紫色の光が、広い空間を染めていた。
その中心に立っているのは、初代魔法少女。
かつての時代を思わせる、懐かしい魔法少女の衣装。その上から、紫色の生体素材がゆっくりと広がっていた。
衣装を覆い、腕へ、脚へと伸びていく異質な素材。
アクティアとエクリアは、その光景を見つめていた。
「……あれは……」
エクリアが息を呑む。
「ネガティア化……」
アクティアも、かつて自分が経験した変化を思い出していた。
魔法少女の姿を変えてしまう、あの紫色の生体素材。
けれど、目の前の初代魔法少女から感じられるものは、単なる変身の異常ではなかった。
彼女の心そのものが、何かに追い詰められている。
初代魔法少女は、自分の身体を見下ろしていた。
「魔法が……使えなくなったら……」
顔を上げる。
「私の価値は……?」
その声には、怒りよりも深い不安が滲んでいた。
アクティアは一歩前へ出た。
「魔法が使えなくても……」
初代魔法少女が顔を上げる。
アクティアは、まっすぐ彼女を見つめた。
「魔法が使えなくても、あなたの人生の価値は変わらないのよ!」
初代魔法少女の目が揺れた。
「私も魔力を喪失して、ここまでやってきたのよ」
アクティアは、自分のレイピアを握り直した。
魔力を失ったことがある。
思うように戦えなくなったこともある。
それでも、仲間と出会い、助けられ、再び前へ進んできた。
魔法が使えなくなったからといって、アクティア自身の人生が消えたわけではなかった。
だからこそ、彼女は伝えたかった。
魔法を失った自分にも、まだできることがある。
そして、魔法を失った誰かにも、これから生きていく道があるのだと。
しかし、初代魔法少女は首を横に振った。
「……違う」
「え?」
「魔法がなければ……」
紫色のオーラが強くなる。
「周りは認めないのよ!」
その言葉は、アクティアへの反論だった。
けれど、それだけではなかった。
彼女自身が、何度も自分に言い聞かせてきた言葉でもあった。
魔法があるから、自分は特別なのだ。
魔法があるから、人々は自分を必要としてくれるのだ。
魔法があるから、自分は魔法少女として生きていていいのだ。
もし、その魔法を失ってしまったら。
もし、誰も自分を必要としなくなったら。
自分には、一体何が残るのだろう。
初代魔法少女は、その答えを考えることができなかった。
考えたくなかった。
彼女が恐れていたのは、魔法そのものを失うことだけではない。
魔法を失った自分を、誰も見てくれなくなることだった。
そして、誰にも見てもらえなくなったとき、自分自身でさえ、自分の存在を肯定できなくなることだった。
「私は……魔法少女なのよ……」
小さな声が漏れた。
それは誇りを示す言葉であると同時に、どうかその誇りを奪わないでほしいという、切実な願いにも聞こえた。
彼女の記憶の中には、かつての人々の笑顔があった。
魔法で誰かを助けたときの歓声。
感謝の言葉。
自分を見つめる、憧れの眼差し。
あの頃、彼女は確かに人々を幸せにしていた。
魔法を使うことが楽しかった。
誰かの困難を解決し、笑顔を取り戻すことが嬉しかった。
けれど、いつからだろう。
人々を幸せにすることと、人々から必要とされることが、彼女の中で同じ意味になってしまったのは。
いつからだろう。
誰かの笑顔を守りたいという願いが、誰かに認められなければならないという恐怖に変わってしまったのは。
時代は移り変わった。
かつて自分を知っていた人々も、少しずつ彼女を忘れていった。
新しい魔法少女が現れ、新しい技術が生まれ、魔法少女という存在そのものも変化していった。
彼女の活躍は古い映像になった。
古い映像は過去の記録になった。
そして、過去の記録は、いつか誰にも見られなくなる。
彼女は、それが怖かった。
忘れられることが怖かった。
自分が時代に取り残されることが怖かった。
そして何より、誰にも認められなくなった自分が、それでも生きていけるのかを知ることが怖かった。
「違う……」
初代魔法少女は、もう一度首を振った。
「そんなはず、ない……」
アクティアは彼女の言葉を遮らなかった。
