“言いたいことを言う”と“言いたいように言う” | 酒の友は我が友也

酒の友は我が友也

酒好きで女好きとの評判な筆者が、意外と適当じゃないことを綴るブログ。
きっと何か発見がある。たぶん、本を買うより安上がり。
合い言葉は、『愛だろ?愛』

人が時として衝突するのは何故か解るだろうか?
人には、それぞれ主義主張がある。それが違うからだろうか?
確かに、そういう場合もある。主義主張の相違で衝突する場合もある。
だが、多くは“ものの言い方に問題がある”場合が殆どだ。
※細かい話をすると表情や身振り手振りも関係する。

“言いたいことを言う”というのは、本心を正直に話すことであり、
そこには、主義主張があり、価値観の相違があり、自らの想いがあり、
違っていても何ら問題はない。むしろ正常と言える。

しかし…。
“言いたいように言う”のは違う。
言いたいように言うのは、言語レベルの話。
言葉の選択から始まり、イントネーションや話の展開の仕方だ。

皆さんは経験がないだろうか?
同じことを言われているのに、片や納得、片や納得出来なかったことが。
そこには好悪の感情も加味されるのは否定出来ないが、
多くの場合は、ものの言い方に問題がある。

例えば、正論を聞かされる場合を例に考えてみる。
上から目線で、吐き捨てるように言われ、恰も「お前はバカか?」
そんな感じで言われたら、誰だって納得したくないだろう。
それがどれだけ正論だったとしても。

そんな時、そういう感じで正論を吐く人は、こう展開する。
「正論を言って何が悪いの?」「言い方が悪いとか知らんし」
正論=正義の図式が出来上がっている人は、自分の否を認めない。
他人に好かれようとする必要はないが、わざわざ火種を撒く必要もないだろう。

ちょっと脱線気味なので修正。
要するに、衝突する原因は、ものの言い方による場合が殆どということ。
主義主張や意見を通すことだけを考え、相手をねじ伏せようとするから衝突が起きる。
相手に理解を求めようとするなら、まず相手の気持ちを考えることだ。
最低でも、“自分自身がされたら嫌な言い方”は避ける。
それだけで、随分と変わる。

堅い木は折れるが、軟らかい木は折れずに撓る。
思考の柔軟性こそが、我が身を助けるし、人間関係を良好に保つ。
“言いたいことを言う”のと“言いたいように言う”のは似て非なる。
皆さんは、わざわざ火種を撒いていませんか?