前回(4/14)のブログの続きで消極的な利用に限定しつつ「外部強制力」を持たせた上で、具体的にどのような計画の練り直しをすべきかということについて記載する。

恒常的に発生していることから考えると、大きく2つのケースがあると考えられる。
ひとつは追加的で恒常的にかかるキャッシュフローがあったというケース(ケース1)。
もうひとつは恒常的にかかるのものはないが、常に各項目毎キャッシュアウトフローが想定を上回っているというケース(ケース2)だ。

またその原因についても2つのケースがある。
ひとつは既にキャッシュアウトフローがあったもののそれを削減できると考えていたが実際はできなかったというケース(ケースA)。
もうひとつはアーリーリタイヤ後に新たに発生したケース(ケースB)だ。

まずケース1・Aである。
これはアーリーリタイヤ前からアウトフローがあり、アーリーリタイヤに伴いそのアウトフローをなくすと考えていたがその実行ができていない、というものだ。

具体的にはどのようなものがあたるだろうか?
例えば、携帯電話(含む通信料金)、新聞代、生命保険料、スポーツジム、なんらかの有料会員費などがこれあてはまるだろう。

またその特徴としては銀行あるいはカード引き落としのキャッシュアウトフローとなっているケースが多い。

想定ではこれらを解約するとしていたが、なんらかの「こころの言い訳」をつくりズルズルと続けてしまっているのがたいていだろう。

これらに対しては個別で考えるというより、まずすべてやめることが肝要だ。

なぜなら個別で考え出すと、必ずといっていっていいほど「こころの言い訳」が顔をのぞかせ決断を先送りさせるからだ。

やめることができないというなら、少なくとも銀行あるいはカード引き落としをやめ、つど支払い方式に変えてみてはどうか?

この方式なら支払いを行うという行動が要求される為、その都度「自責の念」というこころのペナルティを自らに課すことができる。

このペナルティを強制力として利用して「こころの言い訳」に打ち勝ちキャッシュフローを改善するという対応だ。
4/17からゼロ泊3日(4/17夜行バス東京発大阪行、4/18夜行バス大阪発東京行)で大阪往復してきた。

目的は4/17、18に公開される大阪河内長野観心寺、如意輪観音菩薩及び4/14~19に公開される杏雨書屋移転記念第60回特別展示会を拝観するためだ。

朝9時には観心寺に到着したかったので、逆算すると4/17夜行バスで東京発とした。

又19日昼一番に東京で出席しなければいけない用件があったため、大阪発は4/18夜行バスを利用した。

観心寺は10時からの公開であるが当日は大阪葛井寺、道明寺両観音像が公開されるため、これ目当てで大量の参拝客が朝から来ると聞いていたため、朝公開前に到着するスケジュールとした。

実際私が参拝を終えた10時半には、山門入り口まで長い列ができていた。又回りの人の話を聞くと九州から3観音に参拝しに団体で来たという人もいた。

またこの時期のみ、観心寺→金剛寺→河内長野駅間にシャトルバスが30分間隔で営業している。

これを利用して金剛寺も訪問した。

その後大阪市内に戻り十三から道修町に移転してきた杏雨書屋の杏雨書屋移転記念第60回特別展示会を拝観してきた。

この展覧会では、「説文解字」「毛詩正義」「史記集解」はじめ杏雨書屋の保有する希少価値の高い書籍がほとんどすべて展示されており、この機会を逃すとお目にかかれないものも多数出品されている。


(杏雨書屋)

強行スケジュールで非常に疲れたが、見に行ってよかった。
東京藝術大学大学院 保存修復彫刻研究室 研究報告発表展 を訪問した。

同発表展の開催は東京藝術大学大学美術館 陳列館で4/16~4/20と非常に短期間である。
(4/19には11時からギャラリートークが行われ、修復・製作担当者が内容の説明がある)



