市役所があった場所では、夜になっても工事の明かりが消えることはなかった。
メメントモリによって崩壊した建物。
その瓦礫は、すでにほとんど取り除かれている。
巨大な重機が動き、作業員たちが行き交う。
失われた街を取り戻すために、再建工事は急ピッチで進められていた。
その喧騒から少し離れた場所。
二つの人影が、再建現場を静かに見つめていた。
一人はネガティア首領。
そしてもう一人は、古き時代の魔法少女。
初代魔法少女だった。
二人が何を話しているのか、その声は工事の音に紛れて聞き取れない。
ただ、二人とも戦いの終わった街を見つめていた。
* * *
その頃。
別の場所では、最後の戦いが続いていた。
アクティア。
ルミナ。
エクリア。
三人は、もう限界だった。
アクティアの右腕は負傷し、レイピアも失っている。
ルミナは両肩を蜘蛛の脚で地面に固定されていた。
エクリアも両足の装甲を失い、触手によって拘束されている。
そして、彼女たちの前にはネレイド。
左腕を失い、右腕も傷ついている。
腰の蜘蛛の脚も、これまでの攻撃によって損傷していた。
それでもネレイドは立っていた。
「まだ……終わっていないわ」
ネレイドが残された力を振り絞る。
そのときだった。
戦場の奥から、
一人の女性が歩いてくる。
「……え?」
アクティアが顔を上げた。
ルミナも、エクリアも、その姿を見る。
首には、
血で赤く染まったチョーカー。
「……助手?」
エクリアが呟いた。
助手は答えなかった。
ただ、ゆっくりと3人の前へ歩いてくる。
ネレイドは、そのチョーカーを見た。
そして、
「……そのチョーカー」
何かを思い出したように、目を細めた。
数日前。
小さな親子が、ネガティアの施設へやって来た。
母親は小さなチョーカーを持っていた。
その隣には、幼い子ども。
その子は魔法少女になりたかった。
しかし。
何度試しても、変身することはできなかった。
なぜなのか。
ネレイドにも分からなかった。
だが、ネガティアの存在を知られてしまうことだけは避けなければならなかった。
ネレイドは戦闘員に命令した。
その親子を、
亡きものにするように。
そして残されたのが、
この血まみれのチョーカーだった。
ネレイドは思い出していた。
「……あの親子」
助手は静かに答える。
「知ってるよ」
ネレイドの表情が変わる。
「このチョーカーから、あの子の思いを受け取ったから」
助手はチョーカーに触れた。
そこには、幼い子どもの願いが残っていた。
魔法少女になりたい。
誰かを助けたい。
誰かを幸せにしたい。
その小さな思い。
助手はそれを知っていた。
「だから私は……」
助手は前を見る。
「私自身の意思で決めた」
チョーカーが光る。
「私は、魔法少女になる」
光が助手の身体を包み込む。
そして――
光が消えた。
そこに立っていたのは、
新たな魔法少女だった。
「私は……魔法少女リネア」
エクリアは、その姿を見つめる。
助手が魔法少女に変身できることは知っていた。
けれど。
このチョーカーの持ち主。
そして、その親子の最期。
そこまでは知らなかった。
エクリアの目から涙がこぼれた。
アクティアも。
ルミナも。
静かに涙を流していた。
リネアは3人を見る。
そしてネレイドへ向き直る。
「私は、あの子の人生を代わりに生きるわけじゃない」
「ただ……」
背中のユニットが展開する。
「魔法少女になりたかった、あの子の思いを」
青い光が広がる。
「私が再現してあげる」
「だから……見ててね」
* * *
リネアの背部ユニットが大きく開いた。
青い光が戦場を照らす。
そして、その光が3人へ伸びていく。
アクティアへ。
ルミナへ。
エクリアへ。
三本の光が、それぞれの身体を繋いだ。
「これは……?」
アクティアが驚く。
ルミナも、自分の身体に流れ込む光を感じる。
エクリアは、その力の正体を感じ取っていた。
リネアが静かに言う。
「リンクオーバー」
青い光がさらに強くなる。
「ネレイド」
リネアはまっすぐ彼女を見る。
「繋ぐ力を見せてあげる」
その瞬間だった。
ルミナが構える。
「だったら……私も!」
身体が赤く輝く。
「最大稼働モード!」
レッドオーバードライブ。
次の瞬間。
傷ついていたルミナの身体が光に包まれた。
破損していた衣装が修復される。
傷ついていた身体も再生する。
マントも、完全な姿を取り戻した。
「……治った?」
ルミナが自分の身体を見る。
だが、それだけではなかった。
アクティアの衣装が修復される。
破損していた装甲も戻っていく。
そして負傷していた身体まで、完全に修復されていく。
「私も……!」
エクリアも同じだった。
失われていた装甲。
破損していた衣装。
傷ついた身体。
すべてが光に包まれ、
完全な状態へと戻っていく。
ネレイドは、その光景を見つめていた。
「……そんな……」
そしてさらに、
アクティアの周囲に浮かんでいたビットにも変化が起きる。
損傷していたアクティアビット。
それらが青い光に包まれる。
機械であるはずのビットが、
次々と修復されていく。
「ビットまで……?」
アクティアが目を見開く。
やがて、
十基すべてのアクティアビットが完全な状態へ戻った。
アクティアはその存在を感じる。
十基。
すべて戻っている。
「……戻ってきた」
* * *
エクリアが右手を前へ出した。
「光刃!」
シュンッ!
