あんなにがんばったのに。。。オレンジジュースが悪い飲み物とは知らなかった。ビタミンDやらAが入ってますよ、と書いてあるから、てっきりいい飲み物だと思って、毎日がぼがぼ飲んでいた。飛行機に乗っても、時差ぼけ解消に効くとか読んだので、いつでも飲んでいた。ところが、血糖値が高い、とここ数年、ずっと言われてきたので、何かを削らねばならないことになった。ひょんなことで、オレンジジュースは悪いと知った。そんなら、ビタミンDやらAの話はするなよ、と、裏切られた気分で、腹を立てながら、飲むのはばっさりやめた。パイナップルとアボガドのスムージーも、パイナップルが砂糖が多い、と聞いて、大好きだったスムージーもやめた。アルコールも、飲む元気がなくなったせいもあるが、ほとんど飲みたいとは思わなくなり、この半年ほどぜんぜん飲んでいない。飲むときはノンアルコールを飲む。今度こそ、医者も驚くほどの低い血糖値が出るぞ、と期待してたのに、今日、結果が送られてきた。(検査はきのうの朝だった)同じである。6.2. 何よ、これ。ずっとがんばってきたのに。くそっ!!くやしい~~~。どうせえいうねん。(怒)ところがである。なぜだか、まったく期待してなかったのに、コレステロールの値ががたんと落ちて、通常の範囲になった。200越えから177である。何よ、これ。何した言うねん。なんにもしてないよ。で、そのかわりに、今度は血中の二酸化炭素の値が上がった。何よこれ。。酸素不足なの???あああああ。身体はややこし。。わからん。(怒笑)で、医者が何と言うてくるか知らんけど、最後の挑戦、とうとう今度は果物を切ることにする。父親は、人生の楽しみは酒だ、と言い、酒をやめろと言われるのがいやで、医者に行かず、急性心筋梗塞で道で倒れてそのままになった人だが、私にとっては、それ、つまり人生の楽しみは果物である。毎日、バナナ、りんご、キーウィ―、いちご、桃、ブルーベリーと、ごちゃごちゃ何種類も食べる。ときには、一日で一つのパッケージ全部食べてしまうこともある。食べすぎだなあ、と自分でも思うけれど、どうしてもやめられなかった。でもこうなってくると、意地でもやめることにしよう。医者に、糖尿のリスクが高まってまっせ、と嬉しそうに言われるのがいやなのである。(怒笑)でも、全部やめてしまうのもやっぱり寂しいので、朝のバナナは続けることにして、午後から夜の果物は一種類だけにしよう。日本みたいに、小さなパッケージにちょこっと入っているだけならーりんご1個がきれいにプラスチックで包装されてたりして笑ーコントロールもしやすいけど、こちらでは、食べろ、食べろ、食べた者の勝ちだ、と言わんばかりに、大きな容器にがぼがぼ入ってるからねえ。。全部食べたくなるのを我慢する自制心がむずかしいのである。今までは無理だったけど、これからは。。がんばる。。(笑)医者からはよく栄養士を紹介しようか、と言われてきた。栄養士に、納豆食べてます、と言って、納豆の説明をしなければならないとなると、それだけで血圧あがりそうだもんね。(笑)たぶん次の血液検査は4ケ月後だ。それまで果物を減らして、納豆やら(アメリカ人の栄養士でも豆腐はたぶん知ってるだろう)ごぼうやら大根、刺身の説明をして(生魚なんて言えば、どんな顔をするか。笑)、変なもの食べてるんやねえ、と顔をしかめる栄養士にはかからなくてもいいよう、がんばってみる!!!(笑)
