先日ようやく京都で紅葉が見ごろとなったというニュースを聞いて東福寺にいってきた。

東京から夜行バスででかけたので早朝に京都についた。

開門までは早朝から寺内に入れる東寺にでかけた。
東寺ではしばらくの間、東京国立博物館「空海と密教美術展」で「仏像曼荼羅」の展示の為、ニ菩薩、ニ明王、ニ天、ニ四天王がおられなかったのだが、その展覧会も終了し、ようやくまともな立体曼荼羅として本来あるべき位置にお戻りになられている。

早朝の散歩のあと東福寺まででかけたが、すでに多くの人でにぎわっていた。
今年は例年と比較して約10日ほど色ずくのが遅れているとのこと。

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その後、大学時代に京都に住んでいたこともあり、久しぶりに当時の下宿周辺がどうなったか興味をいだき、哲学の道沿いに南禅寺から銀閣寺まで歩いてみた。

私の大学時代、哲学の道は春は桜・初夏は蛍がまう場所であったが、現在は桜の木が弱っており植え替えているとのとで、一部哲学の道は通行できなくなっている。

また当時住んでいた下宿も発見できたが、下宿というよりアパートに変容してしまっていた。

ただよく通っていた、大銀食堂は健在だった。ただ当時と比較すると「きれい」になってしまった感がありそれはそれで残念な気がした。

光明寺から福井県小浜市にある明通寺に向かった。

京都から福井というと結構距離があると思われるが、東舞鶴で小浜線にのりかえ所要時間約1時間半で小浜市に到着する。

現在の町の中心は小浜駅であるのだが、様々な古刹は次の東小浜駅が最寄駅になる。

特に重要な場所として「鵜の瀬」がある。
ご存知の方もいるかもしれないが、奈良東大寺二月堂修二会(しゅにえ)~一般にはお水取りと言われている~で用いられる「お香水」が、ここ小浜の鵜の瀬から10日かけて二月堂に届くといわれており、当地では「お水送り」といわれている。

またこの近くは坂上田村麻呂が806年に創建したといわれている明通寺がある。
この寺は本堂と三重塔が国宝に指定されている。

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この寺の面白いのは本堂の脇時だ。ここは本尊が薬師如来でありこの場合日光菩薩・月光菩薩が脇侍として祀られるのが通常であるが、ここでは降三世明王と深沙大将が脇侍となっている。
とりわけ深沙大将(西遊記の沙悟浄のことである)の絵画は何点か見たことはあるが、立像の深沙大将は始めてみた(これらの仏像はすべて創建時の藤原時代のものである)。

このように中央と結びつきを示す歴史を感じさせる場所であるが、残念ながら公共交通機関がほとんどない(バスが朝1便と夕方数便ある程度)のが難点だ。ちなみに明通寺には東小浜駅から6キロ程度ある。
ただしうれしいことに東小浜駅でレンタサイクルを利用することができるので、これらの寺を訪問するにはこれを利用するのがよいだろう。
綾部市は京都府の北部にあり、日本海に面する舞鶴市に隣接する市である。

綾部には学生時代に黒谷という場所に和紙の見学に訪れたことがある位で数十年ぶりの訪問になる。

今回は綾部市の中心部からバスで約1時間、そこから歩いてまた1時間のところにある上林地区にある光明寺を訪問した。

その距離からわかるとおりこの寺は平地にあるのではなく、君尾山(きみのお)の中腹にそびえている寺であり、そのため訪問するのに公共交通機関は期待できない場所にそびえている。

現在は本堂しか残っていないが、もともとは大規模な真言密教系の寺院であったのが、火災や戦災により本堂以外は焼失してしまった結果と言われている。

その焼失を唯一免れたのが、本堂から遠く離れた位置にあった「二王門」であり、解体修理の結果この門は鎌倉時代中期に建造されたことが判明している。その様式は初層にも屋根をつける二重門様式であり、鎌倉時代はこの様式が最も格式の高い楼門の様式であるとされていた。
しかしながら鎌倉時代以降はこの様式は廃れてしまった結果現存数は少なく、それゆえこの門だけが国宝にも指定されている。

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(参考)
今回ここを訪問するにあたり、先日購入したスマートフォンを利用してみた。
二王門を経由して光明寺本堂にたどり着くには、君尾山の登山道を上っていくのであるが、地形図を参照してくれるアプリを使ってみたところキチンとログがとれることがわかった。
これまで東洋文庫はアジア学専門の世界的に著名な図書館であり研究目的の為利用することはできたが、その保有書物・文書を一般には公開してこず、稀に関係する美術館の特別展などで目にすることができるだけであった(例えば昨年10月から1月に開催された三菱一号館美術館「三菱が夢見た丸の内展」では、東洋文庫の保有する国宝「毛詩」、「文選集注」が公開展示された)。

