ひさひさしぶりに、見ごたえのあるエンタメを見た。仕事もせずに見た。(笑)「怪物」。誰が書いた作品かと最後に流れるクレジットを見たら、キムなんとかさん、となっていた。これが韓流ドラマなの?? もしそうなら、人気なのは納得できる。ひきこんで離さないのである。(笑) 俳優群がすごい迫力で、どの人も存在感があったし、3日連続で必死で見た。最初の2日は、仕事が終わってからの夜9時から3時間。夜見るには、気色悪い展開だったがー猟奇的殺人が続くー、それが気にならないほどひきこまれた。で、3日目の今日は、どうしても見終わらねば仕事ができない、という勝手な理由づけで、昼間っから4時間ぶっつづけで見た。ああ、すっきりした。。(笑)で、終わってみると、当初の猟奇的連続殺人の犯人捜しと、結局のところ、単なるひき逃げ事件をごまかした警視庁のお偉いさんが逮捕されるというドラマの結末とがつながっているような、つながっていないような複雑な感じで、どうも頭が混乱している模様。(笑)エンタメだから、そんなにきっちりすっきりしなくてもいいんだろうな、とは思うけれど。。犯人捜しのプロセスを、いろいろな人間的要素を組み込みながらだんだん盛り上げていく手法はまったく飽きさせないもので、上手だな、と思った。こんなドラマが書ける才能があればなああ、とぶつぶつ。いやいやエンタメは、もともとあんたには無理。人を喜ばせようという気持ちがゼロなのは、ようくわかっているでしょ、と自問自答して納得。(笑)ドラマを見ていて気付いたのは携帯電話の使い方である。携帯電話のない時代のドラマは、何かが起こるのは、主人公が行った現場で何かを発見したり、人に会ったり目撃したりするしかなかったが、このごろは、携帯電話がドラマの展開を作る。次、何が起きるのかな、と期待したら、いつもポケットの電話が鳴る。え、そうなんですか、わかりました、だけなら普通の電話だが、その情報が即座に複数人に共有されたり、なりすましが電話でメッセージを流し、その発信場所を特定して駆けつけるとか、電話の会話が録音されて、それがそのままどこかに流され、脅迫に使われるとか、とにかくドラマの展開が、昭和生まれの人間にとっては複雑怪奇。(笑)今の若い人たちは、そういう電話の機能を日常生活で普通に使ってるのだろうか。ああ、おそろし、おそろしや。(笑)録音、録画、電話ーなんにもなしで、立つ鳥跡を濁さず、を通すぞ。(笑)

 

ああ、びっくりしたあ。今日は道ががらがらだった。朝9時過ぎ、シカゴへボランティアへ行こうと、ガソリンスタンドに寄ったあと、高速に乗るまで、前にも後ろにも車なし。何これ~~~。朝の9時だよ。なんで車がいない? 今日は何かの祝日だった? 高速が閉鎖されてて、それを知らないのは私だけ? ガソリンスタンドから高速に乗るまでの40分ほどの田舎の一本道、走っているのはずっと私の車だけだった。気色わる~~~。高速に乗る手前の信号で、やっと4つぐらいの車の後ろに着いた。こんなこと、25年以上住んでいて初めてである。高速に乗っても車は少なかった。いつも走る左端のレーン、前がすっとお~~んとがらがら。。なんでえ。。がらがらになると、危ないんだよねえ。。びょんびょん、ああ、気持ちがいい、と喜んで、90マイルほど出しちゃうから。。(笑)シカゴの街に入っても、ローレンス街の車は少なかった。シカゴに軍隊が入ってるから??? ふと思いついたのが政府機関の閉鎖である。もう1週間以上続いて、仕事に行く人が減っているのだろうか。帰りの高速も、夕方4時ごろ、いつもは渋滞で車が停まってしまう地点をすいすい通過した。おかしい、おかしい。何が起きているのだろうか。ちょっと心配。日本からは、日本人のノーベル賞受賞のニュースが続いている。ニュースで感動したのは、教授の実験は長いあいだ評価されなかったが、自分を信じて20年以上同じ研究を続けたというところ。で、ノーベル賞!!すごい!!やっぱりねえ、権威ーすでに確立されている評価ーにしっぽを振っている人間など相手にする必要なし。そんな人間はノーベル賞など絶対にとれないのだ。ただ自分を信じて、自分の道をいくのみ。まあ、どんなにがんばっても、ノーベル賞がとれるわけでなし、欲しくもないし(笑)、のんびりやればいいよ。(笑)T細胞にはヘルパーT細胞と、キラーT細胞というのがあって、教授が発見したのはその両者をコントロールする抑制型T細胞という話を聞いて、まず思い出したのがファジー理論だった。(笑)大昔、ファジー理論を作った?教授を、カリフォルニア大学バークレー校でインタビューして、読売の現地版に書いたことがある。むずかしいコンピュータの話などわかるはずもないが、教授の話で印象に残ったのが、ファジー理論を当時理解し、歓迎したのは日本人だけだった、ということである。なにやらコンピュータは、0か1で決まる?けど、ファジー理論は、0か1ではなく、そのあいだのあやふやな部分でどうのこうの、というような話だったような気がする。要するに、0か1かといった二者択一を迫るのではなく、その中間の灰色の部分で勝負するのがファジー理論、という程度がど素人の理解。(笑)で、今回も、ヘルパーかキラーか、という二者択一ではなく、その中間点に注目して、新しい細胞発見というのがファジー理論によく似ているな、と思った次第。(笑)で、その日本人が得意?とする、中間灰色重視理論を使うのが、わが運転だなあ、と、今日も運転しながら考えた。(笑)つまり、3車線から2車線に減少したり、高速に乗るときなど、入れてくれ、と言わんばかりにスピードをあげて、後ろの車に「入れてやるか、拒否するか」の二者択一を迫ることはしない。何をするかというと、車線の上をしばらく走るのである。要するに、2車線にまたがる中間の灰色の部分を走る。(笑)たぶん、後ろの車は、こいつ、どこ走ってんねん、ちゃんとどっちの車線に入るか決めろよ、とイライラしているだろうけど、向こうもぶつけるわけにもいかない。で、そのときの相手の出方にあわせて、こちらはゆっくりとスムースに車線に入れてもらう、というわけである。で、けっこうこれがうまくいくから気に入っている。(笑)ファジー理論に抑制型T細胞を混ぜて、我が運転。。こういう連想って、AIさんにできるのかな??? (笑)

