ネガティア基地の奥深く。
長い通路を、魔法少女リネアは一人の少女を背負って歩いていた。
背中に背負われているのは、エクリア。
初代魔法少女との戦いに敗れ、さらにここまでの戦闘で大きなダメージを受けたエクリアは、しばらく意識を失っていた。
しかし――。
「……ん……」
小さな声がした。
リネアが足を止める。
「エクリア?」
「……リネア……?」
エクリアが目を開けた。
「気がついたのね」
「うん……」
エクリアは自分の身体を確認する。
驚いたことに、ほとんどの傷はすでに修復されていた。
衣装も、両手両足の装甲も、ほぼ元通りになっている。
「身体は……もう大丈夫みたい」
「あなたの魔力による修復が進んだのね」
リネアはそう言った。
だが、リネア自身はまだ完全ではない。
背中に装着されたユニットには大きな損傷が残っている。
「私の背中のユニットは、もう少し時間が必要みたい。魔力があれば修復できるけど……」
リネアは背中へ手を伸ばす。
「リンクオーバーは、まだ使えないわ」
「……そう」
エクリアは静かに頷いた。
それでも二人は歩き続ける。
ここまで来た以上、戻ることはできない。
ネガティア基地の奥へ。
その先へ。
やがて二人は、ひとつの大きな扉を抜けた。
「……広い」
そこは円形の広場だった。
天井は高く、壁には何本もの配管が走っている。
そして広場の左右には、二本の燭台が立っていた。
その中央に――。
一人の女が立っていた。
「……ネレイド」
エクリアの表情が変わった。
そこにいたのは、かつて自分をネガティアの戦闘員として利用し、何度も戦わせた女。
ネレイドだった。
だが、その姿は以前とは違っていた。
衣装は修復されている。
身体に残っていたビームによる損傷も消えている。
しかし――。
左手だけがなかった。
ネレイドは、右手だけで自分の剣を握っていた。
「あなたたち……」
ネレイドは二人を見る。
「ここまで来るなんてね」
そして、わずかに笑った。
「ただの憧れで、そこまでの力を出せたわけではないでしょう?」
エクリアは黙ってネレイドを見つめる。
「素直に、その意思の強さは認めるわ」
ネレイドは自分の左腕を見る。
「私自身も動揺しているのかもしれないわね。左手が……どうしても再生できない」
それでもネレイドは剣を握る。
「でも、魔法少女のビジネスはまだ続ける必要がある」
静かな声だった。
「魔法少女の歴史を停滞させないためにも……」
ネレイドはエクリアを見据える。
「あなたたちは、ここで終わってもらう」
エクリアはリネアを見る。
リネアの背部ユニットは、まだ戦闘に使える状態ではない。
「リネア。ここから離れて」
「でも……」
「大丈夫」
エクリアは両手を握った。
手のひらから光刃が現れる。
「私が戦う」
リネアは一瞬だけエクリアを見る。
そして頷いた。
「……分かった」
リネアは広場の外へ移動する。
ネレイドは右手の剣を構えた。
その瞬間。
ズルッ……!
空間が歪む。
無数の触手が現れ、エクリアへ襲いかかった。
「っ!」
エクリアは両手の光刃を振るう。
ザンッ!
一本。
ザンッ!
二本。
迫ってくる触手を次々と切断していく。
だが、触手は途切れるたびに新しく現れる。
「これで……!」
エクリアは一気に踏み込んだ。
狙いはネレイドの左側。
左手を失っている以上、そこが最も守りにくい。
しかしネレイドも、それを理解している。
「そこを狙うのは分かっているわ」
腰から蜘蛛の脚が展開された。
エクリアの光刃が蜘蛛の脚を切断する。
ザンッ!
だが、切断された蜘蛛の脚はすぐに再生を始める。
さらに触手がエクリアの動きを邪魔する。
「くっ……!」
エクリアは触手を切り払いながら、再びネレイドへ迫る。
踏み込みが深い。
今度こそ――。
「捕らえた!」
エクリアの光刃がネレイドの胴体へ迫った。
しかし、
ザンッ!
切れたのはネレイドではなかった。
床に転がったのは、二つに斬られた一本の杖。
「……アラネアの杖!?」
ネレイドの姿が揺らぐ。
次の瞬間。
ネレイドと杖の位置が入れ替わった。
「幻惑……!」
「そうよ」
ネレイドはエクリアの背後へ移動していた。
だがエクリアも諦めない。
再び左側へ回り込む。
すると今度は、無数の触手が四方からエクリアを囲んだ。
「逃がさない!」
その瞬間。
エクリアの背中が展開する。
シュンッ!
横一文字の光刃。
「そこを……どいて!」
エクリアは身体を軸に回転した。
ザンッ!
触手が切れる。
ザンッ!
さらに一本。
ザシュッ!