このたび新たに併設工事していたミュージアムが10/20に完成し、東洋文庫の所蔵書籍を身近に鑑賞することができるようになった。

その中でも圧倒されるのがモリソン書庫だ。

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まるでハリーポッターの映画にでもでてくるような書庫であるが、そもそも東洋文庫は、1917年当時三菱財閥の第3代総帥であった岩崎久弥氏が、中華民国の総統府顧問を務めていたオーストラリア人モリソン博士の所蔵する、中国に関する欧文文献の膨大なコレクション(モリソン文庫)を購入したことに始まったもので、彼の書庫をイメージした展示室となっている。

また東洋文庫は5点の国宝を保有しているがそれらを展示(但し保存上の問題で各国宝の展示期間は約1ヶ月程度)する場所として、「国宝の間」というエリアがある。

今回展示されているのは「史記」の注釈書「史記集解」の古写本であり、「夏」時代の歴史を記した「夏本紀」である。

「史記」はご存知の通り中国最古の歴史書で、日本でも奈良・平安時代には歴史と文学の基本教科書として重視され、この古写本は平安時代に書写されたもので「高山寺」の朱印があることから「高山寺本」といわれている。本文には朱書きで乎古止点(おことてん)と墨書で古訓が記されており、当時の「史記」の読み方を伝えている。

今回の「史記」夏本紀の展示は11/21までであり、そこから1ヶ月単位で同秦本紀、文選集注が展示される予定である。

こうした書籍を目にする機会はめったにないので一度訪問されてはどうだろうか。

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先日スマートフォンを購入した。

これまでは携帯電話もほとんど受信専用のプリペイドであった。
それから一足飛びにスマートフォンである。

ただ固定費用が増加するのは好ましくないと考えは変わっていない。

にもかかわらず今回スマートフォンを購入したのは、月1000円程度かつ契約期間の縛りなしの料金体系で、通信無制限でスマートフォンが使えるシステムがあったからだ(当然そうした契約にデメリットがないわけがなく、この契約の場合通信速度が最大100kbpsに限定されるまた会話ができない)。

またスマートフォン本体もオークションを新古品で5000円程度で購入することができそうであった。

これであれば契約手数料も含め2年間のトータルコストで36000円程度(月1500円)ですみそうだ。

家計費用的にはまだ自分の生活にスマートフォンが自分の生活にマッチするか否かはよくわからため、初期費用も含め2年間で月1500円程度ならば、「通信費」ではなく、「娯楽費」として計上できる範囲でもある。こう考えておけば家計費用的に考えてやはり宜しくないと結論づければ、やめるに際し躊躇することもないであろう。

スマートフォンの機種であるが、特にこだわりはなかった。ただタッチパネル式ではほとんど正確に文字がうてないことがわかっていたのでキーボード方式が好ましいと考えていた。
今回購入したスマートフォンはキーボード方式であったため、その条件も満たすものであった。

実はこれまでスマートフォンは購入したことはなかったが、決してこうした商品が嫌いな訳ではない。
古い機種であるが最近までシャープのMI-P2-Bを愛用していた。

ただデスクトップPCを使う中で、PCとの連携について不満があった。

今回スマートフォンの契約をおこなったが、費用対効果でこのMI-P2-Bを上回ることができないと判断すれば解約するつもりだ。

今考えられる使用方法として次の通りである。
1 メール
2 カレンダー(スケジュール)
3 TO DO
4 メモ
5 ニュース・ブログ閲覧
6 Twitter
といったもので、いづれもPCとの同期が必須である。

またGPSロガーも散歩や旅行にいくに便利かもしれない。

1のメールはGmail
2のカレンダーはGoogle Calendar→ジョルテ
3のTO DOはGoogle Calendar→ジョルテ
4のメモは、EVERNOTEあるいはDROPBOX
5のニュース・ブログ閲覧は、Googleリーダー
6はダイレクトにTwitter
を用いればPCとの同期が可能になる。

オフィスワーカーであればその効用が高いというのも納得できるが、はたしてアーリーリタイヤした後であっても、その効用が、コストを上回ることができるのか。とりあえず使ってみるつもりである。
















先週末、正木美術館秋季展-「墨痕」-にいってきた。

墨蹟・墨痕といった墨でかかれた書あるいは水墨画に関する展覧会は、今年1月京都国立博物館で開催された「筆墨精神」や東京根津美術館での「墨宝」など今年は多く開催されている。