普段、会えない人の話が聞けるというので、インタビュー番組はけっこう好きで見る。といっても、政治家はあかん。(笑)ああ、この人は本物だあ(フランスで三つ星を、日本人として初めてとったという人だから、本物は本物なんだけど。。笑)と思った言葉を書いておこう。(読んだだけでは頭に入らず、自分で書いて初めて納得する、という脳細胞なもので。笑)シェフが新しい料理の試作をして、途中でやめたときの言葉ー「試作からしばらく時間をおけば、それが次に何の形で出てくるかわからないから、その場ですべてを決めることはない」要は、「より広い世界への進化」を待つって感じ? 書くという作業も同じである。よくドラマの中で、作家志望の主人公が、こちゃこちゃと書きなぐって、すぐにその紙を捨てて、また次の紙にこちゃこちゃ、また捨てて、を繰り返し、そのうち「書けない」と頭を抱える、といったシーンが出てくることがあるが、これは嘘である。そんなことをするのは書く才能がはじめからないからであって、作家志望という前提がまちがっている、と、売れないライターがテレビの前でぶつぶつ。(笑)書く人間にとって、そのとき思いついた一言、一行は大事である。だから言葉を捨てることは絶対にない、と思う。むしろ一言、一行をメモって、大事に残すと思う。なぜなら、その一言はもう二度と思いつかないかも知れないから。で、シェフと同じで、その一言、一行がどんなときに役立つようになるのか、意味をもつようになるかを楽しみにして、書き続けると思う。突然自分に降ってわいたような一言、一行ほど自分独自のユニークさをもち、大きな意味につながっていくことが多い。シェフ曰く、楽しさなんてない。孤独な仕事だ、天才じゃないから苦しいだけだ、レストランへ食べに行っても、おいしいとは思わないし、かわいそうな職業だ、もっとできるでしょう、ばっかり考えてる、という。で、プロフェッショナルとは、ぶれずに「今」を続ける人。創作とは、たった一つの道を行くとはそういうことだ、と改めて納得した。好きで書いてるだけの人間は、利益を出すことを考えなくてもいい。人を雇い、レストランを開き、利益を出して、仕事を続けていく人とは次元が違う。シェフが楽しくないのは、お金が絡んでいるからだと思う。「もっとできるでしょう」ばっかり考えて、新しいレシピに挑戦するのは、ほんとはすごく楽しいと思うけどねえ。。(笑)天才じゃないから、を、その人は繰り返した。ほんとに。芥川龍之介なら孤独を感じることなく、試行錯誤することもなく、ぱっぱっぱと書けるのかも。ゴッホさんもねえ、ただただ自分の世界に埋没し、悩むこともなかったのかなあ。でも、天才に多いのは、現実と折り合いがつけられなくなって、自殺する人? どんなに苦しくても、ぶれずに「今」を続けられるのは、まっとうに現実と向き合い、楽しみながら生きてる証拠じゃないの。天才は、ある意味不幸なのでは。ああ、天才でなくてよかった。こんな平凡な私でよかった。(笑)会うこともなく、そのシェフの三つ星レストランで食べることもないけど(フランス料理は嫌いである。。笑)、シェフの言葉からエネルギーをもらった!!! 番組を見てよかった。今日もがんばるぞ!!!(笑)
無事にドラマを見終えた。なぜ若いとき、大杉栄を読んだかを納得した。権力による圧制?!が大嫌いだったからである。子供にとって圧制とは、家庭内のことである。父親が、白いものを黒いと言えば、母親も私も、へへえ、その通りでござる、と頭を下げねばならなかった。それが大嫌いだった。父親が間違っていても、父親は謝らなくてもよかった。もちろん、母親や子供が、父親の間違いを正すなんてことは考えられもしなかった。それが大嫌いだった。で、大杉栄を読んだ。(笑 女たらしの部分はすっとばした。。笑)今日、無事にドラマを見終えて、まず思ったことーかれらが生きた時代は、今のアメリカとおんなじじゃん、である。(笑怒)誰かがドカスの悪口を言えば、メディアであれ、個人であれ、おっかけて行って、脅迫し、口封じする。自分の周りにイエスマンしか集められない、弱くて、小さくて、ああ、なんと形容したらいいかわからないぐらいつまらんつまらんつまらんドカスに、大きな権力が与えられ、国民はその圧制に苦しみはじめているのが今のアメリカである。大杉栄が官憲に言った、「お前らは奴隷だ、批判されるのがそんなに怖いか」ははは、ドカスの取り巻きは奴隷である。批判されるのを怖がっているのはドカスそのものである。野枝が官憲に言った、「あんたらは民衆の幸福を考えていない。犬だ。