光の刃が現れる。
すると、
アクティアの右手にも、
シュンッ!
ルミナの右手にも、
シュンッ!
「私にも光刃が出た!」
ルミナが驚く。
エクリアは静かに頷いた。
「リネアのリンク……」
3人の力が繋がっている。
それは単純に魔力を回復させるだけではない。
互いの能力まで共有している。
ネレイドが剣を構えた。
「……まだよ」
腰の蜘蛛の脚が展開する。
触手も召喚される。
「私には、まだアラネアがある!」
アクティア、ルミナ、エクリアが同時に走った。
「行くよ!」
三人の光刃が、
ネレイドへ襲いかかる。
ネレイドは、
右手の剣。
蜘蛛の脚。
触手。
すべてを駆使して迎え撃つ。
光刃と剣がぶつかる。
蜘蛛の脚が光刃を受け止める。
触手が3人を狙う。
それでも、
三人の連携は止まらない。
一人が攻撃すれば、
別の一人が隙を突く。
一人が防げば、
別の一人が攻撃へ回る。
ネレイドの動きが、
少しずつ鈍っていく。
「くっ……!」
そして、
ほんの一瞬。
ネレイドの動きに隙が生まれた。
「今!」
ルミナとエクリアが同時に踏み込む。
「はあっ!」
「やあっ!」
二本の光刃が、
ネレイドの両足を貫いた。
ネレイドの両足が地面へ固定される。
「しまった……!」
動けない。
その瞬間。
アクティアが両手を広げる。
十基のビットが、
一斉にネレイドへ向いた。
「ビット!」
キュイィィィン……。
「全開!」
十基のビットから、
無数のビームが放たれた。
ドドドドドドドドドッ!
ネレイドの右手が破壊される。
腰の蜘蛛の脚が吹き飛ぶ。
触手も次々と消えていく。
そして、
ネレイド自身にもビームが命中する。
再生する。
しかし、
間に合わない。
身体の損傷に、
再生が追いついていない。
ネレイドはゆっくり顔を上げる。
もう、
戦う手段は残されていなかった。
* * *
エクリアはネレイドを見る。
そこには、
深い因縁がある。
セレナ。
ミレイ。
自分自身。
忘れられない。
許せるわけでもない。
それでも。
エクリアは、
光刃を消した。
「……もういい」
ルミナが驚いて振り返る。
「エクリア?」
エクリアはネレイドを見る。
「私は、あなたを許すことはできない」
ネレイドは黙っている。
「あなたがしたことを忘れることもできない」
エクリアは一歩下がった。
「でも……」
光刃が完全に消える。
「だからって、あなたを殺す理由にはしない」
静かな声だった。
「私は、復讐するために魔法少女になったんじゃない」
そして、
「だから私は、あなたを見逃す」
ネレイドは目を見開いた。
エクリアは背を向ける。
「これからどう生きるのかは、あなた自身が決めればいい」
ネレイドは何も言わなかった。
やがて、
その場から退いていった。
4人は、
その背中を追わなかった。
* * *
戦いが終わった。
アクティア。
ルミナ。
エクリア。
そしてリネア。
4人は、しばらく何も言わずに立っていた。
やがてアクティアが、
血まみれのチョーカーを見る。
「……あの子」
ルミナが静かに頷く。
エクリアの目には、
まだ涙が残っている。
「魔法少女になりたかったんだね……」
リネアは答えなかった。
ただ、チョーカーをそっと握った。
その思いは、
消えなかった。
誰かの意思によって、
誰かを幸せにするための力へと繋がった。
そして――
重い空気を、
アクティアがぶち壊した。
「でもさ」
リネアを見る。
「助手って、結構いい歳だよね?」
「……え?」
ルミナが嫌な予感を覚える。
エクリアも、
「あ」
という顔をした。
アクティアはニヤリと笑う。
「魔法少女っていうより……」
一拍。
「魔法熟女じゃない?」
沈黙。
リネアの顔が、
みるみる赤くなる。
「…………」
「アクティア」
「はい」
「ちょっとそこに立って」
「いや、これは場を和ませようと――」
ドゴォッ!!
「ぐえっ!?」
リネアのアッパーカットが、
アクティアの顎を直撃した。
アクティアの身体が、
夜空へ打ち上がる。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
クルクルクルクルッ!
そして――
ズドォォォン!!
頭から地面へ落下。
砂煙が舞い上がった。
ルミナは口元を押さえる。
エクリアも肩を震わせる。
リネアは真っ赤な顔で叫んだ。
「誰が魔法熟女よ!」
砂煙の中から、
アクティアが親指だけを立てる。
「……魔法……少女……」
「そこは認めてあげる!」
夜の戦場に、
4人の笑い声が響いた。
宇宙規模にまで広がった、
長い戦い。
たくさんの傷。
たくさんの涙。
そして、
たくさんの選択。
その最後に残ったものは、
勝利だけではなかった。
誰かを幸せにしたいという意思。
誰かと繋がる力。
そして、
自分自身の人生を、
自分で選ぶということ。
それこそが、
彼女たちが戦いの中で見つけた、
魔法少女という存在の意味だった。
