1.三秒の隙間
ネガティア基地の最深部。
広大な空間の中央で、初代魔法少女と四人の魔法少女たちは向き合っていた。
アクティア。
ルミナ。
エクリア。
そして、リネア。
誰もが限界に近かった。
衣装は破損し、装備も失われ、魔力も残り少ない。
それでも、四人は立っていた。
目の前にいる初代魔法少女の魔法は、あまりにも強かった。
思ったことが現実になる。
見えている場所なら、距離に関係なく破壊を起こせる。
彼女が何かを壊そうと考えれば、次の瞬間には対象が破壊される。そう思えるほど、最初の彼女の魔法は速かった。
だが、今は違う。
「……やっぱり」
リネアが、初代魔法少女から目を離さずにつぶやいた。
「どうしたの?」
ルミナが尋ねる。
「魔法の発動が、確実に遅くなってる」
アクティアが顔を上げた。
「遅くなってるって、どのくらい?」
「最初は、変身の光が消える頃にはもう魔法が発動していた。でも、今は思考してから現実に影響するまで、少し時間がある」
リネアは、初代魔法少女の動きを観察する。
「……三秒くらいね」
「三秒?」
エクリアが繰り返した。
たった三秒。
しかし、今の四人にとって、その三秒は大きかった。
初代魔法少女の魔法が発動する前に変身を解除できれば、衣装や装備を破壊される危険を減らせる。
反対に、三秒以内に攻撃を終えられなければ、こちらが反撃を受ける。
「魔力そのものがなくなったわけじゃないと思う。ルミナがネヴィアに使った、魔力の減少を抑える効果……あれが影響しているのかもしれない」
「つまり、彼女の魔法を現実に伝える働きが遅くなっている?」
「そういうこと」
四人は顔を見合わせた。
突破口が見つかった。
けれど、それは勝利を保証するものではなかった。
エクリアは自分の装備を確認する。
まともに使えそうな光刃は、右手に残されたものだけだった。
リネアのコスチュームにも損傷が残っている。
ルミナはトップスとシューズが破損し、アクティアも上腕とブーツを失っていた。
ここまで戦ってきた四人には、もう失敗をやり直す余裕がない。
「変身と解除を繰り返しても、安全とは限らないわね」
リネアが告げた。
「三秒の間に狙われたら、間に合わないかもしれない」
「それでも……」
アクティアは、手にしたレイピアを握り直した。
「やるしかないよね」
「うん!」
ルミナが笑った。
いつものような明るい笑顔だった。
だが、その目は真剣だった。
「みんなで考えたんだもん。最後までやってみよう!」
初代魔法少女は、そんな四人を静かに見つめていた。
彼女には理解できなかった。
なぜ、この状況でまだ立ち上がれるのか。
なぜ、勝ち目が薄いとわかっていながら、互いに顔を見合わせて前へ進もうとするのか。
彼女が信じてきた魔法少女の価値は、力によって示されるものだった。
強いから必要とされる。
役に立つから認められる。
力を失えば、やがて忘れられる。
それが彼女の知る世界だった。
だからこそ、四人の姿は理解できなかった。
理解できないものは、壊してしまえばいい。
彼女は、そう考えていた。
2.五十人のルミナ
「行くよ!」
ルミナが変身した。
同時に、レッドオーバードライブを起動する。
赤い光が全身を包み、破損していた衣装とマントが一気に修復された。
そして。
五十体。
五十人のルミナが、広大な空間に現れた。
「いっけぇぇぇ!」
一斉に突撃する。
初代魔法少女は動かなかった。
ただ、迫り来るルミナたちを見つめる。
そして、思考する。
破壊。
次々とルミナの衣装やマントが壊された。
しかし、すぐに修復される。
また破壊される。
また修復される。
破壊。
修復。
破壊。
修復。
二つの魔法が、目まぐるしくぶつかり合う。
「まだまだぁ!」
ルミナは止まらない。
五十体の分身が、別々の方向から初代魔法少女へ迫る。
初代魔法少女は、次々と破壊を思考する。
そのたびに、レッドオーバードライブが衣装とマントを修復した。
「どうして……!」
初代魔法少女の眉が動く。
壊したはずのものが、何度も戻ってくる。
自分の魔法が通用しているのに、相手が止まらない。
彼女には、それが理解できなかった。
「壊れなさい!」
さらに破壊を試みる。
だが、ルミナは修復する。
「壊れなさい!」
また修復される。
ルミナの動きは、少しずつ鈍くなっていた。
レッドオーバードライブの負担が大きすぎる。
それでも、ルミナは突撃を続けた。
「これで……!」
初代魔法少女へ、一気に距離を詰める。
その瞬間。
