研究施設の一室。
重傷を負った助手は、ベッドの上で身動きが取れずにいた。
その外では、アクティア、エクリア、ルミナの三人が、ひとりの敵と向き合っている。
ネレイド。
紫色の髪を揺らしながら、彼女は静かに三人を見つめていた。
「今日は怪人を使わないのですね」
エクリアが問いかける。
「ええ」
ネレイドは腰から伸びる二本の蜘蛛の脚をゆっくりと動かした。
「あなたたちの能力は、もう十分に観察したわ」
その言葉と同時に、ネレイドの周囲に紫色の光が走る。
「だから今日は、私自身で相手をする」
アクティアはレイピアを構えた。
「三人相手に、一人で?」
「ええ」
ネレイドは微笑む。
「私の能力は、ひとつではないもの」
空間が歪んだ。
そこから、紫色の触手が次々と現れる。
一本。
二本。
三本。
さらに増えていく。
最大八本。
それがネレイドの周囲を縦横無尽に動き始めた。
「まずはこれ」
触手が一斉に三人へ襲いかかった。
アクティアはレイピアで弾く。
エクリアは光刃を作り出して切り払う。
ルミナは身体をひねってかわし、そのままネレイドへ接近した。
だが。
ネレイドの姿が突然、別の場所へ移動したように見えた。
「……え?」
ルミナの目の前にいたのは、エクリアだった。
「エクリア!?」
ルミナは反射的に拳を止める。
「違う!」
エクリアが叫ぶ。
「私はここ!」
声の方向を振り向く。
そこには本物のエクリア。
では、目の前にいる少女は誰なのか。
ネレイドだった。
「認識を少し変えただけよ」
ネレイドは冷静に言った。
「あなたたちは、互いを敵だと思えば戦える?」
「そんな……!」
アクティアが叫ぶ。
「ルミナ、そいつはネレイド!」
「分かってる!」
しかし、ルミナにはエクリアにしか見えない。
仲間を攻撃するわけにはいかない。
その迷いを、ネレイドは逃さなかった。
触手がルミナへ向かう。
だが、その前にアクティアの手から光線が放たれた。
さらに三つの白い球体が空中を飛び回る。
「アクティアビット!」
三基のビットがそれぞれ別の方向から攻撃を始めた。
光線が触手を焼き切る。
別の光線が蜘蛛の脚を撃ち抜く。
さらにアクティア自身が両手から光線を放った。
「これなら!」
一本。
二本。
三本。
触手が次々と消えていく。
しかし、ネレイドは冷静だった。
消えた触手が、再び空間から現れる。
そして蜘蛛の脚も再生していく。
「何度でも出てくる……!」
アクティアが息を切らす。
「そういうこと」
ネレイドは答えた。
「私には自己再生能力がある。そして空間から触手を最大八本まで召喚できる」
さらに腰の蜘蛛の脚が動く。
「この脚も武器として使える。必要ならカードのような形にも変えられるわ」
そして片手を上げる。
紫色の剣が現れた。
「剣も召喚できる」
反対の手には赤い炎が浮かぶ。
「そして火炎」
炎が青白い光へ変わった。
「氷結」
さらに紫色の電撃が走る。
「雷撃」
アクティアたちは思わず息をのんだ。
だが、ネレイドは続けた。
「ただし、全部を同時に使えるわけではない」
ネレイドは指を三本立てた。
「私が同時に扱える能力は、最大三つまで」
つまり。
触手、蜘蛛の脚、剣。
その三つを使っている間は、炎や雷撃などを使えない。
逆に、魔法を使えば別の能力を一つ外す必要がある。
「能力が多いからといって、無制限に使えるわけではないのですね」
エクリアが言った。
「そういうこと」
ネレイドは笑った。
「でも、その三つを選ぶだけで十分よ」
剣。
触手。
蜘蛛の脚。
三つの能力が同時に動き出した。
ネレイドの攻撃は一気に激しくなる。
