さて約2ヶ月に渡って、実際アーリーリタイヤしてみると、想定していたキャッシュフローと現実に費やした額との間には発生する差異についてどのように対処するか記載してきた。

その内容は、

差異が一時的かそうでないかで分類し、一時的であれば生活行動の見直しは不要で長期的に償却を行い、そうでなければ外部強制力を用いた生活行動見直しを行う。
また後者の外部強制力を用いる場合、「既存か新規か」あるいはその項目が「恒常的か非恒常的」かで異なった対処方法があること

というものだ。
 
したがってまず一時的かそうでないのかを見分ける必用がある。

ただ今まで記載した通り、一時的でないのならば今までの生活態度が否定され又外部強制力によりその変更が強制される。一方一時的ならば生活態度が否定されることはない。
よってこの見分けすら、サンクコストや自己肯定意識から、「一時的」と判断しがちであることに注意を払っておくことが必用だ。

つまり最も重要なことは具体策といったテクニカルの部分でなく、脳科学的な意識の問題といえよう。

したがってこうした観点から、節約テクニックとは逆のことを対処方法としている。

例えば、クレジットカード払いでなく現金払いとすることなどだ。
もちろんテクニカルには、クレジットカード払いの方が、ポイントがついたりして現金と比べて割安となっていることは充分承知している。
キャッシュフローを事前想定通りコントロールできるのであれば、いくらでもクレジット払いをしてくれてもかまわない。

しかし一時的でないキャッシュフロー差異を発生させてしまっている場合はどうであろうか?

購入時にクレジット払いや自動引き落としという手段があるのは、一度こうした契約を締結すればそれを解約変更する手間がバリアとなり、ズルズル既存の契約を続けがちとなるからだ。

決して契約者の便宜を図るという親切心からのみこうした手段があるのではない。

一時的な要因を除いて、事前に想定していたキャッシュフローから差異が発生しているというのは、上記の契約を続けさせる心理的なわなに引っかかり、キャッシュフローのセルフコントロールができていない状態である。

こうした状態に陥っている場合は、目先の少額利益を捨てても、キャッシュフローのセルフコントロールという習慣を強制的をつけさせるほうが、長期的なメリットは大きいと考えているからだ。

次回は前回までに言いそびれた事について記載してみたい。
その後は、自分にあてはめてみるとどうであるか、アーリーリタイヤして7年超経過していいるのでキャッシュフロー相違について振り返ってみたい。

先日、畝傍山のふもとにある橿原考古学研究所附属博物館を訪問した。


この博物館は、橿原考古学研究所が1938年来行ってきた発掘調査の出土資料を中心に展示を行っている。

橿原考古学研究所は、同研究所所員であり関西大学助教授であった網干善教氏が高松塚古墳を発掘しとことで一躍世間に知られた研究所である。
(ちなみに、私の友人の兄が網干先生のゼミ生であったので、彼を通じて網干先生のことをよく聞いていた)

又同研究所はその後藤ノ木古墳を発掘した。藤ノ木古墳は法隆寺から歩いて10分もかからない場所にあり、整備工事の結果古墳そのものはきれいになったものの、国宝に指定されている藤ノ木古墳出土品(石棺外及び石棺内)は藤ノ木古墳にはなくここ橿原考古学研究所附属博物館に常設展示されている(藤ノ木古墳ではレプリカ展示で、たまに開かれる里帰り展で現物を見ることができる)

藤ノ木古墳出土品のうち石棺内出土品の金銅製冠や金銅製履は全体が緑青に被われていたが、石棺外出土品の金銅製馬具(鞍金具、棘葉形杏葉や龍文飾り金具)は黄金色を保っていたのにはびっくりした。

詳しくは、図録「金の輝き、ガラスの煌めき 藤ノ木古墳の全貌」(2007年)をご参考。



(これは橿原考古学研究所附属博物館入り口にある金銅製履レプリカ)

前回に引き続き、アーリーリタイヤ後の想定外かつ恒常的なキャッシュフローについて、ケース別に対処方法について考察する。

消極的な利用に限定しつつ「外部強制力」を持たせた上で、具体的にどのような計画の練り直しをすべきかということについてという点につき、これまで4/23(ケース1・A)5/7(ケース2・A)5/14(ケース1・B)のブログで、それぞれケース別に対処方法を記載してきた。

