私を断罪せよ(1969年8月発売)

見る前に飛べ(1970年6月発売)

はっぴいえんど(通称ゆでめん)(1970年8月発売)



1970年4月8日

神田、共立講堂

「第5回東京メッセージコンサート」

岡林信康が、1969年9月6日に蒸発して以来のコンサートです。久々の岡林のコンサートですので、会場内の熱気が凄かったのを覚えています。

岡林信康の他に出演は、遠藤賢司、アテンションプリーズ。

第一部はギターのみの弾き語りでした。休憩を挟んで第二部は、ロックバンドを従えて登場。

このロックバンドこそ、細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂によって結成されたはっぴいえんどです。

岡林は、この時既にトップの人気を誇る知名度を待ち、この年に人気は最高潮に達したと言えます。

はっぴいえんどをバックに歌う岡林のロック化は成功したと言えます。それと共にはっぴいえんども人気を得ることになり、日本語で歌うと言うロックバンドとしての地位を確立して行きます。その後のメンバーの活躍はご承知の通りでしょう。

コンサートのポスターです。バックバンドの記載はありません。

「新譜ジャーナル」(自由国民社)4月号のコンサート案内には、「岡林信康とそのグループ」の記載があります。下記は当日のチケットです。自由席でした。

音楽舎(旧高石事務所)配布のチラシ

まだ、「岡林信康とそのグループ」とあり、はっぴいえんどの名前はありませんが「ヴァレンタインブルー」の名前があります。「はっぴいえんど」と正式に名乗るのは、4月12日からです。

「フォークリポート」(アート音楽出版)の4月号(右)、5月号(左)の広告には、バックバンドやはっぴいえんどの記載はありません。


この時、私は高校に入学したばかりでした。

神奈川県の湘南のとある街から、授業が終わり自宅に帰り私服に着替えて、一人で東京に向かいました。

東京駅までは1時間程度です。途中、共立講堂へ向かう道が合っているのか、雰囲気から音楽好きに見えた学生服の2人組に尋ねたところ、彼らも岡林信康のコンサートに行く途中で、日大三高(当時は赤坂にありました)の高校生だと教えてくれました。彼らは親切でした。

私にとってこのコンサートは、初めての生の岡林信康であり、はっぴいえんどとの出会いでした。

感動したのは言うまでもありません。

55年前のお話です。