第2章 初めての戦い | 光と闇を 抱きしめたまま

光と闇を 抱きしめたまま

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魔法少女になった。

 その事実を、アクティアはまだ実感しきれていなかった。

 鏡の中には、昨日までとは違う自分がいる。

 フリルのついた衣装。

 頭には小さなティアラ。

 長い手袋とブーツ。

 そして首元には、魔法少女へ変身するためのチョーカー。

「本当に……私、魔法少女になったんだ」

 胸が高鳴った。

 テレビの中で何度も見てきた、憧れの存在。

 怪人が現れれば、魔法少女が現れる。

 戦闘員たちを次々と倒して、最後には必殺技で怪人を吹き飛ばす。

 アクティアにとって、魔法少女の戦いとは、そういうものだった。

 だから。

 その日の午後。

 街から大きな轟音が響いたとき。

 アクティアの胸は、恐怖よりも先に高鳴った。

「……え?」

 窓の外を見る。

 遠くの街から、黒い煙が上がっている。

 そして。

 巨大な怪人が、建物を壊しながら歩いていた。

 その周囲には、黒い服を着た戦闘員たち。

 逃げ惑う人々。

 響き渡る悲鳴。

「怪人……?」

 アクティアは目を見開いた。

「テレビで見たのと……同じ」

 まるで画面の中から、そのまま飛び出してきたようだった。

 けれど。

 父親は違った。

「アクティア」

 低い声だった。

「行くな」

「でも……!」

「これはテレビじゃない」

 父親は窓の外を見つめる。

「本当に危険なんだ」

「……」

 アクティアは黙った。

 確かに。

 テレビで見る怪人とは違う。

 建物が壊れている。

 人が逃げている。

 あれは本物だ。

 それでも。

 アクティアは胸元のチョーカーに触れた。

「私……魔法少女なんだよね?」

「……ああ」

「だったら……」

 アクティアは窓の外を見る。

「行かなきゃ」

「アクティア!」

 父親が止める。

 だが、その前に。

 アクティアは駆け出していた。

     ◇

「待て、アクティア!」

 父親も慌てて後を追った。

 そして、その後ろから母親も走ってくる。

「あなた!」

「危険だ。アクティアを連れ戻す」

「だったら、私も行く」

「君まで来る必要はない」

 母親は首を横に振った。

「あるわ」

「……」

「初めての戦いなんでしょう?」

「……ああ」

「だったら、一人にはできない」

 母親は迷わなかった。

 魔法少女になった娘。

 その娘が、初めて戦う。

 危険だと分かっていても、家で待っていることなんてできなかった。

「行きましょう」

 二人は、アクティアを追って街へ向かった。

     ◇

 街に到着したアクティアの前に、戦闘員が数人立ちはだかった。

「魔法少女だ!」

「捕まえろ!」

 一斉に襲いかかってくる。

「えっ!?」

 アクティアは驚いた。

 だが。

 次の瞬間。

 飛びかかってきた戦闘員の拳を、軽く横へかわす。

「……あれ?」

 続けて、別の戦闘員が殴りかかる。

 それも避ける。

 さらに一人。

 今度はアクティアへ向かって突っ込んでくる。

「えいっ!」

 とっさに腕を振った。

 ドンッ!

「え?」

 戦闘員の身体が、数メートル吹き飛んだ。

「うそ……」

 アクティア自身が一番驚いていた。

 もう一人が襲いかかってくる。

 アクティアは軽く蹴った。

 ドンッ!