*ケース分けについては4/23のブログを参照にしてほしいが、その分類以下の通りである。
恒常的に発生していることから考えると、大きく2つのケースがあると考えられる。
ひとつは追加的で恒常的にかかるキャッシュフローがあったというケース(ケース1)。
もうひとつは恒常的にかかるのものはないが、常に各項目毎キャッシュアウトフローが想定を上回っているというケース(ケース2)だ。
またその原因についても2つのケースがある。
ひとつは既にキャッシュアウトフローがあったもののそれを削減できると考えていたが実際はできなかったというケース(ケースA)。
もうひとつはアーリーリタイヤ後に新たに発生したケース(ケースB)だ。


今回は最後のケース2・Bについて考察する。
ケース2・Bというのは、アーリーリタイヤ後に、新規に発生したキャッシュアウトフローが想定を上回っているというものだ。

他のケースとの相違で見てみると、

ケース2・Aとの相違は、ケース2・Aは削減想定していたものが削減できなかったというケースであるのに対し、ケース2・Bは新規に発生しているという点で異なる。

ケース1・Bとはとよく似ているが、ケース1・Bとの相違は、ケース2・Bは新規にキャッシュアウトフローを発生させることは予測していたが、そのアウトフロー額が想定より多くなってしまっているというケースであろう。
新たなキャッシュアウトフローを発生させることになるので、費用と効用の分析はしているだろうが(費用と効用の分析をしていないならばケース1・Bの問題となり、費用・効用分析をまず行うべきである)、その費用額が想定より上回っているということだ。

対処方法はケース1・Bと同じとなろう、つまり費用・効用分析を意識的に行うことである。

但し、その分析を行ったとしても、その実行可能性はケース1・Bとは異なる部分がある。

それを考察するに、まずなぜケース2・Bようなことが発生しているのか、効用と費用がともに上昇している場合と、費用のみ上昇している場合とに分けて考えてみよう。

効用と費用がともに上昇しているのならその費用上昇には納得できる理由があり、考えなければいけないのはどこまでの効用上昇を期待しているのか、あるいは費用の上昇は効用の上昇に見合うものか否かということだ。

効用と費用がともに上昇している場合は、事前の自分の意思決定は間違ってはいなかったのであるから、サンクコストが発生していたとしてもこの場合の費用・効用分析又それに基づく行動判断は比較的冷静に行う事ができよう。

一方、費用のみ上昇している場合、まず何らかのHidden Costがありそれを気づかなかったという場合がある。あるいはそもそも自分の費用解釈が間違っていたという場合もあるだろう。

原因は上記のようにいろいろあるが、少なくとも意思決定をした時点の効用は対費用の観点からは低下しているのはあきらかである。

したがって新たな費用をベースにした費用・効果分析を行い、それでその上昇した費用に効用が見合っているかを判断しなければいけない。

ただし効果・費用がともに上昇している場合と異なり、かなり現状肯定的な判断を下しがちになることに留意しないといけない。

なぜなら費用のみが上昇している場合、当初の自分の意思決定が間違っており、その間違いに伴いすでに費用を発生させていることから、サンクコストを嫌い現状肯定的な判断を脳は下しがちであるからだ。

前回に引き続き、アーリーリタイヤ後の想定外かつ恒常的なキャッシュフローについて、ケース別に対処方法について考察する。

消極的な利用に限定しつつ「外部強制力」を持たせた上で、具体的にどのような計画の練り直しをすべきかということについてという点につき、4/23のブログで、アーリーリタイヤ前からアウトフローがあり、アーリーリタイヤに伴いそのアウトフローをなくすと考えていたがその実行ができていないというケース(ケース1・A)への対処について、又5/7のブログで、アーリーリタイヤ前からアウトフローがあり、アーリーリタイヤに伴いそのアウトフローを削減できると考えていたがその実行ができていないというケース(ケース2・A)への対処について記載した。

