研究施設からの脱出。
それだけを考えて、アクティアとエクリアは走っていた。
背後からは、まだネガティアの気配がする。
けれど、今は振り返っている暇はない。
「こっち!」
エクリアが先導し、アクティアがその後を追う。
しばらくして、二人はようやく施設の外へ出た。
冷たい風が頬を撫でる。
アクティアは立ち止まり、大きく息を吐いた。
「……出られた」
「うん」
エクリアも周囲を確認する。
追手の姿はない。
二人は、ようやく逃げ切ったのだ。
しかし。
アクティアの表情は晴れなかった。
魔法少女の衣装は、以前の姿を取り戻しつつある。
だが、完全ではない。
衣装の一部には、まだ紫色の生体素材が残っている。
チョーカーもない。
レイピアもシールドも、すでに消えてしまった。
そして何より。
自分の魔法が、以前とは比べものにならないほど弱い。
「……私、本当に魔法少女に戻れるのかな」
アクティアが小さく呟いた。
エクリアは答えなかった。
まだ、自分自身でも分からないからだ。
そのときだった。
「グオオオオオッ!」
「!」
二人の前に、一体の怪人が現れた。
「また怪人……」
アクティアが身構える。
見覚えのあるタイプだった。
以前なら、この怪人一体だけでも、それなりに苦戦しただろう。
しかし。
「アクティアは下がって」
エクリアが前へ出る。
「え?」
「私がやる」
エクリアの右腕が輝いた。
白い光が装甲を包み込む。
次の瞬間。
装甲は一本の鋭い光の刃へと姿を変えた。
「これが……光刃」
エクリアが呟く。
怪人が突進する。
エクリアは、その攻撃を軽くかわした。
そして。
一閃。
光が走った。
怪人はその場で動きを止め、そのまま倒れた。
「……え?」
アクティアは目を丸くした。
あまりにも、あっけなかった。
以前、何度も戦ったエクリアとは別人のようだった。
速い。
迷いがない。
そして、圧倒的に強い。
「エクリア……」
「この光刃は、ただの刃じゃない」
エクリアは右腕の光を見つめる。
「当たれば、相手を消滅させるほどの力があるみたい」
「消滅……」
「うん」
エクリアは少しだけ目を伏せた。
「私がアクティアと戦っていた頃の刃とは、全然違う」
「……」
「あのときの私は、この刃を使っても……すぐに折れるくらい弱かった」
アクティアは何も言えなかった。
その言葉には、かつての自分たちの戦いが重なっていた。
エクリアは、あの頃とは違う。
そして自分もまた、あの頃とは違う。
良い意味でも。
悪い意味でも。
そこへ、さらに戦闘員たちが現れた。
数人。
それだけではない。
次々と建物の陰から姿を現す。
「まだ来るの……?」
アクティアが身構える。
だがエクリアは動じなかった。
「大丈夫」
光刃が再び輝く。
エクリアが走る。
一人。
二人。
三人。
戦闘員たちは次々と倒されていく。
まるで、以前とは別の戦いを見ているようだった。
最後の一人が倒れる。
静寂が戻った。
「……すごい」
アクティアが呟いた。
エクリアは振り返る。
「アクティア」
「うん?」
「行こう」
「……うん」
二人は再び歩き始めた。
その途中。
アクティアは胸元へ手を当てた。
もう、そこにチョーカーはない。
それでも。
何かが残っているような気がした。
エクリアにできたのなら。
自分にも。
もう一度、何かできるのではないか。
「……私も」
アクティアは目を閉じる。
「私も、エクリアの力になりたい」
その瞬間だった。
アクティアの身体を覆っていた紫色の生体素材が、淡く輝き始めた。
「……え?」
エクリアが振り返る。
光は少しずつ広がっていく。
紫色だった素材が光に包まれ、形を変えていく。
腕。
脚。
胸元。
かつての魔法少女の衣装が、少しずつ戻っていく。
「アクティア……!」
光が消える。
そこに立っていたのは、以前のアクティアを思わせる姿だった。
しかし。
「……全部は、戻ってない」