もまた、日本語テレビで悲しいドキュメンタリーを見た。中国共産党を批判して、中国にいられなくなって、アメリカに逃げてきた中国人たちの話である。南米エクアドルから、3ケ月をかけてジャングルを抜け、中米からメキシコへ、と出て、そしてアメリカに不法入国するという。途中で命を落とす人もいるらしい。(悲)やっと会えた、と先に来ていた中国人といっしょに喜んでいる中国人の前に、アホなアメリカ人が現れた。不法入国だ、強制送還だ、Treasonだと、汚い白人女が吐き捨てるように言って、どこかに消えた。何がTreasonや、あっほ。(怒)かれらの話を聞いていて、決定的に問題があると感じたのは、かれらが「民主主義」やら「自由」といった抽象概念の言葉を何度も並べたことである。もう、アメリカは、そういうむずかしくも美しい政治学分野の抽象概念を掲げる国ではなくなった。ドカスにわかるのは金だけ。確かに中国人たちも、アメリカも中国共産党と似ている、と言っていた。その通り。来てはじめてわかったのだろうか。中国に戻れば、投獄か殺されるか、だから、かれらは政治難民として受け入れられねばならないし、かつてのアメリカにはその力があった。が、今はもう、金だけが問題で、不法移民がSocial Securityを盗んでいる、無料で医療を受けている、と敵視、非難され、結局のところ、袋だたきにされて、強制送還されるだけである。メキシコや中南米からの着の身着のままの不法入国者と違って、中国の人はお金をもってきているのでは、と思うけどねえ。所持金の額は、亡命申請とは関係ないのだろうか。亡命申請をしても、裁判所に拒否される率は今は70パーセントを超えるという。そして、亡命を認める裁判官は突然、政府に首にされたりするらしい。(怒)亡命が認められなかった人の中には、子供を残して自殺する人もいるらしい。「子供がアメリカで幸せになれるのがうれしい」みたいな言葉を残して。どこかおかしい。「民主主義」「自由」といった思想はしょせん頭が理解することだが、それ以上に、我々の身体がアメリカで学ぶことは、アメリカはブラウンマンが嫌いということである。この国に入れたくないのである。 ドカスとドカスをあがめるアホアメリカ人にとって、アメリカとは白人の国でなければならないのである。白と黒の国なのである。(黒人は白人が連れてきたものだから、文句は言えないのだろう。)その中間のブラウンマンは不要なお荷物で、一人でも少ないほうがいいと考えているのである。「民主主義」「自由」といった難しいことを考える以上に、そのことは絶対に忘れてはならないと思う。我々の身体は、ただただ差別されるだけの身体なのである。そのことを渡米前に教えてくれる人は誰もいなかったなあ、と書いて、大活躍している野球選手のことを思いだした。彼の身体は野球界に大金をもたらしているのでは??? よう知らん。(笑)才能のある身体は金で価値を決めることができるが、「民主主義」や「自由」といった人間思想は金の多寡で測れる価値ではない。ドカスに、そんな高邁な価値を理解する知性はない。イチロー氏でも、毎日のように、日本へ帰れと言われた、と読んだ。それが普通であり、アメリカの日常である。(怒悲)以前、なぜ「日本人はリンカーンが好きか」を調べていたとき、明治時代の日本人は、リンカーンが奴隷を解放したから、リンカーンを尊敬した、と知った。奴隷解放が日本人とどんな関係があるの、と不思議だったが、当時の日本人は、自分たちが黒人と同じ有色人種だということをよく認識し、有色人種の味方としてリンカーンを見ていたのである。そして、抑圧された状況からはいあがろうとする黒人の姿に憧れたとも。要するに、白人社会で社会的地位を得ようとがんばる黒人の姿に、欧米に追いつき、追い越そうとした自分たちの姿を重ねていたという。明治日本人の覚悟は、21世紀の今も必要である。アメリカはまったく変わっていない。メークアメリカグレートアゲインとは、メークアメリカホワイトオンリーと同義である。番組に出ていた中国人は、移民局の裁判官が台湾系の人だったおかげで、亡命が認められたという。よかった、ほんとに。今度は、その台湾系の裁判官が首になりませぬように、とただただ祈るのみ。