私は、犬と違って、自分の頭を使って考えてるんだ」官憲が吠えた、「もう一度言ってみろ」「何度でも言ってやる、犬、犬、犬」ああ、私もドカスの汚い顔に向かって言いたいものだ、犬、犬、犬。。犯罪者が民衆の幸福など考えるはずがない。犬、犬、犬。。ケネディもこのあいだ殺されたガラクタも、イェールの恥さらしも、金髪のビンボー司法長官も、FBIのアホも全員犬、犬、犬。「権力をかさにきたあなたたちは、私より弱い」といった野枝の言葉が、ドカスやその犬どもにわかるはずがない。。100年前の言葉が、21世紀に、これほどまでに真摯に響くとは。結局、人間とその社会の本質は少しも変わっていないということだ。ぼけっとしていたら、独裁者・ファシズムにのっとられるということだ。(悲)で、短絡な犬どもにしてみれば、殺せば勝ち、でしかない。大杉栄と伊藤野枝が、何の理由もなく、官憲に殺されたとは記憶になかった。知らなかった。ひどい話だ(悲)ドカスも同様のことを考えているだろう、気をつけなければ。アナーキズムを無政府主義と訳したのは一体誰だろう。訳が悪い、間違っていると思う。アナーキズムとは決して「無政府」ではない。むしろ、人間の理性を信じ、自分の意識、判断と行動で、理想的な社会をめざそうという、人間の自由を追求するプロセスである。誰か悪意ある翻訳者が、「無政府」と訳したばっかりに、政府の転覆を画策するという否定的なイメージが根づいてしまったのではないだろうか。(怒悲)それにしても、自分の論考を2本掲載してもらった「初期社会主義研究」31号と32号の特集が、関東大震災と伊藤野枝だったと今頃知ってびっくり。ちゃんと読まねば。(笑)今のアメリカに、100年前の野枝と大杉栄を救う力があるだろうか、じっと凝視していなければならぬ。(怒)
いよいよ庭の落ち葉拾いが日課になってきた。コットンツリーの大きな葉っぱが、大事にしているもみじの葉っぱの上に落ちる。わたしゃあ、もみじの繊細な葉っぱが真っ赤になるのが好きで、庭の前と後ろに植えたのに、なんで、あんたみたいなデカい、ただただ黄色いだけの(古くなると茶色になる)葉っぱが落ちてくるのよお、赤い色が見えなくなるじゃん、あっほと、何の罪もないコットンツリーに差別意識をあらわにしながら、毎日、もみじの葉っぱの上に落ちたコットンツリーの大きな葉っぱを拾う。変な人間だなあ、と自分でも思う。でも、コットンさんは何も文句を言わないから、助かる。(笑)裏庭の芝生は、今は黄色の絨毯を敷きつめたみたいになっている。葉っぱをとらなければ、芝生が死ぬのかなあ、とか心配しながら、ほったらかしにしている。毎日毎日、空から枯れ葉が降ってくるわけで、黄色の庭というのもけっこう美しい。運動を兼ねて、1日に1回、落ち葉拾いをすればいいや、と思っているが、今日はその効能あらたかだった。朝7時から車を飛ばして、シカゴの図書館に出かけていったのである。アルカポネのグループとつながっていたという日本人女性のFBI資料を見せてあげよう、という人に会いに行ったのである。週末のシカゴの朝なら、駐車する場所は見つけやすいかな、と期待して、出かけていった。確かに高速はがらがらだったし、シカゴのダウンタウンの図書館周りの道もがらがらだった。が、車が駐車されていないからこそ、今度はどこに止めたらいいのかわからなくなったのである。(悲笑)一方通行は多いし、駐車していい路肩はどれかわからないし、で、これまた気をもみながら、それでもぐるぐる回ったあと、なんとか駐車することができた。シカゴで駐車問題が片付けば、ほっとである。(笑)で、見回せば、えらくゴミがころがっているではないか。じゃあ、ちょっと待ち時間があるから、ゴミ拾いでもしてあげようか、と思って、車を出て、ゴミの方に向かうと、なんとビルのドアの前に、ホームレスさんが毛布をかぶって寝っ転がってるではないか。ああ。ゴミはホームレスさんのか、と知ると、なにやらご本人の前でゴミ拾いをするのも申し訳なくなって、何もしないで図書館に向かった。