アクティアが自分の身体を見る。
衣装の多くは元の姿へ戻っていた。
けれど、レオタード部分だけは紫色の生体素材のままだった。
完全な復活ではない。
魔法も戻っていない。
それでも。
「……少しだけ、戻った」
アクティアは胸元に手を当てた。
小さな光が、そこに残っている。
「まだ……私の中に残ってるんだ」
エクリアは微笑んだ。
「うん」
しかし、その先にはまだ多くの戦闘員が残っていた。
「行こう」
エクリアが光刃を構える。
「ここから脱出する」
「うん!」
二人は再び走り出した。
エクリアは残った戦闘員たちを次々と倒していく。
そして二人は、ついにネガティアの施設から離れることに成功した。
しばらくして。
二人は、かつてアクティアが父とともに過ごしていた研究所へ戻ってきた。
「……ここなら」
アクティアが顔を上げる。
しかし。
「……え?」
そこにあった光景を見て、アクティアは言葉を失った。
研究所が。
壊されていた。
建物は大きく損傷し、研究機材は倒れ、資料も散乱している。
かつて父が研究を行っていた場所。
そして、助手がアクティアの成長を記録していた場所。
そこには、もう誰もいなかった。
「……誰もいない」
アクティアが呟く。
「助手さんも……」
エクリアも周囲を見渡す。
人の気配はない。
機械の音も聞こえない。
完全に、捨てられた場所のようだった。
「ネガティアが、ここまで……」
アクティアは、壊れた研究設備を見つめる。
そのとき。
「グオオオオオッ!」
「また!?」
いつもの怪人が姿を現した。
さらに、その後ろから戦闘員まで現れる。
アクティアが身構える。
しかし、エクリアは一歩前へ出た。
「大丈夫」
光刃が閃く。
怪人は一撃で倒された。
続いて戦闘員たちも襲いかかる。
エクリアはその動きをかわし、次々と光刃を振るった。
あっという間だった。
戦闘員たちも全員倒れていた。
「……本当に強くなったんだね」
アクティアが呟く。
エクリアは少し困ったように笑った。
「私自身も、まだ分からない」
そのとき。
「……アクティア?」
どこからか、声が聞こえた。
「……!」
アクティアが振り返る。
「今の声……」
聞き覚えがある。
「まさか……」
建物の陰から、一人の女性が姿を現した。
「やっぱり、あなたたちだったのね」
「助手さん!」
アクティアの顔が明るくなる。
それは、父の研究を手伝っていた助手だった。
「無事だったんですか!?」
「ええ」
助手は頷く。
「研究所が襲われる前に、少しずつ機能を別の場所へ移していたの」
「じゃあ……」
「大事な研究データも、ほとんど無事よ」
「……よかった」
アクティアの肩から力が抜ける。
すべてを失ったと思っていた。
けれど。
まだ残っているものがあった。
「あなたたち、ここでは危険よ」
助手が二人を見る。
「私の家へ来て」
「家?」
「ええ。そこに研究所から移した設備もあるわ」
助手は二人を連れて歩き始めた。
やがて辿り着いたのは、ごく普通の家だった。
だが。
その地下には、研究所から移された機材が並んでいた。
データも保存されている。
「ここに……残していたんだ」
アクティアが呟く。
「あなたのお父さんが残した研究もある」
助手が答える。
「そして、あなたが魔法少女として成長していった記録もね」
アクティアは静かにデータを見る。
父。
ネガティア。
自分の魔法。
エクリア。
失ったものは多い。
まだ、元には戻れていない。
それでも。
すべてが消えたわけではなかった。
「……まだ、終わってないんだ」
アクティアが呟く。
エクリアが隣に立つ。
「うん」
二人は顔を見合わせた。
今度は、一人ではない。
壊された研究所の跡には戻れない。
けれど。
残された場所から、もう一度始めることはできる。
アクティアの衣装には、まだ紫色の生体素材が残っている。
魔法も完全には戻っていない。
それでも胸の奥には、小さな光が灯っていた。