見終わった。袴田事件の完結編である。最後の印象ーひで子氏だろう、ほんとうのボクサーは。92歳とは思えぬ脳の働きと身体の動きー元気なうちは動き続けると、今は冤罪に苦しむ人たちを助ける活動をしているという。すごい、といった言葉すら、もう底が浅すぎて、発するのが恥ずかしい。それにしても、再審請求が認められ、高裁にもちこまれても、高裁がDNA鑑定の証拠は信用に値いせぬ、という判断を下したとは知らなかった。国家権力のメンツというものは。。支援者が人生、命がけで立ち向かい、戦わねばならないものとようく理解できた。(怒悲)高裁の裁判官が誰だったかは、番組は一言も触れなかった。上ー最高裁ーから差し戻されて、やっとこさ、まあ上がそういうなら、と責任を上に回して、自分のメンツだけはぎりぎりで守ろうとするその小ささ。。それが国家権力だということは、ようく覚えておかねばならない。ひで子氏が「もし弟をまた拘置所に入れるって言うんだったら、代わりに私が入る。裁判所がおかしなことを言うんだったら、こっちもおかしなことを言いますよ」という言葉はすごく印象的だった。同じことが、今のアメリカにも言えると思うから。ドカスは、自分がしようとすること、していることが違法かどうかなんて、一切考えない。それが、弁護士とともに育った人間の考え方である。自分が何をしようと、その後始末は弁護士に任せておけばいい、弁護士は依頼人が不利になることはできない、そのために多額の金払ってるんだ、という発想である。司法省のトップはドカス大好きのビンボー女。すべて最高裁までもちこまれても、最高裁の判事も、すでにドカスに買収された奴らばっかりだから、最高裁の決定ももうあてにはできない。すでにアメリカの司法制度は崩壊している。で、国民に何ができるか。ひで子氏のように、裁判所ー国家権力ーがおかしなことをするんだから、こっちだっておかしなことをしますよ。で、何ができるのか。否、こういうことを考えること自体が、すでに負けかも知れない。すべて無視ー抗議活動に出たら、それを騒乱ととり、軍隊を送りこんだ口実にするのがドカスの手法である。まっとうな抗議活動という民主主義的な手段はすでに封じこまれている。だからこそ、逆手をとって、すべて無視する。なにやら娘が住むポートランドには今軍隊が送りこまれているが、今週末は、全裸で乗る自転車デモがあるとか。全裸なんてことしたら、つかまるで、と娘に言ったが。。。全裸にペンキを塗るという。ペンキを塗った身体で、兵隊たちにあっかんべえでもするのか??? 敵を無視する戦略も大変なのである。何事もおきませんように。(祈)番組の最後は、袴田さんが支援者と将棋をしているシーンで終わった。よかった、ほっとした。ひで子氏が番組の中で、あきらかに目をうるませることはなかったが、見ているほうは涙が出た。そして関係者はみんなそれぞれ次の道ーNPO立ち上げなどーを歩みはじめたという。涙は次の道を切り開くエネルギーとなる。生きるとはそういうこと。私も今日も生きる。

