35章 最後の戦い | 光と闇を 抱きしめたまま

光と闇を 抱きしめたまま

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メメントモリが消滅した。

空を覆っていた巨大な蜘蛛の巣も、まるで最初から存在しなかったかのように崩れ落ちていった。

二本の死界脚も破壊された。

街には、ようやく静けさが戻り始めていた。

けれど。

戦いは、まだ終わっていなかった。

瓦礫の向こうから、ゆっくりと歩いてくる一人の女性。

ネレイドだった。

その手には、三本のアラネアの杖。

紫色の杖を眺めながら、ネレイドは三人の魔法少女を見つめていた。

アクティア。

ルミナ。

エクリア。

三人とも傷だらけだった。

魔力も、かつてのようには残っていない。

それでも、三人は立っている。

ネレイドは静かに問いかけた。

「ねぇ……」

三人は身構えたまま、答えない。

「なぜ、あなたたちは頑張れるのかしら?」

ネレイドは三人を見渡す。

「魔力も少なくなった。身体だって、もう限界でしょう?」

「それなのに……どうして、まだ立っていられるの?」

その声には、挑発とは違うものがあった。

疑問だった。

ネレイドは続ける。

「仮に私に勝ったとしても……人々があなたたちに感謝するのなんて、最初だけよ」

「街が元通りになって、日常が戻れば……人々は戦いのことなんて忘れていく」

「あなたたちがどれだけ傷ついたのかも」

「どれだけ命を懸けたのかも」

ネレイドは、少しだけ目を細めた。

「そして、いつか忘れられるわ」

その言葉のあと。

ネレイドは、遠い昔を思い出すように言った。

「あの最初の魔法少女のように」

三人は黙った。

誰もすぐには答えられなかった。

ネレイドの言葉を、完全には否定できなかったからだ。

人々が永遠に感謝してくれる保証なんてない。

どれだけ頑張っても、いつかは歴史の一ページになる。

その事実を、三人は知っている。

しばらく沈黙が続いた。

やがて。

アクティアが一歩前へ出た。

「……たとえ魔力がなくても、私は私よ」

ネレイドがアクティアを見る。

アクティアは続けた。

「人から感謝されたかったわけじゃない」

「称賛されたかったわけでもない」

自分の手を見る。

これまで何度も魔力を使った。

何度も傷ついた。

それでもここまで来た。

「私は、誰かを幸せにするために……ここまで頑張ってきたの」

ネレイドの表情が、ほんの僅かに変わる。

アクティアはまっすぐネレイドを見る。

「私たちのことを、ずっと覚えていてもらえるかなんて分からない」

「いつか忘れられるかもしれない」

「でも……」

アクティアは拳を握る。

「それでも私は、自分で選んだの」

「誰かを幸せにすることを」

その言葉が静かな戦場に響いた。

ルミナも。

エクリアも。

何も言わなかった。

ただ、アクティアの隣に立った。

ネレイドはしばらく黙っていた。

そして。

「……虫酸が走るほどの、良い子ちゃんね」

口ではそう言いながらも、その表情にはどこか羨ましさが混じっていた。

自分の意思で、迷わず誰かの幸せを選ぶ。

その姿が、ネレイドには眩しく見えているようだった。

だが、ネレイドはその感情を振り払うように三本の杖を握り直す。

「さあ」

紫色の光が杖から漏れ出す。

「最後の戦いを始めましょう」

ネレイドは三本の杖のうち二本を手放した。

しかし、杖は落ちない。

空中へ浮かび上がった。

左右に分かれた二本の杖が、ネレイドの周囲を旋回する。

戦いが始まった。

「行くよ!」

アクティアが叫ぶ。

その瞬間。

二本の杖が消えた。

いや。

消えたように見えただけだった。

次の瞬間、三人の死角から電撃が走る。

「――っ!」

バチィィッ!!

アクティアビットが直撃を受ける。

一基。

二基。

そして三基。

三基のアクティアビットが破壊され、地面へ落ちた。

「ビットが……!」

アクティアはすぐに残ったビットへ意識を向ける。

新たな三基が飛び出す。

「まだ!」

三基を自分の魔力とリンクさせる。

ネレイドは笑った。

「そう。まだ戦えるのね」

そのとき。

エクリアが飛び込んだ。

両手の光刃が閃く。

「そこ!」

ネレイドの左手が切り飛ばされた。

だが。

エクリアは違和感を覚えた。

切った感触が薄い。

「……?」

その瞬間、ネレイドの姿が揺らいだ。

幻影だった。

そして、ネレイドは別の場所に現れる。

ルミナも負けじと最大稼働。

身体が赤く輝く。

一瞬で分身を生み出し、頭上から大量の拳を叩き込む。

「これなら!」

ドドドドドドッ!!

