この3月15日(金)から22日(金)まで、ルドルフ・ブッフビンダーさんのピアノ・リサイタルを全7回聴きに行きました。曲目はベートーベンの32曲のピアノ・ソナタ全曲です!!!

 

 

 

ルドルフ・ブッフビンダーさんはクリスチャン・ツィメルマンさんと並んで大好きなピアニスト。2011年にウィーンで聴いたベートーベン/ピアノ協奏曲全曲のコンサート(ウィーン・フィルを弾き振り)は圧巻でしたし、何度か聴いたブラームス/ピアノ協奏曲第1番も絶品でした。

 

 

(写真)そのウィーンでのベートーベン/ピアノ・ソナタ協奏曲全曲のライブのDVD。当時購入して家宝でしたが、今回のリサイタルでサインをいただき、ますます家宝になりました!

 

 

 

そのブッフビンダーさんが御年77歳にて、ベートーベンのピアノ・ソナタ全曲のリサイタルを東京で敢行してくれる!

 

間違いなく今年東京で一番のmust goのリサイタル!

 

それどころか、聴き逃したら一生後悔するだろう貴重で特別なイベント!

 

 

 

これは聴きに行くしかありません!!!

(出た!久しぶりのフランツの決めのセリフ!笑)

 

 

 

 

 

(1)3月15日(金)

 

東京・春・音楽祭2024

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

ベートーベン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会 I

(東京文化会館小ホール)

 

ベートーベン/

ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調

ピアノ・ソナタ第10番ト長調

ピアノ・ソナタ第13番変ホ長調

ピアノ・ソナタ第4番変ホ長調

ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調《月光》

 

 

初日の個々の曲の感想の前に、まず32曲全曲を聴いての総括から。

 

正に至芸!端正で格調高く、ニュアンスに溢れた素晴らしいピアノ!「自家薬籠中」という言葉は、まるでブッフビンダーさんのためにある言葉なのでは?とすら思えました。頭で考えてでなく、もはや指が勝手に鍵盤を次々と弾いていくような、そんな見事な演奏に静かに圧倒されました!

 

ベートーベン弾きとして名高いヴィルヘルム・バックハウスのゴツゴツとした肌触りのドラマティックなベートーベンが「楽聖ベートーベン」「ドイツ的」とすれば、ブッフビンダーさんの端正でハイドンやモーツァルトをも思わせるベートーベンは「ありのままのベートーベン」「ウィーン的」というイメージです。

 

 

さて、初日の個々の曲について。1番は冒頭からの軽快で品のある「これぞ古典!」と言えそうなタッチに早くもメロメロになりました(ワルター・クリーンさんのモーツァルトに通じるものあり)。

 

特に第4楽章の大好きな場面、高音からオクターブで降りてくる長調の旋律を絶妙な弱音で弾いていて、めちゃめちゃ感動しました!(家に帰って楽譜で確認したら、強弱の指示がピアノどころか真逆のスフォルツァンドになっていました!)また、第1番は既に30番・31番・32番に通じる世界を内包している、とも感じました。

 

 

小粋で曲自体がスケルツォにも感じる10番、飛翔する終楽章が見事だった13番、格調高い第2楽章に魅了された4番と、素敵な演奏が続きます。

 

4番の長調でフェードアウトするラストに続いて、拍手に観客に一礼されてアタッカ気味に14番を始めました。ブッフビンダーさんは今回、曲の流れを考えて、一度、舞台袖に引っ込まれる場合と、そのまま次の曲を続ける場合を使い分けられていました。全体の流れを考えた曲の構成、そして立ち振る舞いですね。

 

 

その14番「月光ソナタ」。インテンポで進む漆黒の第1楽章、明るくなり、左手の旋律を浮き立たせたりして自由な気配を感じた第2楽章、しかし第3楽章に入ると、ニコリともせずに厳しい短調で突き進み、一気呵成に聴かせました!素晴らしい!