ほとんど自分のことは書かない。でも、珍しくそういう機会が与えられたので、思い切って書いた。印刷物になったと聞いた。意外なことに、自分でもけっこう気に入っている。なぜ書いたか。数年前、東京であった大学関係者の集まりに好奇心だけで初めて行ってみたら、「あんた、確か留年したよねえ。」と、笑いながら、それだけを言ういやあなおっさんに会ったから。(笑)当日もらった参加者の名簿によると、同じ学科出身で、私より1年ぐらい先に卒業したヤツがいたらしかった。どこかのクラスですれちがってたかもしれないけれど、こっちは、そのおっさんのことは何も知らないのに、なあんでぐちゃぐちゃいわれなあかんねん、とものすごく腹が立った。大学なんてもう50年も前のことや。どうでもいいやん。そんな小さなことを、開口一番というか、それだけを言い残してエレベーターに乗り込んでいくような小さな男、ぶっとばしてやる、と思って書いた。留年していません。2度と大学関係の集まりにはいきません(笑)おい、おっさん、ニュースレターが家に届いたら、ちゃんと読めよ。(笑)もう一つの理由は、もう20年ほど前、雑談で思春期の娘のことをぶつぶつ言ってたら、「どうせ連れ子でしょ」と、いやなおばはんに言われたから。(笑)びっくりして、はああ???と思い、一瞬反撃の機会を失い、否定しなかったばかりに、どうもシカゴ近辺の日本人コミュニティのあいだでは、いまだに娘は「連れ子」ということになっている可能性もありそう、と思ったから。(笑)回転寿司屋をやってたおばはんだから、顔は広く、一度言われたら、狭い日本人社会にあっというまに広がり、そういう噂を「引き継ぐ」のが大好きなのも日本人の証拠、みたいな部分も今だにあるのでは。あのおばはん、偉そうに「どうせ」なんて言ったけど、聞くところによると、あのおばはんこそ子供はいなかったらしい。ふん、だ。土地を所有し、レストラン経営ではかなり儲けたらしいが、嫉妬心まるだしのあの女も小さかったなあとは思うけれど、日本に帰ったと聞いてだいぶ経つ。もうあの世かもね。どなたか、あのおばはんに「差し入れ」してあげてください。娘は私がカリフォルニアで産みました。(笑) すでに公表されたので、ご参考までに。

 

「住めば都」とは言い難き地でー私に力を与えてくれるもの

 

 古稀を迎えた今、大学時代を振り返ると、もったいないことをしたなあという思いが募ります。ダメ学生でしたが、留年することもなく卒業させてもらい、社会に出ました。非生産的な大学生活を送ったのは、大学教育が人生の目的、とりわけ職業意識に組み込まれていなかったからでしょう。人生の目的どころか、「女が国立大学へ行くのは税金の無駄使い」だの、「25歳を過ぎた女はクリスマスケーキ」「行かず後家」といった言葉が、平然と飛び交う社会と時代でした。その息苦しさから逃れるように、縁あって1986年に渡米、カリフォルニアからサウスダコタ、イリノイと移り住み、今や在米生活のほうが長くなりました。

 カリフォルニア州バークレーで生まれた娘も今は、渡米時の私の年齢を超えました。あまり自覚していませんが、いろいろなことがあったのでしょう。先日、カリフォルニア大学バークレー校のキャンパスを歩いていると、思いがけず涙がこぼれそうになりました。乳母車に娘をのせてキャンパスを歩いていた若かった自分が目の前に浮かんだのです。そして、アメリカのことは何も知らず、楽しい夢を描いていただけの自分の未熟さが急に身に沁みてきて、その恥ずかしさにいたたまれなくなり、もうこのキャンパスには2度と来るまいとまで思いました。といって私は、アメリカで、いや人生で、自分で口を糊したことは一度もありません。ある意味、のほほんと生きてきました。在米生活は、渡米時の年齢と動機、英語能力、職業生活、そして何よりも個人の性格と、さまざまな要素で形成されます。イリノイの州立大学の人事部で働いたのは、アメリカを学ぶいい経験にはなりましたが、アメリカやアメリカ人が好きになることはありませんでした。  

 今、私の日常生活で大きな部分を占めているのは書くことと、町のごみ拾いと、そして週に一度、シカゴの高齢者センターでボランティアをすることです。書いているのは、これまで誰も書いていない「戦前シカゴの日本人」についてです。日系移民史といえば、これまでハワイや西海岸での経験のみが主に論じられ、「カリフォルニアの東」は無視されてきた感があります。その結果、日系移民にたいする固定化されたイメージがアメリカに根付いています。私の仕事がそのステレオタイプのイメージを壊し、アジア系アメリカ研究に貢献できることを願っています。

