メメントモリが消滅した。
空を覆っていた巨大な蜘蛛の巣も、まるで最初から存在しなかったかのように崩れ落ちていった。
二本の死界脚も破壊された。
街には、ようやく静けさが戻り始めていた。
けれど。
戦いは、まだ終わっていなかった。
瓦礫の向こうから、ゆっくりと歩いてくる一人の女性。
ネレイドだった。
その手には、三本のアラネアの杖。
紫色の杖を眺めながら、ネレイドは三人の魔法少女を見つめていた。
アクティア。
ルミナ。
エクリア。
三人とも傷だらけだった。
魔力も、かつてのようには残っていない。
それでも、三人は立っている。
ネレイドは静かに問いかけた。
「ねぇ……」
三人は身構えたまま、答えない。
「なぜ、あなたたちは頑張れるのかしら?」
ネレイドは三人を見渡す。
「魔力も少なくなった。身体だって、もう限界でしょう?」
「それなのに……どうして、まだ立っていられるの?」
その声には、挑発とは違うものがあった。
疑問だった。
ネレイドは続ける。
「仮に私に勝ったとしても……人々があなたたちに感謝するのなんて、最初だけよ」
「街が元通りになって、日常が戻れば……人々は戦いのことなんて忘れていく」
「あなたたちがどれだけ傷ついたのかも」
「どれだけ命を懸けたのかも」
ネレイドは、少しだけ目を細めた。
「そして、いつか忘れられるわ」
その言葉のあと。
ネレイドは、遠い昔を思い出すように言った。
「あの最初の魔法少女のように」
三人は黙った。
誰もすぐには答えられなかった。
ネレイドの言葉を、完全には否定できなかったからだ。
人々が永遠に感謝してくれる保証なんてない。
どれだけ頑張っても、いつかは歴史の一ページになる。
その事実を、三人は知っている。
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
アクティアが一歩前へ出た。
「……たとえ魔力がなくても、私は私よ」
ネレイドがアクティアを見る。
アクティアは続けた。
「人から感謝されたかったわけじゃない」
「称賛されたかったわけでもない」
自分の手を見る。
これまで何度も魔力を使った。
何度も傷ついた。
それでもここまで来た。
「私は、誰かを幸せにするために……ここまで頑張ってきたの」
ネレイドの表情が、ほんの僅かに変わる。
アクティアはまっすぐネレイドを見る。
「私たちのことを、ずっと覚えていてもらえるかなんて分からない」
「いつか忘れられるかもしれない」
「でも……」
アクティアは拳を握る。
「それでも私は、自分で選んだの」
「誰かを幸せにすることを」
その言葉が静かな戦場に響いた。
ルミナも。
エクリアも。
何も言わなかった。
ただ、アクティアの隣に立った。
ネレイドはしばらく黙っていた。
そして。
「……虫酸が走るほどの、良い子ちゃんね」
口ではそう言いながらも、その表情にはどこか羨ましさが混じっていた。
自分の意思で、迷わず誰かの幸せを選ぶ。
その姿が、ネレイドには眩しく見えているようだった。
だが、ネレイドはその感情を振り払うように三本の杖を握り直す。
「さあ」
紫色の光が杖から漏れ出す。
「最後の戦いを始めましょう」
ネレイドは三本の杖のうち二本を手放した。
しかし、杖は落ちない。
空中へ浮かび上がった。
左右に分かれた二本の杖が、ネレイドの周囲を旋回する。
戦いが始まった。
「行くよ!」
アクティアが叫ぶ。
その瞬間。
二本の杖が消えた。
いや。
消えたように見えただけだった。
次の瞬間、三人の死角から電撃が走る。
「――っ!」
バチィィッ!!
アクティアビットが直撃を受ける。
一基。
二基。
そして三基。
三基のアクティアビットが破壊され、地面へ落ちた。
「ビットが……!」
アクティアはすぐに残ったビットへ意識を向ける。
新たな三基が飛び出す。
「まだ!」
三基を自分の魔力とリンクさせる。
ネレイドは笑った。
「そう。まだ戦えるのね」
そのとき。
エクリアが飛び込んだ。
両手の光刃が閃く。
「そこ!」
ネレイドの左手が切り飛ばされた。
だが。
エクリアは違和感を覚えた。
切った感触が薄い。
「……?」
その瞬間、ネレイドの姿が揺らいだ。
幻影だった。
そして、ネレイドは別の場所に現れる。
ルミナも負けじと最大稼働。
身体が赤く輝く。
一瞬で分身を生み出し、頭上から大量の拳を叩き込む。
「これなら!」
ドドドドドドッ!!
だが。
全てのネレイドが、ルミナの攻撃をすり抜けた。
「えっ!?」
ルミナが驚く。
さらに、その上。
誰もいないと思っていた空中に、本物のネレイドがいた。
「上よ」
腰から蜘蛛の脚が伸びる。
「しまっ――」
ズシュッ!!
