眼鏡を押し上げながら、驚いた表情で二人を見る。
「アクティア!、それにあなたも、ずいぶん明るい衣装になったわね」
助手はすぐに二人へ駆け寄った。
「よく無事で……!」
「無事、ではないけどね」
エクリアが苦笑する。
その言葉に助手の顔が曇った。
そして、アクティアを見る。
紫色の生体素材、まだレオタード部分が残っていた。
「……やはり」
助手は小さく呟いた。
「戻っていないのか」
「うん」
アクティアは答えた。
「まだ、私は……ネガティアのまま」
その言葉に、助手は拳を握った。
「少しずつだけど、元に戻ろうとしているわ」
「気持ちが、まだ弱っているから完全じゃないだけ」
「このままでは、アクティアの魔力はほとんどないかもしれない」
助手は研究室の奥を見る。
そこには大量の資料と端末が並んでいた。
「だから、急いでいる」
「何を作ってるの?」
「アクティアが、また魔法少女として戦えるようにするために」
助手は一台の機械を指差した。
「アクティアの魔力を、もう一度正の魔力へ戻すための装置だ」
アクティアが目を見開く。
「……戻せるの?」
「まだ分からない」
助手は正直に答えた。
「だが、可能性はあるよ」
その言葉に、エクリアが静かに息を吐いた。
可能性。
それだけでも、今の二人には大きかった。
しかし。
アクティアは助手を見つめたままだった。
「……お父さんの研究を使ってるの?」
助手の手が止まる。
「そうよ」
「じゃあ……知ってたんじゃないの?」
「何を?」
「お父さんがネガティアのリーダーだったこと」
研究室の空気が凍った。
助手はしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
「知らなかった」
「嘘」
「嘘じゃない」
アクティアの声が震える。
「だって、お父さんの研究をずっと続けてたんでしょ?」
「そうだ」
「だったら、どうして気づかなかったの?」
「……分からなかった」
助手は苦しそうに答えた。
「研究資料には、隠された部分があった。私が見ていたのは、あくまで研究の一部だった」
「でも、お父さんの研究だったんでしょ」
「そうよ」
助手はアクティアをまっすぐ見た。
「だからこそ、私は今、その研究を使って君を助けようとしている」
「……」
「私は君の父親じゃない」
その言葉は、静かな研究室の中で妙に響いた。
「私は、彼の罪まで引き継ぐつもりはないから」
アクティアは俯いた。
信じたい。
でも、簡単には信じられない。
父親がネガティアのリーダーだった。
その事実だけで、世界そのものがひっくり返ってしまったように感じていた。
「……私、お父さんを信じてた」
小さな声だった。
「普通のお父さんだと思ってた」
助手は何も言わない。
「一緒にご飯を食べて……魔法少女の話をして……私の武器を調べてくれて……」
アクティアの目から涙が落ちた。
「全部、嘘だったのかな」
「違う」
助手が答えた。
「少なくとも、君が感じた時間まで嘘になるわけじゃない」
「……」
「君のお父さんが何を考えていたのか、私は知らない」
助手は機械へ向き直った。
「だが、君が苦しんでいることだけは分かる」
そして、再び作業を始めた。
「だから私は、君を戻す」
◇
研究室の隅では、エクリアがアクティアを見守っていた。
かつて自分も、ネガティアの力に支配されていた。
自分が何者なのか。
何のために戦っているのか。
そんなことすら考えられなくなっていた。
だからこそ、今のアクティアの気持ちが少しだけ分かる。
「アクティア」
「……なに?」
「今は、何も決めなくていいよ」
「え?」
「お父さんを許すかどうかも」
エクリアは静かに言った。
「助手を信じるかどうかも」
「……」
「すぐに答えを出さなくていい」
アクティアはエクリアを見る。
「ただ……」
エクリアは微笑んだ。
「私はここにいるから」
その言葉に、アクティアは何も答えなかった。
けれど。
ほんの少しだけ、表情が緩んだ。
その頃。
テレビでは、あるニュースが流れていた。
『先日、街を騒がせた魔法少女アクティアについて、新たな情報が入りました』
画面にはアクティアの姿。
そしてエクリア。
さらに、助手の姿まで映し出されていた。
『三名は危険な組織、ネガティアと関係がある可能性が高く、市民への被害を拡大させる恐れがあります』
「……!」
アクティアが振り返る。
「違う……」
ニュースは続く。
『市民の皆さんは三名を見かけても接触せず、直ちに通報してください』
助手がテレビを消した。
「……情報操作だ」
「ネガティアが?」
「ああ」
助手は険しい顔をする。
「私たちが逃げたことも、アクティアがここにいることも、まだ知られていない」
「じゃあ、どうして?」
「分からない」
助手は端末を確認する。
「だが、奴らは世論まで敵に回すつもりらしい」
エクリアが呟く。
「私たちは、基地の外へ出ても追われるんだね」
「ああ」
助手は頷いた。
「ネガティアの戦いは、魔法だけじゃない」
画面には消えたテレビの光だけが残っていた。
「情報も、人の認識も、全部奴らの武器だ」
研究室に静寂が戻る。
助手は再び装置の前に座った。
何度も計算を繰り返す。
アクティアの現在の魔力データ。
ネガティアによって変換された魔力。
エクリアに起きた異変。
そして、父親が残した研究記録。
すべてを組み合わせる。
助手は呟く。
「ここを調整して……魔力の流れを逆転させれば……」
カタカタカタ。
キーボードを叩く音が響く。
アクティアはその背中を見つめていた。
戻れるのだろうか。
もう一度、魔法少女になれるのだろうか。
それとも。
この紫色の力に、ずっと囚われたままなのだろうか。
分からない。
それでも。
「……できるかもしれない」
助手が言った。
アクティアが顔を上げる。
「本当に?」
「ああ」
助手は振り返った。
「まだ完成していない。安全に使える保証もない」
それでも。
「だが、君を元に戻すための方法は、見つかりつつある」
アクティアは胸元に手を当てた。
まだレオタードの生体素材は残っている。
魔法もほとんどない。
父親への疑念も消えない。
ネガティアから追われている。
何も解決していない。
それでも。
ほんの少しだけ。
心の奥に、何かが灯った。
「……エクリア」
「うん?」
「私……戻れるかな」
エクリアは微笑んだ。
「戻ろう」
「……うん」
「一緒に」
アクティアは小さく頷いた。
研究室の奥では、装置の小さなランプが一つだけ点灯していた。
それはまだ、完全な希望とは呼べない。
けれど。
絶望の底にいた少女が、もう一度前を見るための。
小さな、小さな光だった。
