第6章 噂の魔法少女 | 光と闇を 抱きしめたまま

光と闇を 抱きしめたまま

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街の市役所。

昼下がりの庁舎には、いつもと変わらないように人々が行き交っていた。

しかし、その一室だけは空気が重い。

「……また、ですか」

机の上に置かれた報告書を見ながら、四十代から五十代ほどの女性職員が深いため息をついた。

怪人による建物の損壊。

道路の破損。

商店の被害。

そして、戦闘によって発生した周辺地域への被害。

次から次へと報告が上がってくる。

「こっちは道路の復旧……こっちは建物の確認……」

女性は書類を一枚ずつ確認していく。

「避難した人たちへの対応もあるし……」

机の端には、まだ処理されていない書類の束が残っている。

一枚片づければ、また一枚。

まるで終わりが見えない。

女性は椅子の背もたれに身体を預けた。

「……魔法少女が街を守ってくれてるのは、ありがたいんだけどねぇ」

窓の外を見る。

遠くには、戦闘の跡が残った建物が見える。

「そのたびに、こっちは大忙しよ」

そう呟いて、再び書類へ目を戻す。

カタカタと、キーボードを打つ音が部屋に響いた。

華やかな魔法少女の戦い。

怪人との激しい戦闘。

そのすぐ裏側では、誰かが壊れた街を元に戻そうとしている。

女性はもう一度、小さくため息をついた。

「……今日も残業かな」

そして何事もなかったように、残務処理へ戻っていった。

 

その頃。

街の地下深くに存在する、ネガティア基地。

司令室では、エクリアからの報告を受けたネレイドがモニターを眺めていた。

画面には、街で戦う魔法少女の姿。

アクティア。

ネレイドは映像をじっと見つめる。

「噂の魔法少女……」

エクリアから報告を受けたことで、ついにその正体が判明した。

怪人を倒し、空を飛び、少しずつ戦闘経験を積んでいる少女。

ネレイドは、今すぐ彼女を倒そうとはしなかった。

「もっと調べる必要があるわね」

そしてエクリアに指示を出す。

「今度、街に向かうときは目立たない格好で調査しなさい」

「……はい」

エクリアは素直に返事をした。

だが。

心の中では別のことを考えていた。

(……あんたも十分目立つ悪の組織の格好してるくせに)

エクリアの視線が、ネレイドの姿へ向く。

紫を基調とした派手な衣装。

大きな装飾。

そして、どう見ても普通の街では浮いてしまう姿。

(むしろ私より目立ってるでしょう……)

「何か言った?」

「いえ。何も」

エクリアは即答した。

ネレイドは少しだけ怪訝そうな顔をした。

しかし、それ以上は追及しなかった。

「お父さん、今日もいないの?」

アクティアは研究室の入口から顔を覗かせた。

父親の姿はない。

代わりに、机いっぱいに資料を広げている助手がいた。

「ねえ、お父さんどこ行ったの?」

「……え?」

助手は研究資料から目を離さない。

「えっと……ちょっと調べ物をしているのよ」

「いつ帰ってくるの?」

「さあ……」

「さあって」

アクティアは頬を膨らませる。

けれど、助手は忙しそうにキーボードを叩き続けていた。

「ごめんね、今ちょっと手が離せないの」

「……ふーん」

アクティアは研究室の中を覗き込む。

机の上には、魔法少女に関する資料。

戦闘記録。

魔力の測定データ。

見慣れない機械。

どう見ても、遊んでいるようには見えない。

「そんなに忙しいんだ」

「うん。あとでちゃんと話すから」

「ほんと?」

「ほんと」

アクティアはしばらく助手を見つめていた。

だが、これ以上ここにいても相手にしてもらえそうにない。

「じゃあ……いいや」

「ごめんね」

「別に」

アクティアは研究室を出ていった。

扉が閉まる。

「……暇だなぁ」

父親はいない。

助手も忙しい。

家にいてもすることがない。

アクティアは仕方なく、ひとりで街へ出ることにした。

街を歩けば、いつもの風景が広がっている。

商店街。

公園。

人の行き交う通り。

けれど、少し前まで怪人が暴れていた場所には、まだ修復の跡が残っていた。

「……結構、壊れてるなぁ」

アクティアは足を止める。

戦っているときには気づかなかった。

自分が怪人を倒しても、壊れたものが勝手に元へ戻るわけではない。

誰かが直している。

誰かが片づけている。

そんなことを考えながら、アクティアは再び歩き出した。

今日は魔法少女として戦う予定なんてない。

ただの、いつもの街歩きだった。

……少なくとも、このときのアクティアはそう思っていた。

街を歩いていると、突然、大きな爆発音が響いた。

ドォン!

「ん?」

アクティアが振り返る。

通りの向こうから、見慣れた姿が現れた。

怪人だった。

「また出たの?」

周囲の人々が逃げていく。

怪人は大声を上げながら、建物へ向かって突進していく。

アクティアは小さくため息をついた。

「はいはい。いつものやつね」

もう、最初の頃のような緊張はない。

アクティアは人目の少ない場所へ走ると、魔法少女へと変身した。

「魔法少女アクティア、参上!」

手には愛用のレイピア。

アクティアは怪人の前に立つ。

「今日も元気そうね」

怪人が腕を振り上げる。

以前なら、これだけでも必死に避けていた。

だが今のアクティアは違う。

「遅い!」

ひらりと攻撃をかわす。

そのまま懐へ入り込み、レイピアを一閃。

「そこっ!」

光の斬撃が怪人を捉える。

「グオオオッ!」

怪人がよろめく。

アクティアは追撃する。

一撃。

二撃。

そして最後に、レイピアを大きく振り抜いた。

「これで終わり!」

ドンッ!

