低開発諸国の自助努力(国内諸制度の改革)
既に述べましたように、ミュルダールは低開発諸国における「貧困の悪循環」の根本的要因は、「低開発諸国における不合理・不平等な制度であり、それと相互連関する人々の保守的・因習的な態度や思考様式」(p.232)だと考えていましたから、「貧困の悪循環」から脱却するために彼が与えた処方箋とは、「何よりも国内諸制度の改革であり、とりわけ平等主義的方向への改革」(p.232)でした。本書では234ページから236ページにかけて、ミュルダールが挙げた四つの領域での具体的な制度改革を紹介しています。それを簡単にまとめてみます。
①土地(農地)所有制度:より多くの収穫をもたらす新品種の栽培は、たいていより高度な農法を必要とし、肥料、灌漑、病虫害からの保護、除草などの準備をしなければならない。しかし、それが可能なのは一部の上位階層の農民にすぎないので、多くの農民は労働生産性を上昇させようというインセンティブをもちえないでいる。農地改革なしに農業の技術進歩(「緑の革命」)が進むことはさらなる不平等に結びつく。
②人口:人口爆発が貧困の主要因の一つだが、子どもを労働力として使用するという人々の意図が存在しているため、避妊法や家族計画の考えが普及していない。強力な公共の産児制限政策を制度化し、人々の意志や行動を変革していくより他にない。
③教育:国内における人々の合理性、経済的・社会的移動性を高め、「波及効果」を増大させるには、初等教育と同時に成人教育の充実が不可欠だが、教師の数や質の面から、低開発国では初等教育をより充実させる必要がある。
④軟性国家:地主や官僚などの低開発諸国の上層部が制度変革を妨げがちであり、また先進諸国の企業が彼らに贈賄を行い、そうした勢力を保持させる大きな一因になっている。反贈賄の厳格な制度が必要である。
ミュルダールの言う「低開発諸国の自助努力」とは、「低開発諸国の発展は何よりもそれらの国々自身が右記のような国内諸制度改革に向けて何をなすかによって決まる」(p.236)ことを意味します。自助努力によってこそ制度改革に内面の変化が伴い、永続化すると考えたようです。そして、「経済発展は一般にこの種の改革を容易にするので、いったん改革の手が打たれれば、発展と改革が順次に絡み合って累積的な過程をたどる可能性を秘めている」(p.237)とします。ただし、低開発国では、民主主義が政治的闘争によって勝ち取られたのではなく上から授けられたために、大衆が政治に無関心であり、国民統合が進んでいないと指摘しています。そのため、自助努力を進めにくいということなのでしょう。
福祉国家の責任
たとえ低開発諸国の平等主義的改革および相互協力への自助努力が実現するとしても、低開発諸国が経済的・政治的に威力を高めてくることに脅威を感じて、先進諸国がそれを既存の経済的・政治的圧力を使って封じようとするならば、そうした努力が意味をなしません。そこでミュルダールは、「先進諸国の理解と協力を伴ってこそ、低開発諸国の発展および福祉世界構築の可能性が展望できる」(p.240)のだと主張し、「福祉国家の責任論」を展開します。とくに彼が訴えたのは、先進諸国側における貿易政策や援助の転換の必要性です。
彼は先進諸国が低開発諸国の状況を考慮して貿易上の優遇的措置を与えるべき理由として次の二つを挙げています。(p.242よりまとめました)
①経済的な理由:低開発諸国が経済発展を目指すには、先進国からの逆流効果を招く市場諸力の自由放任を相殺する何らかの干渉が必要。
②政治的理由:低開発諸国では国民的統合が十分果たされておらず、政府や行政機関、あるいは司法機関による有効な社会統制がなされていないため、大衆の心理を国民的統合に向かわせるのに、ある程度の国民主義や保護主義の容認が必要。
そうして、貿易政策の転換は、経済体制の持続的変革を求めるものになると評価しています。
援助に関しては、あくまでも自助に向けてのものであるべきだとしています。また、紐付き援助を厳しく批判し、「狭量な国民主義に基づくものではなく、先進諸国の責任として認識されなければならない」(p.244)としています。理由は、ひも付き援助は国際競争を阻害し、コストを上昇させたりするからです。彼は「援助は主に国際機関もしくは多国間援助を通じて明確な規模と順序に沿って行われるべき」(p.245)ことを強調しているそうです。
福祉世界に向けたヴィジョン
実現している福祉国家体制は十分なものではなく、「過度の中央集権化・官僚主義化傾向を危惧し、自治化・分権化を進めていかなければならない」(p.252)とミュルダールは考えていました。しかし、「ひとたび国民的福祉国家が存在するようになって、西側世界の民主主義国で政治権力をもつ諸国民の心中にがっちりとその停泊所を築いてしまえば、国際的分裂に代わるべきものは、国際協力と相互調整とによって福祉世界の建設に着手する以外にない」(p.231)ともするのです。
では「先進諸国側の立場から『福祉国家の国民主義的限界』はいかにして克服でき」、「福祉国家から福祉世界へ至るにはどうしたらよい」(p.248)のでしょうか。それに関してミュルダールは『福祉国家を越えて』で次のように述べているそうです。
