「ん?」
「魔法少女って、本当にいるの?」
夕食の片付けを終えた母が、台所からこちらを振り返った。
父はテレビの前に座り、少しだけ考えるような顔をする。
「いるよ」
「……即答なんだ」
「だって、テレビでやってるじゃないか」
「そういう意味じゃないってば」
私は頬を膨らませた。
テレビの中では、今日も魔法少女が怪人と戦っている。
キラキラした光。
大きな魔法。
最後には必殺技で怪人を倒して、街には平和が戻る。
いつもの番組。
いつもの物語。
だけど私は、ずっと気になっていた。
本当に、あんな力を持った女の子がいるのだろうか。
「アクティア」
母が笑いながら言った。
「魔法少女になりたいの?」
「……ちょっとだけ」
「ちょっとだけ?」
「いっぱい」
「ふふっ」
母は楽しそうに笑った。
父もテレビを見ながら笑っている。
その時の私は知らなかった。
この何気ない会話が、私の人生を変えることになるなんて。
数日後。
私は父の研究室にいた。
父は昔から、魔法少女について研究していた。
理由はよく分からない。
本人に聞いても、
「好きだからだよ」
としか言わない。
けれど、研究室には魔法少女に関する資料が山のようにあった。
古い写真。
新聞記事。
映像データ。
そして、見たことのない装置。
「お父さん、これ何?」
「それは魔力測定器」
「魔力?」
「そう」
父は機械を操作した。
小さな画面に数字が表示される。
「魔法少女の力は、普通の人間とは少し違うんだ」
「じゃあ、私にもある?」
「調べてみるか?」
「うん!」
私は椅子に座った。
父が装置を起動する。
光が私の身体を包んだ。
機械の画面に、次々と数字が表示される。
父の表情が変わった。
「……これは」
「どうしたの?」
「いや……」
父はしばらく画面を見つめていた。
そして、静かに笑った。
「アクティア」
「うん」
「もしかすると、お前には魔法少女の素質があるのかもしれない」
その言葉を聞いた瞬間。
私の胸が、大きく跳ねた。
その日の夜。
私は眠れなかった。
魔法少女。
テレビの中だけの存在だと思っていた。
それが。
自分にもなれるかもしれない。
布団の中で、私は何度も想像した。
空を飛ぶ。
怪人と戦う。
誰かを助ける。
そして。
「変身!」
言ってみた。
何も起こらない。
「……だよね」
私は布団に顔を埋めた。
すると。
部屋の外から母の声が聞こえた。
「アクティア、まだ起きてるの?」
「……起きてない!」
「起きてるじゃない」
扉が開く。
母が笑いながら入ってきた。
「眠れないの?」
「うん」
「魔法少女のこと?」
私は黙ってしまった。
母は私の隣に座る。
そして、頭を優しく撫でた。
「なれるといいね」
「……うん」
「でもね」
母は少しだけ真剣な顔になった。
「魔法少女になることより、大切なこともあるんだよ」
「なに?」
「自分がどう生きたいか」
その言葉の意味は、その時の私にはよく分からなかった。
ただ。
母の笑顔だけは、なぜか心に残った。
そして、その日は突然やってきた。
父に呼ばれて研究室へ行く。
そこには、見たことのない装置が用意されていた。
中央に立つ。
足元に光の円が広がる。
「怖くない?」
父が聞いた。
「ちょっとだけ」
「やめてもいいんだぞ」
「……やる」
私は拳を握った。
「私、魔法少女になってみたい」
父は頷いた。
装置が起動する。
光が強くなる。
身体の奥から、何かが目を覚ます。
温かい。
でも、ただ温かいだけじゃない。
身体の中を走る光が、指先へ。
腕へ。
胸へ。
そして全身へ広がっていく。
「なに……これ……」
光が弾けた。
一瞬。
世界が真っ白になる。
そして。
光の中から、何かが生まれた。
胸元に輝く装飾。
額には小さなティアラ。
身体を包む衣装。
フリルが重なり、長い手袋が腕を覆う。
足元には長いブーツ。
そして背中には。
薄く透き通ったピンク色のマント。
それは普通のマントではなかった。
光を受けると、左右へ大きく広がる。
まるで。
翼。
私は自分の身体を見下ろした。
「……これが」
声が震えた。
「私?」
父は言葉を失っていた。
その時。
研究室の扉が開いた。
母だった。
「アクティア……」
私は振り返る。
母は驚いた顔をしていた。
でも。
すぐに笑った。
「似合ってるよ」
その一言で。
胸の奥がいっぱいになった。
「……本当に?」
「うん」
私は笑った。
初めて。
自分の力で、何かを変えた。
父が一振りの剣を差し出した。
細身の剣。
レイピアだった。
「これも使ってみるか?」
私は受け取る。
すると、レイピアの柄に埋め込まれた宝石が輝いた。
光が刃へ集まっていく。
「わあ……」
細い刀身が、淡い光をまとった。
「魔法で作られた武器だ」
父が説明する。
「アクティア専用に調整してある」
私はレイピアを構えた。
鏡を見る。
そこに映っていたのは。
いつもの私ではない。
魔法少女。
テレビの中でしか見たことがなかった存在。
それが。
今は鏡の中にいる。
私は少しだけ胸を張った。
「……私、魔法少女なんだ」
母が笑う。
「そうだね」
「じゃあ、空も飛べる?」
「試してみる?」
父がそう言った。
私はマントを広げた。
「えいっ!」
身体が浮いた。
「え?」
足が床から離れる。
ほんの少し。
そして。
ふわっ。
身体が上昇した。
「飛んだ!」
私は思わず叫んだ。
研究室の天井近くまで浮かび上がる。
母が笑っている。
父も笑っている。
私は嬉しくて。
何度も空中をくるくる回った。
マントが大きく広がる。
その形は、ますます翼に近づいていく。
光がきらめく。
私は笑った。
この時の私は。
世界がずっと、このままだと思っていた。
父がいて。
母がいて。
笑っていられて。
魔法少女になった私は。
これから誰かを助けて。
怪人を倒して。
きっと、ずっと楽しい毎日が続く。
そう思っていた。
その日の夜。
窓を開ける。
夜空には星が見えていた。
私は変身した姿のまま、空を飛んだ。
まだ高くは飛べない。
少し進んでは降りる。
また飛んでは、ふらつく。
それでも楽しかった。
「見て、お母さん!」
地上から母が手を振っている。
「無理しちゃダメよ!」
「大丈夫!」
父も窓からこちらを見ていた。
「アクティア!」
「なに?」
「明日から、もっと練習するぞ!」
「うん!」
私は空中でレイピアを掲げた。
「私、頑張る!」
その瞬間。
夜風が吹いた。
薄いピンク色のマントが大きく広がる。
光を受けたそれは。
まるで本物の翼のようだった。
私は空を見上げる。
そして笑った。
この世界には。
まだ私の知らないものが、たくさんある。
怪人も。
魔法も。
魔法少女も。
そして。
これから始まる、私自身の物語も。
この時の私は。
まだ何も知らなかった。
ただ。
魔法少女になれたことが。
嬉しかった。
それだけだった。
