ネガティア基地。
そこには、魔法少女たちがこれまで知らなかった場所があった。
普段の研究区画からさらに奥へ進んだ、立入禁止区画。
扉が開いた先に広がっていたのは、巨大な魔力施設だった。
薄暗い空間の床には、紫色の蜘蛛の巣のような構造が広がっている。
その一本一本が、基地の奥へと伸びていた。
そして、その先にいるのは……。
捕らえられた魔法少女たち。
完全にネガティア化された彼女たちは、床に広がる魔力供給網と接続されていた。
自由に動くことはできない。
それでも意識はある。
そして、彼女たちの魔力は少しずつ吸い上げられていた。
「……これが、ネガティア化の本当の意味」
静かに立つネレイドが、その光景を見つめる。
戦わせるためだけではない。
魔法少女から回収した魔力を、何度も、何度も利用する。
怪人。
戦闘員。
捕獲ユニット。
人工魔法。
そして、ネガティアの巨大な施設そのもの。
すべてを動かすための魔力源。
紫色の魔力が蜘蛛の巣状の配管を流れていく。
その先には、巨大な構造物がそびえ立っていた。
紫色の光が、脈動するように明滅している。
まだ、その正体を知る者はいない。
「……ここまで集めても、まだ足りないのですね」
ネレイドは小さく呟いた。
その視線の先には、さらに三つの装置が並んでいる。
杖のようにも見える。
しかし、普通の魔法少女が持つ杖とは明らかに違っていた。
紫色の金属と生体素材を思わせる質感。
先端には、それぞれ異なる形状の発光部が取り付けられている。
三本とも、まだ何のために存在するのかは分からない。
ネレイドはその前に立った。
「これで……完成です」
手にした一本をゆっくりと掲げる。
その杖には、彼女がこれまで使ってきた魔法のデータが組み込まれていた。
蜘蛛のような魔力操作。
幻影。
そして、空間を利用した攻撃。
ネレイド自身の能力だけに頼らず、それを一つの道具として再現するための試みだった。
「アラネアの杖……」
ネレイドは、完成した杖を見つめる。
それが後に、彼女の新たな武器となる。
だが、その用途のすべては、まだ明かされていない。
ネレイドは三本の杖を並べると、そのまま立入禁止区画を後にした。
紫色の光だけが、静かに残った。
◇
その頃。
別の場所では、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。
「……立てる」
助手がゆっくりと立ち上がった。
「おおっ!」
アクティアが目を輝かせる。
「まだ本調子じゃないけどな」
「でも、立てたじゃん!」
「まあな」
助手は少し照れながら椅子に座った。
完全に回復したわけではない。
それでも、以前のように寝たままではなくなった。
それだけで、アクティアたちにとっては大きな進歩だった。
ルミナも嬉しそうに笑う。
「これなら、また研究できそうね」
「私を更に働かせる気?」
「もちろん!」
「私、仕事増えそう……」
三人の間に、久しぶりの笑い声が響いた。
そこへ、アクティアが何かを思いついたように自分のチョーカーを外した。
「ねえ、ルミナ」
「ん?」
「これ、交換してみない?」
「チョーカーを?」
「うん!」
アクティアは自分のチョーカーを差し出した。
ルミナも自分のチョーカーを見る。
「……いいよ」
「ほんと?」
「だって面白そうじゃない」
二人は笑いながら、互いのチョーカーを交換した。
助手は、その様子を見て固まった。
「……あなたたち」
「なに?」
「そのチョーカー、普通のアクセサリーじゃないのよ」
「分かってるよ」
「魔法少女にとって、かなり大事なものなのに……」
助手の言葉に、二人は顔を見合わせる。
そして。
「だから交換するんじゃない?」
ルミナが笑った。
アクティアも頷いた。
「私たちなら大丈夫だもん」
助手は何も言わなかった。
だが、心の中では少し驚いていた。
魔法少女にとって、変身チョーカーは特別なものだ。
自分が魔法少女である証。
力を使うための大切な道具。
それを、ためらいもなく相手に預ける。
それは単なる遊びではない。
そこまで信頼できる相手だからこそできることなのだ。
「じゃあ……やってみよう!」
二人が同時にチョーカーへ魔力を流す。
光が弾けた。
「変身!」
次の瞬間。
そこに立っていたのは……。
「……え?」
アクティアだった。
ただし。
身につけているのは、ルミナの魔法少女衣装。
「わあっ!」
ルミナも声を上げる。
こちらも、身につけているのはアクティアの魔法少女衣装だった。
「本当に入れ替わった!」
「すごい!」
二人は互いの姿を見て笑い出した。
しかし。
アクティアは、自分の姿を見下ろした。
「……なんか、変な感じ」
「私はアクティアの衣装、思ったより動きにくいかも」
「えっ、そう?」
「うん。いつもの私の衣装と全然違う」
アクティアも腕を動かしてみる。
「ルミナの衣装も、いつもと違うから落ち着かない……」
それでも、二人は楽しそうだった。
「じゃあ、魔法も試してみようよ!」
「いいね!」
二人は外へ出た。
まずはアクティア。
ルミナの衣装を着たまま、手を前へ伸ばす。
「レイピア!」
光が集まり、いつものレイピアが手の中に現れた。
「出た!」
「やっぱりアクティアの魔法はアクティアのものなんだ!」
続いて、アクティアは手のひらを構える。
「ビーム!」
