父がいなくなってから、数日が過ぎていた。
研究室には、以前と同じように機械の音が響いている。
けれど、アクティアにとっては、何かが決定的に変わっていた。
いつもなら、分からないことがあれば父に聞けばよかった。
魔法のこと。
自分の力のこと。
ネガティアのこと。
しかし、今はもう、その父はいない。
残されたのは、父の研究データと、一人の助手だけだった。
「お父さん……いったい、どこへ行っちゃったんだろう」
アクティアが呟く。
助手はコンピューターの画面を見つめながら答えた。
「私にも分かりません。ただ……残されたデータを調べれば、何か分かるかもしれません」
「何か、分かった?」
「はい」
助手が画面を操作する。
そこには、過去の戦闘記録が表示されていた。
アクティアは画面を覗き込む。
「これ……前に戦った子?」
映っていたのは、あのツインテールの少女だった。
「そうです」
助手は静かに続けた。
「この少女は、普通の魔法少女ではありません」
「え?」
「父の研究データによれば……」
画面には、いくつもの分析結果が並んでいる。
「魔法少女の力が一定以上に強くなると、こうした存在が生まれることがあるそうです」
「生まれる……?」
「自我を持たない、魔法少女の戦闘員です」
アクティアは言葉を失った。
「……魔法少女の、戦闘員?」
以前、自分が戦った少女。
魔法少女の姿をしていた。
けれど、ほとんど言葉を発さなかった。
まるで命令されたことだけを実行する人形のようだった。
「じゃあ……あの子は……」
「ネガティアによって作られた、量産型魔法少女と考えるのが自然です」
アクティアは画面を見つめる。
「……そんなものまで作ってるの」
助手は頷いた。
「ただし、このデータには限界があります」
「限界?」
「父の記録は、父がいなくなったところで終わっています」
「……」
「つまり、今のあなたがどこまで成長しているのか。現在のネガティアが何を開発しているのか。そこまでは、このデータにはありません」
アクティアは黙っていた。
そして、その日の夜。
街に、また怪人と戦闘員が現れた。
「またネガティア……!」
アクティアは魔法少女へ変身する。
いつものように戦闘員を倒し、怪人を追い詰めていく。
以前なら苦戦していた敵だった。
しかし、今のアクティアにとっては違う。
「そこっ!」
レイピアの一撃。
怪人が吹き飛ぶ。
「これで終わり!」
ところが――
その直後。
別の怪人が現れた。
「え?」
さらに戦闘員。
そのまた後ろから、別の怪人。
「ちょっと……まだいるの?」
一体一体は、それほど強くない。
アクティアは次々と敵を倒していく。
だが、倒しても倒しても、新しい敵が現れる。
「はぁ……はぁ……」
いつの間にか、アクティアの呼吸が荒くなっていた。
身体が重い。
魔力も少しずつ減っている。
「……なんなの、これ」
その時だった。
背後から何かが飛び込んできた。
「!」
ドゴッ!
背中に蹴りが入る。
「きゃあっ!」
アクティアは前方へ吹き飛ばされた。
振り返る。
そこに立っていたのは――
量産型魔法少女だった。
「……また、あなた!」
以前の戦いで分かっている。
この少女の武器は、拳や足そのもの。
そして、その攻撃には魔力を減少させる効果がある。
「その攻撃は……受けない!」
アクティアは怪人と戦闘員をいなしながら、量産型魔法少女の攻撃だけを慎重にかわしていく。
拳。
蹴り。
回し蹴り。
すべて紙一重でかわす。
そして、その隙を狙ってレイピアを突き込む。
「そこ!」
一撃。
さらに一撃。
確実にダメージを与えていく。
量産型魔法少女の動きが鈍くなった。
頭部のバイザーに灯っていた赤い光が、明滅する。
そして――
消えた。
少女の身体が崩れ落ちる。
次の瞬間。
その身体は、静かに灰へと変わった。
「……」
アクティアはレイピアを下ろす。
だが、安心する暇はなかった。
「はぁ……はぁ……」
魔力は、かなり減っている。
その時。
一瞬の風が吹いた。
「……!」
アクティアが振り向く。
そこに立っていたのは――
エクリア。
「久しぶりね」
エクリアが構える。
次の瞬間、その姿が消えた。
「速い!」
アクティアの目の前に現れたエクリアの両手が、鋭い刃へと変わる。
ギィンッ!