 

月光ソナタは私も良く弾いていて、特に第3楽章は常に弾けるようにしておきたい曲(指の練習に良い)ですが、曲が曲だけに強調やルバート、ルフトパウゼを入れたり、どうしてもドラマティックに盛り上げたくなる曲です。それらにはまるで興味を示さないブッフビンダーさんの「解釈」を感じたところです。

 

 

アンコールの18番第3楽章も絶品!ユーモアに富んだラストの終わり方には、ウィーンのピアニストの茶目っ気を大いに感じ、かつてライブで聴いた、グリュンフェルト/ウィーンの夜会の演奏を思い出しました。

 

 

 

 

 

(2)3月16日(土)

 

東京・春・音楽祭2024

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

ベートーベン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会 Ⅱ

(東京文化会館小ホール)

 

ベートーベン/

ピアノ・ソナタ第5番ハ短調

ピアノ・ソナタ第12番変イ長調

ピアノ・ソナタ第22番へ長調

ピアノ・ソナタ第17番ニ短調《テンペスト》

ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調

 

 

5番のブッフビンダーさんの演奏を聴きながら、これしかない!という表現であることを感じました。つまり、ベートーベンの曲は音符を足したり引いたりできない。1音1音絞り出すように、推敲に推敲を重ねて、これしかないという音楽を書いていると聞きますが、そのことをブッフビンダーさんの演奏にも感じました。

 

12番。「葬送」の副題もある曲ですが、ブッフビンダーさんの演奏を聴くと、お別れしたことを遠く懐かしむようなセピア色の音色のピアノが聴こえてきます。葬送行進曲の第3楽章もフォルテで威圧する演奏でなく優しく寄り添う感じ。第4楽章はまるで無事に成仏して、転生する過程を見るような印象の演奏でした。

 

 

22番。バックハウス盤とは明らかに違う印象の演奏。第2楽章は敢えて旋律線を抑えて弾いていて、まるで雲海のように聴こえてきました。あるいは昨年ザルツブルク音楽祭で堪能したリゲティ/アトモスフェールとロンターノのよう。ベートーベンの作曲の革新性を感じました。

 

17番。「テンペスト」の副題で名高い人気曲ですが、これは普通のテンペスト・ソナタの名演と感じました。特に第2楽章はこんなに素敵な曲だったのか!と、初めて気付かせていただきました。

 

18番。これが絶品の18番!一体どうしたらこんなにユーモアに溢れて、洒脱で、しかも格調の高い演奏ができるのでしょう?これはウィーンのピアニストでなければ為し得ないような気がしてきました…。この曲の冒頭は恋人のやりとりを表しているとレニー(レナード・バーンスタイン)が解説していたこととシンクロしました。

 

 

ブッフビンダーさん、今回のピアノ・ソナタ全曲の演奏ではどの曲にも魅了されましたが、特に、こういう楽しい曲は抜群に上手い!そして、最後の30番・31番・32番以外は自由に曲順を組み立てている中で、17番と18番は続けて演奏する意味&対比もすっと入ってきました。

 

 

 

 

 

(3)3月17日(日)

 

東京・春・音楽祭2024

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

ベートーベン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会Ⅲ

(東京文化会館小ホール)

 

ベートーベン/

ピアノ・ソナタ第3番ハ長調

ピアノ・ソナタ第19番ト短調

ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調《告別》

ピアノ・ソナタ第7番ニ長調

ピアノ・ソナタ第28番イ長調

 

 

3番。ハ長調の大好きな曲です。第1楽章のめくるめく感がいい!第2楽章はこんなに深い曲だったのかと驚かされました。第4楽章冒頭の弱音のフェザータッチに痺れました!今回のブッフビンダーさんの演奏では、特に初期のピアノ・ソナタの格調高い演奏には本当に唸らされました!

 

インテルメッツォ的な軽快な演奏が素敵だった19番に続いて26番。「告別ソナタ」です。19番から引き続いての演奏。第1楽章の冒頭の間の取り方が絶妙で、何とも言えない複雑な和声の音楽に魅了されます。第3楽章の解放されたような、童心になって駆け回るような弾けっぷりが見事な音楽と、一転しての深刻な音楽の対比が本当に見事!