同研究室は、Eテレ「ほとけの履歴書」等にご出演されている籔内佐斗司教授の研究室である。

また同研究室の研究報告展そのもについても同じくEテレで「仏像の魂に挑む~東京藝術大学 若者たちの一年~」(2013年4月)放送されており、仏像修復を通じて、単に技術だけでなく当時の仏師の内面に迫ろうとする大学院生に非常に興味がひかれた。

今回の研究報告発表展では、東日本大震災で頭部が落下した千葉県那古寺の阿弥陀如来坐像の修復が発表されていた。

この研究室のような活動があるから、建立されて数百年あるいは千年以上前の仏像を拝観できる。

そうした意味では、こうした研究室には積極的に寄附を行っていきたい。


(東京藝術大学大学美術館 陳列館)
前回までに一時的なキャッシュフローではなく毎年発生するキャッシュフローの差異に対応するには、実行力に問題ある場合、「外部強制力」をもたせ実行を担保させてから計画をねりなおす必要があろうと記載した。
と同時に、こうした「外部強制力」とアーリーリタイヤは本質的に相容れないとも記載した。

そもそもアーリーリタイヤする理由はなんであろうか?

私はアーリーリタイヤを行う理由は、突き詰めていえば、金銭的にも思想的にもまた肉体的にも誰からの指図もうけず、ただ自分の意思にのみ基づき自分のやりたいことをやりたいからであると考えている。

このようにあらゆることから自由であるためにアーリーリタイヤしたのに、その継続の為、外部強制力を用いるというのは、本末転倒といえるのではないだろうか?

もっと強く言えば、そもそも「外部強制力」なければ実行が担保できないという状況の人は、アーリーリタイヤには向いていないともいえるのではないだろうか?(資金が十分にあるというだけで、皆がみなアーリーリタイヤできるというものではない)

とはいえ、そもそも実行力のない人に、全く「外部強制力」なしに実行させるということも難しかろうと思う。

最初の動機づけに「外部強制力」を利用し徐々にそこから抜け出すといった、アーリーリタイヤとは矛盾すると理解しながら「外部強制力」を利用するといった消極的な利用に限定するといったことを心がけるべきであろう。

このように消極的な利用に限定しつつ「外部強制力」を持たせた上で、具体的にどのような計画の練り直しをすべきか次回考えていく。
先日東京国立博物館で開催されている「栄西と建仁寺」展にいってきた。



前宣伝は「風神雷神図」を前面に押し出したもの。



内容は栄西の歩みと彼の開創した建仁寺のその後の推移を紹介したもので、非常にオーソドックスなものであり、納得いくものであった。

しかし前宣伝と内容のギャップが著しい。「風神雷神図」は、宗達のそれが一番最後にポツンと展示されてあっただけであった

前宣伝も栄西あるいは建仁寺を紹介するものであればよいものを、展示物の一点の扱いで特にクローズアップさせた展示もしていない「風神雷神図」を前宣伝で大きく取り扱うのは展覧会のあり方として疑問符がつく。
いかにも入場者数を増加させようとした宣伝のやり方だ。短期的には入場者数は伸びるかもしれないが、長期的には博物館の内容について信頼をなくすやり方ではないかと思う。

私は今回の内容について不満だといっているのではない。
今回の展覧会は栄西禅師800年遠忌の特別展であり、彼の開創した京都最古の禅寺である建仁寺を紹介するものである。したがって特に「風神雷神図」のみの焦点を与える必用はなく、前述した通り展示内容はそれに沿ったものであり納得いくものである。逆に「風神雷神図」に焦点を与えるなら展覧会名それ自体を変更する必要があろう。

ただ前宣伝と実際の展覧会の内容のギャップが著しく、それが博物館の信頼をなくすのではないか憂えているのである。
前宣伝では、まるで展覧会が「栄西と建仁寺」ではなく「風神雷神図と建仁寺」のように「風神雷神図」が扱われているのに、内容がオーソドックスな「栄西と建仁寺」というのは、頻繁に博物館は訪れないが宗達の「風神雷神図」は知っている人が、今回の前宣伝につられて訪問したものの、その期待値と現実とのギャップにがっかりして、展覧会の内容はこんなものかと考え、今後展覧会から足が遠ざかるのではないかと憂慮しているのである。