 また吹き飛ぶ。

「……強い」

 魔法を使ったわけではない。

 ただ身体を動かしただけ。

 それなのに。

 戦闘員たちは、まるで相手にならなかった。

「テレビと同じだ……!」

 アクティアの顔が明るくなる。

「私、本当に魔法少女なんだ!」

 残った戦闘員たちも、次々と倒れていく。

 あまりにも、あっさりしていた。

 少し離れた場所から、その様子を見ていた母親が思わず微笑む。

「すごい……」

 父親も驚いていた。

「変身によって身体能力そのものが強化されているのか……」

 母親は、ほっと胸を撫で下ろした。

「あの子……本当に魔法少女になったのね」

「……そうみたいだな」

「これなら……大丈夫かもしれないわね」

 その言葉は。

 ほんの一瞬だけ、母親を安心させた。

 けれど。

 次の瞬間。

 空気が変わった。

 ズンッ……。

 地面が揺れる。

「……え?」

 アクティアが振り返る。

 そこに。

 巨大な怪人が立っていた。

「……大きい」

 戦闘員とは、まるで違う。

 圧倒的な存在感。

 怪人がゆっくりと腕を上げる。

「……!」

 アクティアの身体が硬直した。

 怖い。

 さっきまでとは違う。

 身体が、本能的に危険を感じている。

 そして。

 怪人の腕が振り下ろされた。

「きゃっ!」

 アクティアは、とっさに横へ飛んだ。

 ドゴォンッ!

 地面が砕ける。

「ちょっと……!」

 アクティアは慌てて距離を取った。

 怪人が再び襲いかかる。

 避ける。

 また避ける。

 けれど。

 攻撃する隙がない。

「だったら……!」

 アクティアはレイピアを構えた。

 魔法少女になったときに手にしていた武器。

 テレビの中の魔法少女が持っていたものと同じような、細身の剣。

「これなら!」

 アクティアは踏み込んだ。

 レイピアを怪人へ突き出す。

 ガキンッ!

「えっ!?」

 弾かれた。

 怪人の身体には、傷ひとつついていない。

「効いてない……?」

 怪人が腕を振るう。

「うわっ!」

 アクティアの身体が吹き飛んだ。

「痛っ……!」

 地面を転がる。

 それでも立ち上がる。

「まだ……!」

 もう一度、突き刺す。

 ガキンッ!