*ケース分けについては4/23のブログを参照にしてほしいが、その分類以下の通りである。
恒常的に発生していることから考えると、大きく2つのケースがあると考えられる。
ひとつは追加的で恒常的にかかるキャッシュフローがあったというケース(ケース1)。
もうひとつは恒常的にかかるのものはないが、常に各項目毎キャッシュアウトフローが想定を上回っているというケース(ケース2)だ。
またその原因についても2つのケースがある。
ひとつは既にキャッシュアウトフローがあったもののそれを削減できると考えていたが実際はできなかったというケース(ケースA)。
もうひとつはアーリーリタイヤ後に新たに発生したケース(ケースB)だ。



今回はケース1・Bへの対処を考える。
ケース1・Bというのは、アーリーリタイヤ後に、新規に想定していなかったキャッシュが恒常的に発生するようになったというケースだ。

具体的にはアーリーリタイヤ前には想定していなかったものの、新規に何かの会員になった、スマートファンといったアーリーリタイヤ後に出現した新規サービスに加入したといったものがこれに当たる。
また不動産を保有から賃貸に替えた、車を保有からカーシェアやレンタカーあるいは公共交通機関に替えたというのもこれにあたるが、これらについて保有から利用へという変更は、むしろポジティブに受け取った方がいいケースが多いと思われる。

このケース(保有から利用へという変更以外)は、ケース1・Aと似ているが、その行動は大きく異なっている。
ケース1・Aは実行力が問題でいわゆる不作為についてどのような対処していけばよいか、言い換えれば強制力を発動させれば解決できる場合が多い。
一方今回のケース1・Bというのは、自ら行動を起こした結果であるから実行力が問題となっているわけではない。
むしろ安易に実行してしまうことが問題となっている。

ただその実行力というのが、勧誘にズルズル流されて実行したのかということなのか、それとも、自分の強い意思で実行したのかによって大きな違いがでる。

前者であれば、むしろ自分の意思あるいは判断力を貫徹できないことに問題がある。
したがってたとえアーリーリタイヤ後の行動であっても、前述したケース1・Aと同じ対処方法で、「外部強制力」を用い対応することができる。

次に後者の場合であるが、自分で積極的に意思決定をしたのであるから、それが本当に必要ならば継続すればいいであろう。

問題なのは「本当に必要か」ということだ、これはそのキャッシュフローを費やしたことによる効用が、キャッシュフローという費用に見合っているかという点で「本当に必要か」ということであり、単に効用のみで判断していないかということである。

そして費用が効用を上回っているのにキャッシュアウトフローを継続させているのは、惰性で続けているということだ。


「外部強制力」はこうした、効用と費用の関係を認識させる上で用いるべきであろう。

時間が経れば、当初は効用が上回っていたかもしれないが、ある時点以降は費用の方が上回るようになるかもしれない。こうした点を捉えてそのキャッシュアウトフローをストップさせるということに用いればよかろう。つまり惰性的にずるずるとキャッシュアウトフローを続けるのではなく、常に効用と費用を認識させることが必要である。

費用を認識させるのは、ケース1・Aと同じくキャッシュアウトフローをカードや銀行引き落としではなく自らの手で発生させる必要がある。

効用については、何を期待しているのか。代替性はないのか。進捗状況はどうであるか。ということを新規契約時に自らの手で記載しその答えを見つけておくことが必要だ。

つまり安直な意思決定を行わせない仕組みを作っておくことが必要なのである。

またそれ以降も費用認識と同タイミングで、同様の記載を行ない効用を認識させておくことが必要だ。

自らの意思で決定を行ったと思っていても、実際には明示的・暗示的を問わず、宣伝等他人の意思により自らの意思決定がバイアスを受けているケースがほとんどであると考えており、「自らの強い意思」でのみ意思決定を行うなどほとんどありえないと考えている。

ただそれを認識できてないだけだ。

したがってこうした費用と効用を冷静に捉えなおす機会が必要だと考えているのである。



このようにケース1・Bへの対応は、ケース1・Aより厳しくなっている。
なぜなら自らの意思決定をが過ちであったと認識することは苦痛であからである。

このケースのキャッシュアウトフローを削減することは、4つのケースの中で一番困難となる。
特に、既にキャッシュアウトフローが膨大になっている場合は、いわゆるサンクコストの問題もありそれを断ち切るには簡単ではないとうのを肝に銘じておいてほしい。
先日長野県和田峠にハイキングに出かけた。