五十体のルミナが、次々と消えていった。
「……え?」
限界だった。
分身が消滅する。
同時に、ルミナの変身も解除された。
その場へ倒れ込む。
「ルミナ!」
アクティアが叫ぶ。
だが、ルミナは顔を上げた。
「だい……じょうぶ。まだ……!」
その声には、もう勢いがなかった。
それでも、ルミナは初代魔法少女を見ていた。
五十体の分身が消えていく、その影。
そこに、一人の魔法少女が残っていた。
エクリアだった。
「ここ!」
エクリアは残された右手の光刃を展開し、横から初代魔法少女へ突撃する。
「なっ……!」
光刃が初代魔法少女のスカートをかすめた。
しかし、ほんのわずかに届かない。
初代魔法少女の魔法が発動する。
エクリアに残されていた光刃の発生ポイントが破壊された。
さらに、飛び散った破片がエクリアの両足に直撃する。
「くっ……!」
エクリアはバランスを崩した。
もう光刃を使った攻撃はできない。
残された手段は、限られていた。
それでも、エクリアは初代魔法少女を見据えた。
「まだ……終わってない!」
彼女は、最後の切り札を使った。
「魔力遮断フィールド……!」
静かに、空間が変化した。
初代魔法少女の魔力が遮断されていく。
「……?」
初代魔法少女が戸惑った。
「何をしたの?」
エクリアは答えない。
初代魔法少女は、魔法を使おうとした。
壊れろ。
何も起こらない。
もう一度。
壊れろ。
やはり、何も起こらない。
「……どうして?」
彼女は自分の手を見つめた。
もう一度、思考する。
動いて。
しかし、何も動かない。
壊れて。
それでも、何も起こらない。
初めてだった。
自分の思考が、現実にならない。
3.魔法がなくても
「今だよ!」
倒れていたルミナが、身体を起こした。
エクリアも必死に踏ん張る。
二人は初代魔法少女の足を押さえた。
「アクティア!」
リネアの声が響く。
アクティアが変身した。
光が身体を包み込む。
そして、その手に現れたのは、レイピア・リフォージ。
新たに生まれ変わった剣だった。
アクティアは、それを構えた。
しかし、もう高速で走ることはできない。
魔力はほとんど残っていない。
一歩。
また一歩。
その速度は、一般人と変わらなかった。
初代魔法少女は、アクティアを見つめる。
「来ないで……!」
彼女は魔法を使おうとした。
アクティアの衣装を壊す。
レイピアを壊す。
そう思考する。
しかし、何も起こらない。
「どうして……!」
アクティアは止まらなかった。
「みんながいるから!」
最後の一歩。
そして、レイピアを突き出した。
静寂が訪れた。
初代魔法少女の身体には、傷一つついていない。
それでも、魔法は発動しなかった。
アクティアは息を切らしながら、レイピアを構えていた。
その後ろに、エクリア。
ルミナ。
リネア。
傷だらけの四人が立っている。
初代魔法少女は、呆然としていた。
「……私の魔法が……」
声が震える。
彼女は何度も、自分の魔法を発動させようとした。
けれど、何も起こらない。
これまでなら、考えるだけでよかった。
自分が望めば、現実が変わった。
敵の武器を壊すことも、衣装を破壊することも、足元を崩すこともできた。
相手がどれほど工夫しようと、最後には自分の魔法が勝つ。
そう信じていた。
その魔法が、今は何の反応も示さない。
「そんな……」
初代魔法少女は、後ずさった。
「私は……魔法少女なのに……」
その言葉を聞いて、エクリアが口を開いた。
「魔法がなくなったからって、あなたの価値がなくなるわけじゃない」
初代魔法少女が、エクリアを見る。
「……何を言っているの?」
「あなたは、魔法が使えなくなることが怖いんじゃない」
エクリアは、言葉を選びながら続けた。
「魔法がなくなったあと、誰もあなたを必要としてくれないことが怖いんでしょう?」
「違う!」
初代魔法少女の声が、空間に響いた。
「違うわ! 私は魔法少女なの!」
彼女は自分の胸元を握りしめた。
「魔法少女でなくなった私に、何が残るというの!」
エクリアは、すぐには答えなかった。
かつての自分も、役割を失うことを恐れていた。
過去に犯した罪を理由に、自分にはもう何も残っていないと思い込んでいた。
だからこそ、彼女の言葉の奥にある恐怖がわかった。
けれど、同じ恐怖を知っているからといって、簡単に答えを与えられるわけではない。
「……私も、そう思っていたことがある」
エクリアは静かに言った。
「自分には、魔法少女としての役割しかないって。だから、それを失ったら何も残らないって」
