夜の街に、静けさが戻っていた。
さっきまで激しい戦いが繰り広げられていた場所には、壊れた捕獲ユニットや、焼け焦げた地面が残されている。
その戦場から、ひとりの少女がゆっくりと飛んでいた。
魔法少女アクティア。
しかし、その飛行速度は、いつもの彼女とは比べものにならないほど遅かった。
「……重い……」
両腕には、意識を失ったルミナとエクリア。
ふたりを抱えながら飛ぶだけで、アクティアの身体には大きな負担がかかっていた。
しかも、今の彼女に残された魔力は、ほとんどない。
レイピアは消えている。
アクティアビットも、戦場に置き去りになったままだ。
それでも、アクティアは飛び続けた。
「もう少し……」
眼下には、暗い街並み。
その向こうに、助手のいる隠れ家がある。
「もう少しだけだから……」
自分自身に言い聞かせるように、アクティアは前を向いた。
ようやく隠れ家へ戻ると、アクティアはゆっくりと高度を下げた。
「ただいま……」
小さな声。
そのまま、ふたりを床へ寝かせる。
「アクティア!」
助手が駆け寄ってきた。
まだ怪我は治りきっていない。
身体を動かすだけでも痛みがあるはずだった。
それでも、三人の姿を見ると、そんなことは後回しだった。
「二人とも……ひどい怪我……」
「うん。でも、生きてる」
アクティアはそう答えると、その場に座り込んだ。
「私も……もう限界……」
変身状態を維持するだけで精一杯だった。
助手はすぐに二人の状態を確認する。
「ルミナは……気を失ってる。でも呼吸は大丈夫」
「エクリアは?」
「こっちも大丈夫。かなり消耗してるけど……」
助手は安堵の息を吐いた。
「よかった……」
その言葉を聞いて、アクティアも少しだけ表情を緩めた。
そのときだった。
テーブルの上に置かれていた小さな包みが、アクティアの目に入った。
「これ……何?」
「それ?」
助手が振り返る。
「今日、女の子が来たの」
「女の子?」
「私が怪我をしているって聞いて、お見舞いに来てくれたみたい」
包みの中には、お菓子が入っていた。
そのうちのひとつは、すでに半分食べられている。
「……食べたんだ」
「うん」
助手は少し照れたように笑った。
「早く元気になってねって」
アクティアは、その言葉を聞いて黙った。
戦いの中では、人々から恐れられた。
魔法少女が街を壊している。
魔法少女は危険だ。
そんな言葉ばかりが飛び交っていた。
でも。
ここには、違うものがある。
「……そっか」
アクティアは小さく笑った。
「ちゃんと見てくれてる人もいるんだね」
「そうね」
助手も静かに答えた。
アクティアは、ふと助手を見る。
以前なら、この人を見るたびに父親のことを思い出していた。
父親に関わる人物。
それだけで、素直になれなかった。
けれど今は違う。
この人は、自分たちを助けてくれている。
自分が怪我をしていても、三人の治療を優先している。
そして今も。
「……助手さん」
「なに?」
「無理しすぎじゃない?」
助手は一瞬、黙った。
「……そうかもしれないわね」
「ちゃんと自分のことも大事にしてよ」
その言葉に、助手は少し驚いた。
そして、穏やかに笑った。
「ありがとう」
ほんの少しだけ。
二人の間にあった壁が、薄くなった。
その頃。
ネガティアの施設。
薄暗い部屋の中で、ネレイドはベッドに横たわっていた。
胸には深い傷。
エクリアの光刃によって受けた傷は、まだ塞がっていない。
腕もない。
触手も、蜘蛛脚も失われている。
普段なら、すでに再生が始まっているはずだった。
しかし。
何も起こらない。
「……再生しない」
ネレイドは傷口を見つめながら呟いた。
だが、怯えている様子はなかった。
むしろ。
「興味深い……」
戦闘中に起きた出来事を、頭の中で一つずつ整理していく。