以前から旧街道を歩いており、今回は中山道の和田側の男女倉から和田峠を経て下諏訪まで下るルートである。

(和田峠ログ-山旅ロガーからMy Tracks→PC Google Mapへ)

前回は、軽井沢から男女倉まで歩いたのでその続きだ。

男女倉に行くには、上田駅からバスで(旧)丸子駅、そこでバスを乗り換え長久保へ、長久保からバン型小型バスで和田を経て男女倉に到達する。丸子を8:34のバスに乗り継げば男女倉には9:30頃に到着できるが、このバスを逃すと次の男女倉着は13時頃となってしまうので注意が必要だ。

バスの運転手に中山道を歩いて和田峠を経て下諏訪に抜けるという話をしたが、4月末ではまだそうしたハイカーは少ないとのことであった。実際今回私以外のハイカーには誰も出会わなかった。

又彼いわく昨年熊が出たらしく、一人で山に入るなら注意が必要だと警告された。
私は熊鈴をつけていたが、それに加えてラジオをつけながら登ることとした。

和田側から和田峠に行くには、男女倉入り口が最寄のバス停となる。

ここの標高が1100M弱で和田峠が約1600Mとなるので、標高差約500Mとなる。
また下諏訪の標高が850M位なので下り標高差は750Mである。
距離は男女倉入り口から和田峠までが約5K、和田峠から下諏訪までが約12K、合計17K程度となる。

男女倉入り口から旧中山道へは、バス停を降り旧142号線に沿い右に曲がると、中山道の説明があるカンバンが左手にあるので、そこの山道を入っていくことになる。

ここは山道といいつつも平坦で歩きやすい道である。

しばらくいくと三十三体観音を過ぎ、接待(男女倉口から1.7K、標高1270M)に到着する。




ここで(旧)142号線と合流するがすぐにまた山道に入る。

石畳の道などあり歩きにくい場所もあるが、男女倉口から1時間半程度で再度(旧)142号線と合流し、東餅屋(男女倉口から3.8K、標高1480M)についた。
昔は茶店があった為この名称であったとのことだ。
現在1軒のみ、つい最近まで営業していたようだが、季節的なものかそれとも廃業してしまったかは不明であるが営業している店はなかった。


ここから再度山道に入るが、ビーナスラインの下の狭いトンネルを歩いたり、ビーナスラインを横切ったりしながら東餅屋から約30分程度歩くと和田峠に到着する(男女倉口から5.0K、標高1600M)。


(和田峠から木曽御嶽山を望む)

ここから下諏訪側に下っていくのであるが、和田側から和田峠は山道も広く登りやすいが、下諏訪側は山道も狭くはっきりしていない所も多いので注意が必要である。

和田峠からは、白い杭が二本たっているところが、下諏訪に下る山道の入り口である。

山道を入るとすぐガレ場となるので足をとられない様に注意が必要だ。

またガレ場が過ぎても、この時期は狭い山道と雪解け水の流れとが一致していたり、倒木が道を塞いだりしているるので、どこが道かわからなくなっている所も多いので慎重に歩くことが必要だ。

和田峠からこうした山道を1時間弱歩いて西餅屋(男女倉口から6.5K、標高1300M)に到着した。ここは東餅屋とはことなり茶屋の痕はまったくない。

ここで中仙道は142号線を横切って山中に入っていくのだが、一里塚を過ぎたあたりから再度、ガレ場に入り又道もかなり狭いので、今回は断念し、142号線を歩くこととした。

この道は歩道もなくまたダンプカーも多い為歩くのは細心の注意を払ったほうがいい。また下り(下諏訪方面)の道は1車線であるのに対し、登り(和田方面)の道は2車線であるので登り側を歩いたほうがいいかもしれない。

こうした道を旧中山道沿いにある浪人塚を経由して、4Kほど歩くと樋橋につく(男女倉口から11.2K、標高1020M)。
ここからは下諏訪までバスが通っており、疲れているならバスの利用も可能だ。