 また弾かれる。

「なんで……!」

 アクティアは焦った。

 ならば。

 魔法を使えばいい。

 そう思った。

「魔法……!」

 何も起こらない。

「魔法!」

 やっぱり何も起こらない。

「なんでよ……!」

 何度試しても。

 何も起こらない。

 怪人が迫ってくる。

 アクティアは必死に逃げる。

 さっきまで。

 戦闘員たちは簡単に倒せた。

 自分は強い。

 魔法少女なんだ。

 そう思っていた。

 なのに。

 怪人には、まるで通用しない。

「アクティア!」

 そのとき。

 聞き慣れた声がした。

「ママ!?」

 少し離れた場所から、母親が駆けてくる。

「無理しないで!」

「でも……!」

「逃げて!」

 母親が叫ぶ。

 しかし。

 怪人は、アクティアへ向き直っていた。

 大きな腕が、ゆっくりと振り上げられる。

「アクティア、逃げろ!」

 父親の声。

 アクティアは動こうとした。

 けれど。

 身体が動かない。

「……!」

 怪人の攻撃が。

 目の前まで迫っていた。

「危ない!」

 母親が走った。

 考えるより先に。

 身体が動いていた。

 アクティアの前へ。

「ママ……?」

 母親が振り返る。

 アクティアと目が合う。

 ほんの一瞬。

 母親の顔には、恐怖が浮かんでいた。

 それでも。

 次の瞬間。

 母親は、いつものように笑った。

 家でアクティアを見るときと同じ。

 安心させるための、優しい笑顔。

「大丈夫」

 母親が言う。

「ママがいるから」

 次の瞬間。

 怪人の攻撃が二人を襲った。

「ママ!」

 アクティアの視界が白く弾ける。

 凄まじい衝撃。

 身体が吹き飛ばされる。

 地面を転がる。

「……うっ……」

 耳鳴りがする。

 何が起きたのか、すぐには分からない。

 ゆっくりと顔を上げる。

「……ママ?」

 少し前に。

 母親が倒れていた。

「ママ!」

 アクティアは駆け寄った。

「ママ、しっかりして!」

 母親は動かなかった。

「ママ!」

 アクティアが身体を支える。

 すると。

 母親が、ゆっくり目を開いた。

「……アクティア」

「ママ!」

 よかった。

 まだ話せる。

 まだ、生きている。

 そう思った。

 母親は。

 アクティアを見て。

 また笑った。

 その笑顔に。

 アクティアは、一瞬だけ安心してしまった。

「……よかった」

 まだ笑ってる。

 まだ話せる。

 なら。

 大丈夫。

「すぐ病院に行こう!」

 アクティアは母親を起こそうとする。

「パパのところに戻ろう。治してもらおうよ!」

「アクティア……」

「大丈夫だから!」

 母親は、ゆっくり首を横に振った。

「アクティア」

「なに?」

「怪人を……」

 母親は、遠くにいる怪人を見る。

「倒して……」

「私が……?」

「うん」

 母親は微笑んだ。

「あなたなら……できる」

 その言葉に。

 アクティアはレイピアを見る。

 手が震えていた。

 怖い。

 逃げたい。

 でも。

 母親が自分を見ている。

「……分かった」

 アクティアは立ち上がった。

「ママを守る」

 レイピアを強く握る。

 そして。

 怪人へ向かって走った。

     ◇

「これで……!」

 アクティアが踏み込む。

 レイピアが怪人を捉えた。

 一撃。

 二撃。

 怪人がよろめく。

「まだ……!」

 アクティアは走る。

 何度も攻撃する。

 そして。

 最後の一撃。

「これで……終わり!」

 レイピアが怪人を貫いた。

 怪人の身体から、まばゆい光が溢れる。

「うわっ!」

 光が街を包み込む。

 そして。

 怪人の巨体が崩れ落ちた。

 静かになった。

 戦闘員たちもいない。

 街を覆っていた恐怖が消えていく。

 アクティアは荒い息をしながら、立っていた。

 自分の手を見る。

 レイピアを見る。

 そして。

 ゆっくり振り返る。

「……倒した」

 アクティアの顔に、笑顔が浮かんだ。

「倒した……!」

 初めての戦い。

 初めての怪人との戦い。

 そして。

 初めての勝利。

「ママ!」

 アクティアは母親のもとへ駆け戻った。

「見て!」

 アクティアは笑った。

「倒したよ!」

 母親は、アクティアを見る。

 そして。

 嬉しそうに笑った。

「うん……」

 その表情は。

 アクティアが今まで見たことがないほど優しかった。

「よく……頑張ったね」

「ママ……」

「怖かったでしょう?」

「……うん」

「それでも、立ち向かった」

 母親が手を伸ばす。

 アクティアは、その手を握った。

「私……魔法少女だから……」

 母親は小さく首を振った。

「違うよ」

「……え?」

「魔法少女だから強いんじゃない」

 母親は、アクティアの目を見つめた。

「あなたが、あなた自身の力で立ち上がったの」

「……」

「だからね」

 母親の声が、少しずつ弱くなる。

「これから先、魔法少女じゃなくなったとしても……」

「……うん」

「あなたは、あなたのままでいいの」

 アクティアの目から涙がこぼれた。

「ママ……」

「誰かに認めてもらわなくてもいい」

 母親は最後まで笑っていた。

「強くなくてもいい」

「……嫌だ」

「自分がどう生きたいか……」

「ママ、もう喋らないで……」

「自分で選びなさい」

 母親の指が、アクティアの頬に触れる。

 その手は、もうほとんど力がなかった。

「あなたは……あなたよ」

「……ママ?」

「それだけは……忘れないで」

 母親の手が。

 ゆっくりと頬から離れる。

「ママ……?」

 返事はない。

「ママ?」

 アクティアが手を握り直す。

 けれど。

 もう。

 握り返してくれる力はなかった。

「……ママ」

 アクティアは母親を抱きしめた。

 涙が止まらない。

 さっきまで。

 自分は魔法少女だった。

 戦闘員を倒した。

 怪人も倒した。

 勝った。

 テレビで見ていた魔法少女と同じように。

 自分も怪人を倒した。

 なのに。

「……どうして……」

 勝ったはずなのに。

 嬉しくない。

 勝ったはずなのに。

 胸の中には、ぽっかりと穴が開いていた。

 目の前には。

 もう動かない母親。

 そして。

 自分の手には。

 怪人を倒したレイピア。

 アクティアは、それを見つめた。

 初めての勝利。

 それは。

 母親を失った瞬間でもあった。

 魔法少女になった日。

 アクティアは、初めて知った。

 戦いには。

 勝つことだけでは終わらないものがある。

 そして。

 勝利には、ときに。

 取り返すことのできない代償があるのだと。