初代魔法少女は、黙っていた。
「でも、違った。私は、自分の過去を消すことはできない。失ったものを、全部取り戻すこともできない。それでも……これからどう生きるかは、選べる」
「あなたと私を一緒にしないで!」
初代魔法少女は叫んだ。
「あなたは、これからがあるでしょう! 若くて、仲間がいて、やり直す時間がある!」
その言葉に、エクリアは一瞬、目を伏せた。
初代魔法少女の声には、怒りだけではないものが混じっていた。
羨望。
悔しさ。
そして、自分にはもう残されていないと思い込んでいる未来への恐怖。
「……そうね」
エクリアは、否定しなかった。
「私には、これからがある。だからこそ、あなたにもあるかもしれない未来を、最初からないものにしたくない」
初代魔法少女は、言い返せなかった。
4.必要とされること、必要とされ続けること
「ねえ」
ルミナが、初代魔法少女に声をかけた。
まだ立ち上がるのもつらそうだったが、その表情にはいつもの負けん気が残っていた。
「あなたは、誰かに必要とされたかったの?」
初代魔法少女は、ルミナをにらんだ。
「当然でしょう。魔法少女なのだから」
「じゃあ、誰かに必要とされ続けなきゃいけないと思っていたの?」
その質問に、初代魔法少女の表情が変わった。
ルミナは続ける。
「強くなきゃ駄目。役に立たなきゃ駄目。忘れられたら駄目。ずっと魔法少女でいなきゃ駄目……。あなたは、いつからそんなふうに思うようになったの?」
「……黙りなさい」
「私たちは、あなたの魔法に勝てると思ってここに来たわけじゃないよ」
ルミナは、ゆっくりと立ち上がった。
「正直、何度も無理だと思った。衣装を壊されて、武器を壊されて、みんなの力もどんどん失われて。それでも、みんなが一緒に戦ってくれたから、ここまで来られた」
「それが何だというの!」
「私が一人で強かったからじゃないってこと!」
ルミナの声が、強く響いた。
「私が倒れたらエクリアが助けてくれた。アクティアが進めなくなったら、リネアが考えてくれた。誰かが失敗しても、ほかの誰かが次につないでくれた!」
ルミナは、初代魔法少女を真っすぐ見つめた。
「私たちは、誰か一人の強さだけでここに立ってるんじゃないんだよ」
初代魔法少女は、口を閉ざした。
彼女が長い年月をかけて信じてきた価値観。
強さこそが価値であり、力を失えば存在意義も失われるという考え。
それを、四人は自分たちの姿で否定していた。
誰かが強いから、ほかの誰かが価値を持つのではない。
誰かが弱くなったからといって、その人とのつながりまで消えるわけではない。
「……あなたたちには、仲間がいるからよ」
初代魔法少女は、ようやく言葉を絞り出した。
「仲間がいるから、そんなことが言えるの。もし誰もいなかったら? 誰もあなたを覚えていなかったら? あなたたちは、それでも同じことが言えるの?」
その問いに、ルミナはすぐには答えなかった。
彼女にも、わからないことはある。
仲間がいなくなったときの恐怖を、完全に否定することはできない。
それでも、ひとつだけ言えることがあった。
「怖いと思うよ」
ルミナは答えた。
「忘れられるのは、私だって怖い。誰にも必要とされなくなるのだって、きっと怖い」
初代魔法少女は目を見開いた。
「でも、だからって……ずっと誰かに必要とされるためだけに生きるのは、違うと思う」
ルミナは少しだけ笑った。
「誰かに必要とされることと、必要とされ続けなきゃいけないことは、同じじゃないよ」
初代魔法少女は、何も言わなかった。
その言葉を認めたくない。
けれど、否定するための言葉も、すぐには見つからなかった。
5.過去を否定しない
「あなたたちに、私の人生を否定する権利はないわ」
初代魔法少女が、かすれた声で言った。
「私は魔法少女として生きてきた。人々を守って、魔法を使って、誰かの希望になろうとした。私がしてきたことまで、間違いだったというの?」
「そんなこと言ってないよ」
アクティアは、レイピアを構えたまま答えた。
「あなたが魔法少女として生きてきた時間まで、なかったことになんてできない」
初代魔法少女の目が揺れた。
「だったら……!」
「でも、それがこれから先も同じ生き方をしなきゃいけない理由にはならない」
アクティアは、ゆっくりと言葉を続けた。
「あなたが昔、誰かを幸せにしたことがあるなら、それは本当のことだよ。あなたが頑張ってきた時間も、誰かを守ろうとした気持ちも、消えたりしない」
「……」
