静かな部屋に、朝の光が差し込んでいた。
戦いが終わってから、まだそれほど時間は経っていない。
エクリアはベッドのそばに座っていた。
両脚の装甲は、まだ完全には修復していない。
魔力による再生も、いつものようには進まなかった。
それでも、エクリアは動けるようになっていた。
すぐ隣のベッドでは、助手が眠っている。
いや。
その目は、すでに開いていた。
「……エクリア?」
助手が小さく声を出した。
「起きてたんだ」
「うん……。でも、まだ起き上がるのは無理みたい」
助手は身体を起こそうとしたが、途中で顔をしかめる。
「無理しないで」
エクリアがそっと肩を押さえた。
「……ありがとう」
少しの沈黙。
助手はエクリアを見る。
「何があったの?」
エクリアは、すぐには答えなかった。
視線を落とす。
頭の中には、昨日の光景が次々と浮かんでいた。
二百体近い戦闘員。
指揮官型戦闘員。
そして、その奥にいたセレナとミレイ。
「……話すね」
エクリアは、ゆっくりと口を開いた。
「セレナと……ミレイに会った」
助手の表情が変わる。
エクリアは二人がネガティア化されていたことを話した。
セレナが自分を恨んでいたこと。
ミレイもまた、悔しさと恨みを抱えていたこと。
そして、二人から攻撃を受けたこと。
「私は……二人に、ずっと呼びかけてた」
エクリアの声が少し震えた。
「昔の仲間だから。あの頃の二人を知ってるから……」
助手は何も言わず、聞いている。
「でも……ミレイは……」
エクリアはそこで言葉を止めた。
拳を握る。
「魔法が使えなくなったあと、身体が……灰になっていった」
静かな部屋に、エクリアの声だけが響く。
「最後には、私たちに助けを求めてた」
「……」
「それでも……助けられなかった」
助手は、しばらく黙っていた。
そして静かに言った。
「エクリアが最後まで手を伸ばしたことは、変わらないよ」
エクリアは顔を上げる。
「……うん」
その返事には、まだ迷いが残っていた。
続いて、エクリアはセレナのことを話した。
ネレイドが現れたこと。
セレナへナッジを仕掛けたこと。
恨みや怒りに揺れていたセレナが、やがて自分の意思でリフォージを受け入れたこと。
プラス側の魔力が戻ったこと。
しかし身体は動かないままだったこと。
そして最後には、巨大な捕獲ユニットによって連れ去られたこと。
「セレナは……まだ生きてる」
エクリアはそう言った。
「だから……まだ終わってない」
その言葉に、助手も小さく頷いた。
そのときだった。
「……妹がいたんだ」
突然、別の場所から声がした。
二人が振り返る。
そこには、いつの間にか起きていたルミナがいた。
「ルミナ……?」
ルミナはベッドの上で身体を起こしていた。
いつもの明るい表情ではない。
「私にも……生き別れた妹がいる」
エクリアは黙ってルミナを見る。
「妹……?」
「うん」
ルミナは視線を落とした。
「小さい頃に、離ればなれになったの」
普段なら、どんな話でも笑顔で話すルミナ。
しかし今は、その笑顔がなかった。
「ずっと探してるわけじゃない」
「……」
「生きてるかどうかも、今どこにいるのかも分からない」
ルミナは自分の手を見る。
「でも……たまに考えるんだ」
「もし、どこかで会えたらって」
エクリアは何も言わなかった。
ただ、ルミナの話を聞いている。
「セレナやミレイの話を聞いて……思い出した」
ルミナは少し笑った。
「私も、失った人がいるんだって」
その言葉に、エクリアの表情が変わる。
セレナ。
ミレイ。
そしてルミナの妹。
形は違っていても、誰かを失った痛みは、この部屋にいる全員の中にあった。
「だから……」
ルミナが顔を上げる。
「セレナは、助けようよ」
エクリアは、しっかりと頷いた。
「うん」
その短い言葉に、今までより強い意志が込められていた。
一方、その頃。
アクティアも目を覚ましていた。
彼女のそばには、完成した十基のアクティアビットが並んでいる。
「……みんな」
アクティアはビットへ意識を向けた。
すると四基が反応する。
「やっぱり……」
しかし、以前とは違う。
アクティアには、それぞれのビットに残されている魔力量が感覚として伝わってきた。
「魔力の量まで分かる……」
アクティアは驚いた。
さらに試す。
最初の四基とのリンクを切る。
「今度は……あなたたち」
別の四基へ意識を向ける。
すると、
ピッ。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
別の四基が反応した。
「できた!」
アクティアは思わず声を上げた。
四基しか使えない。
それは、最初の四基だけが選ばれているという意味ではなかった。
十基の中から、同時に四基を選択できる。
「じゃあ……十基全部、私のビットなんだ」
アクティアは、並んだ十基を見る。
いつか、この十基すべてと繋がる日が来るのだろうか。
そんなことを考えながら、アクティアは小さく笑った。
そして。
ネガティア基地の最深部。
立入禁止区画。
そこは、通常の基地とはまったく違っていた。
床一面に、紫色の蜘蛛の脚のような構造体が走っている。
それらは蜘蛛の巣を描くように複雑に絡み合い、金属ではなく、生き物の身体の内部を思わせる有機的な床を形成していた。
巨大捕獲ユニットが、その区画へ入ってくる。
中にいるのは、セレナ。
巨大捕獲ユニットが停止する。
セレナの身体が床へ配置された。
すると床から、紫色の蜘蛛の脚が伸びてくる。
それはセレナの背中へ向かい、
カチッ。
背骨のように装着された拘束具へ接続された。
「……!」
セレナは身体を動かせない。
そして、次の瞬間。
自分の魔力が吸い出されていく感覚が走った。
「……また……」
セレナは必死に魔力を集めようとする。
しかし、リフォージによって最大魔力は極端に少なくなっている。
魔力を溜めても、その端から吸収されていく。
拘束具を破壊できるほどの魔力など、いつまで経っても用意できない。
「……どうすれば……」
セレナは周囲を見る。
そこで初めて気づいた。
自分だけではない。
立入禁止区画には、同じような拘束具に固定された魔法少女たちが並んでいた。
全員の背中に、蜘蛛型拘束具。
そして、その拘束具へ床から伸びた蜘蛛の脚が接続されている。
魔力が吸収され続けている。
セレナは言葉を失った。
ネガティア化とは、単に魔法少女を戦わせるためのものではなかった。
完全に拘束する。
魔力を吸収する。
そして、魔力が回復すれば、また吸収する。
それを永久に繰り返す。
魔法少女は死ぬことすら許されない。
生きている限り、魔力を供給し続ける存在へ変えられる。
「……そんな……」
セレナの声が震える。
身体は動かない。
魔力も足りない。
逃げる方法もない。
ただ、意識だけが残されている。
セレナは目を閉じる。
「……エクリア……」
その声は、誰にも届かなかった。
紫色の蜘蛛の巣が広がる立入禁止区画。
その奥で、魔法少女たちの魔力だけが静かに吸い上げられ続けていた。
そして地上では。
アクティアが十基のビットを見つめ、
エクリアがセレナを救う決意を固め、
ルミナが、生き別れた妹の記憶を胸にしまった。
それぞれが抱える「失ったもの」。
それは、まだ誰にも答えを出せない。
けれど。
彼女たちはもう一度、前を向こうとしていた。
