第15章 隠された研究施設 | 光と闇を 抱きしめたまま

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眼鏡を押し上げながら、驚いた表情で二人を見る。

「アクティア!、それにあなたも、ずいぶん明るい衣装になったわね」

 助手はすぐに二人へ駆け寄った。

「よく無事で……!」

「無事、ではないけどね」

 エクリアが苦笑する。

 その言葉に助手の顔が曇った。

 そして、アクティアを見る。

 紫色の生体素材、まだレオタード部分が残っていた。

「……やはり」

 助手は小さく呟いた。

「戻っていないのか」

「うん」

 アクティアは答えた。

「まだ、私は……ネガティアのまま」

 その言葉に、助手は拳を握った。

「少しずつだけど、元に戻ろうとしているわ」

「気持ちが、まだ弱っているから完全じゃないだけ」

「このままでは、アクティアの魔力はほとんどないかもしれない」

 助手は研究室の奥を見る。

 そこには大量の資料と端末が並んでいた。

「だから、急いでいる」

「何を作ってるの?」

「アクティアが、また魔法少女として戦えるようにするために」

 助手は一台の機械を指差した。

「アクティアの魔力を、もう一度正の魔力へ戻すための装置だ」

 アクティアが目を見開く。

「……戻せるの?」

「まだ分からない」

 助手は正直に答えた。

「だが、可能性はあるよ」

 その言葉に、エクリアが静かに息を吐いた。

 可能性。

 それだけでも、今の二人には大きかった。

 しかし。

 アクティアは助手を見つめたままだった。

「……お父さんの研究を使ってるの?」

 助手の手が止まる。

「そうよ」

「じゃあ……知ってたんじゃないの?」

「何を?」

「お父さんがネガティアのリーダーだったこと」

 研究室の空気が凍った。

 助手はしばらく何も言わなかった。

 そして、ゆっくりと首を横に振った。

「知らなかった」

「嘘」

「嘘じゃない」

 アクティアの声が震える。

「だって、お父さんの研究をずっと続けてたんでしょ?」

「そうだ」

「だったら、どうして気づかなかったの?」

「……分からなかった」

 助手は苦しそうに答えた。

「研究資料には、隠された部分があった。私が見ていたのは、あくまで研究の一部だった」

「でも、お父さんの研究だったんでしょ」

「そうよ」

 助手はアクティアをまっすぐ見た。

「だからこそ、私は今、その研究を使って君を助けようとしている」

「……」

「私は君の父親じゃない」

 その言葉は、静かな研究室の中で妙に響いた。

「私は、彼の罪まで引き継ぐつもりはないから」

 アクティアは俯いた。

 信じたい。

 でも、簡単には信じられない。

 父親がネガティアのリーダーだった。

 その事実だけで、世界そのものがひっくり返ってしまったように感じていた。

「……私、お父さんを信じてた」

 小さな声だった。

「普通のお父さんだと思ってた」

 助手は何も言わない。

「一緒にご飯を食べて……魔法少女の話をして……私の武器を調べてくれて……」

 アクティアの目から涙が落ちた。

「全部、嘘だったのかな」

「違う」

 助手が答えた。

「少なくとも、君が感じた時間まで嘘になるわけじゃない」

「……」

「君のお父さんが何を考えていたのか、私は知らない」

 助手は機械へ向き直った。

「だが、君が苦しんでいることだけは分かる」

 そして、再び作業を始めた。

「だから私は、君を戻す」

     ◇

 研究室の隅では、エクリアがアクティアを見守っていた。

 かつて自分も、ネガティアの力に支配されていた。

 自分が何者なのか。

 何のために戦っているのか。

 そんなことすら考えられなくなっていた。

 だからこそ、今のアクティアの気持ちが少しだけ分かる。

「アクティア」

「……なに?」

「今は、何も決めなくていいよ」

「え?」

「お父さんを許すかどうかも」

 エクリアは静かに言った。

「助手を信じるかどうかも」

「……」

「すぐに答えを出さなくていい」

 アクティアはエクリアを見る。

「ただ……」

 エクリアは微笑んだ。

「私はここにいるから」

 その言葉に、アクティアは何も答えなかった。

 けれど。

 ほんの少しだけ、表情が緩んだ。

 その頃。

 テレビでは、あるニュースが流れていた。

『先日、街を騒がせた魔法少女アクティアについて、新たな情報が入りました』

 画面にはアクティアの姿。

 そしてエクリア。

 さらに、助手の姿まで映し出されていた。

『三名は危険な組織、ネガティアと関係がある可能性が高く、市民への被害を拡大させる恐れがあります』

「……!」

 アクティアが振り返る。

「違う……」

 ニュースは続く。

『市民の皆さんは三名を見かけても接触せず、直ちに通報してください』

 助手がテレビを消した。

「……情報操作だ」

「ネガティアが?」

「ああ」

 助手は険しい顔をする。

「私たちが逃げたことも、アクティアがここにいることも、まだ知られていない」

「じゃあ、どうして?」

「分からない」

 助手は端末を確認する。

「だが、奴らは世論まで敵に回すつもりらしい」

 エクリアが呟く。

「私たちは、基地の外へ出ても追われるんだね」

「ああ」

 助手は頷いた。

「ネガティアの戦いは、魔法だけじゃない」

 画面には消えたテレビの光だけが残っていた。

「情報も、人の認識も、全部奴らの武器だ」

 研究室に静寂が戻る。

 助手は再び装置の前に座った。

 何度も計算を繰り返す。

 アクティアの現在の魔力データ。

 ネガティアによって変換された魔力。

 エクリアに起きた異変。

 そして、父親が残した研究記録。

 すべてを組み合わせる。

 助手は呟く。

「ここを調整して……魔力の流れを逆転させれば……」

 カタカタカタ。

 キーボードを叩く音が響く。

 アクティアはその背中を見つめていた。

 戻れるのだろうか。

 もう一度、魔法少女になれるのだろうか。

 それとも。

 この紫色の力に、ずっと囚われたままなのだろうか。

 分からない。

 それでも。

「……できるかもしれない」

 助手が言った。

 アクティアが顔を上げる。

「本当に?」

「ああ」

 助手は振り返った。

「まだ完成していない。安全に使える保証もない」

 それでも。

「だが、君を元に戻すための方法は、見つかりつつある」

 アクティアは胸元に手を当てた。

 まだレオタードの生体素材は残っている。

 魔法もほとんどない。

 父親への疑念も消えない。

 ネガティアから追われている。

 何も解決していない。

 それでも。

 ほんの少しだけ。

 心の奥に、何かが灯った。

「……エクリア」

「うん?」

「私……戻れるかな」

 エクリアは微笑んだ。

「戻ろう」

「……うん」

「一緒に」

 アクティアは小さく頷いた。

 研究室の奥では、装置の小さなランプが一つだけ点灯していた。

 それはまだ、完全な希望とは呼べない。

 けれど。

 絶望の底にいた少女が、もう一度前を見るための。

 小さな、小さな光だった。