蜘蛛の脚がルミナの両肩を捉えた。
そのまま、
ドガンッ!!
地面へ叩きつけられる。
ルミナはうつ伏せになり、両肩を蜘蛛の脚で固定されてしまった。
「くっ……!」
ネレイドは蜘蛛の脚を切り離す。
そして自分の腰には、新しい蜘蛛の脚を装着した。
まるで消耗品を交換するように。
エクリアが叫ぶ。
「ルミナ!」
その隙に、エクリアも狙われる。
だがエクリアは、ネレイドが幻惑を作る直前の一瞬を狙った。
「今なら!」
両手の光刃を振るう。
ズバッ!!
右腕。
ズバッ!!
左腕。
ネレイドの両腕が切り飛ばされた。
さらにエクリアは光刃を円状に変える。
一気に距離を詰める。
そして。
ネレイドの首へ。
シュンッ!!
首が飛んだ。
「やった……!」
しかし。
ネレイドの身体が揺らぐ。
またしても幻影だった。
だが。
完全な幻影ではなかった。
遠くにいる本物のネレイドを見る。
左腕がない。
そして右腕も、千切れかけている。
エクリアの光刃は、幻影が完全に出現する直前に本体へ届いていたのだ。
「……当たっていた」
ネレイドは傷ついた腕を見る。
しかし、躊躇しなかった。
触手が伸びる。
エクリアの両手の装甲へ巻き付く。
「っ!」
エクリアの身体が宙へ吊り上げられた。
そのまま、ネレイドは剣を作り出す。
そしてアクティアへ迫った。
「アクティア!」
アクティアは両手のシールドを展開する。
レイピアは、まだ修復されていない。
だからこそ、シールドだけで剣撃を防ぐ。
ガキィン!
ガンッ!
次々と繰り出される剣を、アクティアは必死に受け流す。
そのとき。
アクティアの背後にあったアラネアの杖が光った。
パキパキッ!
氷塊が出現する。
そして。
バキィン!!
アクティアの右手側にあったシールド発生器の根元が破壊された。
右のシールドが消える。
「しまった!」
残るは左手のシールドだけ。
ネレイドの剣を防ぎ続ける。
ピシッ。
シールドに亀裂が走る。
「まだ……!」
ネレイドが剣を振り下ろす。
その瞬間。
アクティアは背中へ隠していたビットを動かした。
ネレイドの背後へ。
狙う場所は決まっている。
以前、ネレイドの再生を止めた場所。
蜘蛛の脚の中央。
「そこ!」
ズドン!!
ビームが直撃する。
ネレイドの身体が震えた。
「ぐっ……!」
再生が止まる。
ネレイドの動きも鈍る。
しかし。
ネレイドは最後まで攻撃を止めなかった。
触手がアクティアの右手へ巻き付く。
「えっ――」
ギリィッ!!
右腕が強引に捻り上げられる。
本来曲がらない方向へ。
バキィン!!
右手のシールド装甲が破壊される。
アクティアの右腕は、力なく下へ垂れた。
骨折している。
それでもアクティアは倒れなかった。
そして。
ネレイドの急所に与えたダメージによって、異変が起きる。
ルミナの両肩に刺さっていた蜘蛛の脚が、
シュウゥ……。
と崩れた。
灰になる。
「……動ける!」
ルミナが身体を起こす。
同時に。
エクリアの両手に巻き付いていた触手も灰になった。
ネレイド自身の触手も、次々に消滅する。
戦場に残ったのは、
傷だらけの四人……ではなく、まだ三人。
アクティアは右腕を押さえている。
ルミナは両肩を負傷。
エクリアは両足の装甲が破損。
そしてネレイドも、左腕を失い、右腕も千切れかけていた。
誰もが満身創痍だった。
そのとき。
戦場の奥から、
コツ……。
コツ……。
足音が聞こえた。
三人が振り向く。
「……助手?」
そこに立っていたのは、助手だった。
身体は血まみれ。
そして、その手には――
血のついたチョーカー。
アクティアは目を見開く。
ルミナも言葉を失う。
エクリアだけは、そのチョーカーを見た瞬間にすべてを理解した。
以前。
助手がエクリアのチョーカーを借りたことがあった。
あのとき、助手は魔法少女の姿になった。
しかし。
今は違う。
助手はゆっくりとチョーカーを首へ掛けた。
血に染まったチョーカーが、
淡く光る。
ネレイドも助手を見つめている。
その表情から、初めて余裕が消えた。
助手は顔を上げた。
そして――
魔法少女へと変身する。
三人の前に、新たな魔法少女が立った。
最後の戦いは、
まだ終わらない。
いや。
ここから、
最後の戦いは新たな形へ変わろうとしていた。