残念ながらこのような前宣伝と展示内容のギャップが著しいのは今回の展覧会だけではない。一昨年から昨年にかけて東京上野の森美術館等で公開された「ツタンカーメン展」が記憶に新しい。



前宣伝のパンフレットでは黄金のマスクらしきものを前面に打ち出しているが、これはツタンカーメンの黄金のマスクではなくカノボスというミイラの内臓を入れる容器で、ツタンカーメンの黄金のマスクは展示されていなかった。
これも「ツタンカーメン」展と銘打ちパンフレット等でぱっと見「黄金のマスク」らしきものが展示されているといえば、普通の人ならば「ツタンカーメンの黄金のマスク」が展示されていると考えるとする錯誤を利用したものだ。
しかも「ツタンカーメン」展は大変な数の入場者が記録されたのである(大阪で90万人、東京で115万人超)。このことは「大変な数の入場者」に対して、展覧会の内容に対してネガティブな意識を植え付けてしまったといえよう。

今回の「栄西と建仁寺」展を企画した人が、「ツタンカーメン」展の膨大な入場者に触発されて、「錯誤に陥らせてもかまわない」とする考えを取り入れたものではないことを期待したい。

それは長い目でみた場合博物館の自殺行為であるから。


次に今後とも毎年のように発生するキャッシュフローでありそれが想定されていなかったまたは想定より多額に発生した場合である。

簡単に言えばそのキャッシュフローを追加した上で再度毎年のネットキャッシュフローを計算する必要がある。

しかしながら具体的に考えた場合、その対応策は「一時的な支出」と比較して難しいものがある。

それは当初考えていたルーティン生活に問題が潜んでいることになり、生活そのものを見直す必要がでてくるからだ。

また同時に計画そのものといういうより、その計画を実行するという実行力に問題がある場合も多い。

特に後者がからんでいる場合、いくら生活を見直してもそれが実行できないのであるから始末が悪い。又後者が問題の場合、生活見直し自体も実現性が薄い計画となろう。

企業会計でいうなら経常収支レベルで恒常的な赤字となっているというケースである。
またその経常収支レベルで黒字にするという計画が出されても、いろいろな理由をつけて何度となくその計画が達成できないという状態である。

経常収支レベルで赤字の場合事業そのものの抜本的な見直しが求められる。しかしながらこの原因がわかってもその実行ができない場合(俗に言う赤字たれながし)どうなるか。

銀行あるいは株主から融資回収、経営者交代が要求されるであろう。これは外部的強制力が働くためである。

しかし融資残がないあるいは実質オーナー株主である場合は、上記の外部的強制力が働きにくく、また自己資本比率が高い場合は事態を真剣に捉えず、理由をつけずるずると引き延ばしがちだ。

比較してアーリーリターヤした場合はどうか?

アーリーリターヤした時点においては、資産があり借金もないであろう(借金がある状態でアーリーリタヤはしないので)。つまり上記の「融資残がないあるいは実質オーナー株主である場合」と非常に似通っており、外部強制力が働きにくい状況となっているのだ。

こうした場合対処方法は、実行力が弱いということを前提に考える必要がある。
ひとつの考えとして計画に何らかの外部強制力を持たせることが考えられる。

事前に計画した費用及びその結果を外部に公開するというのもそうしたやり方のひとつである。
インターネットで匿名公開やアプリで相互公開というのもありであろう。

こうした外部強制力をもたせ実行を担保させてから計画をねりなおす必要があろう。

しかしここで大きな問題がある。それはこの外部強制力とアーリーリタイヤとは本質的に相容れないものだということだ。

次回その点について記述する。


前回までの点を踏まえて今度は具体的な差異について考えてみよう。

まず考えられるのはそのキャッシュフローが一時的なものかどうかという点だ

一時的であるなら、それは今後は継続的には発生しないのであるのでルーティン的なキャッシュフローには影響あたえないと想定される。

したがって対応すべきことはその一時的なキャッシュフローを事前に想定できなかったということであり、そのキャッシュフローを控除したうえでのネットアセットである資産残をベースに、当初想定されていったキャッシュフローをまかないうるかという分析が必要となってくる。

