相互理解 第13回世界ジャンボリー/1971年 日本 朝霧高原(ワーナーブラザースパイオニア)実況録音
世界ジャンボリーは私にとって思い出深いものになっています。
1971年8月2日から10日にかけて静岡県朝霧高原で開催され、参加者数は23758名、外国・地域数87、日本からの参加者は7783名。参加スカウトは中学2年、3年の少年スカウト(BS)と高校1年、2年の年長スカウト(SS)により派遣隊は構成されました。今では70歳前後になっています。
私の所属団からは、BSから2名、SSから2名が参加しました。
1970年10月に所属地区で世界ジャンボリー選考会が開かれ、スカウトたちは団から推薦されていますので、形だけの選考会だったと思います。
面接と実技があり、私の面接を担当した方は地区コミッショナーのFさんでした。実技の課題は、手旗信号、結索、救急法だったかと。なにしろ50年以上前のことですので、よくは思い出せません。
当時通っていた高校の同じクラスから、私と同じ隊から1名と他の別々の団から1名づつの計4名、他のクラスからやはり別の団から1名の計5名が同じ派遣隊で一緒でした。同じクラスに4名のスカウトが在籍し、世界ジャンボリーに参加したことは、当時のスカウト人口から考えると凄いことだと思います。いや今よりもスカウト数は当時の方が多かったはずですが、いずれにしても現在のスカウト数の減少のなかで、今では尚更ながら考えられない事だと思います。他のクラスからも別の派遣隊で参加したスカウトもいたと思いますし、ジャンボリーには不参加のスカウトもいました。
全員が、前年の1970年8月に開催された第5回日本ジャンボリーに参加していますので、2年連続で朝霧高原でのキャンプとなります。その時は、2個団で参加隊を結成しBSは3個班、SSは1個班の計4個班を構成し、私は高校1年で上級班長として参加しました。この第5回は参加者数32640名で、日本国内で開催された大会では一番多いです。
江戸野営区の配置図です。
世界ジャンボリー派遣隊の名称は江戸第1隊で、湘南地区から選抜されたスカウトで結隊されました。
当時の湘南地区は今とは違っており、逗子、鎌倉、藤沢、茅ヶ崎、平塚の5市と葉山、寒川、大磯、二宮の4町に所在する団で構成されていました。
この湘南地区は、その後に鎌倉と藤沢が湘南地区になり他は江南地区となります。更にスカウト数の減少と団の消滅等により江南、小田原、湘北の3地区が西湘地区となり今に至ります。現在は相模川の相模原市を除く西側全てと茅ヶ崎市、寒川町に所在する団が西湘地区となってますので広範囲の地域になります。因みに湘北地区は県央地区とに別れますが、県央地区は今も健在です。
湘南地区と言えば、私のスカウト時代の所属団で構成された湘南地区が一番その名にふさわしい地域だと思いますが、どうでしょうか。
江戸地区の配置ですが、1個隊の標準面積は900㎡でした。図にあるように第1隊は隣がイギリス隊、向側はベトナム隊でベトナム戦争の最中からの参加で、この世界ジャンボリーの参加が最後となってましたが、2019年に再加盟します。
江戸地区には50隊が振り分けられ、内訳はアメリカが19個隊、日本は19個隊で内訳は、東京3個隊、大阪2個隊、神奈川、島根、北海道、茨城、愛媛、埼玉、千葉、山口、石川、広島、愛知、福岡、兵庫、静岡が各1個隊でした。アメリカを除く海外は12個隊でイギリス、韓国、ベトナム、コロンビア、中国(台湾)、カナダ、フィリピン2個隊、グァテマラ、フィンランド、マーレシア、ドイツでした。
ジャンボリーはこの地域特有の風雨により、プログラムは大幅に変更されました。
次回は、記憶を辿って、ジャンボリーを振り返ってみます。
参加された全国の皆さんは、どうしているのでしょうか?
まだスカウト活動は続けているのでしょうか?