「でも、昔の自分と同じでいられなくなったら、今の自分には価値がない。そんなふうに決めなくてもいいんじゃないかな」
初代魔法少女は、首を横に振った。
「わからない……」
その声は、先ほどまでの怒鳴り声とは違っていた。
「そんなことを言われても、わからないわ……」
アクティアは、彼女に近づこうとした。
だが、初代魔法少女は一歩下がった。
「来ないで!」
アクティアは足を止める。
「私は……私は魔法少女なのよ。魔法少女として生きてきたの。魔法少女でなくなったら、私は何をすればいいの?」
その問いに、四人はすぐに答えなかった。
答えを押しつけることはできない。
初代魔法少女が自分で考え、自分で選ばなければならないことだからだ。
リネアが、静かに口を開いた。
「私たちも、あなたの人生を代わりに決めることはできないわ」
初代魔法少女は、リネアを見た。
「でも、あなたの人生をネガティアが決める必要もない」
リネアの表情は厳しかった。
「魔法少女として役に立つ間だけ価値がある。役に立たなくなれば回収する。そんな仕組みが正しいとは、私は思わない」
「……あなたも、ネガティアの人間でしょう」
「そうよ」
リネアは、目をそらさなかった。
「だからこそ、この仕組みを放っておけないの。私は、あなたがしてきたことをすべて許すと言っているわけじゃない。責任を取らなくていいとも言わない」
彼女は一度、言葉を切った。
「でも、責任を取ることと、あなたの人生を商品として処分することは別よ」
初代魔法少女は、答えられなかった。
四人は、彼女の過去をすべて肯定しているわけではない。
彼女がネガティアの仕組みに関わってきたのなら、その責任は残る。
それでも、彼女を価値のなくなった商品として扱うことには、誰も賛成していなかった。
初代魔法少女は、ゆっくりと自分の手を見つめた。
魔法が使えない手。
もう、何も生み出せない手。
そう思った瞬間、彼女の胸の奥に、ずっと押し込めていた言葉が浮かび上がった。
忘れられたくない。
まだ、ここにいたい。
まだ、自分には価値があると信じていたい。
けれど、その言葉を口にすることができなかった。
6.忘れられたくなかった
「……私は」
初代魔法少女の唇が震えた。
四人が彼女を見る。
「私は、魔法少女なのよ……」
それは、先ほどと同じ言葉だった。
しかし、今度は誰かを威圧するための言葉ではなかった。
自分自身に言い聞かせるような、弱々しい声だった。
「魔法少女でいれば、誰かが私を覚えていてくれる。私が何をしたのか、私が誰だったのか、忘れずにいてくれる……」
彼女の目が揺れた。
「私は……忘れられたくなかったの」
その言葉が、静かな空間に落ちた。
初代魔法少女は、すぐに顔を上げた。
「違う! 今のは……!」
自分の言葉を取り消そうとする。
けれど、一度口にしてしまった本心は、もうなかったことにはできなかった。
彼女は何十年もの間、魔法少女としての自分を守り続けてきた。
かつての衣装。
かつての魔法。
かつて人々に向けられた憧れ。
それらを失えば、過去の自分まで消えてしまうように感じていた。
だから、魔法少女であり続けようとした。
忘れられないために。
必要とされ続けるために。
自分が生きてきた時間には意味があったのだと、証明し続けるために。
アクティアは、すぐに「大丈夫、忘れないよ」とは言わなかった。
そんな約束だけでは、彼女の恐怖を消すことはできない。
「忘れられるのが怖いなら……怖いって言っていいんだよ」
アクティアは、静かに語りかけた。
「でも、忘れられないために、ずっと魔法少女でいなきゃいけないわけじゃない」
初代魔法少女は、アクティアを見つめた。
「……そんなことを言われても」
「うん。すぐにはわからないよね」
アクティアはうなずいた。
「私だって、全部わかっているわけじゃない。魔法がなくなったあとの人生なんて、まだ想像できないこともある」
彼女はレイピアを少し下げた。
「でも、魔法少女じゃなくなったら、そこで人生が終わるなんて、私は思いたくない」
初代魔法少女の目から、涙がこぼれそうになった。
けれど、彼女はそれを認めなかった。
泣けば、弱くなってしまう。
弱くなれば、価値がなくなってしまう。
長い年月をかけて身につけた考え方が、まだ彼女を縛っていた。
「……あなたたちは、何もわかっていない」
初代魔法少女は、四人をにらんだ。
「私がどれだけ長く、魔法少女であり続けようとしてきたのか。どれだけのものを失わないようにしてきたのか……あなたたちには、わからない!」