西側諸国は、民主主義自体を放棄したがらず、利害団体からなる膨大な下部構造を通じて行われる全体への参加とか勢力とかの分散に、民主主義がいっそう深く基礎を持っていることも、これを放棄しようとはしないのであるから、ただ人々を教育して、彼らの真の利害だけでなく、すべての西側諸国に共通の、また世界全体にとって共通な一般的利害をさえ、これを観察して明快に理解することに至らせるという、長期で骨の折れる解決策しか、そこには存在しないのである。(p.248)
理解には時間がかかるとしているわけです。しかしながら、人々の理解を早める方策があるとミュルダールは考えています。振り返ってみれば、福祉国家形成過程の初期において、富裕層やそれに味方する保守的政治勢力は平等主義的政策が自分たちに不利益をもたらすと考え抵抗しました。ところが今では大半の人々が福祉国家に賛同しています。それは「福祉国家は生産的である」ということが事後的ではあっても広く認められるようになったからです。そこで彼は、「この『事実』を逆手にとり、今度はそれを歴史的な教訓として前倒しすることによって、福祉世界の構築を実現に近づけることができるだろうと主張」(p.247)するのです。
すなわち、福祉世界の構築は、世界レベルでの「平等」の達成という価値前提に基づいて好ましいだけでなく、世界全体の経済効率を上昇させるという意味においても望ましい目標であることを、社会科学的に示し人々に理解させるのです。そのためには、「国際的統合がすべての国民に与える利益についての知識、現在の趨勢の危険性、そして福祉国家に住む者のこの趨勢に対する責任を明らかにし、人々に流布する努力が社会科学者に求められている」のであり、「時勢を転換させようとするわれわれの希望は、結局、国際的理想がすべての国で一般の人々をとらえる力を強化できるかどうかという可能性にかかっている」(p.248)というのです。
ミュルダールの福祉世界構築のヴィジョンにおいては、たとえば国際連合、ILO(国際労働機関)、FAO(国連食料農業機関)、IMF(国際通貨基金)、IBRD(世界銀行)のような政府間組織の発達や権限強化ということだけでなく、むしろそれを意義あるかたちで成し遂げるための必要条件として、個々人の思考様式や価値判断の変革という問題が重要な位置を占めているのです。こうして、最終的な実践的結論として挙げられたのは「科学による大衆啓蒙」であり、それによって「各国の社会心理というレベルにおいて『福祉国家の国民主義的限界』を乗り越えることが現在の国際機関を国際的統合に向けて十分に機能させる」(p.249)ことになるという見通しを示したのです。
ミュルダール経済学の全体像
以上のように、累積的因果関係論の逆流効果・波及効果概念によって先進諸国と低開発諸国とを総体としてとらえることで、ミュルダールは両者の格差拡大という世界レベルでの悪循環を認識し、そして悪循環を好循環へと転換させることで、グローバルに福祉が行き届いている理想の世界(「福祉世界」)が構築され得るとしたのです。本書は、このように累積的因果関係論を中心に据えてこそ、ミュルダールの遠大な考えが統一的な経済体系として理解され得ると主張するのです。その経済体系を図式化したものが、図1です。
図1の一番上の部分は、「価値前提の明示」の方法論と累積的因果関係論が不可分で一体であることを表現しています。それは、累積的因果関係論において、状況が「好循環」と「悪循環」のいずれであるかを判断するには前提とされる価値が明らかであることが必要ですし、また逆に累積的因果関係論によって得られた科学知識が啓蒙されることで大衆の価値判断は変化し得るという相互循環性があると考えたからです。ただし、最高の価値が平等であることは不変であるとミュルダールは確信していました。
なぜいまミュルダールなのか?
本書でまとめられたミュルダール経済学についての私なりのレビューはこれで終えます。彼の経済学を通して現実世界を見ると、例えば中国は軟性国家から脱しようとしている最中なのだろうとか、日本は福祉国家としての国民主義的傾向がまだまだ強いので移民をほとんど受け入れないのだろうとか、各国の状況把握に役立てることができそうだと私には思えます。それにしても何故今ミュルダールなのか?それに対する著者の回答が本書冒頭にあります。
なぜいまミュルダールなのか。それは、彼が主力を傾けて取り組んだ経済学上の諸問題が、現在の諸問題にまちがいなく通じていると考えられるからである。さまざまな格差が問題視されている現代、経済面に偏ったグローバル化が危惧されている現代、社会の価値観が多様に変化している現代である。彼の問題提起を受け止めるべき時代が到来しているのであり、少なからぬ人々が彼の思想を再発見すると思われる。(p.4)
また、本稿ではミュルダール経済学の体系化ということに集中し触れませんでしたが、ミュルダール夫妻(彼の妻は1982年にノーベル平和賞を受賞したアルヴァです)には人口問題論に関する業績があり、本書でも詳しく扱われています。現在日本は少子化の問題を抱えており、彼らが主張する消費の社会化(育児補助をお金ではなく現物で支給する)などは非常に参考になると思いました。
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