それにしても、いやにバックパックを背負い、スーツケースを押す人たちがうろうろしている一角だった。あのあたり、ホテルがあるわけでなし、もしかしてみんなホームレスさんたちだったかも知れない。(悲)で、図書館の開館時間に行くと、おお、みんな図書館のドアの前で列をなしている。えええええ、そんなにみなさん、図書館が好きなの???う~~~ん。唸ってしまった。みんながみんな、本を読んだり、本を探しに行くわけではないことはようくわかっている。(悲)で、お目当てのFBIファイルは、ちょっと期待はずれの部分もあったかも。仕方ない。リサーチとはこういうものだ、と自分を納得させて、またがんばって運転して帰ってきた。シカゴでの滞在時間は4時間ほどと短かかったのに、けっこう疲れた。さすがシカゴである。やっぱりホームレスさんを見るとねえ、疲れる。(悲)で、気を取り直して、庭で落ち葉拾いをすると、疲れが身体のどこかにすとんと落ちて、気持ちが落ち着いた。ああ、もうそういう年になったんだ、と妙に納得した。昔だったら、疲れたら、アルコールを飲んで気晴らししていただろうが、今やアルコールを飲むどころか、庭で落ち葉拾いが心地よい。あああああ。そのうち、たきびだ、たきびだ、と歌いながら、焼き芋でも作ってるかも?? 作れるのかなあ。否、作れても、喉を詰まらせるかも、と心配して食べられないかも。(笑)秋の楽しみ方も、年齢とともに変わっていくらしい。
仕事先から、ContractとOffer、という言葉が聞こえてくるようになった。具体的に何かが決まるまでは、何も期待するまい、と自分に言い聞かせている。それでも、最終的な結果ーよくても悪くてもーが出るまでは、一歩ずつ前に進めていかねばならない。宮崎駿監督の言葉として、オンラインに流れていたけど。。「努力しない人は努力する人には絶対に勝てない。でも、努力する人が勝てないのは、楽しんでいる人」この言葉を身体に刻みつけて、これからもがんばろうと思う。楽しめば、苦労もまた前に進むための喜びでしかならないから。どんなに時間がかかってもーどうもここまで来るには、少なくとも10年はかかってる模様ー笑ー毎日、毎日飽きずに、朝から晩まで楽しめるテーマが見つけられたことに、心から感謝。ノーベル賞でももらおうか、という人たちは、どのくらい仕事を楽しむのかなあ。。死ぬほど楽しんだ結果がノーベル賞だと思うよ。死ぬほど楽しまなくてもいいけど、死ぬまで現役でいこう。。(笑)
今、日本からのニュースを聞きながら、仕事をしていると、ちょっとだけ涙が出た。ロバートレッドフォードが亡くなったと聞いたから。遠い、遠い昔、国鉄(省線じゃないよ笑)三宮駅の上にあった映画館で、「明日に向かって撃て」を見た。最後のシーン、赤茶色のモノトーンで、レッドフォードとポールニューマンが飛び出していくシーンが、急に目の前に浮かんだ。音楽も聞こえてきた。rain drops falling on my head... ポールニューマンが、キャサリン何だったっけ(笑)を、自転車の前に乗せて、ぐるぐる走りまわるときに聞こえていた音楽と記憶しているけど。。遠い遠い青春の一日である。夢があった時代。人生が不透明だからこそ、どうしたらいいんだろう、と悩み多き時代。。訃報を聞くたびに、そんな普段は思い出しもしない人生のある一日のあるシーンがよみがえる。あの日から遠くまで来たなあ、と、2度と戻らぬ時間を想い、涙が出る。ああああああ。レッドフォードさんは、その後、サンダンス映画祭とか、ネイティブアメリカン映画も支援していたと思うから、サウスダコタに住んでいた時代は、どこか身近に感じていた人である。そうか、消えちゃった。。仕方ないんだよねえ。。誰にも時間はとめられないから。(悲)はい。今日もシカゴの高齢者センターでボランティアがんばってきます。たとえ1分でも、クライアントたちに、ここに来てよかったと思えるよう、がんばります。二度と戻らぬ時間をいっしょにすごすんだもんね。誰にとっても大事な、大事な時間を無駄にはできない。
