夜明け(3) | かくれんぼ

かくれんぼ

私の物語の待避所です。
よかったら読んでいってください。

 

 

扉の向こうには沢山の十字架が建てられていた。埋め尽くされていて、隙間のないほどに、多くの十字架がそびえたっている。これは全てお墓なのだろうか。テレビか何かで見たことがある。西洋地域のお墓に多い形式だ。月に照らされた白がとても綺麗で気持ち悪かった。扉のすぐそばにはスコップが立てかけられている。もしかして、彼がこれを全て?少年の方を見ると、少年は微笑しながら僕の手を引いた。片手にはいつのまにかスコップが握られていた。

 

「綺麗でしょ」

 

どう反応していいか分からず、僕は戸惑った。けれど、そのことを少年は特段気にしている風ではなく、むしろ僕のことなんか忘れてしまったかのように歩き続けていた。十字架と十字架の間をすり抜けるようにして僕らは歩く。その間、少年は一言も言葉を発しなかった。沈黙が重くのしかかる。僕はただ少年の細い背中を見つめることしかできなかった。

 

十分ほど歩いた時、ふいに少年が立ち止った。少し開けた場所に大きな山ができている。真っ黒い山だ。大きさはだいたい三メートルほど。そこには何か黒いものが積み重ねられていた。これは一体何なのだろう。少年は呆然としている僕に言った。

 

「さ、運ぶよ」

 

「え」

 

「なにびっくりしてるの。いいから運ぶよ。ほら、そっち持って」

 

少年は一つの塊に手を乗せると僕を手招いた。塊は大きすぎるわけでもなく、小さすぎるわけでもなく、教室の机一つ分くらいの大きさだ。これくらいなら一人で運べなくもないが、彼は僕をその作業に参加させた。二人で一緒に塊を持ち上げる。見た目と違い質量はそれなりにあり、参加させられたことに合点がいった。

 

この作業を彼は毎日一人でやっているらしい。塊を運びながら彼は毎日のことを話した。

 

「この場所には僕以外の人はいないから、僕がすべて一人でまかなわなきゃいけないんだ。空いた時間には本とかも読むんだけど、そういう時間は少ないかな。料理や洗濯とかをしなきゃだからね」

 

この場所には彼以外の人がいない。人だけではない。鳥や魚、小動物も大型動物もいないらしい。あるのは彼と植物と書物、そして、与えられた仕事だけ。

 

「僕の意識が目覚めたとき、ここはもっと綺麗で美しい場所だった」

 

彼は目を瞑った。その瞼の裏にはどんな景色が映っているのだろうか。僕には想像しかできなかった。今、目の前に広がる草地だって美しい。けれど、やはり、どこか恐ろしかった。

 

「意識が宿って、目を開けたとき、目の前に女神さまがやってきた。光を纏った美しい人だった。彼女は僕にこう言ったんだ。これからこの場所に新たな命が宿る。お前はソレの心になりなさい」

 

少年は僕の方を見た。青白い顔がこちらをじっと見つめる。背中がゾッとする感覚に襲われたが、すぐに少年の頬には血の気が巡ってきた。小さな脱力感に襲われる。

 

「ソレは不完全な個体だ。お前がいなければ動くことさえままならない。ソレは毎日毎日、負を吐き出す。お前はそれを埋めてやりなさい。そう女神さまは僕に言った」

 

少年は立ち止ると、そこに塊を降ろした。十字架と十字架の間にスペースがある。少年はそのスペースにスコップを突き付けた。土を掻きだし、穴を黙々と掘っていく。僕はその様子をただじっと見ていた。

 

少年の話の中に出てくるソレ。聞いていて僕は思った。もしかして、彼の言うソレは。ソレはもしかして。そこまで考えて、僕は考えるのをやめた。怖かったから。視えないものは怖かった。

 

穴の深さが二十センチほどになる。いつの間にか隣には小さな土の山ができていた。少年は穴を見て頷くと僕の方を見て言った。

 

「塊、入れて」

 

僕は言われたとおりに塊を穴の中にいれた。土の色と塊の色が同化して見える。どちらも汚らしい色だった。

 

少年は塊の上に土をかけると、その上を二、三回叩き、それを隠すように十字架を建てた。膝下くらいの高さの十字架だ。真新しい白色

が闇に溶け込む。少年はそれを見ながら静かに笑った。

 

「僕は毎日、この作業を繰り返すんだ。塊を持ってきて、穴を掘って、塊を穴に入れて、そして、十字架を建てる。その繰り返し。この行為が僕の全てだから仕方がないのは分かってるけど、でも、ときどきどうしようもなく寂しくなる」