 通りや駐車場でのごみ拾いからもアメリカをいっぱい学びました。通りがかりの見知らぬ人からの「ありがとう」は、とりわけうれしいものです。町で小さな賞をもらったとき、ラジオ局の人に、何か言いたいことがありますか、と水を向けられましたが、他人からの助言を嫌い、耳を傾けようとしない傲慢なアメリカ人に、とりわけブラウンの人間が何を言っても意味はないと思いましたから、何もありません、と答えました。ところが、驚いたことに、このごろ町から確実にゴミが減ってきました。時々、道でゴミを拾っているアメリカ人すら見かけるようになりました。「アメリカ人のすることはしない、アメリカ人がしないことをする」をモットーに、嫌がらせをされても続けてきましたが、アメリカ人は、言われるのは嫌いでも、黙ってゴミを拾い続けるおかしなアジア系の“ばあさん”の姿から何かを学ぶ能力はあったようで、ほっとしますねえ。たった一人でも、人を、コミュニティを変えることができることに、ほんのちょっとだけ、アメリカ人とアメリカに希望を持つことにしましょうか。

 13年ほど続けている、片道1時間半を運転してのシカゴでのボランティアは、私にとって珠玉の時間です。私がピアノを弾いて、日本人、日系人、白人、黒人、フィリピン人、プエルトリコ人と、さまざまな背景のクライアントたちが歌を歌ったり、踊ったりするのです。アルツハイマ―を患っている90歳の白人女性とのピアノの連弾は、医者すら驚かせました。音楽の力を実感し、クライアントたちからは人生のかけがえのないギフトも受け取りました。高齢者センターでの出会いへの感謝は、自分のこれからを思索する時間にもつながっています。人生をどう最後まで生ききるのか。人はなぜ今日まで生きてきたのか。私には、生きる指針にしている「三位一体」があります。美と強と優(美しいものは強い、強いものだけがほんとに優しくなれる)です。「優しく」聞こえるだけの空虚な言葉が氾濫する今、「美しい」ものを探す気持ちをアメリカで生きるエネルギーにして、残された時間と向き合っていきたいと考えています。

涙が出るほどうれしい。イリノイ州知事、プリッツカーが、憲法25条をもって、ドカスを大統領職から追い出す手続きー訴訟だと思うけれど。笑ーにはいった、とニュースに流れた。うれしい。。やったああ。。。憲法25条が何か知らないけれど(笑)、現職大統領を追い出せる手段があったとは。。やれええええええええ。さすがイリノイ。。。。。。プリッツカーも、カリフォルニア州知事と次期大統領候補を狙っている人間だから、ふんふん、の部分はあるけれど(笑)、そういうことはもうどうでもいい。やれえええええ。追い出せ。。。一人でも立ち上がれば、あとに続くものが出るだろう。最初に一人で立ち上がるときに巨大なエネルギーが必要だけれど、いったん歯車が回りだせば、あとは。。革命だあ。ホワイトハウスまで旗もって行くぞおお。。プリッツカーがんばれ!!! ヒルトンホテルチェーンをもってる人間だそうで、世界中のヒルトンから上がる全収益を全部この革命に費やせええええええ!!!!るんるん。(笑)

 

続報を知った:「誰でもいい」殺人の被害者のおばあさんーといっても、同じ70代であるー、亡くなったそうな。犯人は、「人生を終わりにしたかった」と。あほ、一人で、電車に飛び込め。これって、アメリカのMass Shooterとまったく同じ心理だ。ただアメリカのほうは、その場で射殺されて、望みをかなえてもらえるからねえ。殺される人数も違う。ああ、よわああい人間の弱い者いじめの殺人、ええ加減にしてくれ。(怒)プリッツカーさん、単なる脅しなんだって。軍隊がシカゴに送りこまれないようにするために。あああああ。やれっ。1月6日の暴動のあとにも同じ動きがあったらしい。でも民主党政権が踏み切れなかったらしい。あほ。その結果が今だ。やるべきことは、どんなことがあっても絶対にやらねばならないのである。プリッツカーさん、脅しだけじゃなくて、ほんとにやれ~~~。民主党には、ドカスの就任式には出るな、とメールを送った。それなのに、ひょこひょこ出て、さんざんバカにされてーバイデンが残した手紙をドカスが読むとかーで、今のざまである。民主党も共和党もだめだ、Independentを考えよう。(怒)