ここからも142号線を歩くことになるが、ここからは車道と歩道が分離しており安全に歩くことができる。

産廃工場や現在は廃業した食亭六峰(六峰温泉)を横目に3.0Kほど歩くと旧中山道から町屋敷の町を抜け気落とし坂に到着する(男女倉口から14.4K、標高920M)。
ここは諏訪神社の御柱祭で「下社の木落とし」が行われる場所とのことだ。



ここから下諏訪神社(男女倉口から16.7K、標高840M)までは約2Kの道をあるくことになる。

下諏訪の町には江戸時代から営業している「旦過の湯」で一服し、「新鶴」で名物塩ようかんを買って帰ることとした。


(旦過の湯)


(新鶴)

ゴールデンウイークに松尾寺に参詣した。

松尾寺は京都府の寺であるが、訪問するにはなかなか骨がおれる。

最寄のJR駅は小浜線松尾寺駅であるが小浜線自体本数が少ない。
それに加えて松尾寺駅から松尾寺までバスはなく約4K歩く事になる。
ちなみに松尾寺駅前には当然タクシーなどいない。

しかも松尾寺は青葉山の中腹に位置し、最初の1Kは平坦な近畿自然歩道であるが、3Kは舗装路であるが急坂を登ることになる。

大阪あるいは京都から往復するのには1日がかりと考えておいたほうがよい。

さてそこまでして参詣した松尾寺であるが訪問した目的は、当寺において宝物殿春季展観が開催されているからだ。

この春季展観では、国宝 仏画普賢延命菩薩像をはじめとして当寺の寺宝が多数展覧されている。

また指定は重要無形民族文化財であるがここの「卯月八日佛舞」に使われる本面には興味がひかれる。練供養で用いられるものと同様すっぽりかぶる形態であり、当寺のものは舞人が雅楽この面をかぶり阿弥陀、釈迦、大日の三如来に扮して雅楽にあわせて舞うというものである。

国宝の仏画普賢延命菩薩は京都国立博物館で寄託保管されていたものであるが、平成20年の当寺収蔵庫建立に際して返還されたものだ。それ以降、京博ではなく当寺で拝観することとなった。又重要文化財 仏画孔雀明王像は東博に、同 仏画阿弥陀如来坐像、仏画如意輪観音像は京博に、同 仏画法華曼荼羅、仏画終南山曼荼羅は奈良博に委託保管されていたがそれらもすべて現在では当寺で拝観することができる。

現在でも他寺の貴重は国宝、重要文化財がこうした国立博物館に委託保管されているが、単に寄託者である寺が寄託をやめて返してほしいとするだけでは返還してもらうことはできないとのこと。
その為には、仏画などは当寺のように空調設備のきいた設備(収蔵庫)を建築しそこで保管管理が要求され、また公開も限定的に行うことが要求されるとのこと。ちなみに当寺では年間60日ほど国宝を公開しているが、それでも長すぎるといわれているらしい。

つまり仏画などが国宝等に指定されてしまうと、国立博物館から返却してもらうには、それを美術品として扱わざるを得なくなり、信仰の対象としては扱えなくなってしまうということだ。

これは明治期にフェノロサや岡倉天心らが廃仏毀釈の中、仏教寺院の貴重な仏画・仏像等を保護するのに、当時としてはそうせざるを得ないが美術品的側面を強調して保護を政府に要請した経緯によるものかもしれない(天心彼自身は、その保護に関して信仰と美術両面を調和させたと思うが)。


(松尾寺)
ゴールデンウイーク中、出光美術館で開催中の「日本絵画の魅惑」展を鑑賞してきた。

目的は酒井抱一の「風神雷神図屏風」だ。

現在、東京国立博物館で開催している「栄西と建仁寺」展で俵屋宗達の「風神雷神図屏風」が、又同博物館の本館で尾形光琳の「風神雷神図屏風」が公開されている。

宗達は17世紀、光琳は18世紀、抱一は19世紀と活躍した時代は異なるものの同じ意匠で描いた琳派絵師の作品を同タイミングで鑑賞できることはめったにない。

光琳は宗達の「風神雷神図屏風」を写し取ると同時に、その構図から「紅白梅図屏風」(MOA美術館蔵)を生み出し、抱一は光琳を師匠と仰ぎ光琳の「風神雷神図屏風」の裏に傑作「夏秋草図屏風」(東京国立博物館蔵)を画いた。