光線が放たれた。
「これも使える!」
ルミナが感心する。
「じゃあ、シールドは?」
「……やってみる」
アクティアが手を構える。
「シールド!」
しかし。
何も起こらなかった。
「……あれ?」
もう一度試す。
「シールド!」
やはり出ない。
アクティアは自分の手袋を見る。
「これ、アクティアの衣装についてる機能なんだ」
助手が後ろから説明した。
「やっぱりね。レイピアやビームは本人の魔法。シールドは衣装側の機能だから、今のアクティアには使えないのね」
「なるほど……」
アクティアは納得した。
「じゃあ、マントも?」
「たぶんな」
アクティアが背中を確認する。
いつものピンクのマントは現れなかった。
「やっぱり出ない!」
今度はルミナが笑った。
「じゃあ、私も試す!」
アクティアの衣装を着たルミナが、勢いよく走り出す。
「……速い!」
残像が一つ、二つ、三つ。
ルミナ自身の高速移動能力は、衣装を変えても健在だった。
「私の力はちゃんと使える!」
さらにルミナの身体を赤い魔力のラインが走る。
「レッドオーバードライブ!」
最大稼働モード。
一瞬で速度が跳ね上がる。
「おおおっ!」
アクティアが驚く。
「やっぱりレッドオーバードライブも使える!」
助手は頷いた。
「それも本人の能力だね」
「じゃあ、シールドは?」
ルミナが手を構える。
「シールド!」
「私のシールド、出がでた!」
「衣装がアクティアだからだな」
「なるほど!」
ルミナは納得すると、今度は背中を確認する。
「マントは?」
やはり出ない。
「こっちも衣装の機能なんだ」
二人は顔を見合わせる。
そして、同時に笑った。
「面白いね!」
「うん!」
助手はその様子を見ながら、静かに考えていた。
チョーカーに保存されているのは、変身衣装の情報。
しかし、魔法少女自身の能力まで別人のものになるわけではない。
本人の魔法は本人に残る。
衣装の機能は、衣装についてくる。
実に分かりやすい仕組みだった。
「つまり、魔法少女と衣装は、同じものじゃないんだな」
助手の言葉に、アクティアが振り返る。
「……なんか、ちょっと深いね」
「ただのチョーカー交換だと思ってたのに」
ルミナも笑う。
「魔法少女の仕組みまで分かっちゃった」
そこへ、エクリアがやってきた。
「二人とも、真面目にやってよね」
「エクリア!」
「見て見て!」
二人が並んでポーズを取る。
アクティアはルミナの衣装。
ルミナはアクティアの衣装。
エクリアは思わず口元を緩めた。
「……ふふ」
「今、笑った!」
「笑ってない」
「笑ったよね?」
「気のせい」
二人は楽しそうに騒いでいる。
エクリアはそんな二人を見つめた。
少し前まで、この三人がこんなふうに笑える時間が来るとは思っていなかった。
戦う。
守る。
失う。
取り戻す。
そんなことばかりだった。
だからこそ、こういう時間が大切だった。
「ねえ、エクリア」
アクティアが自分のチョーカーを外す。
「エクリアも交換してみる?」
「え?」
ルミナも自分のチョーカーを外した。
「三人で交換したら、もっと面白そう!」
エクリアは二人のチョーカーを見る。
そして、自分のチョーカーに触れた。
「……私はいいかな」
「えー?」
「なんで?」
「……その」
エクリアは少しだけ目を逸らした。
「魔法少女の衣装……もっと可愛らしいデザインにしておけばよかったなって」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせた。
そして。
「エクリアらしい!」
「うん!」
「笑わないでよ」
エクリアは少し困ったように笑った。
でも、その表情は以前よりずっと柔らかかった。
アクティアとルミナは、再び互いの姿を見る。
そして、自分たちのチョーカーを見つめる。
大切なものを預けられる。
自分の力を知られても怖くない。
相手の力を借りても、自分自身を失わない。
それは、三人が少しずつ歩いてきた道の先にあるものだった。
魔法少女の価値は、強さだけではない。
衣装の華やかさでもない。
誰かからどう見られているかでもない。
その人自身が、何を選び、誰と歩いていくのか。
その答えは、まだ誰にも分からない。
けれど。
アクティアは笑った。
「ねえ、ルミナ」
「なに?」
「そろそろ返そうか」
「そうだね」
二人はチョーカーを外す。
そして、元の持ち主へ返した。
光が二人を包む。
いつもの衣装へ戻る。
アクティアは自分の姿を確認すると、ほっと息をついた。
「やっぱりこれが一番落ち着く!」
ルミナも笑う。
「私も!」
エクリアは二人を見ながら、小さく笑った。
その笑顔の先には、まだ終わっていない戦いがある。
ネガティアの基地。
謎の巨大施設。
魔力を吸い上げられ続ける魔法少女たち。
そして、ネレイドが完成させた三本のアラネアの杖。
明日、何が待っているのかは分からない。
それでも。
今日という一日を笑って過ごせたこと。
誰かを信じて、大切なものを預けられたこと。
それだけは、確かに残っている。
アクティアは空を見上げた。
「明日も、頑張ろう」
「うん!」
ルミナが答える。
エクリアも静かに頷いた。
戦いの先に何が待っているのか。
まだ誰にも分からない。
それでも三人は、同じ方向を見ていた。
明日へ。
自分たちが残していくものを、少しずつ積み重ねながら。
