第25章 明日へ残すもの | 光と闇を 抱きしめたまま

光と闇を 抱きしめたまま

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ネガティア基地。

 そこには、魔法少女たちがこれまで知らなかった場所があった。

 普段の研究区画からさらに奥へ進んだ、立入禁止区画。

 扉が開いた先に広がっていたのは、巨大な魔力施設だった。

 薄暗い空間の床には、紫色の蜘蛛の巣のような構造が広がっている。

 その一本一本が、基地の奥へと伸びていた。

 そして、その先にいるのは……。

 捕らえられた魔法少女たち。

 完全にネガティア化された彼女たちは、床に広がる魔力供給網と接続されていた。

 自由に動くことはできない。

 それでも意識はある。

 そして、彼女たちの魔力は少しずつ吸い上げられていた。

「……これが、ネガティア化の本当の意味」

 静かに立つネレイドが、その光景を見つめる。

 戦わせるためだけではない。

 魔法少女から回収した魔力を、何度も、何度も利用する。

 怪人。

 戦闘員。

 捕獲ユニット。

 人工魔法。

 そして、ネガティアの巨大な施設そのもの。

 すべてを動かすための魔力源。

 紫色の魔力が蜘蛛の巣状の配管を流れていく。

 その先には、巨大な構造物がそびえ立っていた。

 紫色の光が、脈動するように明滅している。

 まだ、その正体を知る者はいない。

「……ここまで集めても、まだ足りないのですね」

 ネレイドは小さく呟いた。

 その視線の先には、さらに三つの装置が並んでいる。

 杖のようにも見える。

 しかし、普通の魔法少女が持つ杖とは明らかに違っていた。

 紫色の金属と生体素材を思わせる質感。

 先端には、それぞれ異なる形状の発光部が取り付けられている。

 三本とも、まだ何のために存在するのかは分からない。

 ネレイドはその前に立った。

「これで……完成です」

 手にした一本をゆっくりと掲げる。

 その杖には、彼女がこれまで使ってきた魔法のデータが組み込まれていた。

 蜘蛛のような魔力操作。

 幻影。

 そして、空間を利用した攻撃。

 ネレイド自身の能力だけに頼らず、それを一つの道具として再現するための試みだった。

「アラネアの杖……」

 ネレイドは、完成した杖を見つめる。

 それが後に、彼女の新たな武器となる。

 だが、その用途のすべては、まだ明かされていない。

 ネレイドは三本の杖を並べると、そのまま立入禁止区画を後にした。

 紫色の光だけが、静かに残った。

     ◇

 その頃。

 別の場所では、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。

「……立てる」

 助手がゆっくりと立ち上がった。

「おおっ!」

 アクティアが目を輝かせる。

「まだ本調子じゃないけどな」

「でも、立てたじゃん!」

「まあな」

 助手は少し照れながら椅子に座った。

 完全に回復したわけではない。

 それでも、以前のように寝たままではなくなった。

 それだけで、アクティアたちにとっては大きな進歩だった。

 ルミナも嬉しそうに笑う。

「これなら、また研究できそうね」

「私を更に働かせる気?」

「もちろん!」

「私、仕事増えそう……」

 三人の間に、久しぶりの笑い声が響いた。

 そこへ、アクティアが何かを思いついたように自分のチョーカーを外した。

「ねえ、ルミナ」

「ん?」

「これ、交換してみない?」

「チョーカーを?」

「うん!」

 アクティアは自分のチョーカーを差し出した。

 ルミナも自分のチョーカーを見る。

「……いいよ」

「ほんと?」

「だって面白そうじゃない」

 二人は笑いながら、互いのチョーカーを交換した。

 助手は、その様子を見て固まった。

「……あなたたち」

「なに?」

「そのチョーカー、普通のアクセサリーじゃないのよ」

「分かってるよ」

「魔法少女にとって、かなり大事なものなのに……」

 助手の言葉に、二人は顔を見合わせる。

 そして。

「だから交換するんじゃない?」

 ルミナが笑った。

 アクティアも頷いた。

「私たちなら大丈夫だもん」

 助手は何も言わなかった。

 だが、心の中では少し驚いていた。

 魔法少女にとって、変身チョーカーは特別なものだ。

 自分が魔法少女である証。

 力を使うための大切な道具。

 それを、ためらいもなく相手に預ける。

 それは単なる遊びではない。

 そこまで信頼できる相手だからこそできることなのだ。

「じゃあ……やってみよう!」

 二人が同時にチョーカーへ魔力を流す。

 光が弾けた。

「変身!」

 次の瞬間。

 そこに立っていたのは……。

「……え?」

 アクティアだった。

 ただし。

 身につけているのは、ルミナの魔法少女衣装。

「わあっ!」

 ルミナも声を上げる。

 こちらも、身につけているのはアクティアの魔法少女衣装だった。

「本当に入れ替わった!」

「すごい!」

 二人は互いの姿を見て笑い出した。

 しかし。

 アクティアは、自分の姿を見下ろした。

「……なんか、変な感じ」

「私はアクティアの衣装、思ったより動きにくいかも」

「えっ、そう?」

「うん。いつもの私の衣装と全然違う」

 アクティアも腕を動かしてみる。

「ルミナの衣装も、いつもと違うから落ち着かない……」

 それでも、二人は楽しそうだった。

「じゃあ、魔法も試してみようよ!」

「いいね!」

 二人は外へ出た。

 まずはアクティア。

 ルミナの衣装を着たまま、手を前へ伸ばす。

「レイピア!」

 光が集まり、いつものレイピアが手の中に現れた。

「出た!」