人によっては抱一の「風神雷神図」は擬人化が誇張されてるなどとして否定的に観るなど、人それぞれどの「風神雷神図屏風」が好きか好みは分かれるだろうが、少なくとも現物3点を見比べてなければその判断はできないだろう。
宗達
宗達

光琳
光琳

抱一
抱一


残念ながら抱一の「風神雷神図」は5月6日までだったが、同じような見比べは「燕子花図屏風」でも可能だ。光琳の「燕子花図屏風」は根津美術館「燕子花図と藤花図」(4/19-5/18)で、抱一の同じモチーフで画かれた「八つ橋図屏風」は出光美術館「日本絵画の魅惑(後期)」(5/9-6/8)で鑑賞することができる。

引き続き、アーリーリタイヤ後の想定外かつ恒常的なキャッシュフローについて、ケース別に対処方法について考察する。

4/23のブログで、消極的な利用に限定しつつ「外部強制力」を持たせた上で、具体的にどのような計画の練り直しをすべきかということについてという点につき、アーリーリタイヤ前からアウトフローがあり、アーリーリタイヤに伴いそのアウトフローをなくすと考えていたがその実行ができていないというケース(ケース1・A)への対処について記載した。
*ケース分けについては4/23のブログを参照にしてほしいが、その分類以下の通りである。
恒常的に発生していることから考えると、大きく2つのケースがあると考えられる。
ひとつは追加的で恒常的にかかるキャッシュフローがあったというケース(ケース1)。
もうひとつは恒常的にかかるのものはないが、常に各項目毎キャッシュアウトフローが想定を上回っているというケース(ケース2)だ。
またその原因についても2つのケースがある。
ひとつは既にキャッシュアウトフローがあったもののそれを削減できると考えていたが実際はできなかったというケース(ケースA)。
もうひとつはアーリーリタイヤ後に新たに発生したケース(ケースB)だ。



今回はその続きでケース2・Aについて考えてみる。

これはアーリーリタイヤ後キャッシュアウトフローを削減するとしていたが、その実行ができていない、というものだ。

具体的には日常生活費(食費、被服、雑貨、娯楽等々)にあたるものがこれにあてはまるであろう。

さてこの部分のキャッシュアウトフローを削減するにはどのようにすればいいか。

ちまたにあふれている「節約方法」はこの部分の削減に関するものが多い。

ただそもそも理想は大きいものの実行できていない人に対して、個別個別一件毎の削減ではたして効果はあがるものだろうか?

こつこつ節約して、その結果発生するその節約疲れで自分へのごほうびと称してドスンと大きなアウトフローを行っているのではないだろうか?

いわゆる「木をみて森をみず」の状態に陥っているのではないか?

世間一般には節約法はさがそうとすればいくらでもあるのであり、問題は節約方法がないことではなく、いかにそれを長期間にわたって実行して全体のアウトフローをコントロールすることではないのだろうか。

この日常生活費にあたるキャッシュアウトフローの削減に関しては、個々の節約手法というより、プロジェクト進捗管理の手法でコントロールしてはどうだろうか。

例えば、毎月の日常生活費トータルを設定し、それを日割りした額を日々積算しそれをグラフ化しておく。これが積算された日々の日常生活費予算線となる。
これに対し実際に使用した日常生活費を日々積算し、上記の日常生活費予算線と同グラフ上に線(日常生活線)として記載する。
日々積算されていく日常生活線と予算線とを比較して、予算線が日常生活線に対して上方乖離していれば実際に使った日常生活費が予算を下回っているということであり、逆は日常生活費が予算を上回っているという状態だ。