こんなにメモをとりながら見るドラマなんて、めったにあるもんではない。(笑)伊藤野枝さん、あかんわあ。。(笑)原作者は小説家だから、これは歴史フィクションなのか、それともノンフィクションなのか、と悩みながら見ている。でもどっちにしても、やっぱりあかんわあ。(笑)明治時代の「自由な女」とは、男がいるのが当然、が大前提だったの? 平塚らいてうさんは、しょせんお嬢さんだったそうで、風が強くなるともろいそうで、で、最後は男の肩に頭を載せていた。何やねん、これ。(怒笑)大杉栄に、あなたは風が強くなればなるほど前に進む人だ、とおだてられて、夫と別れた野枝さん。夫に別れる理由を聞かれて、正直に、好きな人ができました、と言ってしまうのである。あっほ。あかんわあ、黙ってればいいのにさ。(怒笑)で、大杉の所に行けば、すでに女が二人。妻と愛人である。で、大杉栄は「自由恋愛」とやらを推奨していたようで、このシチュエーションは自由恋愛の実験場としては最高、みたいなことを言うのである。このとき、まともだったのは、妻の一言ーただ単にスケベなだけじゃないですか。はい、その通り。(笑)ただ単にスケベなのを、自由恋愛がどうのこうの、とむずかしく言うのは、頭でっかちの人間のすることである。あかんわあ、大杉さん、しょせん男の身勝手をごたごた言うな。(笑)昔、大杉栄をよく読んだのは、アナーキズムに惹かれていたからだったような記憶があるけれど、こんな女たらしだとは知らなかった。というか、女たらしの意味がよくわかっていなかった???その部分はすっ飛ばしてたような。(笑)愛人の神近さんもまともなことを言ったけど、やっぱりあかんわあ。(笑)神近さんによると、大杉栄が言った男女平等とは、経済的独立、同居しない、そして自由に行動するの三原則だが、大杉が別の女に手を出したと知って、大杉栄の根本的な欠陥を持ち出した、神近さんが大杉にお金を渡してたんだって。あかんわあ、それじゃあ。。どこが男女平等やねん。自分が言ってる三原則をはじめから破ってるやん。そんな男のずるさを神近さんは許してた? 無職の男の子供を産んだ野枝さんといい、口だけは達者な男に、平気で貢ぐ女なんて、あかんわあ、あほくさ。どこが「自由な女」やねん。しょせん、男にうまく丸め込まれているだけやんか。恋をしたら、男に丸め込まれてもいい? 全然「自由」じゃないぞ。(笑)最後、大杉栄がまた口達者に、野枝さんに言った、僕らは同志だ、同じ目標に向かって戦う同志なら、別れる理由がない、みたいなこと。問題はそのあとである、野枝さんが聞くのである、「その言葉を信じていいの」あっほ、そんなこと、男に聞くな。いい加減な男の言葉なんか信じるな、ばっか。判断するのは、あんた自身や。で、やっぱりあかんわあ、明治時代の女は、という結論となった。(笑)なによりも、男がいて当然、という前提が気にいらない。(笑)男なしでやってみろ。というか、男なしだと、ドラマにならない???(笑)昔は、親が決めた結婚で悩んだ女性もけっこういたのでは。。その結婚制度から逃れて、自分の意志で結婚相手を決めることが「自由恋愛」ではなかったの。それとも性愛に身を任せることが「自由恋愛」? なあんか男女のあいだで齟齬が生まれているような感じ。。それとも、明治時代と敗戦以降の昭和との違い???野枝さんの最後を見届けるつもりではいるけれど、もうちょっとしっかりしてくれよ~~~(笑)
