「米タイム誌が選ぶ「2024年の必読書100冊」に、小川洋子さんの小説「ミーナの行進」が選ばれた。」というニュースを見て、「はて?昔の本がなぜ、「2024年の必読書」に選ばれるのか?」と疑問に思いました。
調べてみると本書の出版は2006年ですが、英訳されたのが2024年なのだそうで、「このブランクは?」とも思いましたが、日本人の本は、この100冊中には、この一冊だけなので、いずれにしてもめでたいです。
●あらすじ
朋子は6歳の時、父を亡くし、母が洋裁仕事で家計を支えていました。朋子の中学入学を目前に、スキルアップのため、母が東京の洋裁学校に1年間(寮生活で)勉強することを決心します。そのため朋子は、芦屋にある母方の伯母さんの家に預けられることになります。
物語は、朋子視点でこの芦屋での1年間が描かれています。それは、宝石のように輝かしく、綿あめのように甘く、春風のように心躍るものでした。(言い過ぎか。)
芦屋での1年間が終わり、朋子は家に戻ります。一緒に過ごしていた伯父さん家族と手紙による交流は続いていました。
朋子の一番の関心は、虚弱だった一歳下のミーナ。彼女は、中学在学中に兄の留学先のスイスに留学し、ドイツで出版社を起こします。
はい!あらすじ終わり!!
何故かと言うと、この物語は、ミーナを中心とする個性豊かな伯父さん一家との交流や、芦屋での生活に対して、主人公の朋子目線で味わうものなので、エピソードを取り出しても、あまり意味がないです。
これは、以前紹介した中島京子の『小さいおうち』に連なる作品です。とある裕福な家庭で起きる日々の出来事を、小市民的なまなざしで見つめる主人公という設定で、この沼にはまると、「もう、こっから出なくていい。」と思えてきます。
ですが、『小さいおうち』は、ある事件が描かれ、それが意外な結末に結び付いていますが、本書はそれすらありません。
●登場人物紹介
伯母さんの夫(伯父さん)は、大きな清涼飲料水会社の社長さん。家は豪邸のうえ、庭にはかつて私設動物園さえあり、コビトカバのポチ子(♀)を飼っています。
伯父さんの母親はドイツ人のローザさん。そのため、伯父さんはなかなかのハンサムです。そして、住み込みの家政婦の米田さん。通いの庭師兼ポチ子の世話係の小林さん。スイスに留学中の、伯父さんの息子(龍一)。そして、タイトルにある「ミーナ」は、朋子の1つ下の小学校六年生。栗色でふわふわの髪を持つ美少女です。
彼らは幸せなだけではありません。従妹のミーナは喘息持ちの虚弱体質。伯父さんは、陽気で誰からも好かれる性格ですが、実は愛人がいて、時々家を留守にします。しかし、家人は家主の不在に不満すら述べず、帰ってくればまた、いつもの明るい家族に戻ります。
一つだけネタバレすると、ミーナの虚弱さを慮って、伯父さんが学校に掛け合い、コビトカバのポチ子に乗って学校に通うことを、特別に許してもらいます。この、ポチ子に乗って登下校する様が「ミーナの行進」というわけです。
●感想
本書は、平凡な女の子(朋子)が、キャラの濃い家族と生活する話、という域を出ませんが、「いつまでも、浸っていたい。」と思わせる作品です。
芦屋の家は失われ、その面影は無くなりますが、登場人物たちは、(亡くなった者たち以外は)元気に過ごしています。彼らのその後が描かれるのは、最後の7ページ分で、それまではずっと朋子の芦屋での生活が描かれています。
『小さいおうち』では、かつての思い出は失われ、読後には喪失感が残りますが、本書では、続いていく物語を見せてくれる感じがしています。
そんなところが、18年経って、改めて翻訳された理由じゃないのかなと思いました。