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「じゃ、今日はここでお開き! また明日!」
二時間後、ようやく飲み会が終了し、ほぼ全員が千鳥足で帰宅していく。
「お疲れさまです。」
ご機嫌な社員たちを見送った後、誰も居なくなった安心感からか、それとも息苦しさから開放されたせいか、ふうっとため息を吐いた。私は予め母に連絡していたので、人気の無い商店街のアーケード前で迎えの車を待っていた。
今頃、秋穂は家で何をしているだろうか。昼前に下郡駅まで見送った後、矢島君と一緒に東京へ帰ったとは思うのだが、あの後、ちゃんと大学へ向かったのだろうか。もしかしたら、学校を休んで矢島君とデート……と、いう可能性もあるのかも知れない。
「今日はありがとう。ちゃんと、家に着いたかな? 矢島君とはどう? またいろいろ、聞かせてね。」
秋穂にメッセージを送信し、ふと周りを見渡す。シーンと静まり返った寂れた商店街には、人の気配は無い。
「お母さん、早く来ないかなあ……。」
唇が紡いだのは、寂しさから零れた本音だろうか。携帯をポケットに入れ、見慣れた夜空を仰いだ、その時。
「岡川さん。」
突然の呼び掛けに驚いて視線を落とすと、そこには先程帰ったはずの羽柴さんの姿があった。
「どうしたんですか?社長達と帰ったんじゃなかったんですか?」
「岡川さんに話があって。」
その言葉に私は少しだけ期待をしてしまった。ばかばかしい…。何を私は期待しているのだろう。
「もう遅いし、送りながら話ますよ。」
「でも、もうすぐで母が迎えに来てくれるんです。」
「歩きながら話をしませんか?」
どうしても私と帰りたがってる様な羽柴さんだったから私は携帯を取り出してお母さんに電話をかけた。この時間だとまだうちから出ていないだろう。
「あっ、お母さん?もううち出ちゃった?うん、うん。それがね会社の人が送ってくれるって言うから迎えに来なくていいよ。うん、じゃぁね。」
もう真っ暗になっている商店街を2人して歩いていると静かさが身に染みた。聞こえてくるのは私と羽柴さんの足音だけだ。
「それで、話って何ですか?」
「俺ってここに来て日にちが経ってないから旨い定食屋とか教えて欲しいんです。」
なんだ、そんな話か。期待した私がバカだった。
丁度、安くて美味しい定食屋の前を通ったので、私は指さしながら、
「ここなんて美味しいですよ。男性職員とか昼ご飯の時によく来てるみたいだから。私も1回だだけ来た事がありますけど、メニューは豊富だし安いし美味しかったし。」
「ふ~ん。他にここの名物ってありますか?」
「名物って訳じゃないですけど、駅前の和菓子屋さんの揚げ饅頭が美味しくて子供の頃から食べてます。ご両親に送るんですか?」
頭をかきながら羽柴さんは、
「そうなんです。こっちに来てからろくに連絡取ってないんで。」
「だったら本当にお勧めです。私、お小遣いが貯まると片手にお金を持ってよく買いに行きましたから。」
その後はとりとめもない話をしながら歩いていると私の家の前についてしまった。なんだかあっという間に着いてしまった気がする。それはきっと羽柴さんの人柄かもしれない。一緒にいて緊張もしなかったし、むしろずっと前から話ていた様な錯覚にもなった。
「私ん家ここなんで。ありがとうございました。送って下さって。」
「いいえ。俺もありがとうございました、色々と教えてもらって。じゃぁおやすみなさい。」
紳士的に送ってくれた羽柴さんの後ろ姿を見ながら秋穂がメールの事を思い出していた。
『まだ間に合うでしょ』