初代魔法少女の瞳には、怒りだけではないものが浮かんでいた。
長い年月、胸の奥へ押し込めてきた不安。
自分が信じてきた生き方を、今になって否定されることへの恐怖。
もし、アクティアの言うとおりなら。
魔法がなくても人生の価値は変わらないのなら。
自分は、魔法を失うことをあれほど恐れる必要などなかったのだろうか。
誰かに必要とされるために、魔法を使い続けなければならないと思い込む必要などなかったのだろうか。
そんなことを認めてしまえば、これまでの自分をどう受け止めればいいのかわからない。
魔法を使い続けてきた年月。
人々に忘れられまいとした焦り。
誰にも弱さを見せられなかった孤独。
そのすべてが、間違いだったことになってしまう気がした。
「私は……!」
初代魔法少女が手を握りしめた。
「私は、まだ……!」
紫色の生体素材が大きく蠢いた。
彼女の腕の周囲から、一本の武器が形作られる。
剣。
続いて槍。
さらに斧。
次々と武器が生み出され、彼女の周囲へ浮かび上がっていった。
アクティアはレイピアを構える。
「来る!」
初代魔法少女が踏み込んだ。
剣が迫る。
アクティアはレイピアで受け流した。
キィン!
続いて槍。
斧。
次々と武器が襲いかかってくる。
アクティアはレイピア一本で、それらを凌いでいった。
魔力はわずかしか残っていない。
それでも、レイピア・リフォージは衰えなかった。
必要なときだけ、わずかな魔力を使う。
今のアクティアにとって、それが頼みの綱だった。
「これなら……!」
しかし、数が多い。
剣を弾けば槍。
槍をかわした直後には斧。
アクティアの腕を武器がかすめ、さらに太腿にも衝撃が走った。
「っ!」
それでも、彼女は倒れなかった。
「まだ……!」
アクティアは左手を向け、手のひらからビームを放った。
狙ったのは武器そのものではない。
武器と生体素材を繋いでいる、紫色の触手だった。
ビームが触手を切断する。
すると、槍が力を失った。
紫色の武器は灰になり、崩れ落ちていく。
「やっぱり……!」
アクティアは気づいた。
武器そのものを破壊する必要はない。
生体素材との接続を断てば、武器は消える。
しかし、初代魔法少女は止まらなかった。
新たな武器が生まれる。
一本。
二本。
三本。
そして、十本。
「十本も……!」
アクティアの表情が険しくなった。
これでは、一人では防ぎきれない。
「アクティア!」
エクリアが叫んだ。
破損していた両手の装甲が、少しずつ修復されていく。
「私も行く!」
両手に光刃が展開された。
エクリアはアクティアの横へ並ぶ。
「一人で全部受けなくていい!」
二人が同時に飛び出した。
アクティアのレイピアが剣を弾く。
エクリアの光刃が槍を切り落とす。
その間にも、ルミナが走り出した。
「こっちは私!」
分身はできない。
高速移動もできない。
魔力はほとんど残っていなかった。
それでも、ルミナは自分の身体能力だけで武器へ飛びついた。
紫色の触手を両手で掴む。
「こんなの……!」
力を込める。
ブチッ!
触手が引きちぎられ、武器が灰になる。
「まだいける!」
しかし、初代魔法少女が生み出す武器の数は、減るどころか増えていった。
十本。
二十本。
三十本。
そして、ついには五十本を超えた。
「多すぎる……!」
エクリアが上空へ跳ぶ。
両足の装甲も修復され、背中から光刃が展開する。
エクリアは空中を旋回しながら、武器へ繋がる触手を次々と切り落としていった。
「これ以上、増やさせない!」
地上ではアクティアがレイピアを振る。
ルミナも武器へ飛びつき、触手を手で引きちぎっていく。
三人は必死に武器を消滅させていた。
だが、生み出される速度のほうが速かった。
「消すより、作るほうが早い……!」
アクティアが叫ぶ。
そのとき、初代魔法少女の周囲に新しい武装が浮かび上がった。
球体。
アクティアは目を見開いた。
「……アクティアビット?」
それは、アクティアビットによく似た球体だった。
紫色の触手で初代魔法少女と繋がっている。
球体が光った。
「危ない!」
ズドンッ!