 

 

後半は7番から。味わい深い演奏で、特に第4楽章ラストの柔らかい終わり方が粋でした!

 

ラストは28番。いや~、素晴らしい!29番以降に比べるとあまり目立ちませんが、28番いかに名曲なのかを思い知らされた見事な演奏でした。第1楽章の優しさ、第2楽章の愉しさ、第3楽章の壮大さと神々しさ。いやはや、本当に素晴らしい!

 

 

 

 

 

(4)3月19日(火)

 

東京・春・音楽祭2024

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

ベートーベン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会 Ⅳ

(東京文化会館小ホール)

 

ベートーベン/

ピアノ・ソナタ第6番へ長調

ピアノ・ソナタ第24番嬰ヘ長調

ピアノ・ソナタ第16番ト長調

ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調《ハンマークラヴィア》

 

 

リズミカルで強弱を良く付けていた6番。格調高く、気品に溢れるピアノに魅了された24番!この「テレーゼ・ソナタ」では、ブッフビンダーさんの7色のニュアンスにもうメロメロ…。とてもチャーミングで、終わり方がユーモラスな16番も良かったです。

 

 

さて、後半はベートーベンのピアノ・ソナタで最も規模の大きな29番「ハンマークラヴィア」。これがまた見事な演奏!特に、しっとり歌った第3楽章が素晴らしく、途中の速くなる場面での軽やかなピアノに魅了されました。

 

そして圧巻の第4楽章は一気呵成に!あまりにも凄すぎて、途中で息ができなくなりました!(実話)バッハ/マタイ受難曲の冒頭のめくるめく感を思わせて神々しく、あたかも神が出現するかのような雰囲気を感じた演奏!

 

ベートーベン/ピアノ・ソナタでは、個人的に30番・31番・32番が神曲だと思っていますが、29番の魅力と存在感を存分に伝える名演でした!

 

(また、この日が4日目で中日(なかび)ですが、そのラストに大曲の29番を持ってきたところに、ブッフビンダーさんの意図を感じた壮大な演奏でした!一つの頂点ですね。)

 

 

 

 

 

(5)3月20日(水)

 

東京・春・音楽祭2024

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

ベートーベン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会 Ⅴ

(東京文化会館小ホール)

 

ベートーベン/

ピアノ・ソナタ第2番イ長調

ピアノ・ソナタ第9番ホ長調

ピアノ・ソナタ第15番ニ長調《田園》

ピアノ・ソナタ第27番ホ短調

ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調《熱情》

 

 

まずは2番。2番って、こんなに素晴らしい曲だったんだ!と大いに唸った演奏。また、1日目が1番で始まって、4日目のラストが29番で、続く5日目がまた2番から始まる流れにも選曲の妙を感じました。

 

小粋な演奏が素敵だった9番に続いて15番。「田園」の副題を持つ、これまた好きな曲ですが、陽光に照らされて広がり感のある第1楽章が、こんなにも影を帯びて聴こえるのか?というくらいに喜びを抑えた演奏に驚きました!ベートーベンがとぼとぼ歩くような第2楽章は淡々と。最後にようやく光が差し込むラストの第4楽章が素敵。

 

 

さて、後半の27番と23番「熱情ソナタ」はベートーベン生誕250周年の2020年に練習を重ねて、どちらも全曲弾けるようになった曲です。とても楽しみです。

 

(参考)2020.5.31 ピアノ練習(熱情ソナタを遂に全曲弾けるようになった時の記事)

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12600918809.html

 

 

まずは27番。第1楽章は秋を感じさせる短調の曲ですが、悲劇的というよりは諦めの感情を思わせる演奏でした。そして第1楽章の短調から明るい長調に転じる第2楽章ですが、こんなに悲しい長調はないというくらい、諦念に満ちた長調!天才芸術家にしかなし得ないだろう表現に寒気すら感じました!