今日も、いい言葉を聞いたので、書いておこうと思う。「命はくじびきだ」ほんとに。何に当たるかわからないのである。病気、怪我、それとも殺される? もらった命、今、この瞬間、生きていることに感謝して、一日一日をいとおしんで生きるしかないのである。いとおしむー生きるって、それに尽きるのでは。今日は、佐々木蔵之介が上手で笑ってしまった。私みたいな人だった。(笑)一泊二日のテーマパークステイは50万円という設定だから、ちゃんと楽しまなくちゃソン、と考える人物である。だから、テーマパークの従業員?が出てくると、おお、エキストラがいたんだ、と、普通の人とは違う反応を示して、いろいろ質問する。すると、相手は予定の展開ではなく、予期していなかった反応が来たものだから、どぎまぎして何と返事していいかわからない。で、それを客が、ははあ、アドリブには対応できないんだ、そういうことか、と笑うのである。私ならやりそうなことだ。(笑)最後は、「母」が死んだ、という設定なのだが、それすら、そう来ましたか、それはそれは、と笑いころげるのである。「嘘の中の”まこと”」がどこまで信じられるか、嘘がいつ”まこと”に転じるのか。。人間の意識の限界を問うてるような気がしないでもないけれど。。来週が最終回である。楽しみ。。(笑)それはそうと、アメリカのニュース。イー*ン*スクが、このあいだ殺されたガラクタの子供の養育費を全部負担する、と言ったとか何とか。。(嘘かも知れないけれど、笑)佐々木蔵之介演じた人物的発想をすると、おい、*スク、金持ちは、金をどう使うかで頭を悩ましてるんだろう。。子供二人の養育費なんて、あんたにとっては屁のかっぱだろうけど、Dealは何? あのビンボーの嫁はんが、あんたの20人目の子供を産む、じゃないの。ははは。(笑) ガラクタは政教分離に反対し、生活全般とりわけ学校はキリスト教が支配しなければならない、と主張、白人至上主義者で、非白人の移民、同性愛・中絶反対という、げっげっげっの権化みたいなクズ野郎だった。きのう、その嫁はんがービンボー丸出しのブロンド頭であるーテレビに出てきてしゃあしゃあと、演技しているのが丸ばれ状態で、He Loved me so muchと、あまったるく言ってのけた。気色わる~~~そんなこと知るかあ。これだからね、白人女は嫌いだ。(笑)これからも、ガラクタが主張したMovementは永遠に続くそうな。。げっ、げっ、げっ。。勝手に言ってろ。それよりも、お前がいつ再婚するか見守ってやるよ。来年の初めあたりじゃないの。(笑)ああ、現実はあまりにも醜く、私も「母の待つ里」へ行ってみたい。一泊50万円は無理だけど。(笑)
犯人がつかまったそうな。マガらしいぜ。共食いだああ。。やれええええ、もっとやれえええええ。食い尽くせえええ。最後は、ドカスに噛みつけ、とどめをさせ!!!(笑)
夕方のニュースを見た。残念。犯人の親はマガだが、息子は反ドカスだったらしい。あああああ。(悲)親が息子を警察につきだしたらしい。あああああ。それも、成績優秀で、大学から4年間のスカラシップをもらえたような人間だったんだって。でも、大学に入ってから、そのスカラシップも1学期使っただけで、別の大学に入り、ゲームが好きで、あとは銃に凝ってたらしい。なんでこういうことになるかなあ。。保険会社の重役をニューヨークで撃ち殺した若い男も、アイビーリーグのペン大学の学生だった。あああああ。若いというのはねえ。。あの身体中からエネルギーがあふれる時期、そのエネルギーを持て余して、頭がおかしくなる。。。あんまり人づきあいをしなかった人間のようでー自分から人に話しかけることはせず、話しかけられたら簡単に答える程度、と聞いて、母親のことを思いだした。あの母親も、いったん思い込んだら、人の言うことはきけず、ヒスを起こすだけだったから、何も言わずにすませた。今だに母親のことがしこりに残っているのは、ほんとに言いたかったことを、あの母親には言わずにすませてしまったからだ。(怒悲)つかまるぐらいなら、自殺する、みたいなことも言ってたとか。そうだろうなあ。よりにもよって、ドカスの腐った裁判官なんかに裁かれたくないではないか。あああああ。考えすぎたり、思い込みすぎたりしないこと。時には、息抜きしながら、ノホホンと適当に生きることも大事である。が。若いとねえ。。それがなかなかできない。。若いというのはそういうこと。1日経って、政治的暗殺も、アメリカのあちこちにころがっている普通の殺人と同じになってきた。(悲)それはそうと、犯人逮捕に10万ドルがかけられていた。親は受け取るのだろうか。息子の命は10万ドル? 受け取って、またドカスに献金する? 息子はどう思う? エネルギーがゆがんでいるのは確かである。これって、もしかして、親子喧嘩の結果??(悲)