これらに引き続き、正木美術館では2011年10月1日~11月27日まで「墨痕」と銘打って、正木美術館が保有する国宝三点を全展示するとともに、東大寺二月堂のいわゆる焼経をはじめとする個人蔵の貴重な作品の展覧会を開催している。

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正木美術館は大阪泉州にある美術館で全国的には有名ではない。しかしここも他の私設美術館と同じく、実業で成功した正木氏が私財で設立した美術館である。とりわけ鎌倉、室町時代の水墨画、墨蹟群の充実した内容は内外で高い評価を博し、開館以来「中世禅林文化の宝庫」とも呼ばれ、親しまれているとのことだ。

今回の展覧会でまず目につくのは「三体白氏詩巻」(小野道風筆)であろう。
これは、藤原佐理(ふじわらのすけまさ)・藤原行成(ふじわらのゆきなり)とともに平安の三蹟といわれた小野道風の筆(小野道風といわれてもピンとこなければ、花札の絵柄(柳に蛙)になった人物といえばわかるだろう)によるもので、白楽天の詩集、白楽天詩後集よりとった六首を楷書・行書・草書の三書体で2首ずつ書いたものである。

道風の草書は有名であるが、彼の楷書は非常にめずらしいものであり、一時は現存しないとまでいわれていた。現在、鑑賞できるのはここ正木美術館だけだということである。

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また小野道風の書以外にも、「大燈国師墨蹟 渓林偈・渓林偈・南嶽偈」(国宝)などが出品されていたが、個人的にはその中でも「海老図 大鵬正鯤」が気に入った作品の一つである。この図は江戸時代に描かれた水墨画であり特に重要美術品に指定されているわけでも、有名な美術館が保有している訳でもない(個人蔵である)。しかしながらその描かれている海老の図が、雪舟や雪村筆といった著名な水墨と比較してもなぜか興味がひかれるのである。

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このように名品を収集したのが一個人であることには興味がひかれる。
この美術館だけではなく日本には公設の美術館・博物館ではなく私設の美術館に優れた日本及び東洋の名品がある場合が多い。
歴史的には、明治初期及び戦後期において日本及び東洋の優れた美術品が海外に流出しかかったのを、当時の富豪がその流出を止めるために購入し、それがこうした私設美術館の設立の起源であるといわれる場合がままある。

残念ながら、現在の日本社会(とりわけマスコミやポピュリズムにはげむ政治家)においては、富豪とか出世したことを尊ぶより、すきあればそうした人物の足をひっぱってやろうとする風潮がはびこっている。

このような風潮がはびこっている状況では、文化財の保護・育成を私財をなげうってやろうとするインセンティブが著しく低下してしまう。
マスコミが「マネー至上主義」とワンパターンで非難するアメリカにこそ、成功した者ほどその富を社会に還元すべきとし、文化財の保護・育成にパトロネージュ性が発揮されているという事実を今回の美術館訪問により思い起こすこととなった。







東京国立博物館で開催中(7/20-9/25)の「空海と密教美術展」を鑑賞してきた。


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結論からすれば、展示物はすばらしいのだが、展覧会としては疑問をいだかせるものであった

展示されているものは、「国宝・重要文化財率 98.9%」とセールストークするほどであり、普段鑑賞できない貴重なものばかりだ。

なかでも「金念珠」や「三鈷杵」は秘宝とされていてめったにお目にかかれないものである。

また曼荼羅においても、現存最古の曼荼羅といわれている「高雄曼荼羅」や、通常東寺ではレプリカしか鑑賞できない(現物は京都国立博物館で保存)、極めて保存状態のよい「西院曼荼羅」が鑑賞できる機会はめったにない。

にもかかわらず展覧会として疑問をいだかせると記載したのは以下の理由による。

一つは、「国宝・重要文化財率 98.9%」の為か詰め込みすぎであること。

もう一つは、うりものにしている「マンダラのパワーを浴びる」としもうひとつの売り物である仏像曼荼羅の位置づけがおかしいこと。

である。

最初の詰め込みすぎについては、
展示の章立てが以下の通りとなっており、
 第1章-空海(日本密教の祖)、
 第2章-入唐求法(密教受法と唐文化の吸収)、
 第3章-密教胎動(神護寺・高野山・東寺)、
 第4章-法灯(受け継がれる空海の息吹)
中心は第3章までであると考えられる。

ところが「国宝・重要文化財率 98.9%」とセールストークするためか、第4章においてもそれまでの前3章と同等の国宝・重要文化財を展示している。
章だての流れは理解できるが、これでは鑑賞者が消化不良をおこすだけである。
とりわけ醍醐寺は以前東京国立博物館でも「醍醐寺展」として単独で開催したほどの寺なのであるから、前3章と同じように国宝をもってくるべきではないであろう。
なんでも国宝や重要文化財を並べ立てればいいというものではない。