斬撃をビームシールドで受け止める。
「くっ……!」
だが、速い。
アクティアが知っているどの魔法少女よりも速い。
ルミナよりも。
自分よりも。
「この速さ……!」
右。
左。
斜め。
エクリアの刃が次々と迫る。
アクティアはシールドとレイピアを使って、なんとか防ぐ。
しかし――
ガキィン!
レイピアの刃に亀裂が走った。
「え……?」
パキィン!
レイピアの刃が砕け散る。
「そんな……!」
さらに一撃。
アクティアの手から、レイピアの柄まで弾き飛ばされた。
「しまった!」
武器を失ったアクティアは、とっさに空へ逃げる。
「距離を取らないと!」
空中なら、エクリアの攻撃も届かない。
そう思った。
しかし――
エクリアは追ってこなかった。
ただ、空を見上げている。
その表情には、わずかな余裕があった。
「……?」
その瞬間。
カチッ。
アクティアの周囲で何かが作動した。
「え?」
四方から機械のアームが飛び出してくる。
ガシャン!
右腕。
ガシャン!
左腕。
ガシャン!
右脚。
ガシャン!
左脚。
四肢が完全に固定された。
「なっ……!」
アクティアは必死に身体を動かす。
しかし、まったく動かない。
「離して!」
魔力を込める。
それでも――
びくともしない。
「こんなの……!」
地上では、エクリアがアクティアを見上げている。
その表情には、勝ち誇ったような余裕があった。
「……終わりね」
その言葉と同時に、捕獲ユニットが起動する。
アクティアの身体から、魔力が急激に失われていく。
「魔力が……!」
その瞬間、助手の言葉が頭をよぎった。
――敵には、魔法少女の魔力を使えなくする手段があります。
「これが……!」
アクティアは歯を食いしばる。
身体を動かそうとしても動かない。
魔力を込めても、捕獲ユニットはびくともしない。
絶体絶命。
そう思った。
だが――
アクティアの両手が、突然光り始めた。
「……?」
両手の中に、残された魔力が集まっていく。
「これなら……!」
キュィィィン!
両手からビームが放たれた。
ズドンッ!
右手を拘束していたユニットが吹き飛ぶ。
続けて左手。
ズドンッ!
左手も自由になる。
「よし!」
自由になった両手を足元へ向ける。
ズドンッ!
右脚。
そして――
ズドンッ!
左脚。
最後の拘束が破壊された。
アクティアは空中で身体をひねり、そのまま着地する。
「……動ける!」
エクリアの表情から、初めて余裕が消えた。
アクティアは荒い息をしながら立ち上がる。
しかし、魔力はもうほとんど残っていない。
それでも、まだ終わってはいない。
「……これで、最後!」
アクティアは両手をエクリアへ向ける。
残された魔力を、一瞬だけ両手へ集中させる。
だが――
魔力が足りない。
現れた光は、わずか20センチほど。
「これしか……出せない……!」
それでも。
距離は近い。
エクリアが一瞬、油断した。
その瞬間。
アクティアが踏み込む。
「そこっ!」
ズドンッ!
至近距離から放たれた短いビームが、エクリアの腹部を直撃する。
「ぐっ……!」
エクリアの身体が大きくよろめく。
腹部を覆っていた衣装が灰となって崩れ落ちる。
エクリア自身も、かなりのダメージを受けたようだった。
「……っ」
エクリアは腹部を押さえる。
アクティアも限界だった。
「はぁ……はぁ……」
二人はしばらく睨み合う。
そしてエクリアは、周囲の戦闘員と怪人へ告げた。
「……撤退する」
戦闘員と怪人が集まり、エクリアとともにその場から去っていく。
街に静けさが戻った。
アクティアはその場に立ち尽くしていた。
「……なんだったの、今の戦い」
怪人。
戦闘員。
量産型魔法少女。
そして、エクリア。
次々と敵が現れた。
そして最後には、あの捕獲ユニット。
アクティアはまだ知らない。
今日の戦いが、偶然の連戦ではなかったことを。
ネガティアは、アクティアを倒そうとしていたのではない。
疲れさせるために、戦闘員と怪人を送り込んだ。
魔力を削るために、量産型魔法少女を投入した。
そして最後に――
魔力を失った魔法少女を捕らえるため、捕獲ユニットを使った。
それは、魔法少女を倒すための戦いではない。
最初から最後まで、
「捕らえるための戦い」だった。
