言葉の伝え方って非常に難しいと思うし、受け取り方も人それぞれなんだよな~って感じる日々。
自分は良かれと思って発している言葉、自分は正直に伝えているけど伝わらない。
そして不登校児の親っていうだけで誤解をされてしまうことが多々ありました。
そんな経験ありませんか?
今日はそんな日常的な部分で誤解されてしまう言葉について書いてみたいと思います。
これだけの人間がいて色々な人がいる。
共感してくれる人もいるだろうし、なかなか理解されない場合だってある。
特に不登校になるとそんな経験を持つ親御さんも多くいらっしゃるのではないでしょうか?
だから子供が不登校になったことを隠したい、話したくない。
そう思っちゃうでしょう。
そして学校ではクラスの友達が家で親に「〇〇ちゃん学校来れないんだって」って会話。
だから親も知っているふりしてくれる人もいるし、「どうしたの?」「何でこれないの?」と聞いてくる人もいる。
それは心配しているのだろうか?
同情しているのだろうか?
興味本位なのだろうか?
自分で自分に問いかけて頭でグルグルと考えてしまう。
言われたくないからなるべく人に会わないように親もする。
私なんて次女が小学校で不登校になった時に絶対に「シングルマザーだから子供が不登校になったんだよ」って言われている気がしてしまったのね。
実際に言われたわけではないけど、人づてに聞いたこともあった。
それを聞いた時はね、さすがに悲しくてね。
それを聞くと自分を責めるよね、やっぱり。
自分の何がいけなかったんだろう?
自分がシングルマザーになったからだろう。
一生懸命やってきたのに何でなんだろう?
不安や疑問や葛藤で親は心がポキポキ音を立てて崩れていくのがわかる・・・・
世間の周りはやっぱり「不登校」ってなると親の教育とか、しつけとか、勉強とか、ただ学校へ行かれないってことが段々話が大きくなって、「ダメな親」っていうレッテルを貼られている気がしてくる。
もちろん実際にそう言われてしまうことだってあるわけです。
私は当時は本当に自分がいっぱいいっぱいだったから、人に会わないようにって気遣いしていた。
会えば何か言われる、聞かれるって思ったし、それが妙にうっとうしく感じたんだよね。
「お願い、ほっておいて!そっとしておいて!!」そう感じたこともあってね。
人ってね、やっぱり色々と聞きたい、言いたいって思う動物。
特に女性はその傾向が強いかもしれないね。
子供が不登校になっただけなのに何で逃げ隠れしないといけないんだろう?って思ったのね。
そのきっかけは自分の肯定感をあげるために心理学を学んだり、自分の趣味や興味あることへ目先を向けたことだったのね。
どうして目先を変えられたのか?
それはね、当時の不登校支援の先生の言葉だったの。
「自分がどんな子育て感を持っているかが凄く重要なんだよ。子供が学校へ行かれないってことだけに視点を置いているとそこから抜け出すのが凄く大変。親も自分のペースで生活するのが一番なんだよ」
その言葉を聞いてね、そうかもな・・・って感じたの。
不登校になって子供の事ばかりに集中しているあまり、人との交流や考え方に触れる機会が全くない自分に気付いたの。
こりゃ~いけないわ
ってね。
そこから自分のやりたいことをやってみるきっかけが欲しくて全く知らない人がいる場所へわざわざ出向くようにしました。
始めは凄く抵抗があったけど、子供が不登校ってことを自分からしゃべらない限り一緒に居ても私が不登校児の親だとはわからなかったのね。
だから逆に凄く自分が出せるようになってきたんです。
そして多くの話を聞くってことをするようになり、色々な価値観があるってことも知ったし、私よりももっと多くの悩みを抱えて苦しんでいる方の存在も知るようになりました。
そっか・・・
皆悩みながら懸命に生きているんだな・・・って肌で実感することができたんですね。
その中から共感だったり、雰囲気だったり、素敵な人だなって思ったりして会話をしてみる。
そんなことを続けているといつしか「もっと多くの人に会いたいし、話をしてみたい」って思うようになったんです。
色々な価値観や思いを聞くだけでも凄く自分がどんな人間なのかも発見できるきっかけとなるんです。
不登校って言葉にとらわれず、どうか色々な方に巡り合って欲しいなって感じました。
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だれにも話せなかったこと
大勢の前では話せないこと
そしてずっと一人で苦しんで辛くて・・・
誰に相談したらいいのかな・・・・
最後までお読みいただきまして有難うございます![]()
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