周囲から迫っていた触手が、次々と切り裂かれていく。
エクリアはそのまま、両手の光刃を地面へ向けた。
反発力。
それを利用して、さらに身体を回転させる。
「はあああっ!」
高速回転したエクリアが、ネレイドの横をすれ違う。
背中の光刃が、ネレイドを捉えた。
ザンッ!
ネレイドの四肢に、大きな損傷が走る。
ネレイドが膝をついた。
「……!」
エクリアは息を整える。
そのときだった。
破損していた足の装甲が、
カチッ……
と音を立てて修復した。
エクリアは足を見る。
「……修復した」
これで、両手。
両足。
そして背中。
すべての光刃を使える。
エクリアはネレイドを見た。
「終わりよ」
両手に光刃。
両足にも光刃。
そして背中にも光刃。
全身の光刃が輝く。
エクリアは一気に踏み込んだ。
「これで……!」
その瞬間だった。
ドンッ!
背中に衝撃が走った。
「――っ!」
エクリアの身体が前へ弾かれる。
「なに……!?」
背中を見る。
そこには、白い霜が広がっていた。
背中が凍っている。
「背中の光刃が……!」
エクリアが動揺した一瞬。
ネレイドが最後の力を振り絞る。
「まだよ……!」
空間から四本の触手が現れた。
一本が右腕。
一本が左腕。
そして両足。
「しまった!」
四本の触手がエクリアを拘束する。
ギリギリ……!
装甲が破壊される。
右手。
左手。
右足。
左足。
すべての装甲が破壊された。
エクリアは必死に光刃を展開しようとする。
しかし――。
できない。
背中は凍っている。
四肢の装甲は破壊された。
「……全部……封じられた……」
「そうよ」
そして広場にある燭台を指差した。
「あなたの背中を凍らせた理由……まだ分からないでしょう?」
エクリアが燭台を見る。
すると――。
シュルッ……
燭台の形が変わった。
炎が消える。
その姿は一本の杖へと変化した。
「……!」
エクリアは息を呑んだ。
「まさか……」
ネレイドが笑う。
「そう」
もう一本の燭台も変化する。
二本のアラネアの杖。
「最初から、あの二本は燭台ではなかったのよ」
ネレイドは説明する。
エクリアが正面から私と戦っている間。
二本の杖のうち一本を使い、幻惑を作る。
もう一本を使って――。
「あなたの背後から、凍結魔法を放ったの」
「だから……私には見えなかった……」
エクリアは悔しそうに唇を噛む。
ネレイドは剣を構え直す。
「これで終わりよ」
アラネアの杖が地面に落ちる。
カラン……
ネレイド自身も限界だった。
エクリアを拘束している触手も、もう精一杯の力しか残っていない。
だからこそ。
この一撃にすべてを賭ける。
ネレイドがエクリアへ近づく。
剣が届く距離。
エクリアには、もう光刃を展開できる場所はない。
ネレイドはそう思っていた。
剣を振り上げる。
その瞬間。
エクリアの瞳が動いた。
「……ひとつだけ」
ネレイドの動きが止まる。
エクリアの額。
その約50センチ先。
シュンッ!
そこから一本の光刃が飛び出した。
「なっ……!」
光刃の反動で、エクリアの頭が大きく後ろへ反る。
そして――。
エクリアは拘束された四肢に残った力をすべて込めた。
「まだ……終わってない!」
身体を前へ振り下ろす。
額の光刃も、その動きに合わせて振り下ろされた。
ザンッ!
光刃がネレイドを捉えた。
首元から胸元へ。
ネレイドは目を見開いた。
そして――。
「……見事ね」
その声には驚きと、確かな称賛があった。
「エクリア……」
ネレイドの身体が崩れ始める。
紫色の衣装。
蜘蛛の脚。
右手。
すべてが灰へと変わっていく。
「あなたたちは……本当に……強くなったわね……」
その言葉を最後に。
ネレイドは灰となって崩れ落ちた。
同時に、エクリアを拘束していた触手も力を失う。
ザラ……
灰となって床へ落ちた。
「……終わった……」
エクリアは、その場に立ち尽くす。
すると、
「エクリア!」
リネアが駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
「……うん」
エクリアは答える。
しかし四肢の装甲は破損したまま。
背中も凍結している。
それでも、生きている。
リネアは安堵したように息を吐いた。
そして床を見る。
そこには、二本のアラネアの杖が残されていた。
「これは……」
リネアは二本の杖を拾い上げる。
エクリアもネレイドが消えた場所を見る。
長い因縁の相手は、もういない。
けれど――。
まだ終わりではない。
ネガティア基地のさらに奥。
そこには、最後に残された存在がいる。
ネレイドを倒した二人は、再び歩き始めた。
リネアは二本のアラネアの杖を手に。
エクリアは傷ついた身体を抱えながら。
二人の前に続くのは、暗く長い通路。
その先に待つのは――。
ネガティアの首領。
そして魔法少女たちは、ついに最後の扉へ近づいていく。

