夜明け(2) | かくれんぼ

かくれんぼ

私の物語の待避所です。
よかったら読んでいってください。

 

 

やがて声が近くなると、それが教会の中から聞こえてくるのだと分かった。一体、誰なんだ。教会へ着くと、僕は重厚な扉を押し開けた。教会の中は暗く、目が闇に慣れるまでほとんど何も見えなかった。だから、目の前に少年が立っていたときは心底驚き、僕は尻もちをついた。

 

「君はおもしろいね」

 

少年は笑いながら僕に手を差し伸べた。

 

「ほら、掴まって」

 

ムッとしながらも、僕はその手を掴み立ち上がった。温かくて柔らかい手。立ち上がると少年の顔が目と鼻の先にあった。向こう側が透けて見えそうなほど白い肌と墨汁みたいに真っ黒な瞳。少年は、驚くほど容姿端麗だった。それに気づくと急に鼓動が早くなり、悪いこともしていないのに謝りたくなった。

 

これは現実なのか?

 

誰なんだ、この少年は。こんな少年に僕は会ったことがなかった。それに、ここは一体どこなのだろう。教会なんて今まで一度も来たことがないし、第一、外の草原だって見たことも来たこともない場所だ。けれど、これは妄想で済まされる話ではない。掴まれている手の感触も、古びた家の臭いも、すべてリアルに体感できている。

 

そんなことを考えていると、突然少年は僕の手を握ったまま歩き出した。埃の舞う赤い絨毯の上を歩く。絨毯は所々ほつれていて、年季の入ったもののように見えた。少年は突き当りまで歩くと、その足を止めた。目の前には古い十字架が置かれていた。少年はそれを見つ

めながらぽつりと呟いた。

 

「この十字架は君の心が宿った瞬間に生まれたんだ」

 

僕の心?僕は十字架を見据える。祀られている十字架は少し黄ばみがかっていて、今にも崩れ落ちそうだった。その周りには沢山の花が手向けられていた。生き生きとした花が不自然に笑っている。十字架の奥の壁には美しい女性が描かれていた。少年に聞くと、それは夜の神様、ニュクスというらしい。

 

「ニュクスは世界の始まりとして崇められてるカオスという神から生まれたんだ。ニュクスは夢や眠り、苦悩や非難の神様を生んだ。なん

でそんな神様がそこに描かれたのかは僕には分からないけど、君には分かる?」

 

僕は首を横に振った。

 

「そっか。あの絵も十字架と共に現れたから、君なら何か知ってるかと思ったんだけど」

 

少年は困ったように首を傾げた。彼はいつからここにいるのだろうか。一人でここにいるのだろうか。他にも人がいるのかな。それに、僕が生まれたとか心が宿ったとか言っているけど、それは本当なのだろうか。どこからが出鱈目で、どこからが真実なのか、それとも、全部

 

本当なのか。訳が分からなかった。

 

少年は僕の顔をちらりと見た後、次はあっちに行こうか、と言って入ってきた扉とは違う扉を指さした。握った手をさらに強く握りしめると、少年はそちらへ歩き出した。僕はされるがままに着いて行く。

 

二つ目の扉も年季が入っていたが、よく見るとこちらの方が一段と使い込まれているような気がした。少年もまるで吸い込まれるかのように滑らかな手つきで扉を開いた。