「やっぱりアクティアの魔法はアクティアのものなんだ!」

 続いて、アクティアは手のひらを構える。

「ビーム!」

 光線が放たれた。

「これも使える!」

 ルミナが感心する。

「じゃあ、シールドは?」

「……やってみる」

 アクティアが手を構える。

「シールド!」

 しかし。

 何も起こらなかった。

「……あれ?」

 もう一度試す。

「シールド!」

 やはり出ない。

 アクティアは自分の手袋を見る。

「これ、アクティアの衣装についてる機能なんだ」

 助手が後ろから説明した。

「やっぱりね。レイピアやビームは本人の魔法。シールドは衣装側の機能だから、今のアクティアには使えないのね」

「なるほど……」

 アクティアは納得した。

「じゃあ、マントも?」

「たぶんな」

 アクティアが背中を確認する。

 いつものピンクのマントは現れなかった。

「やっぱり出ない!」

 今度はルミナが笑った。

「じゃあ、私も試す!」

 アクティアの衣装を着たルミナが、勢いよく走り出す。

「……速い!」

 残像が一つ、二つ、三つ。

 ルミナ自身の高速移動能力は、衣装を変えても健在だった。

「私の力はちゃんと使える!」

 さらにルミナの身体を赤い魔力のラインが走る。

「レッドオーバードライブ!」

 最大稼働モード。

 一瞬で速度が跳ね上がる。

「おおおっ!」

 アクティアが驚く。

「やっぱりレッドオーバードライブも使える!」

 助手は頷いた。

「それも本人の能力だね」

「じゃあ、シールドは?」

 ルミナが手を構える。

「シールド!」

 

「私のシールド、出がでた!」

「衣装がアクティアだからだな」

「なるほど!」

 ルミナは納得すると、今度は背中を確認する。

「マントは?」

 やはり出ない。

「こっちも衣装の機能なんだ」

 二人は顔を見合わせる。

 そして、同時に笑った。

「面白いね!」

「うん!」

 助手はその様子を見ながら、静かに考えていた。

 チョーカーに保存されているのは、変身衣装の情報。

 しかし、魔法少女自身の能力まで別人のものになるわけではない。

 本人の魔法は本人に残る。

 衣装の機能は、衣装についてくる。

 実に分かりやすい仕組みだった。

「つまり、魔法少女と衣装は、同じものじゃないんだな」

 助手の言葉に、アクティアが振り返る。

「……なんか、ちょっと深いね」

「ただのチョーカー交換だと思ってたのに」

 ルミナも笑う。

「魔法少女の仕組みまで分かっちゃった」

 そこへ、エクリアがやってきた。

「二人とも、真面目にやってよね」

「エクリア!」

「見て見て!」

 二人が並んでポーズを取る。

 アクティアはルミナの衣装。

 ルミナはアクティアの衣装。

 エクリアは思わず口元を緩めた。

「……ふふ」

「今、笑った!」

「笑ってない」

「笑ったよね?」

「気のせい」

 二人は楽しそうに騒いでいる。

 エクリアはそんな二人を見つめた。

 少し前まで、この三人がこんなふうに笑える時間が来るとは思っていなかった。

 戦う。

 守る。

 失う。

 取り戻す。

 そんなことばかりだった。

 だからこそ、こういう時間が大切だった。

「ねえ、エクリア」

 アクティアが自分のチョーカーを外す。

「エクリアも交換してみる?」

「え?」

 ルミナも自分のチョーカーを外した。

「三人で交換したら、もっと面白そう!」

 エクリアは二人のチョーカーを見る。

 そして、自分のチョーカーに触れた。

「……私はいいかな」

「えー?」

「なんで?」

「……その」

 エクリアは少しだけ目を逸らした。

「魔法少女の衣装……もっと可愛らしいデザインにしておけばよかったなって」

「……」

「……」

 二人は顔を見合わせた。

 そして。

「エクリアらしい!」

「うん!」

「笑わないでよ」

 エクリアは少し困ったように笑った。

 でも、その表情は以前よりずっと柔らかかった。

 アクティアとルミナは、再び互いの姿を見る。

 そして、自分たちのチョーカーを見つめる。

 大切なものを預けられる。

 自分の力を知られても怖くない。

 相手の力を借りても、自分自身を失わない。

 それは、三人が少しずつ歩いてきた道の先にあるものだった。

 魔法少女の価値は、強さだけではない。

 衣装の華やかさでもない。

 誰かからどう見られているかでもない。

 その人自身が、何を選び、誰と歩いていくのか。

 その答えは、まだ誰にも分からない。

 けれど。

 アクティアは笑った。

「ねえ、ルミナ」

「なに?」

「そろそろ返そうか」

「そうだね」

 二人はチョーカーを外す。

 そして、元の持ち主へ返した。

 光が二人を包む。

 いつもの衣装へ戻る。

 アクティアは自分の姿を確認すると、ほっと息をついた。

「やっぱりこれが一番落ち着く!」

 ルミナも笑う。

「私も!」

 エクリアは二人を見ながら、小さく笑った。

 その笑顔の先には、まだ終わっていない戦いがある。

 ネガティアの基地。

 謎の巨大施設。

 魔力を吸い上げられ続ける魔法少女たち。

 そして、ネレイドが完成させた三本のアラネアの杖。

 明日、何が待っているのかは分からない。

 それでも。

 今日という一日を笑って過ごせたこと。

 誰かを信じて、大切なものを預けられたこと。

 それだけは、確かに残っている。

 アクティアは空を見上げた。

「明日も、頑張ろう」

「うん!」

 ルミナが答える。

 エクリアも静かに頷いた。

 戦いの先に何が待っているのか。

 まだ誰にも分からない。

 それでも三人は、同じ方向を見ていた。

 明日へ。

 自分たちが残していくものを、少しずつ積み重ねながら。