日々この積算グラフをつけることによって、「心理的な負い目」という強制力をきかせようという戦略だ。

このように個々のアウトフローにこだわることがなくなれば、節約疲れすることなく、全体のアウトフローコントロールが可能になるであろう。


本日、東京藝術大学大学美術館で開催された「法隆寺 祈りとかたち」(展覧会は4/26-6/22)開会式及び内覧会に出席した。

今年は法隆寺関係の展覧会ではこの「祈りとかたち」と「聖徳太子と平和の祈り」が各地で開催される(前者は仙台市博物館、新潟県立近代美術館で後者は福岡市美術館、静岡市美術館等)。

この「法隆寺 祈りとかたち」が仙台と新潟で開催されるのは、この展覧会が東日本大震災復興祈念・新潟県中越自身復興10年のためだ。
また東京藝術大学で開催されるのは、今年が法隆寺と関係の深い岡倉天心没後100年という節目の年でもあるからだ。

東京国立博物館には法隆寺関係を展示する法隆寺宝物館があるが、それ以外で法隆寺関係の展覧会が開催されるのは約20年ぶりとなる。

東京藝術大学と法隆寺は、明治17年当時東京藝術大学初代校長であったフェノロサが岡倉点心とともに法隆寺夢殿救世観音を開扉したことから、その後保護、修復などで深い関係にある。

本日の開会式では、関出(せきいずる)東京藝術大学大学美術館長、大野玄妙(げんみょう)法隆寺管長、宮田 謙一朝日新聞企画事業本部長が当展覧会開催の意味をのべられ、テープカットを行われた。




また監修として尽力された水野敬三郎 東京藝術大学名誉教授も開会のリマークを述べられていた(私は水野名誉教授の書かれた岩波ジュニア新書の「奈良・京都の古寺めぐり」を今でも暇さえあれば熟読している

奈良・京都の古寺めぐり―仏像の見かた (岩波ジュニア新書)/岩波書店

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今回出品されているものには国宝吉祥天立像及び毘沙門天立像もあるが、私は是非見ておきたいものは、東京藝術大学出身の鈴木空如の法隆寺金堂壁画模写であろう。彼は金堂壁画十二面を原寸大で三回も模写しているのである。

この模写と同時に東京藝術大学大学美術館陳列館で開催されている「別品の祈り」のハイテク技術を駆使した模写を是非とも比較してほしい。ハイテク技術ななかった明治から昭和初期にかけて模写を行った空如のすごみがわかるはずだ。


本日(4/23)東京国立博物館を訪問した。

目的は「平成26年新指定国宝・重要文化財」(4/22-5/11)と、新しくなった本館18室「近代の美術」を観賞することだ。

ただ東博では「キトラ古墳壁画」展もちょうど開催(4/22-5/18)されており、こちらが非常に長い列をつくっていた。係員に聞くと入場に一時間待ち、入場してから壁画を観るのに更に30分待ちとのこと(ちなみに公開中の「栄西と建仁寺」は待ち時間なし)。


(「キトラ古墳壁画」展の長い列、本館で列ができるのは珍しい)

普段ならこちらも見てみたいとおもうのだが、以前で飛鳥資料館「キトラ古墳壁画四神 特別公開」(2010年)にいったことがあったので今回は見送った。
また東博の今回の公開では「青龍」は公開されていないのも見送った理由だ。

お目当ての「平成26年新指定国宝・重要文化財」であるが、例年新指定国宝・重要文化財展は本館特別第一室及び第二室で公開されているが、今回は本館第8室で公開中である。


今回の指定では国宝されたのは尖石縄文考古館保管の土偶、俗に「仮面の女神」といわれているものである(過去2010年東博「大土偶展」で公開)。

ただこれだけで第八室で展示というわけではなく、重要文化財に指定された六曲屏風が二双(四季花鳥図及び四季山水図)展示され又考古資料(遺跡出土品)が多数展示されていたのがその理由だと思われる。

また昨日弾丸大阪行で杏雨書屋で唯一レプリカ展示だった「啓迪集」も今回の重要文化財指定でこちらで観ることができた。

一方新しくなった本館18室であるが、薄暗かった旧18室以前と比較すると明るくなったことがあげられる。

また展示物も旧18室と比較すると近代の金工や製陶の展示が多くなった。

本日は上村松園の「焔」がメインとなって展示されていたのも旧18室(以前の18室なら横山大観あたりがメインとなっていた)とは異なるものだ。