 

これは本当に驚きました。私、27番を弾いてみて、素直に第1楽章で困難や悲劇に見舞われていたベートーベンにも、第2楽章で希望が芽生えたと喜びの長調で弾いていましたが(バックハウスの演奏もそう感じる)、ブッフビンダーさんの控えた長調には本当に驚きました!

 

しかも、これまで、どうしてこういう静かな終わり方をするんだろう?と引っ掛かっていた第2楽章のエンディングに見事に接続していました。もしかすると、エンディングから逆算しての解釈・表現付けなのかも知れません。

 

 

23番、派手さがなく諦めやニヒルな感情を感じた第1楽章、右手と左手の出し入れが自在でほのかに希望を感じる第2楽章、ベートーベンのあらゆる曲の中で最も激しさを感じさせる曲を、まるでハイドンのピアノ・ソナタのように端正に弾き切ってしまった第3楽章!素晴らしい!

 

特に、月光ソナタの第3楽章の時にも感じましたが、熱情ソナタの疾走する第3楽章も見得を切ったり、派手な味付けはほとんどなし。徹底されていたブッフビンダーさんの「解釈」に唸りました!

 

 

すると、アンコールはその月光ソナタ第3楽章!しかも、溜めたり、強調を入れたり、自由で力強い演奏で、初日の演奏とは全然違います!

 

まるで、「熱情ソナタの第3楽章も、こう弾こうと思えば弾けるんだよ?」というブッフビンダーさんの声が聞こえて来るようなアンコール&対比の妙、本当に素晴らしかったです!

 

 

 

 

 

(6)3月21日(木)

 

東京・春・音楽祭2024

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

ベートーベン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会 Ⅵ

(東京文化会館小ホール)

 

ベートーベン/

ピアノ・ソナタ第11番変ロ長調

ピアノ・ソナタ第20番ト長調

ピアノ・ソナタ第8番ハ短調《悲愴》

ピアノ・ソナタ第25番ト長調

ピアノ・ソナタ第21番ハ長調《ワルトシュタイン》

 

 

11番は今日も素敵なタッチにうっとりします。子供の頃に黄色い帯の全音のソナタ・アルバムに入っていたので弾いたことのある20番。第1楽章は小気味良いピアノが素晴らしい!小舟に乗るような流れる曲想の第2楽章ですが、ブッフビンダーさんは左手をカチカチとリズミカルに際立たせていて、ウィーンの古い見事な時計を連想しました。とても味わいのあるピアノです。

 

8番、悲愴ソナタ。第1楽章は比較的抑揚を付けていました。第2楽章は良く歌っていて、魅了されましたが、最後の方は安息、眠りのニュアンスを感じました(ちなみに、第2楽章は昨年秋にレイフ・オヴェ・アンスネスさんがN響に客演した時にアンコールで弾いていましたが、長調とは裏腹の諦念や孤独感を感じさせるピアノが絶品でした)。第3楽章は悲壮感よりは、困難に立ち向かう意思の強さを感じた演奏でした。

 

 

25番。いわゆる「かっこう・ソナタ」ですが、ブッフビンダーさんの見事な指捌きの演奏で聴いても、「ソッミ~」の連呼は「かっこう」にしか聴こえない…笑。いえいえ、良く聴くと、親しい女性の小さな子供があちこち動き回るのを、ベートーベンが楽しく曲にしたように感じました。

 

21番、ワルトシュタイン・ソナタ。第1楽章はスピーディでリズミカルな演奏!とても77歳のピアノとは思えない、いい意味でまるで「器械体操」のようなピアノ!でも無機質で冷たく思わせないのはさすが。むしろ、この音型で曲を作るのって、見事でしょう?と喜んで披露しているかのよう!