だが。

全てのネレイドが、ルミナの攻撃をすり抜けた。

「えっ!?」

ルミナが驚く。

さらに、その上。

誰もいないと思っていた空中に、本物のネレイドがいた。

「上よ」

腰から蜘蛛の脚が伸びる。

「しまっ――」

ズシュッ!!

蜘蛛の脚がルミナの両肩を捉えた。

そのまま、

ドガンッ!!

地面へ叩きつけられる。

ルミナはうつ伏せになり、両肩を蜘蛛の脚で固定されてしまった。

「くっ……!」

ネレイドは蜘蛛の脚を切り離す。

そして自分の腰には、新しい蜘蛛の脚を装着した。

まるで消耗品を交換するように。

エクリアが叫ぶ。

「ルミナ!」

その隙に、エクリアも狙われる。

だがエクリアは、ネレイドが幻惑を作る直前の一瞬を狙った。

「今なら!」

両手の光刃を振るう。

ズバッ!!

右腕。

ズバッ!!

左腕。

ネレイドの両腕が切り飛ばされた。

さらにエクリアは光刃を円状に変える。

一気に距離を詰める。

そして。

ネレイドの首へ。

シュンッ!!

首が飛んだ。

「やった……!」

しかし。

ネレイドの身体が揺らぐ。

またしても幻影だった。

だが。

完全な幻影ではなかった。

遠くにいる本物のネレイドを見る。

左腕がない。

そして右腕も、千切れかけている。

エクリアの光刃は、幻影が完全に出現する直前に本体へ届いていたのだ。

「……当たっていた」

ネレイドは傷ついた腕を見る。

しかし、躊躇しなかった。

触手が伸びる。

エクリアの両手の装甲へ巻き付く。

「っ!」

エクリアの身体が宙へ吊り上げられた。

そのまま、ネレイドは剣を作り出す。

そしてアクティアへ迫った。

「アクティア!」

アクティアは両手のシールドを展開する。

レイピアは、まだ修復されていない。

だからこそ、シールドだけで剣撃を防ぐ。

ガキィン!

ガンッ!

次々と繰り出される剣を、アクティアは必死に受け流す。

そのとき。

アクティアの背後にあったアラネアの杖が光った。

パキパキッ!

氷塊が出現する。

そして。

バキィン!!

アクティアの右手側にあったシールド発生器の根元が破壊された。

右のシールドが消える。

「しまった!」

残るは左手のシールドだけ。

ネレイドの剣を防ぎ続ける。

ピシッ。

シールドに亀裂が走る。

「まだ……!」

ネレイドが剣を振り下ろす。

その瞬間。

アクティアは背中へ隠していたビットを動かした。

ネレイドの背後へ。

狙う場所は決まっている。

以前、ネレイドの再生を止めた場所。

蜘蛛の脚の中央。

「そこ!」

ズドン!!

ビームが直撃する。

ネレイドの身体が震えた。

「ぐっ……!」

再生が止まる。

ネレイドの動きも鈍る。

しかし。

ネレイドは最後まで攻撃を止めなかった。

触手がアクティアの右手へ巻き付く。

「えっ――」

ギリィッ!!

右腕が強引に捻り上げられる。

本来曲がらない方向へ。

バキィン!!

右手のシールド装甲が破壊される。

アクティアの右腕は、力なく下へ垂れた。

骨折している。

それでもアクティアは倒れなかった。

そして。

ネレイドの急所に与えたダメージによって、異変が起きる。

ルミナの両肩に刺さっていた蜘蛛の脚が、

シュウゥ……。

と崩れた。

灰になる。

「……動ける!」

ルミナが身体を起こす。

同時に。

エクリアの両手に巻き付いていた触手も灰になった。

ネレイド自身の触手も、次々に消滅する。

戦場に残ったのは、

傷だらけの四人……ではなく、まだ三人。

アクティアは右腕を押さえている。

ルミナは両肩を負傷。

エクリアは両足の装甲が破損。

そしてネレイドも、左腕を失い、右腕も千切れかけていた。

誰もが満身創痍だった。

そのとき。

戦場の奥から、

コツ……。

コツ……。

足音が聞こえた。

三人が振り向く。

「……助手?」

そこに立っていたのは、助手だった。

身体は血まみれ。

そして、その手には――

血のついたチョーカー。

アクティアは目を見開く。

ルミナも言葉を失う。

エクリアだけは、そのチョーカーを見た瞬間にすべてを理解した。

以前。

助手がエクリアのチョーカーを借りたことがあった。

あのとき、助手は魔法少女の姿になった。

しかし。

今は違う。

助手はゆっくりとチョーカーを首へ掛けた。

血に染まったチョーカーが、

淡く光る。

ネレイドも助手を見つめている。

その表情から、初めて余裕が消えた。

助手は顔を上げた。

そして――

魔法少女へと変身する。

三人の前に、新たな魔法少女が立った。

最後の戦いは、

まだ終わらない。

いや。

ここから、

最後の戦いは新たな形へ変わろうとしていた。