エクリア。
あの光刃には、攻撃そのものとは別の効果があった。
光刃を放った反対方向へ身体が動く。
その性質を利用して、エクリアは空中で何度も方向を変えていた。
「知らなかった……」
ネレイドは笑った。
次に、ルミナ。
「最大で……五十体」
大量の分身。
そして、最後の連続攻撃。
あれほどの速度で攻撃を続けられるとは思っていなかった。
「これも……知らなかった」
さらに、アクティア。
三基のアクティアビット。
そして、それらを組み合わせた巨大な光線。
「まさか、あの小さな装置が……」
ネレイドは目を細める。
アクティア自身の魔力だけではない。
ビット自身の魔力を利用して攻撃していた。
「新しい武装……」
そして最後に。
自分自身の再生能力。
あの一撃によって、一時的に再生が止まった。
「……つまり」
ネレイドは考え込む。
「魔法少女の能力には、本人すら知らない使い方が存在する」
それは、ネレイドにとって大きな発見だった。
「知らなければ……強くなれない」
戦闘中、彼女自身も知らなかったことを知った。
魔法少女たちもまた、自分たちの能力を知ることで強くなっている。
「面白い……」
ネレイドの口元がわずかに上がった。
そこへ、扉が開いた。
「ネレイド」
入ってきたのは、ネガティアの指導者だった。
ネレイドは身体を起こそうとする。
「申し訳ありません……」
「何を謝っている?」
「私は……三人を倒せませんでした」
しばらく沈黙が流れた。
しかし、指導者は怒らなかった。
「よく戦った」
「……え?」
「今回の戦いで、重要な情報を得ただろう」
ネレイドは少し驚いた。
「はい」
「ならば、それは失敗ではない」
指導者はネレイドの傷を確認する。
そして、彼女の身体に手をかざした。
「まずは治療だ」
「ありがとうございます……」
「しばらく休め」
そして。
「また現場に戻ってこい」
その言葉に、ネレイドは静かに笑った。
「……はい」
指導者が部屋を出ていく。
再び静寂が戻った。
ネレイドは天井を見上げた。
「また……戦える」
その瞬間だった。
「……?」
胸の傷が、わずかに動いた。
「これは……」
傷口から流れていた血が、少しずつ止まっていく。
そして。
傷ついた肉体が、ゆっくりとつながり始めた。
「……再生?」
ネレイドは目を見開く。
止まっていた再生能力が、再び動き始めていた。
胸の傷が少しずつ塞がっていく。
やがて。
失われた腕にも変化が起きる。
細胞のようなものが集まり、新しい腕が形を作っていく。
さらに。
触手。
蜘蛛脚。
一つずつ。
時間をかけながら、元の姿へ戻っていく。
「……ふふ」
ネレイドは笑った。
「止まっていただけだったのね」
完全に消滅したわけではない。
あの光線によって、一時的に再生が阻害されただけ。
「なるほど……」
新しい発見。
また一つ。
ネレイドにとって、戦いは終わっていなかった。
一方。
隠れ家では、アクティアたちが眠っていた。
ルミナも。
エクリアも。
そして、アクティアも。
長い戦いの疲れが、三人を深い眠りへ誘っていた。
助手は三人の寝顔を確認したあと、机へ向かう。
机の上には、まだ完成していないアクティアビットの部品が並んでいる。
「急がないと……」
身体は痛む。
それでも。
「この子たちが、次に戦うために……」
助手は作業を続ける。
窓の外では、夜が明けようとしていた。
暗かった空が、少しずつ明るくなっていく。
アクティアたちも。
ネレイドも。
それぞれの場所で、次の戦いへ向けて歩き始めていた。
知らなかった力。
知らなかった思い。
知らなかった人とのつながり。
それらを知るたびに、魔法少女たちは変わっていく。
そして。
その先に待っているものが何なのか。
まだ、誰にも分からない。