次の仏像曼荼羅の位置づけについては、今回の開催にあたり東寺から、ニ菩薩、ニ明王、ニ天、ニ四天王を一箇所で展示し「仏像曼荼羅」としこれで「マンダラのパワーを浴びる」としている。

東寺講堂から八体の仏像をもってきた東京国立博物館の交渉力は感服するが、東寺講堂の仏像群は単なら仏像が数あるのではなく、21体の仏像の群像を規則的に配置することで密教の宇宙観を示す曼荼羅を立体で表現したものである。
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(本来の立体曼荼羅の配置)

それを「規則性」もなく単に八体ならべただけでは、空海の構想した立体曼荼羅の世界観、すなわち中心にある大日如来が明王や菩薩に変化しながら宇宙に遍満するという密教的世界観というものが何も表現されず、単に仏像が八体並んでいるだけに貶められている。


にもかかわらず「仏像曼荼羅」・「マンダラのパワーを浴びる」というのはいったいどうゆうことか。
先の「国宝・重要文化財率 98.9%」とあわせて考えると、東京国立博物館は、空海及び密教の理解を深めてもらうことより、セールストークで入場者数を集めることを優先しているとしか思えないのである。

これが「展覧会としては疑問をいだかせる」といった理由である。
2週間ほど避暑に北海道釧路に滞在していた。

釧路は北海道においても特に夏場涼しく、概ね東京と比較して10度くらい気温が低い。
また昼間25度以上になると海から霧がわいてきて気温がそこから低くなっていくので、数時間やや暑いかなという時間がある程度だ。
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又釧路は世界三大夕陽の都市ということであるが、こうした気候の為きれいな夕陽は夏場はあまり見れないらしい(今回はたまたま1回だけきれいな夕陽が見れた)。
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釧路の中心部は、釧路市役所や合同庁舎のある北大通り側にある。

しかし残念ながら正確には、「あった」というべきだろう。

石炭・漁業などの基幹産業の衰退加え、1990年代後半におきた金融危機による北海道拓殖銀行の破綻により釧路は大きく衰退した。

例えば、釧路一の大通りであるこの北大通沿いには現在シャッターを閉めたままの店舗が続いている。
釧路唯一の百貨店であった丸井今井の閉店後、その跡地は後継テナントも決まらないまま取り壊しすら行われないままシャッターをおろした状態となっている。

また唯一目につくものとしては、ビジネスホテルの乱立だ。これは釧路衰退前までは釧路支店として店舗をかまえていた企業が、釧路から撤退するとともに必要があれば札幌あたりから出張で対応することによってビジネスホテルニーズがでてきたものだ。

また駅周辺に、普通の都市の駅前にはあるであろう全国チェーンのファーストフード店・カフェも一切ない。唯一末広町という繁華街近くにタリーズが一軒だけやっている。

比較的新しい建物(1989年設立)としてはフィッシャーマンズワーフMOOがあるが、これはいわゆる三セク方式で運営されているものである。その為三セクの劣悪な運営-例えば、長距離バスや定期観光バスの発着場所にもかかわらず、営業時間が夏場の最盛期であっても9:OOから19:00で、こうしたバスが発車する時点でまだ開店していない、あるいはすでに閉店してしまっている-により人が集まらず閑古鳥がないている状態である。当然ながらMOOは2005年に破綻し金融機関の間で特定調停されている。


こうしたなか、釧路市は人口を増やそうと「涼しい釧路で避暑を」と呼びかけてはいるが、ホームページを見ても今ひとつの出来であり、それが功を奏しているとはいえない状態である。

このように衰退した釧路中心部に滞在してみた。
宿泊はウイークリーマンションである。セミダブルベッドにソファ、簡単なキッチン・コンロ付で1週間2万5000円程度であった。

何も予定はなく本を読んだり、付近を散歩したりして2週間すごした。

釧路には、イオン系のスーパーがモール形式で2軒あるのだが、バスが必要で駅あるいは市中心部からは徒歩圏ではない(先ほど北大通りの衰退について記述したが、一方で住民はこうした郊外型ショッピングモールで買い物をしているようだ。駅近辺になかったファーストフード店もこうしたモールには積極的に進出しており、また娯楽となる映画館も併設している)。

