綺麗でも、わけ隔てなく、その言葉を発します。

昨日、本当に可愛いと思っている子に「可愛い」といったら「未来は誰にでもそれを言うから私は信じない」と言われてしまいました。本当の思いだったんだけど、自分のしてきた行動がそういった裏目的な効果をもたらすとは…。反省します。

私はとても不器用で、要領も悪いです。今は、残り2週間となってしまった大学祭の仕事に没頭しています。そういう委員会に入っているので、それは毎年のことなのですが、この時期はどうも、クラスの友人を後回しにしてしまいがちになってしまいます。

昨日、久々に学校の友達と昼食をとりました。2人の友達から、好きな人が出来た、という報告と、紹介された人と上手くいっている、との報告を受けました。欲張りな話だけれど、やっぱりリアルタイムで、彼女達の恋愛話に付き合っていたかったな…と思いました。


事後報告。報告をしてくれただけでも嬉しいけれど、相談はされてない。それもまたツライものです。

きっとこういうのを、ないものねだりっていうんでしょうね。

愚痴っていうものは、出そうと思えばたくさん出てくるものだと思ってます。でも言った後で必ず後悔するのも「愚痴」の特徴だと思います。

私はお寺に通っています。そこでは「愚痴を口に出してはいけない。心で思ってはいけない。態度に出してはいけない」といわれます。頭では分かっていても、どうしようもないのが現状でした。けど、とある人に「愚痴をなくすことなんて出来ないわ。だって人間だもの。なら、愚痴を減らすように心がければいいのよ」と言われました。その言葉は強く、心にスーッと入っていきました。


愚痴をなくすことなんて、人間だもの。出来ない。仕方がない。

ならば、減らせばいいんだ。減らすことならば、少しの努力と発想の転換でどうにかできるはずだから。