今日の高齢者センターでは、ジョジョさんが日本語で「昴」を歌ってくれた。大昔の若かりしころ、日本へバンドで巡業に行ったとき、彼女が好きだったから、と毎日毎日聞いて、覚えたとか言っていた。さすがプロ、うん十年ぶりに歌っても、上手だった。(ジョジョさんと私は同い年である)でも、歌っている意味はさっぱりわからないとか。ははは。娘が、子供のころ、「恋人よ、そばにいて~~~」とわめいていたことを思いだした。歌の意味なんてどうでもいいよ。これからもっとピアノ伴奏を練習して、毎週歌ってもらうことにする。(笑)やっぱり、誰でもいい、日本語の歌を歌ってくれるとうれしいものだ。でも、フィリピン人のおばあさんの中には、君が代を歌おう、という人もいるから、これはちょっとね、困る。テンポが遅くて、どこかくらああい感じになるのである。あんまり歌いたくなる曲ではないなあ。(笑)歌一曲でも、気持ちが大きく変わるのが人間なら、今朝流れていたいやあなニュース。「誰でもいいから、人を殺したかった」と、高齢者を襲った男の事件である。誰でもいいから、とは、アメリカのMass Shootingと同じだな、と今ごろ気づいた。でも、日本とアメリカには大きな違いがある。「誰でもいいから」と人を刺しても、刺した人間は自分が警官に殺される、とは考えていないだろう。アメリカでは、「誰でもいいから」と銃をぶっぱなす人間は、自分が警官に射殺されることを予想、否、期待して銃を撃っていると思う。そういえば、以前、秋葉原で無差別に10数人?もの通行人を刺し、死者も出る事件が起きたような記憶がある。あのときも、犯人がその場で射殺されるようなことはなかった。今日の事件は、「今の生活がいやになって」というのが犯人の動機とか。今の生活がいやになって人を殺せば、刑務所に送られ、ただ飯食べて、しばらく生き延びられて、もしかしてそのまま一生刑務所暮らしという「新しい生活」?が欲しかった? 短絡な話だ、なんでそういう発想になるのか。(怒)もったいないなあ。せっかく生まれてきて、時間がいっぱい与えられたのに。「今の生活がいやになる」ことなんて、誰にでもいやというほどあるだろうに。歌一曲でも、人間、気持ちが大きく変わるというのに。意味もなく刺されて、アルベールカミュの不条理をまともにかぶってしまった高齢女性の命がどうか無事でありますように。「誰でもいい」殺人は、日本でもアメリカでもひとごとではない。(怒悲)

 

このごろ、たぬきがよく出てくる。どうも、日本で市街地に現れるようになったクマのような状況かも知れない。今までこんなことはなかったから。それが、このごろタヌキがデッキの手すりのところにちょこんと座ってて、じっとこっちを見ている、みたいなことがよく起こるようになった。別に人間を怖がるふうでもない。目の周りがふちどりされた顔だけを見ていたら、けっこうかわいいと思われなくもないのだが、これが暴飲暴食しても、おなかを壊すこともない生き物らしくて、いつも鳥の餌を狙っている。鳥は、吊ってる餌箱から、あの小さな嘴で、ちょこっちょこっとかわいく食べるだけなのに、リスとなると、逆立ちして餌箱にぶらさがり、必死で餌を漁る。それでも口は、たぬきよりは小さい。食べすぎだ、と怒った配偶者が、リス用に別の皿を置いた。吊ってある鳥の餌箱にぶらさがらなくてもいいように、と。これは結構うまく行った。早起きのリスは、朝からデッキの手すりをうろうろして、ごはん山盛りのお皿を探すが、空中に浮かんだ餌箱にぶらさがろうという気はかなりそがれた模様。ところが、である。たぬきは遠慮なし。立派な足か手か知らんけど、4本もあるものだから(笑)、木の幹から、うまく身体をくねらせ、1本の足は木の上においたまま、もう一本の手で餌箱が揺れないようおさえ、もう一本で餌が出るようにバーを倒して、で、ばくばく食べるのである。食べる、食べる。リスどころではない。どうも家の住人が寝静まるのを待って、木の上で待機しているらしいのである。朝になれば、餌箱が全部からっぽ、ということもしょっちゅうある。リスはそこまで食べなかった。配偶者は、夜、デッキの電気をつけまくって、たぬきをよせつけないようにしているらしいが、それでもねえ、限界があるよねえ。(笑)昼間に出たタヌキには氷を投げまくっている。こちらは、アホアメリカ人にバカにされたのならいざしらず、タヌキと戦う元気はないから、毒を盛ろう、とプーチンの顔を思い出しながら(笑)言った。が、鳥まで殺すことになるから、それはいやだとのこと。殺したくはないそうな。まあね。死体処理は簡単なんだけどね。(夜中のうちに、誰かが来て勝手にもっていってくれる。。誰が来るのかは知りたくない笑)なんで動物たちは、食べすぎた、太った、おなかが痛い、血糖値やらコレステロールが高い、といった心配をしなくてもいいのだろうか。人間もしょせん動物なんだから、リスやらタヌキのように、食べたいものを食べたいだけ食べて、生きてたらいいんだ、なあんて考えていたら、道で倒れて終わった父親を思い出した。たぶん、鳥もリスもタヌキも、食べすぎたか、毒を盛られたか、理由が何であろうと、死ぬときが来たら、父親のように黙って勝手に倒れて終わり、ということなんだろうなあ。それができるのなら、それでいいんじゃないの。が、人間の問題は、人間であって、タヌキやリスではないことである。(悲)「長生きするのは幸せなことか」ーそんな問いがあらためよみがえる。それにしても、デッキにいるタヌキを見るたびに、冷蔵庫にかけより、氷をつかんでデッキに出て、タヌキめがけて氷を投げる、なあんて、なあんかかなり前近代的?(笑)やっと、AIだかロボットの存在意義が実感できるような気がする。今、必要なものーセンサーで、リス・タヌキサイズの動物を感知したら、うぉ~~~~という大声を出す、氷を投げつける、リスやらタヌキを追いかけて追っ払えるロボットだあ。(笑)いつも同じ声だと、動物も慣れてしまって、効き目がなくなるのなら、老若男女いろんな声が出せるロボット。。誰か作ってください。100ドル以下だったら買います。(笑)退屈しのぎに、好きな俳優さんに似せたロボットなあんてのも可能なのでは。。そうなると、もうリスやタヌキ撃退用のロボットじゃなくなるねえ。。あぶない、あぶない。。(笑)