オンラインで流れている情報にはあまり興味はない。といって、時間つぶしで、スマホの無機質な画面を、人差し指で上下になぞり、くりくり「情報」を見ることはある。書くための情報を探しているときは、パソコン画面で検索し、一応見出し程度の「情報」は手に入れる。一つ思うのは、オンラインで流れている情報は表面的なものが多く、裏ー要するに深みがない。否、歴史的事項なら、裏も十分に調べつくされた後の記述かも知れないけれど、文章に面白みがない。書き手の表情があらわれない。もちろん正確さに欠けているときもあるし、あまり頼りにするものではない、と自分に言い聞かせながら、検索をかける。日本の新聞なんて、会員じゃないから、ニュースで一番うまみがあるところは読めない。で、見出しだけ追っかけて、もう30年ぐらい経つが、あんまり不便はなかったような。(笑)スマホのコンピュータ?、フェ**ブッ*?もよく知っていて、上下に動かす人差し指が、どこで止まったかをよく記憶し、関連情報を送ってくる。オードリーヘプバーンの写真、マーケットに出品された日本関係の物ー階段箪笥とか。。笑、病気になる食べ物何種、スカーフの結び方の動画、といったところ。(笑)で、今回は、どこからこれが送られてきたのかはよくわからないけどーたぶん医療関係ー、指の長さで、胎児期に受けたホルモンがわかる、というもの。信じるに値するかどうかはわからない、とはよくわかっているけれど、それでも怖いもの見たさで、メモをとりながら、しっかり読んだ。(笑)その情報によると、男性は薬指が人差し指より長い人が多く、女性は反対に、人差し指のほうが長いという。指の長さの違いが5ミリもあれば、うんぬん。で、生まれて初めて、自分の手の人差し指と薬指をしげしげと見た。見て、びっくり。右手も左手も、薬指のほうがしっかりと長い。左手は5ミリほどだけど、右手のほうは1センチほどある。きゃああ。。(笑)胎児期に、男性ホルモンーテストステロンを多く受けたということなのだそうな。そういう人間の特徴は、積極性ーうん、これは当たってるかも知れない、じっとしていられない性格だからねえ。。(笑)、空間認知能力ー当たっていない、方向がさっぱりわからず、すぐに迷子になる、攻撃性ーこれだ、大当たり!!! といっても、面と向かっては、けっこう言いたいことが言えない性格なんだよねえ。どうなるか、相手がどう動くか、観察してやれ、という気持ちが先にたつ性格。(笑)で、言いたいことがまっすぐ相手に言えてないので、ずっと、こんちくしょう、という気持ちを抱え気味となり、で、この日記で発散することになる。(笑)もしこの記事が信じるに値する情報を含んでいて、自分が男性ホルモンを多く受けているらしい、ということになれば、それはそれで納得する部分も出てくる。「女らしさ」とは縁のない人生だったもんねえ。(笑)フェ**ブッ*?に投稿する女の人の情報は自慢話が多いよねえ。。自分の仕事、旦那・子供のこと、旅行、食べ物。。。自慢が女の特性?なんで人の自慢話につきあわなあかんねん、で、フェ**ブッ*?の投稿にはまったく反応せず、無視。(笑)この年齢になって、自分のアイデンティティの謎?が少しずつ明かされていく、みたいな感覚はけっこう気分がいい。これも終活の一環である。最後、自分と自分の人生に納得していたいから。これからは、人に会えば、まずその人の手を見ることにしよう。人差し指のほうが長い女の人とは適当に切り上げよう。付き合う意味なし。疲れるだけだから、なあんて、オンラインで見つけた情報を信じ切ってるではないか。ミイラとりがミイラになるコンピュータ依存時代。思いっきり自分の攻撃性を発揮せよ。(笑)