つぼみの咲く頃 1話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

 それは、決して気乗りのしない帰省だった。

 先月中旬、帰宅後にポストを開けると、『柴田 秋穂様』と書かれたハガキが目に飛び込んで来た。差出人は、小学校の同級生・矢島 透。それは、故郷・千葉県君津市で行われる同窓会の案内状だった。

『木下第2小学校6年3組 同窓会
 池田先生も出席されます。ぜひ来てください』

 見覚えのある丸文字が、記憶の中で私を小学生時代にタイムスリップさせた。

 今まで何度か同窓会の案内があったけれど、バイトと大学で忙しかった私はいつも欠席に丸をつけていた。だけど今回の同窓会はちょうどバイトも大学の講義もない日で、何をしようかと迷ってた日だった。

  どうしようかと随分悩んだけれど、小学生時代の同窓会なんて社会人になったら出る事も出来なくなるだろう。今年から就活をし始める私にとって、最初で最後 の同窓会になるかもしれない。出席か欠席か連絡するギリギリの日に出席に丸をつけて、雨に濡れている赤いポストに投函した。

『久しぶりに、秋穂に会えるんだね。高校を出てから、会ってないから……3年ぶりかな』

 幼稚園から高校まで一緒だった幼馴染の岡川 歩美にメールを送ると、つい、昔話に夢中になった。彼女は地元の短大を卒業後、駅前にある不動産会社に就職したそうだ。

『矢島君は東京大学の医学部に行ってるんだって。昔から、頭良かったよね』

 今回の同窓会幹事である矢島君は、絵に描いたような優等生だった。優しくて、頭も良い……ただし、あの丸文字だけがどうしても彼のコンプレックスだったようで、「矢島の字は女の子みたいだな」と言われていたのを微かに覚えている。

 確かにあの丸文字でカルテに病状とか書いていると子供っぽく見えてしまうかもしれない。
でも矢島君は小学生の頃から優しかったから、きっと患者さんに信頼されるお医者さんになるに違いない。

 そんな事を考えながら車窓から見える流れる様な風景を見ていると、何だか帰省しているって感じはしない風景がそこにはあった。千葉県君津市の昔はあった段々畑もなくなり微妙に高いビル達が立ち並んでいた。

「この辺も変わったなぁ。」

 独り言の様に呟いた。その昔より都市化した風景を見ていると何だか寂しくなってしまった。小学生の頃にはまだ田植えをしていない畑で泥んこになるまで遊んでいたし、川ではおたまじゃくしを掬い上げたりしてたのが嘘の様だった。

 2時間半程で故郷・千葉県君津市の駅に着くと歩美がホームで私を待っていてくれてた

「秋穂~! 久しぶり!」

 歩美は最後に会った時から、大分細くなった印象を受けた。やはり、仕事で苦労を抱えているのだろうか。

「歩美、元気だった?」
「うんー、まあまあかな?」

 そう言うと、歩美は口元を押さえてクスリと笑った。幼い頃から見慣れた仕草だ。歩美の背景に映る故郷をチラリと眺めると、最後に来た時から随分と変わってしまったのだな、と、改めて実感した。学校帰りに歩美や矢島君たちと歩いた田んぼ道は、まだあるのだろうか。

「とりあえずその荷物、うちに置いて行けば?」

 多くもない荷物だったけれど、同窓会に行くには少し荷物が邪魔だったから私は歩美の好意に甘える事にした。

「ありがとう。」
「今日は日帰り? どっかに泊まっていくの?」

 私の実家は私の大学進学の時に東京へ引っ越していて、もうこの土地には無かった。

「日帰りのつもり。」
「え~。うちに泊まっていけばいいのに。明日、バイトとか入ってるの?」

 バイトは休みだったが午後に大学の講義は入っていた。その事を歩きながら説明すると私の荷物を持ってない方の手を握りしめ、

「じゃぁ午後の講義が始まるまでこっちにいたらいいじゃない。それに今回の同窓会は珍しくほぼ全員参加みたいだから、きっと明日は二日酔いになっちゃうよ」
「……うん。じゃぁ、考えてみるね。」

 歩美のうちに着くとおばさんがエプロンで手を拭きながら歓迎してくれた。私の数少ない幼馴染みだから、おばさんは私にとって二人目のお母さんみたいな様なものだった。

「おばさん、お久しぶりです。歩美が荷物を置いとけばって言ってくれたから、お言葉に甘えて置かせてもらいます。」
「秋穂ちゃんは今日泊まってくの?」
「考え中です。明日、大学の講義が午後からあるから。」

 玄関でそんな会話をしてると服を着替えてきた歩美が

「もうすぐで始まるよ。急いで行こ。」

 腕時計を見ると開始時間の30分前だった 歩美と昔話をしながら指定の店まで歩いて行ったけど、商店街はシャッターが閉まっている店が多かった

「ねぇ、小学生の時によく通ってた駄菓子屋さんはもうないの?」
「おばあちゃんは元気なんだけどね。やっぱり商品とかを店前に出すのがしんどいみたい。だから今はもう閉まっちゃってる。」
「ふ~ん。」

 私はあの店で食べていた100円の小さなお好み焼きが好きだったんだけど、もう食べる事が出来ないんだ。

「ねえ、あの文房具屋さんはまだあるの?」
「商店街の端にあったやつ? 去年、閉店しちゃった。」

  この街を離れている間に、懐かしい場所がどんどん消えてしまった事実を痛感する。故郷を離れた日に、電車から見た風景はどんなものだっただろうか。駅前の 古い雑居ビル、駅前広場にあった大きな時計、駅近くにあった中学校、遠くの山に見えた段々畑、故郷に別れを告げるように鳴った教会の鐘……

「ここ。もうそろそろ、皆集まってると思うよ。」

 その店は全国展開しているチェーン店の居酒屋だった 店に入ろうとすると懐かしい教会の鐘の音がした。

「教会は残ってるんだね」
「何回かつぶれそうになった事はあるんだけどね」

 私達は靴を脱ぎながら鐘の音を聞いていた。店の入り口には『木下第二小学校6年3組 同窓会様』って書いてある看板みたいなものがあった。なんだかそれが恥ずかしくて、

「ここまで派手にしなくてもいいのに。」

 つい、歩美に呟いた。

「こんな大人数での予約がなかなか無いから、お店の方も張り切ってるんでしょ。」

 歩美はそんな事かと言わんばかりに気にもしていなかった。お店の人が入口で靴からスリッパに履き替えてた私達に、

「同窓会の方ですか?」
「はい。部屋はどこにありますか?」

 歩美が率先して店員さんに聞いてくれた。私はこういう事を聞くのが苦手だから助かった。