その為キッチンで料理するため、食材の仕入れには徒歩10分程度にある釧路川対岸の「かもめ市場」を利用させてもらった。

2週間滞在してお勧めの場所をあげるとすれば、やや郊外(徒歩30分程度)の春採湖近辺の六花亭春採店の喫茶室だ。
ここは丘の上にあり春採湖を眺めることができる。
六花亭のお菓子を一個単位で購入しお代わり自由のコーヒーで、本をゆっくり読むことができる。

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(春採湖の鳥)

結論として、釧路はその気候からすると、夏場非常に過ごしやすい。但し、軽井沢とは異なり、人の賑やかさや娯楽は全く期待できない。そうしたことが問題ない人なら、避暑地としての釧路はお勧めできる場所である。

先週末関西に出かけたおり、奈良国立博物館で7月16日に開催した「三蔵法師3万キロの旅 天竺へ」(7/16~8/28)を鑑賞してきた。

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この展覧会は「玄奘三蔵絵」(国宝 藤田博物館(大阪)蔵)の全巻展示をメインに、「大般若経(魚養経)」や「大唐西域記」(法隆寺蔵)、「西遊記(世徳堂本)」などが展示されてある。

三蔵法師は西遊記などで玄奘三蔵として我々にもなじみ深い人物であるが、彼は唐代の僧で唐からインドに渡りインドで仏道修行を17年間行い帰国後法相宗を確立した人物である。
「玄奘三蔵絵」は、玄奘三蔵の困難な旅と生涯を精密なタッチで色鮮やかに描いたものである。しかし一方法相宗秘事絵詞とされ、内容が「大乗大慈恩寺三蔵法師伝」に基づいているように、インドから法相教学を伝えた祖師としての玄奘三蔵を描き、法相教学の優位性を描き出すことを主眼として作成されたというのも事実であろう。

「玄奘三蔵絵」は全12巻76段におよぶ大作であり、通常藤田博物館ではその一部のみの展示にとどまっている。今回前期・後期に分かれて巻き変えがあるとはいえ、全巻閲覧できるのはめったにないことであろう。

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また今回同じく藤田博物館所蔵の「大般若経(魚養経)」も展示されている。
そもそも「大般若経」というのは、インドの般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)を玄奘三蔵が漢訳した経典のことであり、「大般若経(魚養経)」とは平安時代(770年頃)の朝野魚養が書き写したという伝説に由来したものである。書き写した当時は全巻で600巻という膨大なものであってが、現在はこのうち387巻が藤田美術館に所蔵されている(後は薬師寺に50巻ほど、各地に数巻単位で点在し、現在約480巻の所蔵が確認されている)。

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三蔵法師のこうした旅は我々は「西遊記」を通じてイメージしていると思うが、「西遊記」の基になったと考えられるのが「大唐西域記」である。
「大唐西域記」は、唐に帰国した玄奘に対し太宗西域の風土・風俗をまとめるように命じとことにより作成されたものである。この「大唐西域記」から時代をへて明代(1592年)に世徳堂により作成されたのが最初の西遊記であり、「西遊記(世徳堂本)」とよばれている。

このように玄奘三蔵にスポットを与え、「玄奘三蔵絵」が全巻展示されるのは、藤田博物館でもないことであるので興味のある方は訪問されてはいかがだろうか。


三井記念美術館で開催されている「日本美術における橋ものがたり」展を鑑賞してきた。

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日本美術特に茶道具の世界において「橋」はその銘において主要な題材となってきた。

そのなかでも、源氏物語宇治十帖の「宇治橋」と伊勢物語九段業平東下りの「八橋」などは、題材のなかでも双璧といえるほどである。また太鼓橋で有名な「住吉」もその神性からよく取り上げられている。

今回の展覧会はそうした文学的な視点からの「橋」に加え、異界との接点という視点からも「橋」が取り上げられている。その代表的なものが日本の国づくり神話と密接な関係をもつ「天橋立」と浄土(東山)と俗世界を分断している鴨川及びそれらを繋いでいる京都の橋である。

展示第一期(~7/21)に限って、雪舟最晩年の作といわれる「天橋立図」(京都国立博物館蔵)が展示されている。この図は鳥瞰的に描かれておりどのように描いたかなど現在においても諸説ある作品だ。

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また展示最終期(8/30~9/4)には「舟橋蒔絵硯箱」(本阿弥光悦作 東京国立博物館蔵)も展示される。

このように今回の展示には期間が限定されているものが多々ある。その為訪問する前にHPで展示スケジュールを確認することをお勧めする。

尚、今回の展覧会は日本橋架橋百年記念の特別展であるが、何度も話にあがっては消える日本橋上空の首都高の地下化についても視野に入れ、日本の橋のもつ文化を広い視点から見渡してもらうという試みでもあるとのことだ。