それとは逆に今後とも毎年のように発生するキャッシュフローでありそれが想定されていなかったまたは想定より多額に発生したならば、そのキャッシュフローを追加した上で再度毎年のネットキャッシュフローを計算する必要がある。

またこの中間にあてはまるものとして継続的には発生しないものの、何年かに一度(あるいは何十年に一度か)定期的に発生するキャッシュフローを想定しておかなかったというものがある。


まず一時的なものであるが、まずその原因が何かということを調べること、そしてその原因が前向きに評価できるか否かということを判断する必要がある。

例えば住居コストがかかる大都市の住まいからコストの低い地方都市へ引越しを行い、そのためっ想定していなかったネガティブキャッシュフローが発生したとする。

これは一時的なネガティブキャッシュフローが発生してはいるが、将来にわたってポジティブなキャッシュフローを創出することになり、こうした一時的なネガティブキャッシュフローはプラスに評価すべきであり、想定より一時的にネガティブになるからという理由のみでこうした行動を躊躇することはむしろマイナス評価になるといえる。

企業でいえば古い設備投資を想定した以上に早く廃棄し新たな設備投資を行う際に発生する際の廃棄ロスなどがこれにあたるであろう。

ただこうした一時的なネガティブキャッシュフローが将来のキャッシュフローを想定よりポジティブにしてくれるというケースはまれであり、実際はネガティブなキャッシュフローのみが発生するだけというケースがほとんどであろう。

そうした場合この一時的なネガティブキャッシュフローを織り込んだ上で再度将来キャッシュフローを計算する必要がある。

予備費が当初から計上しているのであればそこから取り崩せばいいだけであるので、そうしている場合は何も問題はない。
又例え予備費を計上していなくても企業会計的にいえば利益剰余金的な考え方を導入していればそれを取り崩せばよい(利益剰余金的な考え方については今後記載する予定である)。

そうしたものを想定していない場合はどう対処すべきであろうか。
まず、ルーティンのキャッシュフローは想定どおりであるはずなのであるから、生活行動にキャッシュフロー的な問題はないはずである。
したがって対策としては、この一時的なネガティブキャッシュフローを一気に取り返そうとするのではなく、残年数通じてこのネガティブキャッシュフローを償却することを考えていくべきである。
具体的には生活費用を引き下げることであるが、気をつけておいてほしいのは短期間で償却しようとして実現できそうにもない引き下げを想定することである。
「残年数を通じて償却する」ことが必要なのであって、短期間で取り戻すことを考えるのは、その反動によりルーティンのキャッシュフローも不安定化してしまうおそれがあり、前提としていた「ルーティンのキャッシュフローは想定どおり」ということまで崩してしまうこととなってしまう。これは本末転倒である。

これが一時的なキャッシュフローの差異への対応であるが、実はこの一時的なキャッシュフローの対応で本当に重要なのは、安易に一時的とするのではなく真に一時的か否かということを突き詰めることである。
企業会計においても特別損失を頻繁に発生させている企業の将来計画が眉唾物で信頼性にかけるとみられるのと同じである。


「アーリーリタイア前の想定と実際のキャッシュフローが異なった場合どうするか」というトピックスについて続きを記載する。

前回対処する必要があるのは、その差異すべてにおいてではなくPDCAサイクル分析をする場合に必用となってくる差異であるということについて記載した。

今回その対処について記載するが、視点は前回と同じくPDCAサイクルに基づいて行うということだ。

ただこれを実行する際には注意すべきことがある。

PDCAサイクル分析あるいはもっとその基本になる企業会計は、「アート」であり「自らの意見の表明」であるということだ。

つまりそもそも対応すべき事象及びその対応方法が何かということについて、これといった絶対的な正解があるものでなく、いくつかある選択肢の中から自らの意思によって選択していくことが必要になってくるものなのである。