アクティアはビットを飛ばしながら防御する。
エクリアは光刃で触手を切る。
ルミナはネレイドの背後へ回ろうとする。
しかし、認識を狂わされているため、三人の連携がうまく噛み合わない。
「くっ……!」
アクティアが叫ぶ。
「ルミナ! 私たちを見て!」
「見えてる!」
「違う! ネレイドを見て!」
その瞬間。
アクティアの三基のビットが、一斉にネレイドへ向いた。
「まとめていくよ!」
三基のビットが中央へ集まる。
三つの光が重なった。
巨大な光線がネレイドへ放たれる。
「!」
ネレイドは瞬時に触手を召喚。
さらに蜘蛛の脚を前へ伸ばす。
八本の触手と二本の蜘蛛の脚が壁のように重なった。
巨大な光線が直撃する。
轟音。
光が周囲を飲み込んだ。
そして。
触手も。
蜘蛛の脚も。
すべて消し飛んだ。
「やった!」
アクティアが叫ぶ。
しかし。
ネレイドの姿は、その光の向こうに立っていた。
そして彼女の身体に、少しずつ変化が現れる。
「自己再生……!」
エクリアが気づいた。
ネレイドの触手と蜘蛛の脚が再び生え始める。
「厄介ですね」
エクリアが構える。
だが、その直後。
ネレイドの蜘蛛の脚が、ルミナへ向かった。
「ルミナ!」
エクリアが叫ぶ。
ルミナは避けようとする。
しかし、ネレイドの言葉が響いた。
「あなたは、もう五十人ではないのでしょう?」
「……!」
「今のあなたは、一人」
ルミナの動きが止まった。
「一人で何が守れるの?」
「私は……」
「分身を五十体出しても、あなた自身は一人よ」
その言葉に、ルミナの表情が曇る。
ネレイドはその瞬間を狙った。
蜘蛛の脚がルミナの左肩を襲う。
ルミナの翼が破壊される。
「ルミナ!」
アクティアが叫ぶ。
しかし、エクリアが動いた。
「させない!」
両手は拘束されている。
ならば。
使えるものを使う。
エクリアは両脚から光刃を発生させた。
反動を利用して空中へ飛び上がる。
そのまま蜘蛛の脚へ突っ込んだ。
光刃が蜘蛛の脚を切断する。
「今度は私が守る!」
エクリアが叫んだ。
ルミナの身体に走っていた赤い光のラインが、ゆっくりと黒へ戻っていく。
しかし、エクリアにも余裕はなかった。
魔力が残り少ない。
それでもネレイドの背後へ回る。
「これで……!」
エクリアは脚の光刃でネレイドの脚を狙った。
しかし、あと少しというところで魔力が尽きた。
「しまっ……!」
ただの蹴りになった。
ネレイドの身体は揺れただけだった。
その隙に、アクティアが左手を前へ向ける。
「なら!」
光線が放たれた。
ネレイドの横を通り抜ける。
だが。
その光線の前に、エクリアがいた。
「エクリア!?」
エクリアは手から一本の光刃を作る。
そして。
光線を蹴った。
軌道が直角に変わる。
「なっ……!」
光線はネレイドの背後へ回り込み、再生途中の触手と蜘蛛の脚の中心へ突き刺さった。
再生が止まる。
「今です!」
エクリアが叫ぶ。
その瞬間。
ルミナが立ち上がった。
「まだ終わってない」
左肩の翼が、一瞬で再び現れる。
そしてルミナは飛び上がった。
一人。
二人。
三人。
十人。
二十人。
三十人。
そして。
「五十!」
五十人のルミナが、ネレイドを取り囲んだ。
次の瞬間。
拳。
蹴り。
拳。
蹴り。
無数の攻撃がネレイドへ叩き込まれる。
人間の目では追えない。
ネレイドの触手が動く。
しかし、再生できない。
蜘蛛の脚も伸びない。
ネレイドの表情から余裕が消えていく。
「なぜ……!」
アクティアとエクリアは、その変化を見ていた。
ネレイドが初めて、明確に追い詰められている。
そのとき。
アクティアとエクリアを拘束していた捕獲ユニットが、突然落下した。