 

私は2020年にこの曲を弾いてみて、作曲に邁進するベートーベン(第1主題)とそれを優しく慰めるミューズ(第2主題)というイメージを持ちましたが、ブッフビンダーさんの演奏は単純な音型とリズムで曲を作ってしまうベートーベンの革新性を浮き彫りにしていたのではないか?と感じました。

 

(さらには、ミニマル・ミュージックの始まりは、実はワルトシュタイン・ソナタなのかも?笑)

 

 

短いですが第3楽章に絶妙につなげる第2楽章は本当に好き。そして迎える第3楽章はごくごく弱音から。聴き進めると天空の星たちの営みを描くようなスケールの大きな音楽に聴こえてきます!

 

超絶に難しい中間部もブッフビンダーさんは難なく進んで行きます。半音が怪しく光るアルペジオの場面は紫に輝く神秘の星雲、人類最速のグリッサンドはまるでチャーミングな流れ星のよう!ベートーベンの作曲の妙を存分に感じた最高のワルトシュタインでした!

 

 

 

 

 

(7)3月22日(金)

 

東京・春・音楽祭2024

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

ベートーベン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会 Ⅶ

(東京文化会館小ホール)

 

ベートーベン/

ピアノ・ソナタ第30番ホ長調

ピアノ・ソナタ第31番変イ長調

ピアノ・ソナタ第32番ハ短調

 

 

いよいよ最終日です。これまでの6回は曲を自在に組み立てていたブッフビンダーさんですが、やはり最後の30番・31番・32番はこの3曲で順番に演奏されますね。しかも休憩なしでの演奏です。

 

 

30番。第1楽章から思い入れたっぷりの演奏!連日、端正なピアノが見事なブッフビンダーさんでしたが、いよいよロマン派に突入、そんな幕開けを感じました。逆に肩の力を抜いていた第2楽章。

 

そして、私が神曲(かみきょく)と信じて疑わない第3楽章。2020年に一番練習した曲です。こちらもブッフビンダーさんの想いがたっぷり!ええっ!?こんなところで強調を入れるの?とびっくりさせられたり、付点を独特なリズム感で付けていたり、とても凝ったユニークな演奏でした!また至難の第6変奏での12トリル&5旋律線の連続が見事!

 

私は第3楽章は「人の一生」を描いていると感じていますが、ブッフビンダーさんの演奏で聴くと、「波乱に満ちた芸術家の一生」という印象を持ちました。それはベートーベンなのか、ブッフビンダーさんご本人なのか?いずれにしても素晴らしい!

 

 

(写真)ベートーベン/ピアノ・ソナタ第30番第3楽章の第2変奏の途中

 

第3楽章で特に好きなところで、オレンジ色の丸のトリルをブッフビンダーさんがどう弾くのか注目していましたが、極めて滑らかに美しくトリルを弾いていました。しかし、ここは少し間を置いて、ややたどたどしく弾くバックハウス盤の方が味わいがあるようにも思います。芸術って本当に奥が深いものです。

 

(参考)2020.7.29 ピアノ練習(30番第3楽章を練習して、その魅力を語りまくっている記事)

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12614259813.html

 

 

 

31番。第1楽章は儚げな表現が見事。第2楽章は30番の第2楽章と同じで力で押すのではなく、強弱のメリハリが印象的。この曲の第3楽章も本当に好き。バッハが磨いたフーガをこんなにも期待感のある音楽に昇華させるとは!ベートーベンの作曲の素晴らしさを大いに堪能しました!

 

 

32番。31番の飛翔するラストに続けて32番の厳しい短調の冒頭を聴くと、戦慄が走ります!これまで31曲、様々なスタイルで弾き分けて来られたブッフビンダーさんですが、32番は極めてオーソドックスな演奏。がっぷり四つの横綱相撲の演奏、という印象でした。

 

すると、ベートーベンの作曲の素晴らしさがストレートに伝わってきて、大いなる感動の連続!特に第2楽章が何と神々しく響くことか!人生を終える芸術家が楽しかった日々を振り返りつつお別れをして、浄化されていくような音楽。途中から涙が溢れて仕方なかった、最高の32番でした!