「そうかもしれない」
アクティアは答えた。
「でも、わからないからって、あなたのことを見捨てたくない」
その言葉に、初代魔法少女は何も返せなかった。
7.回収される魔法少女
そのときだった。
初代魔法少女の足元で、何かが蠢いた。
紫色の生体素材。
ネガティアの施設で、数え切れないほどの魔法少女たちを包み込んでいたもの。
それが、初代魔法少女の脚へまとわりつき始めた。
「……え?」
彼女は足元を見た。
紫色の素材が、ゆっくりと広がっていく。
脚から腰へ。
腕へ。
身体を包み込もうとする。
「なに……これ……?」
初代魔法少女は、魔法を使おうとした。
壊れろ。
動け。
消えなさい。
何度思考しても、魔法は発動しなかった。
「やめて……!」
彼女は生体素材を振り払おうとする。
しかし、魔法が使えない今、それを止める手段が見つからなかった。
「私は、まだ……!」
言葉が途切れる。
まだ何なのか。
まだ戦えるのか。
まだ役に立つのか。
まだ魔法少女なのか。
彼女自身にも、わからなかった。
四人は、その光景を見つめていた。
まるでネガティアそのものが、彼女を回収しようとしているようだった。
魔法少女としての価値が失われたなら、次は商品として回収する。
これまで彼女が信じてきた仕組みが、今度は彼女自身に向けられている。
「そんな……私は……」
初代魔法少女は、紫色の生体素材に覆われていく自分の身体を見つめた。
「私は、まだ魔法少女なのよ……!」
その声には、もう誰かを従わせる力はなかった。
ただ、自分がここにいてもいいのだと、必死に訴えているようだった。
アクティアは、一歩踏み出しかけた。
だが、リネアが彼女を止めるように手を伸ばした。
「アクティア。慎重に。まだ、何が起きているのかわからないわ」
「でも……!」
「わかっている。助けたいのよね」
リネアは初代魔法少女を見つめた。
「だからこそ、今度は私たちが、彼女をどうするか勝手に決めてはいけない」
アクティアは、足を止めた。
初代魔法少女を敵として倒すことだけが、答えではない。
彼女を無条件に許すことだけが、答えでもない。
彼女が自分の人生を選び直せるようにするには、まだ越えなければならないものがある。
そのことを、四人は理解し始めていた。
8.魔法がなくても、あなたはあなた
紫色の生体素材は、初代魔法少女をさらに包み込もうとしていた。
彼女は抵抗を続けている。
「いや……!」
「私は……まだ……!」
その言葉を聞きながら、アクティアはレイピアを下ろした。
もう、敵を倒すためだけの戦いではない。
初代魔法少女を責めるためだけの戦いでもない。
彼女が魔法を失ったあとにも、自分の人生を生きられるのだと伝えるための戦い。
けれど、その答えを、四人が代わりに決めることはできない。
エクリアは、自分の過去を思い出していた。
ルミナは、仲間とともに立っている自分を見つめ直していた。
リネアは、ネガティアの仕組みと、そこに関わってきた自分の責任を考えていた。
そして、アクティアは、初代魔法少女を見つめていた。
彼女はまだ、四人の言葉を受け入れていない。
魔法少女ではない自分を想像できない。
忘れられる恐怖を手放せない。
それでも、ほんの一瞬。
彼女は「忘れられたくなかった」と口にした。
その言葉だけは、魔法ではなかった。
誰かを支配する力でもなかった。
彼女自身の心から出てきた言葉だった。
アクティアは、静かに告げた。
「魔法がなくても、あなたはあなたなんだよ」
初代魔法少女は、顔を上げた。
その目には、怒りと恐怖、そして戸惑いが入り混じっていた。
彼女は、まだうなずかない。
まだ、信じられない。
それでも、その言葉を聞いたことまで、なかったことにはできなかった。
魔法少女であることを終えても、その先の人生を生きられるのか。
自分の価値を、魔法の強さ以外で考えることができるのか。
初代魔法少女は、その問いに答えられないまま、紫色の生体素材に包まれかけていた。
四人もまた、まだ答えを知らなかった。
けれど、彼女をただ倒して終わりにすることは、もうできなかった。
魔法少女とは、死ぬまで魔法を使い続ける人ではない。
誰かを幸せにすることを自分の意思で選び、その選択の後も自分の人生を生きる人。
その意味を、四人はこれから初代魔法少女とともに探していくことになる。
戦いは、まだ終わっていない。
そして、初代魔法少女の物語は、ようやく次のページへ進もうとしていた