朝6時から、重いドキュメンタリー番組を二本見た。気持ちの上で、自分の仕事に支障が出た。でもその支障は、そのうち大きなエネルギーと化して、自分に戻ってきて助けてくれることを知っているから、今はがんばって背負っている。最初に見た番組のタイトルは雪冤(せつえん)。聞いたことのない言葉だった。手元にある、58年前に親が買ってくれた国語辞典をひくと、「無実の罪を晴らすこと」とあった。袴田氏の話である。もう番組の内容に触れる必要はなし。すごい人だなあ、と、何度テレビで見ても、心から一種の怖れを抱くのはお姉さんのひでこ氏である。番組中、一度でもほんの少しでも、目を潤ませることはなかった。長年、大衆の無関心と闘い、権力の横暴と闘い続け、その筆舌に尽くしがたき強靭な人間精神を想像しようにも、自分に理解できるのは、ただただ血糖値が自分の期待に反して低下しなかったことをぶつぶつ言っている自分の小ささだけである。想像を絶するすごい人生を送った後期高齢者の話しぶりは実に明快で、驚くほど気持ちがいい。その明快さの裏に隠されているものを表現できる手段はあるのだろうか。58年といえば、ちょうどこの国語辞典を手に入れたあの中学生時代から、今日のこの時点までではないか。無実の罪でずっと刑務所?? 耐えがたき重さである。(苦悲)それにしても、番組に出演したひでこ氏と支援者の二人は、一度も、証拠を捏造した検察ー権力批判は口にしなかった。口にしたら、番組がキャンセルされる? 58年も経ったら、捏造した検察?警察?関係者はもう消えているだろうから? 証拠を捏造したことを背負って、三途の川を渡るのはどんな気分だろうか。たぶん、自分は正しい、正しいと、自分に言い聞かせて言い聞かせて、自分の手で事実をねじまげ、自分だけの「嘘の真実」を頭の中に作りあげ、そんな自分に納得、満足して渡るんだろうけど。。嘘つきが生き延びる常套手段であり、この国のドカスも同じである。(怒)人間の本質は、時代も空間も超えて、変わらないのである。「変わらない何か」を視聴者に訴えたいと、10月から「未解決事件」の新シリーズが始まるそうな。その紹介番組を見た。これまた、憂鬱になるおも~~~い番組。でも、ディレクターの話が聞けてよかった。ディレクター曰く、一つの資料だけに依拠するのではなく、いくつもの資料を調査して、「複眼的にファクトとして積み重ねる」とのこと。納得。今の仕事も、日本語資料と英語資料をできるだけ突き合わせるようにしてるけど、どっちがほんとなの、みたいな感覚、疑問は常に出てくる。「複眼的なファクト」かあ。。人間を描く素材として面白いものであればあるほど、描くというのはほんとにむずかしく、人間に「真実」なんてあるの、みたいな疑問もよぎる。自分の器でできるだけの努力をするしかないんだけど。(悲)それにしても、袴田氏の事件も結局のところ「未解決事件」に分別されるわけで。真犯人は誰だったのか。まだ生きているのか。逃げ通せて、どんな人生を送ったのか。それとも、別の事件も引き起こしたが、袴田氏の件だけは沈黙を通した? そんな人生に満足しているのだろうか。ああ、ここからは宗教の世界かも。我、関せず。21世紀のアメリカの田舎町に戻って、ごみ拾いだああ。(笑)ごみを拾う、一瞬あたりがきれいになる、わあ、うれち、幸せ。。人間、単純が一番である。(笑)