 

 

 

 

 

ルドルフ・ブッフビンダーさんのベートーベン/ピアノ・ソナタ全曲のリサイタル、もう圧巻でした!何という格調高いピアノ!そして、何という粋なピアノ!

 

「現代最高のベートーベン弾き」という触れ込みを超越した、長きに渡りベートーベンを探求してきたピアニストの、誰も辿り着けない境地からの演奏を大いに感じた、あり得ないくらいに素晴らしいリサイタルでした!

 

 

 

今回のリサイタルで、とても印象的だったのが観客のみなさまの反応。1曲1曲が終わると、あまりにも素晴らしい演奏に惚れ惚れして、もう「ほ~」とか「は~」とか感嘆のため息が漏れ聞こえるような、そんな空気がホール中いっぱいに広がるんですよね~。

 

良く集中して聴いて、演奏の後は静かに、しかし力強く讃える惜しみない拍手。ブッフビンダーさんがいかに特別で素晴らしいピアニストなのか、良く分っていらっしゃる方々が聴きに来られていた印象です。ラスト32番の後、会場全体でスタンディング・オベーションになったのは真に感動的でした!

 

 

 

また、7日間、無事に上野の東京文化会館に通って、32曲のピアノ・ソナタ全曲を聴けた達成感たるや半端なかったです!ピアノが好きで、ピアノを愛してこれまで過ごしてきた私の人生の中でも、文句なしに最高の体験でした!(期間中、注意に注意を重ねましたが、途中でコロナやインフルに罹らずに本当に良かった…。安堵。)

 

 

 

私は人生で初めて聴いたコンサートが、中学生の時のマウリツィオ・ポリーニさんのベートーベン/ピアノ・ソナタ12番・26番・24番・23番のリサイタル(若い人たち向けのリサイタル)でした。連れて行ってくれた親には今でも大いに感謝しています。

 

それから長い年月が経ち、初めてのベートーベン/ピアノ・ソナタ全曲のリサイタルを、ルドルフ・ブッフビンダーさんの最高のピアノで聴けた!とても感慨深いものがありました。繰り返しですが、最高のリサイタルでした!!!

 

 

 

 

 

 

 

(写真)今回のリサイタル時に購入したルドルフ・ブッフビンダーさんのベートーベン/ピアノ・ソナタ全曲のCD(2014年のザルツブルク音楽祭での全曲リサイタルのライブ)。

 

私はヴィルヘルム・バックハウスのピアノ・ソナタ全曲のCDを持っているので、別のCD全集を買うことは一生ないと思っていましたが、この特別な機会に買わないという選択肢はありませんでした、笑。

 

長らく新約聖書と言われていたバックハウス盤ですが、また一つ新たな新約聖書が加わった感を強くしました。一生の宝物にします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(追伸)本記事で初めてのコンサートがマウリツィオ・ポリーニさんのリサイタルと書きましたが、本日、奇しくもそのポリーニさんの訃報が入ってきました…。享年82歳。本当に残念です…。

 

私がポリーニさんの実演を聴いたのは、結局その中学生の時のベートーベン/ピアノ・ソナタのリサイタルのみでしたが、残されたショパンのCDはどの曲もポリーニ盤が愛聴盤です。

 

 

最高傑作として名高いエチュード全曲もポロネーズ集ももちろん素晴らしいですが、私が特に惹かれたのはピアノ・ソナタ第3番のCD(上の写真)。こんなにも見事な演奏が果たしてあるのでしょうか?(唯一匹敵するのが、クリスチャン・ツィメルマンさんの実演だと思っています。)

 

後日、私もピアノ・ソナタ第3番の第4楽章を弾く機会を得ましたが、それはポリーニさんの演奏を聴いて、この曲に大いに憧れたからに他なりません。正にショパンの素晴らしさを教えていただいた、私にとってポリーニさんはショパンの先生です。

 

 

マウリツィオ・ポリーニさん、素晴らしい演奏を本当にありがとうございました!天国で安らかに、そしてクラウディオ・アバドさんとまた共演できるといいですね。心より哀悼の意を表します。合掌。