怪人は大きく吹き飛び、そのまま光の粒になって消えていった。

「……よし」

アクティアはレイピアを肩に乗せる。

戦闘終了。

あまりにもあっさりしていた。

「最近、怪人も弱くなったのかな?」

もちろん、怪人が弱くなったわけではない。

強くなったのは、アクティアのほうだった。

最初の戦いでは、攻撃を避けるだけで精一杯だった。

今では怪人の動きを見切り、反撃し、ほとんど苦戦することなく倒せる。

アクティアにとって、怪人との戦いは少しずつ「特別な出来事」ではなくなっていた。

「さて……帰ろうかな」

変身を解こうとした、そのとき。

アクティアはふと周囲を見渡した。

誰もいない。

怪人は倒した。

街も、大きな被害はなさそうだ。

「……平和だなぁ」

そう呟いて、アクティアは歩き出した。

しかし。

その姿を、遠くからじっと見つめている者がいた。

アクティアは、まだ気づいていなかった。

自分がすでに、ネガティアから「噂の魔法少女」として注目されていることを。

 

怪人との戦いが終わった。

アクティアはレイピアを下ろし、ふうっと息を吐く。

「……終わったぁ」

以前なら、怪人を倒すだけでも大仕事だった。

攻撃を避けるだけで精いっぱい。
魔法を使うたびに戸惑い、どう戦えばいいのか分からなかった。

けれど、今では違う。

怪人が腕を振り上げれば避ける。

隙ができればレイピアで斬る。

距離を取れば魔法を放つ。

そして最後には、あっさりと倒してしまう。

すっかり、怪人との戦いにも慣れていた。

「今日もこんな感じかぁ」

アクティアは周囲を見渡した。

街はいつもの街。

怪人が現れて、魔法少女が倒して、そして日常に戻っていく。

少しずつではあるが、そんな日々が当たり前になりつつあった。

アクティアは変身を解こうとする。

そのときだった。

「……?」

遠くから、二人の少女が歩いてくる。

一人は、アクティアより少し年上に見える少女。

銀色の髪を揺らしながら、こちらへ近づいてくる。

そして、もう一人。

こちらはツインテール。

しかし、普通の少女とは明らかに違っていた。

頭にはヘルメット。

顔は完全に隠されていて、表情は見えない。

バイザーだけが、青く光っている。

「……誰?」

アクティアは変身を解くのをやめた。

レイピアを握り直す。

銀髪の少女が足を止める。

「私はエクリア」

「エクリア……?」

「あなたが、噂の魔法少女ね」

エクリアはアクティアをじっと見つめた。

「SNSやテレビで見たわ。怪人を倒している魔法少女」

「……そうだけど」

アクティアの警戒心が強くなる。

どうして自分を知っているのだろう。

それに、隣にいる少女。

さっきから一言もしゃべらない。

青く光るバイザーだけが、じっとアクティアを見ている。

エクリアは小さく笑った。

「少し遊んでもらうね」

「え?」

その瞬間だった。

ツインテールの少女が地面を蹴った。

「――!」

一瞬で距離を詰められる。

両手には、いつの間にか二本のダガーが握られていた。

ガキィンッ!

アクティアは咄嗟にビームシールドを展開する。

ダガーがシールドに弾かれた。

「いきなり!?」

少女は何も答えない。

右のダガー。

左のダガー。

二本の刃を交互に振り回しながら、アクティアへ迫ってくる。

「このっ!」

アクティアはレイピアで刃を受け流す。

キンッ!

さらに一撃。

ガキン!

シールドで防ぐ。

「速いけど……!」

アクティアは少女の攻撃を見切り、後ろへ跳んだ。

ところが少女は、そのまま追いかけてくる。

今度はダガーではない。

身体をひねり、鋭い蹴りを繰り出した。

「おっと!」

アクティアは腕を上げる。

ドンッ!

蹴りが腕に当たった。

「……痛っ」

少し痺れた。

けれど、大した威力ではない。

これくらいなら問題ない。

アクティアはそう判断した。

次のパンチも腕で受ける。

また蹴りが来る。

これも腕で防ぐ。

「このくらいなら、平気!」

アクティアはシールドとレイピアでダガーをさばき、パンチやキックは腕で受ける。

一見すると、互角の攻防だった。

だが――。

「……あれ?」

アクティアの動きが、ほんの少し鈍った。

胸元に手を当てる。

「魔力……?」

おかしい。

それほど激しい魔法を使った覚えはない。

怪人との戦いなら、これくらいの戦闘でここまで魔力が減ることはなかった。

なのに。

目の前の少女と戦っているだけで、魔力が少しずつ減っている。

アクティアはまだ、その理由に気づいていなかった。

少し離れたところで、エクリアがその様子を見ていた。

「……減ってきた」

その声は、とても小さかった。

 

「はぁっ!」

レイピアでダガーを弾く。

ツインテールの少女は後退する。

すぐに踏み込む。

またダガー。

また蹴り。

またパンチ。

アクティアは防ぐ。

しかし、そのたびに魔力が削られていく。

「なんで……こんなに減るの?」

アクティアは知らない。

この戦いが、単なる戦闘ではないことを。

目の前の少女が、アクティアを倒すためだけに戦っているわけではないことを。

そして。

その戦いを見つめるエクリアが、アクティアの魔力の減少を確認していることも。

「……なるほど」

エクリアは静かに呟いた。

アクティアはレイピアを構え直す。

まだ戦える。

まだ負けてはいない。

だが、その魔力は確実に減っていた。