具体的には同じ項目で同じ額の差異があったとしても、その差異への対応は企業により異なってくるのである。アーリーリタイヤ後のキャッシュフロー差異への対応も同じである。

企業分析を行ったことのある人は分かると思うが、企業の財務諸表を分析する際には具体的な数値よりも、細かい字で記載されている「注記表」「脚注」に目を光らせないといけない(企業の財務諸表では数値は意見の表明の現われであるが、その意見について記載することが求められる)とされたのと同じである。




ハワイ島で約3週間過ごしてきた。

滞在していたのは、カイルアコア近郊のコンドである。

日々の生活は、特に観光をメインとするものでなかった。
朝起き天気がよければ、コナの北端のカイルア桟橋まで海辺(アリィドライブ)をジョギング。
その後コンドまで戻り朝食。朝食後は読書やDVD観賞。
昼を回ってから海辺に出て行き泳いだり日光浴をしたりというのが基本生活だ。


食事は基本自炊。時々外食。
自炊の為の食材は、野菜果物系統は近くのファーマーズマーケットで、その他食材は近くのスーパーで手に入れていた。
外食は観光客向けというよりローカル向けの食堂を利用してきた。
実は海は目の前なのだか、少量の新鮮な魚はなかなか手に入らないので、新鮮な魚(こちらではマグロ-ポキという)を食べたくなった時には、ローカル向けの食堂(基本テイクアウトで持ち帰らないときは外にテーブルといすが置いてありそこで食べる)でポキボールなどを食べていた。
逆に肉は冷凍の塊肉がスーパー(KTAなど)で簡単に手に入る。
米もスーパーで売っている。逆においしいパンを手に入れるのが難しい。
果物はファーマーズマーケットに行けば、アップルバナナがひと房1ドル、マンゴーが3つで5ドル程度だ。

移動は近距離は徒歩あるいは自転車、長距離は公共バス(ヘレオンバス)。
カイルアコア以外の町へ行き何日か滞在する場合は、公共バス(ヘレオンバス)で移動した。コストはいくら乗っても2ドル(私の乗った最長はコナ-ヒロで3時間半)で、追加1ドル払えば自転車もそのまま積み込んでくれる。
英語の舞台になったホノカアやハワイ州でワイキキに次ぐ第二の都市ヒロ、キラウエア火山(ヒロ乗換)といったところまでバスが走っている。
ただ本数は非常にすくない。例えばコナ-ヒロは朝一便午後一便 計二便しかない。また乗り場もバス停のサインがあったりなかったりでわかりにくい。例えば上述のコナ-ヒロ便でもコナの一番中心地であるコナピアの乗り場にサインはない。実は朝便はキングカメハメハホテルの道路を渡って右「WHALERS GENERAL STORE」前から、午後便は同ホテルの前の雑誌スタンド前から出発する。
当然英語のみ。
こうした不自由さはあるが、レンタカーを使わなくとも、時間が許せば低コストでハワイ島のあちらこちらと自分の足で行くことができる。

ハワイ島には大規模リゾートもあり、そういった所に滞在すればそこから一歩も外にでることなくホテル内のプールやゴルフ場でリゾートを満喫できる。又日本人の行っているツアーに参加すればすべて日本語で観光地を回ってもらえる。
ただそれには驚くような費用がかかる。
また「リゾートホテル」という現地と隔絶された環境しか体験ができない。

どちらがよいかは人それぞれであるが、リゾート地にいってもこうした低コストの暮らし方もできるのである。

P.S 公共バスなどを利用した旅行について興味があれば質問していただければ、わかる範囲でお答えします。



マウナケアの夕日
本日ハワイ島から帰国しました。

詳しくはブログに後日記載しますが、ほぼ三週間のリゾートを満喫してきました。