ビームがエクリアの右手へ直撃した。
「くっ!」
右手の装甲が再び破損する。
続いて別の球体がルミナへ向いた。
ズドンッ!
「ぐっ!」
ルミナの背中にビームが当たる。
さらに、別の一撃がアクティアの左肩へ命中した。
飛行マントが大きく破損する。
「まだ……!」
アクティアはレイピアを握り直した。
しかし、初代魔法少女の攻撃はさらに激しくなっていく。
エクリアは、はさみのような武装に腰を捕らえられた。
「しまった!」
ガシャン!
身動きが取れない。
ルミナは棒状の武器に打ち飛ばされた。
「うわっ!」
床を転がり、立ち上がろうとする。
アクティアも両手にビームを受けた。
「くっ……!」
身体のバランスが崩れる。
三人が動けなくなった。
初代魔法少女は、静かに武器を構えた。
剣。
槍。
斧。
無数の武器が三人へ向けられる。
「これで……終わりよ」
その声には、先ほどまでの激しさとは違う響きがあった。
これで勝てる。
これで、自分が正しいと証明できる。
魔法がなければ価値がない。
力を失えば認められない。
そう信じてきた自分が間違っていなかったと、証明できるはずだった。
けれど、彼女の胸の奥では、別の声が響いていた。
本当に、それでいいの?
この子たちを倒せば、私は安心できるの?
魔法を使えなくても前へ進むアクティアを倒せば、魔法を失うことへの恐怖は消えるの?
答えは出なかった。
初代魔法少女は、その問いを振り払うように武器を構えた。
トドメの一撃が迫る。
その瞬間だった。
――ピカッ!
突然、アクティアの身体から光が走った。
「……え?」
ルミナの身体にも光が走る。
エクリアにも。
三人の間を、一本の光が伸びていった。
まるでコードのような光。
アクティアとルミナ。
ルミナとエクリア。
エクリアとアクティア。
三人を結ぶように、光のコードが次々と繋がっていく。
初代魔法少女の動きが止まった。
「……何?」
アクティアも驚いていた。
ルミナも目を丸くする。
エクリアは拘束されたまま、その光を見つめた。
少し離れた場所にいたリネアも、異変に気づいた。
「……繋がった……?」
光は、さらに強くなる。
それは魔法なのか。
魔力なのか。
それとも、四人がここまで積み重ねてきた絆が、新しい形で現れたものなのか。
まだ誰にもわからない。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
今まで一人で戦っていた初代魔法少女の前で、三人の魔法少女が光によって繋がったのだ。
初代魔法少女は、初めて言葉を失っていた。
自分には魔法がある。
自分には力がある。
それだけが、自分の価値を証明する方法だと信じてきた。
けれど目の前の光は、彼女の知らない何かを示しているようだった。
一人ではなく、誰かと繋がること。
自分の力だけで価値を証明しなくてもいいこと。
その可能性を、彼女はまだ受け入れられなかった。
怖かったからだ。
もし本当に、魔法がなくても人は誰かと繋がれるのなら。
もし本当に、力を失っても人生は続いていくのなら。
自分は、これからどう生きればいいのだろう。
紫色の生体素材に覆われた初代魔法少女は、光のコードを見つめていた。
その瞳には怒りが浮かんでいた。
けれど、その奥には、ずっと誰にも見せられなかった不安が震えていた。
そして、三人を繋ぐ光は、消えることなく輝き続けていた。
