トマ・ピケティ『21世紀の資本』について――格差是正のための税制とその現代における意味① 増田満 | MMエッセイズ 増田満のブログ

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「サングラハ教育・心理研究所」の会報誌、「持続可能な国づくりの会」の学習会などで発表したエッセイ等を掲載します

トマ・ピケティの『21世紀の資本』は、 Thomas Piketty, Le capital au XXIe siècle, 2013の日本語訳で、本文608ページ、原注部分94ページを含む大著です(山形浩生・守岡桜・森本正史訳、みすず書房、2014年。以下引用したピケティの文とそのページ数は全てこの本のものです)すでに各国語の訳本が出版されており、分厚い専門書でありながら、38か国で総計150万部以上のベストセラーになっています。日本でも、昨年12月に発売されてから、すでに13万部を突破したと言われています。メディアでの扱いも大きく、TV各局で特集番組がつくられ、NHKでは「パリ白熱教室」と題して彼の講義が6回にわたって放映されました。

何故これほどの関心を集めたのでしょうか?その理由は、一般生活者がその正当性の欠如を次第に強く感じ始めている貧富の格差拡大の状況が、現在の資本主義の仕組みから必然的に生じる現象であると明確に説明してくれたこと、そしてその現象の拡大を食い止め解消するには、こういう特別な対処法がありますと提案してくれたことにあると思います。

 彼の主張には理論的な批判もあります。しかし、多くの人に現在の閉塞感を脱するための展望を与えたことは否定しようのない事実であり、それだけでも高く評価できると思います。そこで、さらに多くの人にその内容について知っていただきたいと考え、この稿を起こすことにしました。

ピケティは『21世紀の資本』の中で、西ヨーロッパなどの富裕国における富の格差の歴史的展開を、膨大なデータをもとに考察しています。それによりますと、第一次世界大戦直前に空前の高みにあった富の格差は、二つの戦争の間の破壊等によりある程度解消されます。しかしながら戦後の経済復興と成熟を通じて、今や戦前とは少し違う構造で、多くの人が不適切と感じるほどの高みへと格差は再び拡大し始めているのです。ピケティは、このような今まさに進行中の格差拡大を食い止め、そして解消するための税制も提案しています。このエッセイではこれら一連の議論の概要をまとめ、彼が是正の目標とする格差と彼の人間観についても推察します。最後にスウェーデンの先進的な「緑の福祉国家」という考えと彼の考えの比較も行い、彼が提案する税制の現代的な意味にも触れます。

 

20世紀初頭における超格差社会の形成

 

 中学生と高校生の二人の子供と10億円の資産を持つ中年のご夫妻を想像してください。彼らの資産の内訳は、土地、建物、株、債券、投資信託、預金などをバランスよく含んだもので、平均的な資本収益率で資本所得が得られるようになっています。この家族が住んでいるのは空想上の日本で、経済成長率は年率1%、平均資本収益率は年率5%、資本所得に対する税率は0%です。そうしますとこのご夫妻は、10億円×0.055千万円の年間資本所得を無税で得ることになります。

 ご夫妻には資本所得のほかに、1千万円の年間労働所得があります。それで家族の生活費を賄えるので、5千万円の資本所得はまるごと再投資することにしています。そのため10億円の資産は資本収益率と同じ年率5%で増加します。経済成長率は1%ですから、ご夫妻の資産は経済の五倍の速さで成長していくわけです。また、経済成長率の1%を資産の成長率の5%から引くと、資産価値の成長率4%が得られます。ということは、同じ経済成長率、同じ資本収益率が続くなら、20年後ご夫妻が仕事をリタイアするころまでには、資産価値は2倍以上に成長していることになります(毎年、資産価値は1.04倍で拡大していきますから、これが20年続くと、(1.04)202.2倍に膨張します。名目資産なら(1.05)202.65倍になります)

このように、経済の成長は低率、資本収益率はそれなりに高率の状況が続くと、ある程度の資産を持っていれば、その資産価値は等比級数的に増加し、お金持ちはますますお金持ちになります。第一次世界大戦(1914年開戦)以前の西欧社会は、富裕層の資産のそのような持続的拡大の結果生じた社会であったとピケティは考え、『21世紀の資本』では次のように述べています。ちなみに、文中のgは経済成長率、rは資本収益率の記号です。

 

……たとえば成長率が年約0.51パーセントと低い世界を考えよう。1819世紀以前はどこでもその程度の成長率だった。資本収益率は、一般的には年間45パーセントほどなので、成長率よりもかなり高い。具体的には、たとえ労働所得がまったくなくても、過去に蓄積された富が経済成長よりもずっと早く資本増加をもたらすわけだ。

  たとえば、g=1%でr=5%ならば、資本所得の5分の1を貯蓄すれば(残りの5分の4は消費しても)、先行世代から受け継いだ資本は経済と同じ比率で成長するのに十分だ。富が大きくて、裕福な暮らしをしても消費が年間レント収入より少なければ、貯蓄分はもっと増え、その人の資産は経済よりもより早く成長し、たとえ労働からの実入りがまったくなくても、富の格差は増大しがちになるだろう。つまり厳密な数学的観点からすると、いまの条件は「相続社会」の繁栄に理想的なのだ――ここで「相続社会」と言うのは、非常に高水準の富の集中と世代から世代へと大きな財産が永続的に引き継がれる社会を意味する。(p.366)

 

 また別のところではこのようにも述べています。

 

……19世紀と20世紀初頭に高齢者の富が急増したのは、不等式r>gとそれが意味する累積的乗法的論理の直接の結果なのだ。具体的には、最大の富を所有する高齢者は、たいてい自分自身の生活に必要な額を大幅に上回る資本所得を享受していた。たとえば5パーセントの収益を得て、その資本所得の5分の2を消費して、残りの5分の3を再投資したとする。そうするとかれらの富は年率3パーセントで増え、85歳になると60歳のときの2倍金持ちになっている。(.409)

 

引用文にあるような、資本収益率が経済成長率より高い状況、すなわちr>gが長く続くことにより、大きな資産を持つ者はますます資産を増やし、それが相続されていくことで大いなる富の格差が生じるというのが、ピケティの主張の基本となる考えです。第一次世界大戦直前まで西欧では、資本所得にはほとんど税金はかけられていなかったようですし、相続税も最高税率で5%程度にすぎなかったために、このr>gの効果で、20世紀初頭では、トップ10%が富の90%を所有する超高格差社会が実現していたと言うのです。(続く) ©mitsuru.masuda

 

 

以上はサングラハ教育・心理研究所の会報、「サングラハ」の第141号に掲載されたものの一部をほぼそのままに掲載しました。