ちょっと考えてみたのだが、食生活を変えて、あれだけコレステロールが劇的に変化したのに、血糖値だけがぜんぜん変化しない、わずか0.1ですら変わらない、というのはありえるのだろうか。これは、検査機関の陰謀ではないか、という気がしてきた。患者を不安にし、病院通いを続けさせるために、わざと数値をごまかすのである。ありえないことではないような気がする。これが、今の腐った、アホなアメリカである。(怒)専門家が何の科学的根拠も提示していないのに、名前だけで大きな顔をしている、うさんくさそうなじじいが、アマチュアの自分の勝手な思い込みだけで、ワクチンを飲むな、と言い、このあいだはドカスも、タイラノルというよく日常で使用される解熱剤を使うな、と、何も知らないくせに偉そうに言いー専門家は激しく抗議したー、今度は、輸入された医薬品に100パーセントの関税をかける、と、金のことしか考えられないOne track mindのアホ度をますますひけらかすニュースが流れている。これから薬も値上がりするのだろうか。病院なんて行くだけ無駄だ。何も、誰も信じられないんだから。死にそうになるまで、病院になんか行く必要はないと思う。くそっ。(怒)アメリカの医療制度はすでに崩壊している、どこも赤字経営だと、日本人の眼医者さんから聞いたことがある。あれだけ高額な請求をするくせに赤字経営? 金だけとろうとする根性丸出しで、うんざりである。前に階段から落ちた時、骨にひびでもはいってたら、と心配になって、クリニックに行ったことがある。 レントゲンの結果、問題はなかったのだが、この国の医療従事者は、大丈夫です、問題ありません、とは絶対に言わないのである。金をとるために、だろう。(怒)今、喧嘩しているのは歯医者である。歯医者さん自体は上手な人で、もう20年以上かかっているが、問題は事務作業である。マネージメント会社が金額だけ提示する請求書を送ってくる。その金額が、どの治療にあたるかは説明しない。教えてくれ、とメールを書いても、返事なし。2回も同じ請求書を送ってきたから、怒って電話して、明細を書いて送れ、と要求した。アホな白人女は、はい送ります、と言ったが、送ってこない。前に請求書通りに支払ったら、請求書に載っていない治療にこちらの支払いをあてて、アカウントがものすごくおかしなことになったから、あれからあの事務所の仕事は信用しないことにしている。今回もどうせ、明細書を作ろうにも、作れないんだろう。それぐらい仕事のできないアホが大きな顔をしているのがアメリカである。(怒)ふんだ、まともな請求書を送ってこないうちは絶対に払わないぞ。怒らせるな。これ以上、大きな顔をしてアホを続けたら、泣くのはそっちだ。(怒笑) というわけで、どうやったら血糖値を下げられるか、本気で思案中。本気で悔しいのである。ほんとにわくわくして、検査結果を楽しみにしていたから。(悲)病院側の陰謀なら、できる限りアメリカの医療機関やら医者と看護師らとは関わらないようにして、それも証明しなければならぬ。自分で血糖値は測れるのだろうか。 朝のバナナも、やっぱりやめたほうがいいのかなあ。。(悲)そういえば、同じく高齢者の友達は、一日りんご1個という食生活をしばらく続けて、体調がおかしくなって、医者に診てもらったら、栄養失調と言われた、とか言っていたなあ。リンゴ1個で暮らせるのが高齢者だけど、やっぱり高齢者といえども、身体はそれではもたないらしい。あああああ、いやだ、いやだ。困った、困った。あれだけがんばったのに、効果ゼロとは、高い血糖値は体質と考えたいけど、昔は5.7ぐらいの正常値の時もあったんだよねえ。。あの時代に何とか戻れないものか。ボランティアをしている高齢者センターでも、おやつにアイスクリームが配られて、タカコもどうぞ、と言ってもらっても、我慢して食べなかったのにさあ。。効果なし、だって。くそっ。何とかせねば、何とかするぞ。食べ物の恨み、怖し!!(怒笑)