「え?」
アクティアの右手が自由になる。
エクリアの身体も自由になる。
「ネレイドの再生が止まっているから……?」
エクリアが呟く。
ネレイドには、もう余裕がない。
エクリアは両手から光刃を作り出した。
「今度こそ!」
ネレイドの背後へ回り込む。
二本の光刃が、ネレイドの胸へ突き立つ。
「ぐっ……!」
ネレイドの身体が大きく揺れた。
しかし。
その直後。
ルミナの身体を走るラインが、再び赤く輝き始めた。
「……ルミナ?」
アクティアが振り向く。
五十人の分身が消えていく。
最後に残ったルミナの身体が、ゆっくりと地面へ落ちた。
「もう……無理……」
ルミナはそのまま倒れた。
「ルミナ!」
アクティアが駆け寄ろうとする。
しかし、エクリアもまた、その場に膝をついた。
「私も……もう……」
魔力を使い切った。
残っているのは。
アクティア。
そして。
胸に光刃を受けたネレイド。
二人だけだった。
アクティアはレイピアを握ろうとする。
しかし。
レイピアは、すでに消えていた。
ビットも地面に落ちている。
残っている魔力は、変身を維持するだけ。
「……まだ、立てる」
アクティアはふらつきながら立ち上がる。
ネレイドも立っていた。
しかし、いつもの自己再生は起こらない。
ネレイドは自分の身体を確認する。
「……再生しない」
その原因は分かっていた。
エクリアが作った光刃。
アクティアの光線。
そして三人の能力を組み合わせた攻撃。
自分の再生能力を止める方法を、ネレイドは身をもって理解していた。
「なるほど……」
ネレイドは小さく笑う。
「あなたたちは、能力を使うだけではない」
アクティアを見る。
エクリアを見る。
倒れたルミナを見る。
「自分の能力を理解している」
そして。
「理解した能力を、他人の能力と組み合わせている」
ネレイドの表情が変わる。
「それが、あなたたちの強さなのね」
アクティアは答えなかった。
もう声を出す力もほとんど残っていない。
「今日はここまでにしましょう」
ネレイドが言う。
「私は、あなたたちを倒すために来たわけではないもの」
アクティアが顔を上げる。
「じゃあ……何をしに?」
「知るためよ」
ネレイドは暗闇の中へ歩いていく。
「あなたたちが何を知り、何を使い、どう組み合わせるのか」
その姿が闇へ溶けていく。
「次は、それを壊す方法を考える」
そしてネレイドは消えた。
戦いは終わった。
アクティアは倒れているルミナを見る。
次にエクリアを見る。
「……帰ろう」
二人を抱き上げる。
飛行魔法を使う。
しかし、いつものようには飛べない。
残った魔力は、ほとんどない。
歩くような速度で、ゆっくりと空を進む。
それでも。
アクティアは止まらなかった。
「助手さんのところへ……帰らないと」
やがて、研究施設が見えてくる。
「……ただいま」
その言葉を最後に。
アクティアも、その場へ倒れ込んだ。
こうして三人は、初めて力を合わせてネレイドを追い詰めた。
しかし。
ネレイドもまた、何も失ったわけではなかった。
彼女が持ち帰ったもの。
それは、壊れた武器でも、奪った魔法でもない。
アクティアビット。
エクリアの光刃。
ルミナの五十体分身。
そして。
三人が、それぞれの能力を理解し、組み合わせることで生まれる力。
ネレイドは、それらすべてを見ていた。
戦いの中で。
彼女自身もまた、魔法少女たちの力を理解し始めていた。
そして次の戦いでは。
その「理解」が、敵の武器になる。
魔法少女たちは、まだ知らない。
自分たちが強くなったのと同じだけ。
ネレイドもまた、強くなってしまったことを。
